別れの時
成人の儀
厳かな雰囲気の中、儀式は行われた。緊張するし、見に来てくれた人がみんな笑顔で見守ってくれていたから、なんだかくすぐったい気持ちだ。
私は祭壇の前に立ち、一段高くなっている場所にはお父さんと父様が並んで立っている。威圧感がすごい。こういうきちんとした場でこの二人が並ぶと圧巻だなぁ。
っと、早速始まるんだからぼーっとなんてしていられないね。お父さんに視線で促された私は片足を少し後ろに引いて頭を下げた。
「この世に生まれ、百の年を迎えし者よ。今日この日を人生の節目とし、此度ここに宣言せよ」
父様の低くて良く通る声が静かな教会内に響く。その声をしっかりと聞き、私は身体を起こした。
「私、メグは……本日より成人としての自覚を持ち、道違わず歩むよう精進します」
簡単な言葉を自分なりの言葉で告げる。これでいいかな? おかしくないかな?
ドキドキしながらも大きな声を意識した。だって、一生に一度のことだから。
父様はそれからフワリと微笑み、ピンクと藍色の透明な宝石が埋め込まれた根付を恭しく差し出してくれた。それを私も畏まって受け取る。
「この者の成人を認める者は、盛大なる祝福を」
最後にお父さんがニッと笑って締めの言葉を言うと、みんなが一斉に拍手を送ってくれた。さっきまでとても静かだった教会の内部がワッと急に騒がしくなっていく。
「成人おめでとう、メグ」
「メグ、おめでとう。これでようやく我らの仲間入りであるな」
お父さんと父様が順番にお祝いの言葉を告げた後、次から次へと私にお祝いを言いに来てくれるオルトゥスの皆さんにあっという間にもみくちゃにされてしまった。
ついに私はちゃんとみんなに認められる形で大人になった。
そうは言っても、何かが変わったような気はしないけどね。相変わらずダメなところも多いし、こんなんで大人といってもいいのか、って不安にもなるよ。
思えば、前世で成人式をした時もこれといって実感はなかったような気がする。まぁ、そういうものなんだろうな。
大切なのは自覚を持つこと。そこからどう行動するのか、だよね。自分の言動に責任を持つように意識しなきゃ。出来るかはさておき、心掛けはします。
なーんて、真面目に考えるのはおしまい! だって、目の前ではすでにどんちゃん騒ぎが始まっているから。
お祝いに来てくれた人たちが用意していた食事やお酒を飲み始めている。
せっかく私のお祝いなんだもん。私が楽しまなくてどうする!
「メグーっ! おめでとー!」
「わ、アスカ! ありがとう」
広場の方に向かうと、アスカが駆け寄ってくれる。両手にグラスを持っていて、琥珀色の飲み物が入った方を手渡してくれた。
「はい、これ。すこーしだけアルコールが入ってるんだって。メグ、大人になったら飲みたいって言ってたでしょ? 貰って来たんだー!」
「お、お酒だぁ! ありがとう、アスカ」
「あ、もちろんぼくはまだ飲めないのでジュースでーす」
「ふふっ、アスカもすぐ成人になるよ。その時は、一緒に飲もうね」
私とアスカは数年ほどしか差がないからね。気付いた頃にはアスカも成人しているだろう。
でも、その時に私はちゃんと私でいるだろうか。それが少し不安だけど……いやいや、そんな弱気じゃダメだよね。絶対にこの約束は守ってやるんだから。
「……メグ」
「えっ、あ、ギルさん」
早速、アスカと乾杯しようとしたところで、背後からストップの声がかかる。振り返ると、ギルさんは腕を組んで不機嫌そうな顔を浮かべていた。あれ?
「酒を飲むなら、俺が見ているところで飲め」
ああ、まぁ、確かに私ってすごくお酒に弱そうだもんね。前に、うっかりアルコール入りの甘酒を飲んじゃった時はハグ魔になったっけ。
その程度なら可愛らしいものだと思うんだけど……ぶっ倒れでもしたら心配かけちゃうか。ないとも言い切れないのが情けないところである。
「うわー、過保護ぉ。いーじゃん、これはぼくがメグと約束してたことなんだからーっ」
「飲ませるなとは言っていないだろう。俺が見ている場所でなら構わない」
「二人の時間を邪魔しないでよねっ!」
「それは邪魔するに決まっている」
「あーもー! 面倒くさーい!!」
あれ、ちょっと他のことを考えている隙に変な空気になってる。なんでこんなことに!?
とにかく、まずはこの場をなんとかしないと。私は睨み合ってバチバチ状態のギルさんとアスカの間に割って入った。
「まぁまぁ。早く乾杯しよ? ね?」
私が口を挟んでも、アスカは不満げに口を尖らせており、ギルさんは眉根を寄せていた。でも、すぐに言い合いは止めてグラスを持つ手を上げてくれた。ホッ。
「……ま! せっかくのお祝いだもんね。ごめん、メグ。よし! 気を取り直してかんぱーい!」
「うん! 乾杯!」
さっきまでピリピリしていたのに、一瞬でご機嫌になるアスカの切り替えの早さにはいつも驚かされるね。
さて、私もお酒を飲んでみよう。グラスに口を近付けると、ふわりと甘い香りが漂う。加えて懐かしいアルコールの香り。そのままゆっくりと琥珀の液体を口の中に流し込む。
「ん、おいしい!」
たぶん、これもアルコール度数はすごく低いものだろうけど、この身体にはちょうどいいかもしれない。ただ、飲みやすいからグビグビいっちゃいそうなのが要注意だね。このグラス一杯分くらいなら大丈夫かなぁ?
「メグ、飲むだけではなく何か食べろ。酒だけでは酔いやすい」
「あ、そっか。わかった!」
美味しいご馳走もたくさんあるわけだし、食べないという選択肢は元々ない。フラフラになって楽しめなくなるのはもったいないので、先に食べないとね。悪酔いしないためにもっ!
「じゃあメグ、一緒に取りに行こ! ……ギルは来なくていーからね!」
「……ここで待っている」
「えっ、いいの?」
「目が届く範囲にいるなら、問題ない」
どうやら、ギルさんが妥協してくれたらしい。アスカが目を丸くして驚いている。
「珍しー。それとも、番の余裕ってヤツ?」
「……気が変わるかもしれないな」
「あっ、ウソウソ! メグ、行こっ!」
なんか、アスカってギルさんの手の上で転がされているよね。おかしくなってつい笑っちゃった。
それから、アスカはいつものように何枚ものお皿に山盛りにおかずを載せ、幸せそうにしていた。ほんと、よく食べる……!
私もその日はいつもより少しだけ多めに食べた。お酒は最初の一杯だけ。それでも酔いが回ってぽわん、としちゃった。
最後の方はギルさんにずっと支えられていた気がする。いくらなんでもお酒に弱すぎない? この身体。
でも、今日くらいは羽目を外したっていいのだ。これから、本当の戦いが始まってしまうんだから。その前に、とても心を削られる別れが。
今はただ、幸せの中に浸っていよう。
私はその日、夜遅くまで教会の周りで楽しく過ごすみんなを、お酒でぼんやりとしたまま眺めていた。
翌日は、誰一人二日酔いで体調を崩すことなく通常業務に戻っていた。
いつも思うけど、本当に切り替えがすごいよね。アスカや私はまだちょっと眠い目を擦っているというのに。
っていうか、アスカはともかく私はもう大人なのに。そうはいっても、一日で急に身体が成長するわけもない。飲酒に夜更かしで眠くなるのも急には治らないのである。
「大丈夫? メグちゃん。少し仮眠を取ってきたら?」
「でも、仕事がぁ……」
「いくら成人したからって、昨日の今日だもの。ちょっとくらい大目に見るわよ。といっても、メグちゃんのことだから気にするわよね。だから今のうちに休んで、午後の業務はしっかり頑張るの。どう?」
優しい上司に涙が出そうだ。なんてホワイトな職場なの、オルトゥス。寝不足の状態で仕事をする方がみんなに迷惑をかけるだろうし、せっかくなのでそのお言葉に甘えることにした。
午後は時間を延長して頑張りますからぁっ! ああ、眠い。
よたよたとした足取りで医務室へと向かう。自室で寝ても良かったんだけど、精霊たちに起こされただけじゃ起き上がれる気がしなかったので。
それに、何かあったらルド医師が対処してくれるだろうから。
眠っている間は気が緩む。いつまた私の中のテレストクリフが表に出てくるかわからないもん。それをルド医師に伝えることは出来ないけど、気を付けていてほしいと言えば何かを察してくれると思って。
他人任せだけど、ルド医師だからこそ頼りにしようと思える。
「というわけで、もしかしたら眠っている間、私に異常が起きるかもしれないんです。だから、その……」
魔力の暴走が始まりかけている、という説明だけでルド医師はすぐに察してくれた。有能! おかげで多くを語ることなく安心して眠っていいとのお言葉をいただきました。ありがたやー!
「万が一、手に負えないってなったらギルさんを呼んでください」
「わかったよ。ギルなら対処出来るってことだね?」
話も早い。私が全部を説明する必要は最初からないんじゃないかってくらいだ。
それでも心配なものは心配なので、他に何か伝え忘れはないかと考えてしまう。すると、ルド医師がクスクスと笑い始めてしまった。
「これでも色んな修羅場を潜り抜けているんだ。大丈夫。何があっても周囲に被害がいかないようにするし、ちゃんと対応するよ。だから今は自分のことを考えなさい。そんな眠そうな顔して……考えるのは後回しだ」
「うっ、わ、わかりましたぁ」
ついに私はルド医師によって、半ば強制的にベッドに押し込まれてしまった。笑顔のままヒョイッと抱き上げられてしまってはもう何も言えない。その笑顔が怖いんですよね……!
布団をかけられ、明かりを暗くされる。そのおかげで急激に睡魔が押し寄せて来た。
なんだか、懐かしいな。確か、オルトゥスに来たばかりの時はずっと医務室に寝泊まりしていたっけ。もう随分昔だよね。
それなのに、大人になった今もまたこうして医務室のベッドに横になっているのがなんだか変な気分。あの頃から、私はちゃんと成長出来ているのかな?
本当はもっと思い出に浸っていたかったけれど、もう限界だ。重たい瞼を閉じて、自分の身体の重みを感じながら意識を手放した。
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