ギルドのルール
サウラさんからの許可はあっという間に下りた。というか、今朝の問題が解決するならいくらでも時間とお金を使っていいとまで言われてしまったよ。さ、さすがにそれは。
「帰ってきたらすぐに成人の儀を行えるように準備しておくから! だから安心して行ってきてちょうだい?」
「ふふっ、ありがとうございます、サウラさん。でも、帰ってくるのが明日だったらどうするんです?」
「明日だったとしても間に合わせるわよ、当然でしょ?」
あっ、これは本気のヤツだ。この人はやる。やると言ったらやる人だ。思わず笑顔が引きつった。
ハードワークをさせるわけにはいかないので、長引くようなら連絡すると約束しました。明日だったとしても急がなくていいです、とも。ふぅ、本当にうかうかと冗談も言えないよ……! 出来ちゃうスペックがあるからいけないのである。有能すぎるのも困りものだ。
「気を付けて行ってきてね、メグちゃん。あ、そうだ、ギル」
「なんだ」
最後に、サウラさんはハッと思い出したようにギルさんを呼び止める。なんだろう?
「メグちゃんが成人したからって、好き勝手に手を出しちゃダメよ?」
「さっ、サウラさんっ!?」
出かける直前に言う言葉がそれぇっ!? 私の方が過剰に反応しちゃったよ!
たぶん、今の私は顔が真っ赤になっていると思う。もうっ、サウラさんは本当にっ! もうっ!!
「さぁ? 約束は出来ないな」
「ギルさんっ!!」
一方でギルさんも面白そうにニヤリと笑ってそんな風に答えるものだから、さらに耳まで熱くなる。二人して私をからかってません? なんか、大人になろうがなるまいが、結局からかわれる運命にあるんじゃないか、私?
「もうっ、いってきますっ!!」
「はぁい、いってらっしゃい。気を付けてねっ!」
サウラさんは、たぶん私の緊張や不安を解れさせるために冗談を言ったのだろうけど、いくらなんでも恥ずかしすぎる……!
場の雰囲気に居た堪れなくなった私は、ギルさんを振り返ることなく足早にオルトゥスを出た。
「メグ」
ズンズンと真っ直ぐ突き進む。顔も上げられなくて視線はやや斜め下。後ろからギルさんに呼ばれたけど、今の私はちょっと拗ねてるんだからね。知らんふりである。
「そんなに恥ずかしがるとは思わなかったんだ。からかって悪かった」
だけど、ここまで素直に謝罪されたら聞かないわけにはいかない。私はピタリと足を止めて睨むようにギルさんを見上げた。
「……意地悪」
「すまない」
頬を膨らませてポツリと言うと、ギルさんは困ったように微笑みながらまた謝罪の言葉を口にした。
続けて許してもらえないか? と少しだけ寂しそうに言われたらもう、許すしかなくなってしまう。ずるい。ちょっと悔しい気持ちもあるので、私も少しだけ意地悪を言うことにした。
「……好き勝手に手を出すんですか?」
まだ熱い顔に気付かないフリをしてそう言うと、ギルさんは軽く目を見開いた後、やっぱり困ったように眉尻を下げて答える。
「メグから許しをもらうまで、何もしない。だから安心しろ」
それはそれで、許したくなった時になんて切り出せばいいのかわからなくなりそうだ。私っていうのはそういうヤツなのだから。面倒なヤツですみません。
「……ああ、わかった。俺も時々、確認することにしよう」
そんな私の心情を察したのか、私が顔に出ていたのか。ギルさんは顎に手を当ててそんな提案をしてきた。
「か、確認」
「ああ」
結局、私はこの人に敵わないのだ。
「今は、ダメなんだろう?」
私の髪を耳に掛けながら、ギルさんが問う。熱っぽくも感じるその黒い瞳から目が逸らせなかったけど、雰囲気に流されてしまわないように必死で答えた。
「だ、ダメ、です……!」
「残念。わかった」
ギルさんと思いが通じ合って数年が経つというのに、いつまでたっても心臓が飛び出そうだよ……! 大人になって、関係が変わるかもしれないっていうのもあると思うけど。
あと、ギルさんがカッコ良すぎるのがダメなんだと思います。さり気なく手を差し伸べてくれた手を取ると、フワリと微笑んでギルさんは歩き始めた。はぁ、カッコいい。
私も大概、ちょろいヤツである。
「それで、どこへ向かうんだ」
「ハイエルフの郷だよ。たぶん、シェルさんは気付いてるから」
シェルさんの名前を出すと、ギルさんは露骨に嫌そうに顔を歪めた。わかりやすい……。
今のギルさんなら、シェルさんにも負けないと思うんだけどな。なんていったって、お父さんお墨付きのオルトゥス最強なんだもん。まぁ、戦いに行くわけじゃないんだけども。
「なぜ、アイツが気付いていると思うんだ」
「前にハイエルフの郷でストレス発散したって言ったでしょ? あの時にね……」
もっともな疑問に、私は昔のことを思い出しながら伝えた。魔力をぶっ放すストレス発散に付き合ってもらったあの日。去り際に残した意味深な言葉。
私の中の意思を持った存在にあの頃から気付いていたのだ。ただ、それを伝えることは出来ない。夢の中の青年について話すことになっちゃうからね。
「なぜ気付けるんだ……」
「それは、たぶんシェルさんの特殊体質があるからだと思う」
「確か、考えていることがわかるんだったな。だが、それがどうして……?」
それはまず間違いなく、私の中にいる存在の言葉を拾ったからだろう。ただそれについてはギルさんに伝えることが出来ないので、私は口の前に指でバツを作って言えないことを伝えた。
それだけで、察しの良いギルさんは何かを察したかのようにハッとなって思案顔になる。もたらされたヒントを元に、色々と推測しているのだろう。さすがだね!
「シェルさんが言った言葉。たぶんあれは、今日みたいなことが起きたら相談に乗るって意味だったと思うの。違うかもしれないけど、ダメ元で聞いてみようかなって」
まだ考え込んでいる様子のギルさんを横目で見つつ、私は考えていることを話した。言える範囲で伝えられることは伝えておかないとね。何がヒントになるかわからないし、とても頼りにしているのだ。
「それに、あの場所にある書物を調べてみたいと思っていたから」
また今度でいいや、って先延ばしにしてきたからね。さすがに調べようと思う。
あの場所には最初のハイエルフについての書物があったはず。前にも見たけれど、もう一度しっかり調べ直してみたいのだ。
たぶん、そこにあの青年の正体に繋がる何かがある気がするから。
「俺に出来ることがあったら言ってくれ」
きっとギルさんはそう言ってくれるって思ってたよ。逆の立場でも同じことを言うからね。
ただ、ちょっとだけどうしようか迷う気持ちもある。これを伝えたら、ギルさんは困るだろうから。
ううん、言うべきだよね。いつ、何が起きてもおかしくないのだ。私の意思を伝えられる時に、しっかり伝えないと。
「これはね、ギルさんにしか頼めないことなんだけど」
一度目を伏せてから、ギルさんを見つめた。ただならぬ雰囲気を感じてくれたのだろう、ギルさんも真剣な様子で私の言葉を待ってくれている。
ギルさんにしか頼めないこと。私は端的にそれを伝えた。
「それ、は」
「誰かに頼まなきゃいけないことで、辛い思いをさせてしまうのはわかってるの。自分でも酷いことを言ってるなって思うよ? でも」
残酷な頼みだよね。ギルさんも辛そうに眉根を寄せている。でもたぶん、わかってくれている部分もあるのだろう。頭ごなしに否定してこなかったことからもそれがわかった。
「でも、これはやっぱり……ギルさんじゃないと、嫌だから」
おそらく、人生で最大のワガママだ。ギルさん以外に、これを頼むことは出来ない。他の誰にも頼みたくはないんだ。
「わかった。わかった、が……」
ギルさんは私の手を優しく引いて、抱き寄せてくれた。不安な気持ちがすごく伝わってくる。そうだよね、ごめんね。不安にさせて。
「その未来が、来ないことを願う」
「うん、そうだね。それは私も願ってる」
私もギルさんの背に腕を回して抱き締め返す。ギルさんの体温や鼓動を感じていると、気持ちが落ち着くんだよね。これは幼い頃から変わらない。
パッと顔だけを上に向けて、ギルさんを見つめる。
「だけど、いつだって最悪の事態を想定するのが、オルトゥスのルールでしょ?」
ニッと笑って見せると、ギルさんもすぐにフッと力を抜いてくれた。
そう。私はオルトゥスのメグ。まだ魔王じゃないのだから、ただのメグなのだ。所属ギルドのルールに従うのは当然のことなのである。
「なら、これからは他の手を考える時間、か」
「そういうことっ! というわけで、ギルさん! 私をハイエルフの郷まで運んでください!」
「頼もしいな。わかった」
最悪の事態は回避してこそだ。まだその手を考えるのは早い。
大きな影鷲姿に変化したギルさんに見惚れながら、私は改めて決意を固めた。
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