お祝いの贈り物


 どうやら夢の中でのやり取りは、ほんの瞬き程度の出来事だったらしい。


 痛みを僅かに感じた肩は、ギルさんの手によるものだった。倒れかけた私を咄嗟に支えてくれたみたい。ごめんなさい。


「どうやら、時間がないようだな」

「……はい」


 ギルさんやピピィさんは、この一瞬に何が起きたのかわかっていない。それも当たり前だよね。本当に一瞬だったんだもん。


 でも、私は今もハッキリ覚えてる。レイとの会話や、テレストクリフの声を。


「迷うな。迷えば、奪われる」

「わかって、ます」

「ふん、どうだか」


 シェルさんにも見えていたのだろう。あの場でのやり取りが。見えていた、というよりは聞こえていた、が正しいかな?

 突き放したような態度は相変わらずだけど、今はこれを理解してくれる存在がいるってだけで心強い。


 確かにね? 言いたいことはわかりますとも。いくら頭でわかっていても、お前は迷うんだろって言いたいんでしょ?


 その通り過ぎて辛い! ええ、迷いますよ! グラッグラですよ! 自分でもどうしようもないなってため息吐きたくなるよ!


 だって、お父さんと父様のことを持ち出すなんて、ずるい……。デリケートな問題に口を出さないでほしい。ほんの少しだけ、助かる道を望んでいるからこそ揺れてしまうんだ。


 ええい、ともかく! レイも最後に言っていたように、身体を受け渡すのだけは阻止しないと。それで全てが丸く収まるんじゃないかって疑問は残っているけど、今はレイの言葉を信じる他ない!


「メグ、大丈夫なのか。いや、この聞き方は無神経かもしれないが……」


 シェルさんが奥の部屋へと去っていくのを見届けてから、ようやくギルさんが口を開いた。


 大丈夫かどうか、ね。まぁ、あんまり大丈夫ではない。その答えをわかっているから、こんなに申し訳なさそうなのだろう。


 助けたいのに何も出来ないのって歯痒いよね。その気持ち、痛いほどわかるよ。


 だから私はギルさんにお願いをすることにした。


「ね、ギルさん。これはギルさんが持っていて。だって暴走をした時に私がこれを持ってたんじゃ、使えないでしょ?」


 さっきピピィさんから受け取った魔石を差し出しながら、私は冗談めかして笑う。


「ギルさんなら、いつも私の側にいてくれるからすぐに使ってもらえる。一番安心だよ」

「メグ……」

「側に、いてくれるでしょ……?」

「当然だ……!」


 この魔石が必要になった時は、私の自我が失われている時だもん。元々、誰かに託すつもりではあった。そして、いつも側にいてくれるギルさんが適任。実力的にも、ね。


 魔石をギルさんの手に渡し、そのままギュッと手を包み込むように握る。私の手の方がずっと小さいから、ちっとも包めはしないんだけど。


「ピピィさんには感謝だよね。もちろんシェルさんにもだけど……この魔石のおかげで、あの約束を果たさなくて良くなるかもしれないもん」


 私が魔石を見つめたままそう言うと、ギルさんが僅かに息を呑むのがわかった。


 そう、ギルさんにしか頼めないあのお願いごとのことだ。


 あの時、私はギルさんに残酷なお願いをした。もしもの時、私を止めるのはギルさんであってほしいっていう……そんな意味のお願いごとを。


 いくら私がポンコツでも、これだけの魔力を保有した存在が自我を失って暴れたら、被害は甚大なものになる。

 絶対に止めなきゃいけないけれど、オルトゥスの人たちはきっと私に攻撃するのを躊躇うはず。だって、あんなに大切に見守ってくれていた優しい家族だもん。


 他の人だってそう。むしろ、私が攻撃されるのを阻止しようとする人もいるかもしれない。

 それほど愛されているんだって自覚はあるから。自惚れ、ではないと思うんだ。


 だから、ギルさんに頼んだのだ。ギルさんが私を攻撃することは、誰にも止められないと思って。実力もあるし、何より私の番だから。彼が私を攻撃するという意味を、誰もが察してくれるんじゃないかって。


 とても残酷なお願いだったけど、ギルさんにしか頼めないことだ。


 でも、今日ピピィさんにこの魔石をもらったことで、私を倒すことなく無力化出来るかもしれないんだ。みんなの心を傷つけなくてすむ。本当にありがたいって思ってるんだよ。


「これでも抑えきれない場合とか、そもそもこれを使う時にどうしようもなくなったら……やっぱりお願いすることになると思う。一番大切なことを頼んでるんだよ。だから、今何も出来ないって嘆かないで。悲しまないで。ギルさんがいるから、私も安心して頑張れるの」


 そのまま、私はポスンとギルさんの胸に頭を預けた。


 酷いヤツだよね、私。一番辛いことを押し付けてさ。もし逆の立場だったら、私はギルさんを攻撃出来ない気がするのに。

 罪悪感でいっぱいだけど、謝っちゃダメだって思う。それをギルさんは望んでいないもんね?


「ああ、わかっている。覚悟も、出来てる」


 ギルさんはハッキリとした口調でそう答えると、私の頭を抱きしめた。ほんの数秒間だけ身を任せた後、私は顔を上げてギルさんと目を合わせ、ふにゃりと笑う。


 そのタイミングを見計らったのか、ピピィさんに声をかけられて二人同時に振り向いた。


 み、見られていたんだなと思うとちょっと恥ずかしいけど、ピピィさんならまぁいいかと思い直す。


「メグちゃん。改めて成人おめでとう。その魔石は私とシェルからの祝いの品だと思ってね」

「ピピィさん……はいっ! ありがとうございます!」


 そっか、成人のお祝い……。最高の贈り物をもらっちゃったな。それなら、私は立派な大人になった姿を見せることでお返ししたい。


「他にも、色々とありがとうございました。シェルさんにも伝えてもらえますか? ……聞いているとは思いますけど」

「ふふっ、そうね。任せてちょうだい!」


 ピピィさんと笑い合って、小屋で別れを告げる。郷を出るまでの間は、自然とギルさんと手を繋いでいた。


 伝わる温もりは、他のどんなものよりも私を勇気付けてくれた。


 ※


 オルトゥスに帰ると、みんなが一斉に心配顔を向けてくれた。


 いやはや、本当にすみません。ただ、私自身が詳しい事情を話せないってことを知っているから、誰も何も聞いてこなかったのは救いだ。察してくれる皆さん、有能だし優しい。


 もちろん、サウラさんには全部伝えたよ。ギルさんが。私も所々で相槌を打ったりしたけどね。どこまで話せるのかがわからない分、ギルさんに説明を頼んだ方が安心なのである。

 べ、別に私が説明下手だからってだけではないのだ。うん。


「なるほどね……。色々と衝撃的な事実を知った気がするわ。つまり、メグちゃんの魔王としての魔力暴走はもう間近に迫っているってことよね?」


 サウラさんの確認に、私は神妙に頷く。このくらいは大丈夫みたいなので。


「それは、今の魔王と……頭領の寿命が尽きようとしている、ってことでしょう?」

「っ、そう、なるな……」


 さすがはサウラさんだ。鋭い。そして、オルトゥスの統括としてかなりショックを受けているだろうに、それを微塵も表に出さない。


 これから忙しくなることを瞬時に察してくれたのだ。本当に頼りになる統括さんである。


「ピピィさんは、まずは成人の儀を済ませなさいって言ってくれました。……出来るうちに、と」

「……そう、ね。頭領や魔王様がメグちゃんの晴れ姿を見られないなんてことがあったら、祟られそうだもの!」

「ふふっ、そうですね」


 強い人だなぁ。私があまり思い詰めないように、冗談まで交えるなんて。内容自体は冗談とも思えないものだったけど。本当に祟られかねない……!


「メグちゃん。成人の儀はいつまでにやれば間に合うかしら」


 サウラさんが少しだけ心配そうに私に聞いてくる。そうだなぁ、正直に答えるとお父さんたちの死期を伝えることになってしまうよね。答え方には気をつけなきゃ。


 はっきりとした日数さえ教えなければ大丈夫、かな? そうなると結局、ほとんど何も言えないんだけど。


「……出来るだけ、早い方がいいです」


 苦肉の策として、曖昧にそう答えた私に、サウラさんは文句を言うことなくニッコリと笑った。


「わかったわ。三日後! 三日後にメグちゃんの成人の儀を行うわよ! ギル、主要メンバーに伝達をお願い」

「わかった」


 そして、いつものテキパキとした仕事ぶりを発揮するサウラさん。もう、もう、大好きっ!

 その気持ちが溢れてしまって、私はついサウラさんに抱きついた。


「わっ、もう、何? メグちゃんったら。成人しても甘えん坊は変わらないのね?」

「ううっ、サウラさんにハグ出来なくなるなら、一生甘えん坊でいいです、私ぃ」

「うふふっ、役得ねー! 私も同感! 一生甘えん坊でいてー、メグちゃーん!」


 もう私はサウラさんよりもずっと大きくなってしまったけれど、いつまでたってもサウラさんは私のお姉さんだ。


 ギュッと抱き締め合う私たちを、ギルさんはもちろんオルトゥスの皆さんが揃って温かな目で見守ってくれていた。

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