愛を知った神の末路


「来たね、メグ。成人おめでとう」


 気付いた時にはいつもの白い世界にいた。夢の中だ。

 予想はしていたけれど、なんだかちゃんと休めているのか不安になっちゃうな。こうも寝る度に会話していると。


 たぶんだけど、この夢渡りはレイの力だ。そして私も少なからず力を使っていると思う。膨大な魔力があるおかげでそう簡単には疲れないだろうけど……睡眠不足で疲弊するってことはあるかもしれない。


「レイ。ありがとう、ございます」


 まぁ、そんなことは些細なことだ。まず色んなことを知らなければ。

 レイやテレストクリフ、そして自分のことがよくわかっていない今、情報収集をすることが最優先なんだから。


「もっと気安く話していいよ。僕は君の身体を借りている分際だからね」

「そ、そうはいっても、神様なんですよね……?」


 いくらなんでも神様を相手に気軽な口調では話せないよ……! お父さんとかアスカとかジュマ兄だったら平気で話すのかもしれないけど、私は小心者ですので!

 私が少し縮こまりながらそう言うと、レイは肩を軽くすくめて困ったように笑う。


「そう呼称しているだけだよ。神だからって偉いわけじゃない。君たちの願いを叶えられるわけでもないんだし」


 こちらも、神様に何かをしてもらおうなんて思ってはいなくて、ただ畏れ多いってだけなんだけどな。

 うーん、やっぱり気楽には話せそうにない。これは元日本人としての性みたいなのもあるかもしれない。


「むしろ、邪魔をしちゃってるよね。今日はその辺りのことを話そうか」


 レイもまた、無理に話し方を変えてもらおうとまでは思ってないようで、それ以上は何も言わなかった。それよりも、説明の続きを話してくれるみたい。

 油断しているとテレストクリフに身体を乗っ取られてしまうかもしれないから、正直すぐに話を進めてくれるのは助かった。


「あと三日だ。君たちの父親の寿命は」


 ただ、話の切り出し方が直球すぎた。私は言葉に詰まり……呼吸も止めてしまう。


 もう、三日しかないんだ。

 もうすぐだってわかってはいたけど、改めて突きつけられると心臓がギュッと苦しくなってしまう。


「どう? メグは、神になる?」


 レイは、蠱惑的に微笑んで私に問う。私が神になれば、お父さんと父様の寿命を延ばすことが出来る。あの二人はこれからもずっと長生き出来るのだ。


 でも、もう迷わない。あの二人の朗らかな笑顔を思い浮かべてギュッと胸の前で拳を握りしめた。


「……なりません。二人とも、ちゃんと受け入れるつもりですから」


 私の本音を言えば、生きていてほしい。まだこの世界に必要な人たちだって思う。でもそれは私のエゴに過ぎなくて、あの二人の覚悟や生き様を台無しにしてしまうんだよね。冷静になった今なら、それがよくわかる。


「それに、私も人として生きて、いつかちゃんと終わりたいんです」


 そしてこれは私のワガママ。私は神になんてなりたくない。オルトゥスのメグとして生きて、いつか死にたい。

 ああ、もうすぐ魔王のメグになっちゃうんだっけ。とにかく、エルフのメグとして生涯を終えたいというのが私の願いなのだ。


 真顔でジッと私を見てくるレイの目を、真っ直ぐ見つめ返す。無表情のレイは神様感が増しているからちょっと怖い。でも、もう決めたことだから。覚悟だって出来てる。


 お父さんと父様を見送る覚悟が。


 しばらくして、レイがフッと笑みを浮かべた。そのおかげでようやく肩の力が抜ける。


「やっぱり、メグは僕と同じだ」


 レイはどこか嬉しそうにそう言った。同じ? 私と、レイが? 疑問に思っているとレイがさらに言葉を続けていく。


「終わりがないって恐ろしいよ。神なんて、なるもんじゃない。いつまでたってもそこに存在し続けるんだ。大好きな人たちが次々にその生を終えていくのに」


 淡々と告げられたその内容は、冷静に伝えられたからこそ底知れぬ恐怖を感じた。私もハイエルフだから、この先もっとたくさんの人を見送る立場にある。


 ……いつかは、ギルさんのことも見送らなきゃいけないんだ。


 それはとても辛いことだけれど、レイと違って私はいつか終わりが来る。そりゃあ果てしなく人生は長いけど、寿命はあるから。


 永遠に生きることが、どれほど恐ろしいことか。身近な問題だからこそ、気持ちが少しわかった。


「いくら人は生まれ変わるからって、やっぱり辛いよ。生まれ変わったその人は、確かに魂は同じだけれど何も覚えていないんだから。最初は耐えられたけど、もう無理だ。僕は人への愛を知ったから、いつかは耐えられなくなるってわかってた。でも、どれだけ辛くても……もう知る前には戻れない」


 愛を知ることはとても素敵なことだ。知って良かったと思ってもらいたいし、私も思うけど……永遠に生きるレイのことを思うと素直に喜べない。祝福出来ない。


「テレストクリフは勘違いしているんだよ。彼は今も神に戻りたがっているけど、彼もまた僕と同じで、もうどう足掻いたって神には戻れないのに」


 人は神にはなれない、レイはハッキリとそう言った。あれ、でもそれなら。


「……その理屈で行くと、私も神になんてなれないんじゃないですか?」


 それなのに、私には神にならないかと聞いてきた。それは矛盾じゃないのかな? そう思って聞いて見ると、レイは眉尻を下げて微笑んだ。


「なれるよ。ただ、自我を失う。そう、君は自我を失うことが出来る・・・んだ。人の身だからね。でも僕やテレストクリフは神の身だから、それが出来ない。僕らは愛を知ってしまったから、堕とされた。知る前には戻れないし、自我も記憶も失えない。だから、二度と神には戻れないんだよ」


 自我を失う……。えっ、それじゃあもしも私が神になるって言っていたら、私という存在が消えていたってこと? 今になって危険な選択を迫られてたのだと知って、背筋が凍る。


「嫌でしょ? 自我を失うなんて」

「嫌です。そんなの……」

「だよね。永遠に死ぬのと同じになる」

「……はい」


 なんだか、後出しじゃない? そんな大切なこと、もっと早く教えてくれたら良かったのに。まぁ、今更そんなこと言ったって無意味だけど。


 私が恨みがましく見ていたからか、レイはごめんごめんと笑顔で謝罪してきた。


「君は断ると思っていたからさ。万が一、神になるって決めていたら、ちゃんとリスクを説明する気だったよ?」


 本当かなぁ? 思わずジト目で見てしまう。レイが困ったな、と言いながらも反省しているようには見えないから余計に。


 まぁいい。結果的に私は断ったんだから。いや、あんまり良くはないけど。今後は前もってきちんと説明してもらいたい。それよりも、今は話を進めよう。


 愛を知ったことで、神から人の世に堕とされたって言った。レイも、テレストクリフも。


「テレストクリフさんも、愛を知ったってことですよね? 失礼かもしれないんですけど、人を愛したようには思えないんですが……」


 だって、歴代魔王の身体を乗っ取って、いつも大暴れしているんだもん。人を愛しているのなら出来ないよね。


「そうだね。むしろ憎んでいるよ。この世界の人がいなくなれば、僕が神に戻るんじゃないかって思ってる」


 おっと、むしろ過激派だった。どうしてそんな考えに……。


 そこまで考えてハッと思い出す。テレストクリフが、レイと一緒に神に戻りたがっているってことを。


「……彼が愛してしまったのは、もしかして」

「そう。僕だ。彼は僕を愛しているんだよ」


 ずっと、テレストクリフは自分だけが神に戻ろうとしているんだと思ってた。でも違ったんだ。


 彼は、愛するレイと一緒に神の世界に戻りたかったんだ。


 ギュッと胸が締め付けられる。だって自分のことしか考えていない、はた迷惑な神様だと思っていたらそうじゃなくて……。


 ただ、大好きな人と故郷に戻りたいだけだったってわかったから。


 もちろん、同情なんて出来ない。彼が歴代魔王を苦しめ続けたことはやっぱり許せないし、今も私は絶対に乗っ取られてなるものかって思ってる。


 でもほんの少しだけ、同情の気持ちが芽生えてしまったのだ。


「メグは優しいね。それは美点だけれど、とても危ういよ」


 そんな私の心情の変化を感じ取ったのだろう、レイがまた困ったように笑った。

 ああ、その、うん。ちょっとだけ自覚はあります。みんなにも叱られます、はい。


「けど、君はそのままでいるといいよ」


 だけど、レイは否定することなくそんな風に言ってくれた。助けてくれる人がたくさんいるでしょって笑って。

 さすが、私の中で一緒に過ごしていただけあって良く知ってるよね。私も自然と笑顔になる。


「はい。だから、全力で甘えようと思ってます」

「あはは。それこそがメグの強さだ」


 なんだろう、神にはならないって決めたことでレイとの距離がグッと縮まった気がする。気持ちをほんの少しだけ分かり合えたからかもしれないな。


 でも、それはレイだけ。根本的な原因であるテレストクリフには通用しないよね。


 真っ白い世界にゴゴゴという低い地響きのような音が聞こえてくる。またテレストクリフが目覚めたのだろう。


 レイ曰く、彼はまだ完全には覚醒しておらず、目覚めたり眠ったりを繰り返している状態らしい。そして、現魔王である父様が亡くなった時……完全に目を覚ますのだそうだ。


「次に会う時は、クリフが完全に目覚めた時にするよ。だからほんの三日ほどだけど、夢も見ずに眠れると思うよ」

「それは、助かります」


 良かった。少しも眠れずに決戦の時を迎えるのかと思ったから。レイなりの配慮だったのかもしれない。


「けど、クリフが目覚めたらそれこそ眠っている暇はないよ。その隙に身体が乗っ取られてしまうから」

「……か、覚悟しておきます」

「もし乗っ取られても、例の結界の中なら少しの間は持つだろう。ハイエルフの一族はやっぱり有能だね。神の直系なだけあるよ」


 どうやら、ピピィさんの結界のこともお見通しのようだ。よかった、ちゃんと効果があることがわかって。口ぶりから察するに、長い間は抑えられないみたいだけど……。


「僕も、戦うよ。僕がクリフを説得する。直接話せれば、きっと聞いてもらえる」


 ああ、そうか。そういうことだったんだ。テレストクリフも、愛する人の言葉ならきっと聞いてくれるよね。

 ……聞いて、くれるかなぁ? ちょっと、いやかなり不安だ。こればかりは、レイを信じるしかない。


 ふわふわと意識が覚醒していくのを感じる。まだ身体を乗っ取られるわけにはいかないから、早く目覚めなきゃ。


 ゆるりと微笑むレイの姿に、今回は少し勇気を貰えた気がした。

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