ハイエルフ族長の話
書庫から外に出ると、すぐにギルさんに抱きすくめられる。あまりにも勢いがあったから、驚いて目を丸くしてしまったよ。
っていうか、私ってば今すごく汗だくなんですけどっ! ちょ、離れてギルさんーっ! 汗臭いとか思われたら生きていけないーっ!!
「だ、大丈夫だからっ! ね? ほら、落ち着いてギルさん!」
「……そのよう、だが。何もなかったのか?」
「あー……」
「あったんだな!?」
ガシッと両肩を掴まれて顔を覗き込んでくるギルさんにもどかしい気持ちになる。ぐぬぬぬぅっ!
「あ、ったけど、言えないんだよぉっ!」
半泣きになりながらそう伝えると、ギルさんもようやく察してくれたらしい。悪かった、と言いながらそっと背中をさすってくれた。
ぐすん、ごめんね。私、成人したっていうのにまだまだ子どもみたいだ。情けない……。
「言わなくていい。大体わかる」
「!? シェル、さん!?」
その時、背後から聞き覚えのある冷たい声が聞こえて慌てて振り返った。ギルさんが舌打ちしたのが聞こえる。この距離ならシェルさんもそれを拾っただろう。ヒヤヒヤする……!
っていうか、今もなおギルさんに抱き締められているので、それを見られるのはなんとも言えない気持ちだ。ギルさんはもちろん、シェルさんだって微塵も気にしていなさそうだけど。元日本人の感覚ぅ……。
「ここに来る前に、こいつが来た。その時、メグのいる方向から魔力漏れが」
「そ、そうだったんだ……」
ギルさんが嫌そうに状況を説明してくれた。つまり、書庫から出た時にはすでにいたってことか。き、気付かなかった……! それも含めて孫的にはすごく恥ずかしいけど気にしたら負けだ。くっ、顔が熱くなっちゃう。
そ、それよりも。さっきシェルさんが言っていたことの方が気になる。話題を変えなきゃ。
「シェルさん、大体わかるってどういうことですか?」
「……ふん。忘れたのか。私の能力を」
シェルさんの能力、というと、人の考えていることが聞こえてしまうっていう力だよね。
昔は勝手に流れ込んできて大変だったってシェルさんのお姉さんであるマーラさんから聞いたっけ。でも、そのマーラさんのおかげでシェルさんも力を自由にコントロール出来るようになったのだとか。
でも、結構いつも私の考えを読んでいるよね……? いまだに警戒されているのかな、と思うと複雑だけど、それも仕方ないのかな。
現に、今はそうして読んでくれることが助けになっているわけだし。
「やっぱり、私の中の声も聞こえるんですね? あの時も、声を拾ったんでしょう? 私でさえ気付いていなかった声を」
そう、つまりそういうことなのだ。
以前ストレス解消しに来た時、シェルさんはすでに夢の中の青年レイの存在を感知してその声を拾っていたのだろう。
私がこの人に頼ろうと思ったのも、その可能性が高いと思ったからだ。レイが頼れっていったのも間違いなくシェルさんのことだろうな。
そしてシェルさんその時に気付いたのだ。レイの存在を。……言ってくれれば良かったのに、と思わなくもないけど、当時言われていたとしてもいっぱいいっぱいだったし、なんのことか理解も及ばなかったよね。
「全てではない。だが、察しはつく」
シェルさんは腕を組んで一度目を伏せた後、目を開いて私を真っ直ぐ見つめた。
目が、合った。えっ、シェルさんと目が合った!? 珍しい……いつもそっぽを向かれるか、こちらを見ても微妙に目が合わないのに。
綺麗な淡い水色の瞳はやっぱり冷たく見えたけれど……どこまでも真剣だった。
「来い。私が新たに知り得た情報とともに対策を教えてやる」
その内容がすごく重要なのだということは簡単に察しがついた。
ハイエルフの族長が知る情報。それは恐らく始まりのハイエルフや始まりのエルフについての話なのだと思う。
き、緊張する。こんな状況だというのに、ちょっとワクワクする気持ちもあるのだ。だって、神話の真実を聞かされるかもしれないのってロマンじゃない!? あ、睨まれた。すみません。
それにしても……。
「し、親切です、ね……?」
「ふん、世界が壊されては迷惑なだけだ」
つい口に出してしまった。シェルさんの眉間のシワが深い。でもちゃんと答えてくれた。
っていうか、そのたった一言が実に重い。世界が壊されるって。思わずギルさんを見上げちゃったよ。ギルさんも難しい顔になっている。
「もう、素直じゃないんだから。シェルったら。さ、二人とも私たちの小屋にいらっしゃい。お茶も淹れるわね」
重苦しい空気が漂い始めた頃、ピピィさんが明るい声でそう言ってくれた。
ふぅ、さすがはピピィさんだ。彼女がいなかったら重苦しい空気だけが続いて息が詰まっていたかもしれない。
すでにスタスタと先に言ってしまったシェルさんを追うように、ピピィさんが小走りで向かう。その後を追うように、私はギルさんと一緒に歩いた。
シェルさんとピピィさんの小屋は、程よい広さだ。物があまり置いてないので、パッと見た感じ殺風景に見えるけど、基本的に木造なので温かみを感じる心地好い空間となっている。
そんな中、小さなダイニングテーブルにハーブティの湯気が立ち上る。元々二人で使うためのテーブルなので、座っているのはシェルさんと私の二人。ピピィさんとギルさんは少し離れた位置に椅子を出して座っていた。
「魔王の暴走理由を知っているな? 魔力が増えすぎて、と言われているが。そもそもなぜ、ある日急に魔力が増えるのか、考えたことは?」
シェルさんは前置きなど一切なく、最初から本題を切り出した。
なぜ魔力が増えるのか、か。そう言われると、考えたことはなかったかも。魔王になったら自然と魔力が増える仕組みなのかと勝手に思い込んでいたから。
たぶん父様もこれまでの魔王もそういうものだと思っていたんじゃないかな。
そう考えていると、シェルさんはわかりやすくため息を吐いた。や、やめて! 深く考えなかったことを馬鹿にするのはっ! 反省はしてるからっ!
「そこからか、と思っただけだ」
「そ、それでもため息は傷付くのでやめてくださいよぅ……」
私の考えを呼んで、シェルさんが眉根を寄せながらそう言う。私がめげずに反論すると、再びため息を吐きそうなムーブをした。けど、耐えてくれたらしい。
お、おぉ……一応、こちらの意思を尊重してくれている。シェルさんってやっぱり優しい人だなぁ。あ、ちょっと褒めただけで嫌そうな顔しないで!
シェルさんはため息の代わりに一度小さく深呼吸をすると、順に話をしていくので疑問に思ったとしてもとりあえず最後まで話を聞けと前置きをした。
は、はい。大人しく聞きます! 両膝に手を置き、姿勢を伸ばして聞く体勢を整えると、シェルさんは静かに語り始めた。
「魔王の魔力暴走は元神と魔王による器の争奪戦にすぎない。どちらが身体の主導権を握るか、その奪い合いだ」
え、器の争奪戦……? 確か、レイもそんなことを言っていなかったっけ? あの時も何がなんだかわからないって思ったから覚えてる。
シェルさんの言った言葉から察するに、器というのは魔王の身体。つまり、今は私の身体のことだよね。
つ、つまり、今は私が主導権を握っているけど、他の誰かがこの身体を乗っ取ろうとしているってこと? そしてそれが……元神?
レイのこと、かな。でもそんな感じしなかったんだけどな。
『監視されているから。僕はこれ以上を教えられない』
ふとレイの言葉を思い出す。そうだ、そう言ってた。ということは、身体の主導権を狙っているのはあの声の主だ……! た、たぶん!
「魂を分け、力を分散させられれば魔王の勝ち。そうでなければ元神の勝ちだ。過去、元神は何度か勝利している。だが、いくら身体を乗っ取っても神には戻れなかったようだが」
えっ、負けた魔王もいたの!? 驚いて目を丸くしていると、シェルさんは少しだけ眉根を寄せた。魔王の記録に戦争後、性格が変わった者が数名いたはずだと言う。
そ、そうだったっけ? そうだったかも……? うっ、しっかり読み込んでないのがバレる! 魔王の知識については後回しにしちゃってたからなぁ。まさかここで繋がってくるとは。
はい、言い訳です。勉強不足でごめんなさい。
「だが、身体の争奪戦は終わらない。元神が神に戻るのを諦めないからだ。なぜ、同じ失敗を繰り返すのかは謎のままだが……」
シェルさんはそこで言葉を切ると、鋭い眼差しで私を見た。私、というよりも私の中を見ている感じだ。
ギルさんが僅かに身構えてしまうほど、その目にはわずかな敵意が込められているのがわかる。敵意というか、警戒かな?
「お前の中の存在が、元神の思惑を邪魔しているのだろう。恐らくこれまでの魔王の時も、その者が邪魔をし続けていた」
心の中で、レイがふんわり微笑みながら頷いた気がした。そう、なんだ?
じゃあレイはやっぱり魔王を、そして私を助けてくれる存在なんだね。初代魔王で、その辛さを知っているからかもしれないな。
そうか、つまりレイが言っていた「彼」というのが身体を乗っ取ろうとしている元神で、声の主で、レイを監視している者なんだ。
さすがに、声の主の正体がわかった気がする。きっと「彼」というのは……。
「まさか、お前の中にエルフ始祖までいるとはな。つまり、魔王の暴走というのは人になりたかったエルフ始祖と、神に戻りたいハイエルフ始祖の戦争。遥か遠い昔、この世界に生物が生まれたその時から続く、気の遠くなるほどの長い年月をかけた戦争が今もなお続いているのだ」
共に地上に堕ちた二柱の神のうちの一柱。神に戻りたいと願い続けているハイエルフ始祖、それが膨大に増える魔王の魔力の素であり、声の主だったんだ。
私は無意識にギュッと自分の腕を抱き締めた。
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