二人の意思
宝飾……宝飾かぁ。成人の儀で身に着けるアクセサリーではあるんだけど、決まった形は特にないらしい。さらには、それが見える位置になくてもいいんだとか。
成人した証のような、記念品として生涯大切にとっておくものなんだって。
ちなみにギルさんは|小柄(こづか)にしたと言いながら、刀の鞘の裏側を見せてくれた。そこには小さな小刀が納められていて、武器やちょっとした細工をするのに使えるけれど使ったことはないと教えてくれた。
刀をまじまじと見るのも初めてだけど、裏側なんてもっと見る機会がないから知らなかったな。よく見ると、小さな魔石や宝石が埋め込まれていてとても綺麗。石はどれも黒とか透明とか、目立たない色なのがギルさんらしい。
本当に何でもいいんだな、と思うと同時に、さて自分はどうしようかと考える。
……正直、アクセサリーは色々持っているので悩む。ブレスレットも、ネックレスも、イヤーカフだっていつも身に着けているから、これ以上ずっと身に着けるとなると考えてしまうのだ。贅沢な悩みである。
「指輪はどうだ? 邪魔になるか?」
「指輪はー……あー、えっと」
「? どうした」
悩む私にギルさんが提案してくれた。してくれたんだけど……そのぉ、指輪は特別というか。この世界ではそういう習慣がないから、ギルさんにはピンとこないのはわかってる。でも、やっぱり憧れるので思い切って白状した。
「……前世の世界ではね? 指輪は、恋人からの贈り物、みたいなイメージがあって。その、結婚した人は、左手の薬指にお揃いの指輪をするの。も、もちろん、他の指にすればいいだけの話ではあるんだけどっ! は、初めての指輪は、そのぉ……」
「わかった」
私が全てを言わずとも理解したらしい、ギルさんは言葉を遮ってニヤッと笑う。
「それなら俺が贈るまで、指輪は禁止だな?」
ボッと音が出そうな勢いで顔が熱くなってしまう。まるで催促したみたいですっごく恥ずかしいんですがっ! いや、催促したようなものだけどっ!
「ご、ごめんなさい! なんかワガママを言ったみたいになっちゃって」
「メグはあまりワガママも言わないし、欲しいものも言わないだろう。貴重なことを聞けたんだ。お礼を言うのはむしろ俺の方だな」
「絶対、お礼を言うのは私の方だと思いマス……」
そんなやり取りを挟みつつあれこれと悩んだ結果、私が選んだのは根付だった。ギルさんの小柄を見て、私も小型ナイフを常に持ち歩いているから鞘に付けられたらいいかなって思って。
なんか、お揃いを意識したみたいで恥ずかしくはあるんだけども。
お店でそういった旨を相談したら、それなら鞘に埋め込みましょうか? という提案をしてくれた。普段は鞘に綺麗に嵌まるようにしておいて、外せばペンダントトップに出来るようにするのはどうか、って。
おぉ、そんなことも出来るんだ! 素敵な提案にすぐさまそれでお願いしますって頼んじゃった。埋め込みタイプっていうのがますますギルさんの真似をしたみたいになっちゃったけど、いっか。嬉しいし。
「石の種類はどうしましょう?」
「うっ、私、宝石には詳しくなくて……」
「それでしたら、好きなお色をお聞かせください。その中からいくつか見本をお持ちしますので!」
店員さん、とっても丁寧! でも、一生残る物だと思うと好きな色と言われてもなかなか選べない優柔不断な私。どれも良さそうだなって思っちゃうんだもん!
そんな私に店員さんは、悩む人は自分の髪や瞳の色を選びますよ、と言ってくれた。なるほど! そうしよう!
そんなわけで、淡いピンクと藍色の透き通った宝石を選び、小型ナイフを預けて本日は終了。ふー、なんとか決まって良かったぁ!
その後、慌ただしくあれやこれやと準備を進め、儀式の時に言うらしい文言を覚え、衣装を合わせ……あっという間に時が過ぎて、いよいよ成人の儀の当日を迎えた。
朝早くから例の教会に向かい、そこで衣装を身に着ける。衣装といっても、普段着の上から深い青紫色のローブを羽織るだけって感じなんだけどね。そのローブがなんだかカッコいいのだ。
フード周りや袖、襟、裾には金糸で複雑な文様が刺繍されている他は特に装飾のないシンプルな作りになっていて、それがまた大人っぽい。
まぁ、大人になる儀式なんだから当然のデザインなのだろうけれど。
「お、いいじゃねぇか。メグ、似合ってんぞ」
「お父さん! わわ、神父さんみたい!」
「言うな、気にしないようにしてんだから」
いつもはスーツに身を包んでいるから、違う服装ってところがもうすでに新鮮なんだけど、それがまた神父さんのような服だったから違和感がすごい。思わず吹き出して笑っちゃった。
似合わないわけじゃないよ? ただ違和感がありすぎるだけで。
「まさかまたこれを着ることになるとはなぁ……」
「前にも着たことがあるの?」
「おう、レキの時だな」
あ、そっか。レキはオルトゥスに来てから成人したんだっけ。仲間になった時はギリギリ子どもだったんだよね。
じゃあ私とレキはお父さん立ち会いで成人した仲間ってことか。ふふっ。
「だが、娘の成人に立ち会えるのは嬉しい限りだ」
「うむ、その通りであるぞ! ユージン!」
「父様!」
お父さんと二人で話していると、背後から父様が現れた。お父さんと同じ衣装を身に着けているんだけど、こちらは普段から似たような服装だからかあまり違和感はない。
そう、本当は成人の儀で保護者として立つのは一人だけなんだけど……今回ばかりは私のワガママを通してもらった。
出来ることなら、結婚式に来てもらいたかった二人だから。
ギャーギャーといつも通り言い合う二人の前に一歩出る。まだ控室にいる今しか聞けないことを聞かないといけない。今、この場には私たち三人だけしかいないからね。
「お父さん、父様。聞きたいことがあるんだ」
ちょっとだけ声が震えたかもしれない。それに気付かない二人ではないだろうから、取り繕わずにこのまま続ける。
「二人は……自分の寿命があと何日か、感じているんだよね?」
数秒だけ二人が黙り込んだ。もはや、それが答えだ。
「……メグは知っているのか」
お父さんに静かにそう問われ、小さく頷いた。それを見て、そうかとだけ答えるとお父さんは再び黙り込む。
その間に、私がさらに話を続けた。
「オルトゥスのみんながね、私が成人した後は結婚式を開いてくれるって言ってたでしょ? でも、それには……間に合わない。そうだよね?」
「……ああ。そうであるな」
今度は父様が、あまり間を置かずに重苦しく答えてくれた。こういうところで嘘を吐いたり誤魔化したりしないでくれるのが、二人の優しさだと思った。
「あのね、答えはわかってるんだ。わかってるんだけど、二人の口からハッキリと答えが聞きたいの」
まずは、ちゃんと前置きをする。この質問は、ただ私が迷わないでいられるようにっていう自分勝手な質問で……本当は、二人に聞くようなことじゃないのもわかっていた。
ワガママな娘でごめんね。酷いことを聞いてごめんね。
でも、どうか背中を押してください。
「二人は、もしまだ生きられるのなら、何が何でも生きたいって思う?」
私が神になれば、あるいは身体を譲れば、二人を延命させることが出来る。その誘いは正直、とても魅力的だった。
二人には死んでほしくない。これは私だけの願いではないはず。オルトゥスにとっても魔王城にとっても、二人の存在はとても大きいから。今や魔大陸全土で、必要な存在なのだ。
私よりも、ずっと。
二人を知るほとんどの人が、死なないでほしいと願っているよね。延命出来るのなら何を犠牲にしても、って思う人はたくさんいると思うのだ。
それを全てなかったことにして、私は自分のために生きようとしている。生きたいと思ってしまっている。
それは罪深く感じるけれど、二人の寿命を弄ることの方が罪深いとも思う。どちらを選んでも、このままでは後悔してしまいそうなのだ。
だから迷う。私の中の醜い感情が、人に答えを求めている。
二人が生きたいと願ったら、神になってもいいかもしれないって思う自分もいるから。それが魔大陸にとって良くない未来を招くとわかっていても、二人に生きていてほしいと願ってしまうんだよ。
でも、今の私はギルさんとともに生きたいという気持ちが強い。それに二人が延命を望んでいないのもわかっていた。
背中を押してほしい。許してほしい。後からこの身体を乗っ取ることになった私に、この先も生きることを。
お父さんと父様は一度互いに顔を見合わせた。それから小さくため息を吐き、肩をすくめている。
先に口を開いたのはお父さんだった。
「その質問をするってことは、だ。手段があるんだな?」
「そしてその手段を選べば、メグの不幸に繋がるのであろうな」
驚いてバッと顔を上げる。二人は困ったように微笑みながら私を見ていた。
ああ、そうか。筒抜けなんだな。察しの良すぎる二人の相手が、すぐに顔に出る私なんだから当然ではある。
それでも、何も伝えられない今の状況でそこまで気付けるなんてさすが父親たちって感じだよ。
「なら、答えは決まりきってる」
「当然であるな!」
二人はいつの間にか笑っていた。悪友同士でニヤッと。
「「答えは、ノー!」」
息もピッタリである。あまりにも楽しそうにするから、ぽかんとしてしまった。
「俺たちは十分生きたからな。可愛い娘にも会えたし、思い残すことは……まぁ、あるが。ギルのヤツをとっちめてやりたかった」
「完全な同意であるぞ……あの男、メグを泣かせたら霊魂だけになってでも呪ってやろうぞ……」
怖い怖い! そんなところまで息を合わせなくていいよっ! けど、おかげでどんよりとした気持ちが晴れていくのがわかる。
二人の気遣いが、痛いほど伝わって来た。
「そうか、メグ。だから今日は我とユージンの二人にやってほしいと言ったのだな」
「泣かせるじゃねぇか。……ありがとうな」
鼻の奥がツンとしてきたところへ、二人がしんみりとそんなことを言うものだからもう我慢出来ずにポロポロ涙を流してしまった。
ああ、もう。これから成人の儀が始まるっていうのに。案の定、父様が慌ててタオルを出してくれた。私だって持ってるのに過保護だなぁ、もう。
「お前とギルの結婚式になんか出たら、ムカつきすぎて絶対邪魔することになるから、いいんだよ」
「我も間違いなく雷を落とす……ああ、メグ。今日、ここで晴れ姿を見られるのだから、我らはもう何も思い残すことはないのだ。だから」
ああ、目の間にいる二人はこんなにも元気なのに。あと数日でこの世を去ってしまうだなんて、とても思えない。
「幸せな日々を送れ。それが一番の望みであるぞ」
「だな。俺らみたいに、寿命でその人生を閉じるまで楽しく生きろ」
やだなぁ、まったく。私の寿命がどれほど長いと思っているの。
でも、それが二人の意思だというのなら。
送ってやろうと思う。幸せな人生を。
私は拳をギュッと握りしめながら、二人に笑顔を向けた。
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