書庫にて


 ギルさんの背に乗って飛ぶのにもずいぶん慣れた。

 初めて乗ったのは初デートの時だったよね。すっごくドキドキしたのを覚えてる。なんなら今もドキドキはしている。


 フワフワでツヤツヤな羽毛はいつ触れても良いものだ。癒し効果抜群。レキの毛皮と同じ効果があるんじゃないかって思うよ。私限定で!


 そうしてあっという間にハイエルフの郷付近の上空に辿り着いた時、入り口のゲートに人影があることに気付いた。

 え、誰? あんな場所に立っている人なんて滅多にいないのに。


 だけど、その人物が誰なのかはすぐにわかった。見目麗しいのと、魔力の質を探ればすぐだったのだ。


『このまま下りていいのか』

「うん、平気!」


 少し戸惑ったようなギルさんの念話に返事をすると、ギルさんはゆっくりと下降し始める。いつもは勢いもそのままに着地するんだけど、そこに人がいればさすがに気を遣うのである。


 着地後、すぐに人型に戻ったギルさんは私を抱えてそっと地面に下ろしてくれた。じ、自分でも着地は出来るんだけどな。相変わらずの過保護だ。


 と、とにかく今はそれは置いておいて!


「メグちゃん、いらっしゃい」

「ピピィさん! 珍しいですね? 外に出ているなんて!」


 そう、人影は私の祖母にあたるフィルジュピピィさんでした!

 けど、郷に住んでいるハイエルフの人たちは基本的に郷から出てくることはないのでびっくりだ。本当に、一歩も出てくることがないんだよ?

 特級ギルドシュトルのリーダーをしているマーラさんや、一緒に手伝いをしているハイエルフさんたちとは違って外に出たがらないのだ。


「ふふっ、なんとなく来る気がしたの。ただの勘なんだけれど、結構当たるのよ?」


 いやいやっ! そういうこともあるだろうけど、それにしたってどんぴしゃなタイミング過ぎませんか? 驚きを隠せずぽかん、としていた私を見て、ピピィさんはクスクスと笑った。


「冗談よ。本当はそろそろ来るんじゃないかって予想をしていたから、ここ最近は毎日メグちゃんの気配を探っていたの」

「そうだったんですね……それにしたって、なんでそんな予想を?」


 さすがに今日ピタリと当てたってわけではなかったみたいだけど、来るかもしれないって予想すること自体が不思議だ。

 首を傾げて訊ねてはみたけれど、ピピィさんはその質問には答えずニコリと笑った。


「番と来たのね?」

「は、はい」


 話題と視線がギルさんの方に向いて、反射的に頬が熱くなる。いまだに慣れない私って。


「あらあら、照れなくてもいいのに。さぁ、一緒に郷の中にお入りなさい」

「え、でもいいんですか? 空気が乱れてしまうんじゃ」

「あら、長期滞在さえしなければ大丈夫よ。前もそうだったでしょ? 彼なら信用もしているもの」


 てっきり、ギルさんは郷の外で待機することになると思っていたから嬉しい誤算である。正直、側にいてくれないのは不安だったから。甘ったれになってる自覚はある。


 ピピィさんがギルさんに向かって微笑むと、ギルさんもわずかに頭を下げた。

 そのまま、ギルさんは私の近くへと歩み寄ってそっと背中に手を添えてくれる。温かな手のぬくもりにホッとした。


「ああ、それから。成人おめでとう、メグちゃん。今日から大人の仲間入りね」

「! あ、ありがとうございます、ピピィさん」


 そうだ。忘れそうになるけれど、今日は私が成人した日。精霊たちが相変わらず交代でやってくるから、ピピィさんにもその様子は丸見えなのである。

 最初から嬉しそうにニコニコしているのはこれが原因の一つと言えるかもしれないな。


 ピピィさんの後に続いて私はギルさんとともにハイエルフの郷に足を踏み入れた。

 その瞬間、私の周りに集まる精霊たちが一気に増えたのでちょっと眩しさに目がやられたけど、ありがたく祝福は受け取ります。


 ありがとう、ありがとうね、みんな。でもすこーしだけ落ち着いてもらえると助かるよっ!


 やや困っている私を見て、私の契約精霊たちが必死で寄ってきた精霊たちに説明をし始めた。

 ああ、ほっこりする。ショーちゃんたちもなかなかの過保護だよね。ご主人様! と言いながら、いつまでたってもどこか私の保護者目線な気がするのは解せないけれども。


「シェルは今、散歩に出かけているみたいなの。夕方には戻ると思うけれど……」


 郷の中を案内しながら、ピピィさんが教えてくれる。私がシェルさんに用があるというのをすでにわかっている口ぶりだ。敵いません。


「それなら先に書庫を見させてもらってもいいですか? その、調べたいことがあって」

「構わないわ。そうねぇ。じゃあギル、といったかしら。貴方にはその間、ここへ来た事情を詳しく聞かせてもらえないかしら」

「わかった」


 ハイエルフの郷の書庫には一人ずつしか入れないからね。特殊な空間で、必要な書物しか調べられないようになっているのだ。

 逆に、調べたいことはすぐに書物を見付けられるので便利といえば便利である。


 二人も、書庫の近くの小屋で話をするというので、途中までは一緒に向かった。ギルさんが少しでも私の近くに居たいと言ってくれたから……。

 ピピィさんはそれはそうよね、と穏やかに微笑んでくれていたけど、身内に知られる恥ずかしさはやばいっ! 穴の中に入りたい気持ちです……!


 さて、気を取り直して!


 書庫に辿り着いた私は入り口で二人に手を振り、早速中へと一歩踏み出す。

 ここの精霊たちと会うのも久しぶりだな。成人のお祝いで一気に集まってきてくれたのがなんだかくすぐったい。


 お祝いしてくれたことにまずお礼を言ってから調べたいことをイメージすると、すぐに精霊たちが書物を集めてきてくれた。


 初代ハイエルフのこと、暴走する魔力について何かわかることがあれば、っていうちょっとあやふやなイメージだったのに見つかるのはすごい。


 でも、さすがに数は少ないみたい。全部で四冊だ。それでもずっしりとした本もあるから読むのには時間がかかりそう。


「ありがとう。暫く調べるのに集中させてもらうね」


 精霊たちに声をかけると、空気を察してくれたのか精霊たちはすぐに私からスイッと離れてくれた。それでもこちらの様子を窺っているのがかわいい。


 よし、せっかく見守ってくれているんだもん。私も頑張らなきゃね! ドキドキする胸を押さえながら、私は本を手に取った。


「……! あっ、た」


 パラパラと眺めていると、欲しかった情報が書かれている箇所を割とすぐに発見した。意外とすぐに見つかってよかったな。


 始まりのハイエルフについて、か。私は早速、その部分を集中して読み始めた。


 それからどれほどの時間が経っただろう。かなり色んなことがわかった。


 前に読んだ時はまるで神話みたいだって、そんな風にしか思わなかった。でも今読んでみるとなんというか、色々と勘繰ってしまう。


 元々、神だった二柱は地上に堕ち、始まりのハイエルフとなった。一人は再び神に戻ろうと必死で、もう一人は人の世で生きたいと望んだ。

 神に戻ろうとした方がハイエルフ始祖で、人の世で生きることを決めたのがエルフ始祖だ。そしてエルフ始祖こそが、初代魔王となったのである。


 ここで調べられるのはここまでみたい。一応、ザッと目を通してみたけど、どれも同じようなことしか書いてないようだし。


 でも、初代魔王かぁ。魔王と言えば、魔力暴走のことが思い浮かぶけど。絶賛、それで悩んでいるところだからどうしても考えちゃうよね。


 精霊さんたちに魔力暴走についてのイメージを伝えてみても、これ以上の本はないとのこと。うーむ。この場所で見つからないならどこの書庫を調べてもないよねぇ。


 ……初代魔王も、同じことで悩まされていたのかなぁ。気になるのはそこだ。

 それはつまり、魂を分ける勇者も存在したんじゃないかってことだから。つまり、初代勇者? それはこの世界の人だったのか、それとも。


 そこまで考えた時、急にグラッと眩暈がした。世界が回る、というか……気分が悪くなったわけじゃなくて、これは。


「……眠くなってき、た」


 そうだ、急激に睡魔が襲ってきた時のような。頭がうまく回らない。目を閉じたら一瞬で眠ってしまいそう。


 すごく集中してたからかな、とも思ったけど、この眠気はさすがにおかしい。いくらなんでも偶然では片付けられないよ。いい加減、私にだってそのくらいはわかる。


 誘われている、のかな? もしかして、あの夢の中の青年だろうか。


「伝えたいことがある、とか? ちょっと、都合が良すぎ、かなぁ……?


 ちょうどいい。私も聞きたいことがあるんだ。それに、この睡魔にはとても抗えそうにない。


 魔力でごり押しの抵抗も出来ない感じがする。おそらく魔術なんだろうけど、私の実力では到底敵わないってわかるんだ。首元の魔術陣と同じで、誰にも解除することは出来ない。そう感じる。


 それなら、私に出来るのは誘いに乗ることだけ。


「夢の中で、話してくれるの、でしょう……?」


 身体が傾いていく。このままでは床に倒れ伏してしまうけれど、仕方ないね。


 精霊さんたち、心配しないでね。私は少しの間、眠るだけだから。


 椅子の上からも滑り落ちた私は、睡魔に身を任せるように瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る