幸せなひと時


 成人を迎えた今日という日は、なんだかとても長い。色んなことがありすぎたからね……。

 今、こうしてオルトゥスの自室に帰って来られているのがなんだか不思議なくらいだ。


 今すぐベッドに潜り込んで眠りたいところではあったんだけど……私の今日はまだ終わらない。と、いうのも。


『ご主人様ーっ! 成人おめでとうなのよーっ!』

『主様っ、おめでとーっ!』

『ご主人、めでたいんだぞーっ!』


 ショーちゃん、フウちゃん、ホムラくんがクルクルと私の周りを飛び回りながらずーっとお祝いの言葉をかけてくれており、


『ふむ、ついに成人か。とてもめでたいのだ』

『おめでとぉ、メグ様ぁ』

『ふふふーっ、今日はお祝いやなーっ、メグ様っ!』


 私の膝枕で寛ぐシズクちゃん、肩に乗って眠そうなリョクくん、グイグイと腕を引っ張るライちゃんにキラキラな目で見つめられているからです。これは休めない……っ!


「みんな、ありがとう! すっごく嬉しいよー!」


 可愛すぎて、眠気も吹き飛んじゃうよねーっ! 思えば、ひっきりなしに精霊たちが祝福に来てくれていたし、ハイエルフの郷では話している間ずっと我慢してくれていて、今ようやく契約精霊たちとの時間が取れたのだ。


 お祝いの言葉はたくさんかけてくれていたけど、向き合ってあげられていなかったもんね。お利口さんでずーっと待っていてくれていたみんなに、しっかりとお祝いされようと思います!


『今日は色んなことがあって大変やったなぁ。きっと、これからももーっと大変なんやろ? わかるでぇ』

『そ、それでも、ボクたちはメグ様の力になるからねっ』


 ライちゃんとリョクくんの言葉が沁みるぅ! 他のみんなもそうだよー、と頼もしい相槌を打ってくれていて、本当に心強いよ。


 でも、大切なことはきちんと伝えないといけない。私は一度みんなに集まるように言うと、神妙な顔で口を開く。


「あのね。私が魔力に呑み込まれて、暴走してしまった時のことをちゃんと伝えておこうと思うの」


 ベッドの上に並んで座り、私の顔を見上げてくる精霊たち。シズクちゃんだけは大きいので伏せの姿勢なんだけど、そのお腹周りにみんなが集まって座っている形だ。

 か、可愛い。いやいや、今は真剣な話をしているところである。


「どうしても、その時は来ると思うんだ。そこで一つ確認しておきたいんだけど……みんなは、私が力に呑み込まれたかどうかって気付けるかな?」


 私が訊ねると、みんなはそれぞれ顔を見合わせながら首を傾げている。その様子を見るに、その時になってみないとわからないとか、ハッキリと言えるほどの自信がないのかな?


 それも仕方のないことだよね、と思い始めた時、ショーちゃんがハイッと手を上げた。


『ショーちゃんは気付けるのよ。最初の契約精霊だもの! それにね……あの、全部、聞いているのよ?』

「あ、そうか……」


 全てを言わない配慮をみせてくれたショーちゃんはやっぱり有能だ。つまり、私の中にいるレイの言葉も、クリフトテレスの言葉も聞こえているって言いたいんだよね。


「そっか。じゃあ安心だね。ショーちゃんはそれをみんなに伝えてね」

『任せてなのよーっ!!』


 とても頼もしい最初の契約精霊だね。


 思えば初めてショーちゃんと出会った時、すぐにこの子と仲良くなりたいって思ったっけ。シュリエさんのアドバイス通り、心に従ったんだよね。

 あの時は声の精霊の能力をよく知らなかったから、心配もされたんだけど……。


 ショーちゃんは、私にピッタリの契約精霊だなって改めて思う。このとても難しい状況に対応出来る精霊なんて他にいないよ。

 ショーちゃんがみんなに伝えてくれて、みんなが協力して私を助けてくれる。幸せだな、大切にしたいなって思うじゃない。


「それで、その時はどうしてほしいかって話なんだけどね。……出来るだけ、私から離れていてほしいの。もちろん、私が我に返ったら戻って来てもらいたいけど」


 これを伝えるのはとても心苦しい。案の定、精霊たちは立ち上がったり身を起こしながらすぐに反論をし始めた。


『そんなの、嫌だよっ! アタシたちも主様の力になりたいもんっ』

『そうなんだぞ! ご主人を置いて逃げるなんて出来ないんだぞっ!』


 フウちゃんとホムラくんの言葉に賛同するように、みんなが口々に嫌だと告げる。その気持ちが嬉しくて涙が出そうなくらいだったけど、ここは私も譲れないのだ。


「ありがとう。でも聞いて? 魔力に呑み込まれたら、一番に影響を受けるのはみんななの。だって、みんなは私の魔力を貰っているでしょ? もし利用されでもしたら……私は後悔してもしきれないよ」


 私の身体を使うということは、私の魔力を使うのと同じこと。正確には私やレイ、クリフトテレスはそれぞれ違う魔力を持っているけど、混ざり合っているからね。


 そして、その魔力にこの子たちは抗えないのだ。私の命令に逆らえないのと同じで。私の身体で、魔力で出された命令には従うほかない。


 乗っ取られても、自然魔術を使わないかもしれない。彼らは独自の魔術を使うだろうから。それでも、万が一にも可能性があるって思うと……怖いんだよ。


「お願い。もし私を大好きって思ってくれているのなら、私のために離れていてほしいの。私ではない誰かに、みんなを好きなように操られてほしくないんだよ」


 みんなに向かって頭を下げてお願いする。こればかりは譲れない。大切なみんなのことを守れる主人でありたいのだ。


 しばらくの間、沈黙が流れた。最初に声を上げてくれたのはやっぱりショーちゃんだ。


『わかったのよ……それが、ご主人様のためになるのよね?』

「うん。大切なみんなが無事であることが、一番嬉しいの」


 とても悔しそうに、それでいて決意に満ちたピンクの目が私を真っ直ぐ見ている。私も、そんなショーちゃんの眼差しを正面から受け止めて笑顔を見せた。


「大丈夫。私は絶対に戻ってくるから! 魔力になんて、負けないんだから!」


 レイのことやクリフトテレスの名前は出せないから魔力、と言っているけど、ショーちゃんには伝わっていると思う。


 そう、負けない。どんなに甘い言葉を投げかけられても、絶対に揺れるもんか。


 そのためには……もう一度、お父さんや父様と話す必要がある。この迷いを、一切なくすために。

 確認することもあるし、準備だってこれからだ。そのためにまずブレない心を持たないといけない。


『ご主人様の言う通りにするの。ショーちゃんに任せて! だからね、今はー』

『そうねっ! 今はー!』

『今は! オイラたちを甘やかすんだぞっ!』


 みんなどこか納得はいっていない様子だったけれど、明るい声で了承してくれた。

 本当に優しくていい子たち。命令で言うことを利かせたくはなかったから、みんなが渋々ながらも了承してくれて良かったよ。


 そのお返しなのか、なんなのか。みんなが揃っていたずらっ子のような雰囲気を醸し出して私に飛びついてくる。あまりの勢いにベッドの上でころんと転がってしまう私。


「あははっ、お安い御用だよ!」


 どうやらまだまだ眠れそうにないみたい。


 私の成人の日は、精霊たちのことを順番にギュウギュウ抱き締めるという幸せなひと時を過ごしながら終えたのでした。


 ※


 翌朝、私はまだ眠い目を擦りながら起き上がって食堂に向かった。


 昨日は色々とあったからか、ギルさんが部屋の外で待っており、眠そうな私を見て心配そうな顔を浮かべていた。

 あ、いや。この寝不足は別の理由があるのです。ギルさんの心配を解消するため、精霊たちとのことを話すとようやくクスッと笑ってくれた。ね? これじゃあ寝れなくなっちゃうでしょ? わかってもらえますぅ?


「今日は忙しくなる。途中で辛くなったらすぐに言え。休む時間を作るから」

「忙しく……? 何か急ぎの予定があったっけ」


 言われてもいまいちピンとこない。そりゃあ確認しなきゃいけないこともあるし、覚悟も決めなきゃいけないし、忙しくはあるけど……具体的に何をするかの予定はまさに今日、確認するつもりだったから。


 それとも私がまだ寝ぼけているだけで、決めたことがあったっけ?


「成人の儀は三日後だ。急いで衣装を注文しないといけないだろう」

「あっ、そっか! またランちゃんには無理をお願いすることになっちゃうなぁ……」


 なんだかんだで、ランちゃんにはお世話になりっぱなしだ。しかも、いつもいつもギリギリになって頼むことになっちゃって申し訳ない。


「アイツは急ぎじゃなくても、お前の服は半日で仕上げるだろ」

「……そういえば、そうかも」


 項垂れていると、ギルさんにごもっともなことを言われた。

 よくよく思い出してみれば本当にその通りで、ランちゃんったら仕上がりはいつでもいいと言っているにも関わらずその日の夕方、遅くとも次の日には仕上げてくるんだよね。

 なんでも、メグちゃんの服はインスピレーションがすぐに下りて来るから楽しい、だったかな。


 いや、そうは言っても期日がギリギリの注文っていうのはあんまり良くないだろうし、何かお礼を考えないといけないな。


 全てが終わって、解決したらになってしまうかもしれないけれど。


「それに、成人の儀の衣装なら形は決まってる。いつも以上に早く仕上がるんじゃないか」

「あ、そうだったね。でも、それならなんで急ぎで注文しないとなの?」

「服はともかく、宝飾がな。記念に残るものだから、デザインから何から本人が決めて注文することになっている」


 そうなの!? それは初耳なんですが!?

 すごく驚いていると、すでに誰かから聞かされていると思っていた、とギルさんに言われてしまった。アドルさんに成人の儀について聞いた時も、なんか似たような会話をしたなぁ……。亜人あるあるだ。


 ぐぬぬ、仕方あるまい。それなら確かに、急いで注文しにいかないとだよね。


 ギルさんが一緒にお店に来てくれると言うので、朝食を済ませた私たちはすぐに宝飾店へと向かった。

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