初代魔王


 すぐに夢の中だと気付いた私は、その場に立ち上がる。寝入った時と同じように、夢の中でも倒れていたみたいだったから。


 辺りを見回すと、すぐに目的の人物が目に入った。最近よく夢で会う青年に、私の方から声をかける。


「……また、会いましたね」


 青年はすでに私の方を見ていて、穏やかな微笑みを浮かべていた。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるので、警戒はしてしまう。


「そんなに身構えないで。自己紹介をしよう。僕の名前はレイフェルターヴ。レイって呼んでよ、メグ」


 何もしない、とでも言うように青年レイは軽く両手を上げた。

 見た感じからいっても、悪意のようなものは感じられないので大丈夫だとは思う。というか、最初から彼が危険な人とは感じなかったのだけど……魔術陣のこともあるから、一応ね。


「わかりました。……単刀直入に聞きます。レイ、あなたは一番最初の……エルフ始祖なのでしょう?」


 いきなり本題に入った私に、レイはクスクスと笑う。せっかちだなぁ、なんて言われてしまった。

 だ、だって。夢の中とはいえ、時間は経過していると思うから。あんまり遅くなるとギルさんが見に来ちゃう。そこで私が倒れていたら、また心配させちゃうもん。それは避けたい。


「君ならすぐにわかってくれると思ってたんだ。嬉しいなぁ。その通り、僕は始まりのエルフ。君たちに元神と言われている存在で、初代魔王だ」


 レイは、思っていた以上にあっさりと正体を告げてくれた。もっとこう、隠したり焦らしたりするのかな、って思っていたんだけど。


 というか、聞かれたことならなんでも答えるって感じかも。逆に聞かれなきゃ答えない、とかかな。それはそれで厄介だ。私はあまり察しの良い方ではないから。


「あの、何か目的があるんですか? 私に話せない術をかけたり、急に眠らせたり……」

「それは誤解だよ、メグ。僕は君に干渉しないよ。絶対に。だって、君を愛しているからね」


 サラッと言われた愛の言葉につい言葉を止めてしまったけれど……なんというか、彼の言う愛はもっと大きな括りのように聞こえた。


 実際、その通りだったのだろう。レイはニコニコと微笑みながら続きを口にする。


「僕は世界を愛しているんだ。この世界に住むもの全てを愛している。人も、動物も、魔物も。自然もね」


 胸の前で手を組み、目を閉じてそう言う彼はとても美しかった。神々しいっていうのかな。本当に神様なんだ、って信じさせられるっていうか。あ、元神様なんだから当たり前か。


 とにかく、オーラが違う。私たち人とは格が違うんだってわかる。


 父様の本気モードや、シェルさんもかなり人離れしているけど、それよりももっと確実に違うという感覚。何があっても敵わない、屈服するしかないって思わされてしまう圧倒的な存在感があるのだ。


 この人に悪意があったら成す術はないんじゃないかって思うと少しだけ怖い。


「だからこそ、僕は干渉のし過ぎで人の世に堕ちたんだ。彼を巻き込んでね。地上に住まう生命への深すぎる愛は神としてふさわしくないらしい」


 彼? 少しだけ悲しそうに伏せられたその瞳が気になったけれど、レイはそのことには触れずさらに言葉を続けた。


「愛しているのに、僕に力がないせいで争いが始まってしまったんだ。辛かったよ。そしてそれは、今も」

「争い……?」

「そう、戦争だよ。人と魔物の。もう数えきれないくらい何度も起きている」


 それって、もしかしなくても魔王の暴走による戦争のこと、だよね? レイが本当に悲しそうに眉尻を下げるから、こちらまで悲しくなる。


 そんな私に気付いたのか、レイはすぐに先ほどまでのように柔らかく微笑んだ。おかげで私もホッと肩の力を抜くことが出来た。

 なんだか彼の感情に振り回されているかも。夢渡りの力を使っているのだから、私より力のある彼の方に引っ張られるのは当然といえば当然だった。


「魔王はね、代々に呑み込まれて魔物を使役し、世界を襲おうとする。破壊衝動のままにね。もちろんそれは魔王の意思じゃない。僕だって、今の魔王だって、これまで魔王になってきた者たちはみんな……そんなこと、したくなかった」


 メグもそれは知っているよね、と同意を求められて戸惑い気味に頷く。

 彼、と言っているのが気になるけど……やっぱり父様だけじゃなくて、これまでたくさん苦しむ人がいたんだ。魔王の手記にも書いてあったけど、改めてそう聞くと余計に胸が痛むな。事実だって突きつけられているみたいで。


 レイは、自分もだって言った。レイほどの力を持つ元神様でさえ抗えなかったんだ。それじゃあ……。


「うん、そうだね。メグもそうなる。もうあまり時間はないよ。だって、世代交代がすぐそこまで迫っているから」


 私の考えを読んだように、レイはサラッと残酷な事実を告げた。私だってそうなることはある程度覚悟はしていたけど……それよりも今、もっと重要なことを言わなかった?


「そ、それって」

「うん。今の魔王はもうすぐ死ぬ。メグと血の繋がった父親だよね。魂の片割れであるもう一人の、魂の繋がりがある父親も死ぬ。そうだなぁ……十日後くらいに一度、彼らは倒れるよ。その三日後に、死ぬだろう」


 そこに感情は込められておらず、淡々と告げられて戸惑う。


 そん、な。だって、あんなに元気なのに……!


 夢の中だというのにガタガタと身体が震えて止まらない。だ、だって、レイの言う通りなのだとしたら、父様とお父さんが死んでしまうまで十日と少しじゃない。そんなの、そんなの、早すぎるよ!


「彼らの亡き後、悲しむ時間はあっても数刻だよ、メグ。だって、次は君の番だから」


 どうにもならない思いを口にしかけた時、再び感情のこもらない声で告げられた言葉にグッと息を詰まらせた。


 ここで八つ当たりしたって意味がない、それが嫌というほどわかったのだ。レイの態度で、それを理解させられた。


 考えている暇も、悲しむ暇も、全ては後回しにしなさいって言われた気がする。それよりも、自分に待ち受けている運命を見ろ、って。


 急展開が過ぎない? 私、今日成人したばかりなんだけど? そんなにも時間がないなんて思ってなかった。


 ……ううん、考えないようにしていただけだ。だって残り十年の寿命だってわかっていたじゃない。


 今はあれからちょうど十年くらいが経つ。いつその時が来てもおかしくなかったはずだ。

 そのために、私はあの日から魔王城に通って、魔王としての引き継ぎも進めてきていたのだから。


 だというのにどうして私は、自分が成人するまで、自分が結婚式を挙げるまで二人が生きていると信じ切っていたの?


 ……信じたかった。信じたかったよ。だけど、それは許されないん、だね……? どうしても、お父さんたちの寿命を延ばすことは出来ないのかな。


『出来、る……』

「え」


 ぐっと拳を握りしめた時、この空間に響き渡るような声が聞こえてきた。


 あの声だ! レイとは違う、意思を持った魔力の……!


「っ、まずい、メグ。時間がない!」

「きゃっ……」


 レイが咄嗟に私の両肩に手を置いた。その力が予想以上に強くて、痛みに顔が歪む。夢の中でも、痛みを感じるなんて。


「あの声に、耳を貸してはいけない。君が本当に幸せを掴むためには」


 どういうこと? でもあの声は、お父さんや父様の寿命を延ばせるって、それが出来るって!


「君に、希望が残されているというのは本当だよ。なぜなら、君は初めて僕を認知した魔王候補なんだから。つまり直接、僕は君に助言出来る」

「……レイにも、二人の死期を遅らせることが出来るの?」


 縋るように告げると、レイはギュッと眉根を寄せた。それだけで、彼には出来ないんだってことがわかる。


「時間切れだ。これ以上は危険だよ、メグ。彼が身体を乗っ取ってしまう。今すぐ起きるんだ、メグ」

「で、でも、まだわからないことだらけで」


 真っ白だった世界に、モヤがかかっていく。これがなんなのかはわからないけど、なんとなくここにいてはダメだっていう予感はした。こういう時は直感が正しいのだ。レイも危険だって言っているし。


「焦らないで。まだ間に合う。それに、また時間は取れるよ。メグ、僕らは二人とも夢渡りが出来るだろう?」


 レイはソッと私の両肩を押した。強い力じゃないのに、ふわりと後ろに倒れていくのがわかる。


 ああ、夢の世界から戻そうとしてくれているんだ。

 身を任せて、ゆっくりと瞼を閉じる。


「彼は、メグにとって魅力的なことを言うだろう。でも忘れないで。君の意思や、大切なものを決して見失わないで」


 薄れていく夢の世界の中、最後まで聞こえてくるレイの声。


 ────乗り越えるんだよ、メグ。


「っ!?」


 ハッとなって勢いよく目を開けた時には、すでに元の世界に戻っていた。ハイエルフの郷の書庫の中だ。


 ゆっくりと上半身を起こすと、汗ビッショリになっていることに気付く。そして、わずかに魔力が漏れていることにも。


「黒い魔力だ。レイの言う……意思を持った魔力に呑まれかけていた、のかな」


 手のひらを見つめてグーパーと繰り返す。二、三回繰り返すことで、ようやく自分に感覚が戻った気がした。

 もしかすると、私が眠っている状態がまずいのかも。無防備な状態になると、意識を乗っ取られやすそうだし。


「メグっ! メグ、大丈夫か!?」

「! ギルさん?」


 ふいに、扉が思い切り叩かれる音と焦ったようなギルさんの声が耳に飛び込んできた。たぶん、この魔力漏れに気付いたんだ。微々たるものだったのに気付くなんてさすがすぎる。


 色々と混乱はしたままだけど、今はとにかく無事な姿を見せないとね。


 私は書庫にいる本の精霊たちに本を片付けてもらうと、すぐに扉へと向かった。

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