心当たり
集まっていた人たちにも、笑顔で大丈夫だと伝えてひとまずはそれぞれ仕事に戻ってもらうことにした。みなさん心配顔のままだったけど。ですよね! 本当にご心配おかけしてごめんなさいっ!
私ってどうしてこうもトラブルを呼んでしまうのだろうか。心苦しくて仕方ないよ!
しかし、モダモダしていても仕方ない。それに、なんとなく予感がするのだ。
この問題さえ乗り越えれば、全てが解決するって。
もちろんただの勘でしかない。けどこういうのって当たるんだよね。
「医務室に向かおう」
「うん……」
ギルさんがそっと背に手を当ててくれる。そのまま二人で医務室へと向かった。
道中、喉に軽く手を当てる。指先からわずかに自分の物ではない魔力を感じるから、本当にここに魔術陣があるのだろう。うぅ、人体の急所に魔術陣があるっていうのは落ち着かないよー!
だけど、私を害するような類ではないことは確かだ。ただ、何も言えなくなるだけ。そして言おうとした時はさっきみたいに少しの間だけ意識が飛ぶ。
でもそのくらいなら大丈夫だからって安心は出来ない。だって「争奪戦が始まる」だなんて物騒なことを言われたし。無視は出来ない、というかヒシヒシと危険だって予感もするから。
あーっ、でも! わかっているのに伝えられないこのもどかしさ!
いやいや落ち着け私。オルトゥスの優秀な頭脳でもあるラーシュさんなら、きっと解き明かしてくれると信じている。私はただ大人しく出来る限りのことをしよう。
「ふむ。身体に問題はなさそうだね」
「そうか」
医務室でルド医師に魔術で検査してもらった結果はこの通り、何も異常はないとのことだった。ギルさんが安心したように大きくため息を吐く。
ごめんね、心配させて。ごめんね、伝えられなくて。
「そんなに申し訳なさそうにするな」
ギルさんにそっと頬を指の背で撫でられる。
うん、そうだよね。でもやっぱりごめんって思っちゃうよ。困ったように微笑み返すと、今度はぽんぽんと優しく頭を撫でられた。
「メ、メグさんがっ、た、大変って……!」
「ラーシュさん!」
そこへ、医務室に飛び込むように息を切らせらラーシュさんがやってきた。
その後ろから、マキちゃんも心配そうに覗き込んでいる。邪魔になると思ったのか、マキちゃんは医務室の扉の前で待機しているけど。もう、優しいな。
元気であることをアピールするためにマキちゃんにニッコリ笑うと、ホッとしたようにマキちゃんも笑ってくれた。大人になってもマキちゃんの笑顔の癒し力は健在だね!
ラーシュさんにギルさんとルド医師が色々と説明してくれている。二人の話は的確で、短く要点を捉えているのでとてもわかりやすい。すごい。
「じゃ、じゃあす、少しま、魔術陣を、み、見せてくれるかい?」
「はい。お願いします」
襟元を少しだけ開いてラーシュさんに向き直る。時々、少し触るね、と声をかけられながらジッと待った。
普段おっとりとしているラーシュさんの目がとても真剣で鋭くて、なんだか緊張しちゃうな。
「な、なるほど……め、メグさんは、は、話したくても話すことがで、出来ないんだね? で、でも危害を加えられることは、な、ない」
「!」
ものの数十秒ほど見たラーシュさんは、最初からそう言い当ててきた。言いたくても言えないっていうのはみんなが察してくれたことだけど、危害はないってことまでこんな一瞬でわかっちゃうなんて。
「こ、肯定もひ、否定もし、しなくていいよ。な、何が引っかかるか、わ、わからないから」
さらに、私への配慮も完璧にしてくれた。これもすごい。迂闊に返事をするとなんとなくだけどやばいな、っていう感覚はあったから。
ただ私はすぐに顔に出る女。この場にいるお三方は私の顔を見ただけでラーシュさんの言ったことが正解だと察してくれた。なんとも微妙な心境です。
「つまり、メグは何かを知っているがそれを話そうとすると魔術が発動するのか」
「そ、そう。け、結構じょ、条件がき、厳しいみたい。つ、伝えようとするだけでい、意識を奪う」
そう! そうなんですよー! 短時間意識を失うだけで危険はないの!
三人は再び私の顔を見て確認してきた。ぐぬぬ、と呻いている私を見て揃って頷かれるのはなんだか居た堪れない。今だけは顔にすぐ出る性質が役に立っているのだろうけど。
「解除は出来ないのか」
「……む、難しい、というかた、たぶんふ、不可能だね。ぎ、ギルさんならわ、わかるだろう?」
「……」
ラーシュさんの言葉に、ギルさんがさらに眉根を寄せた。
その通り、これは解除出来ないと思う。術者にしか解けない強力なものだ。
恐らくこの魔大陸でもっとも魔力を持つ私でも無理。私の技術が足りないとかそういうレベルの話でもないのだ。
絶対的な差があるってわかる。これだけは誰にも解除出来ないんだって本能でわかってしまう。それに気付かないギルさんではないはずなのだ。
「このような複雑な術式は見たことがない。一体誰がこれを……?」
ルド医師もまじまじと魔術陣を観察しながら呟いた。誰が、か。
「メグは心当たりがあるのか」
「……い、言え、ない」
ギルさんに聞かれてもこれしか答えられないことが辛い。しょんぼりと肩を落としていると、ギルさんの方が謝ってきた。
「すまない、メグ。大丈夫だ。言わなくていい」
心当たりならもちろんある。夢の中の青年っていうだけじゃなく、その青年の心当たりも。
あり得ないって私の常識が否定している。でも、実際に夢渡りの術者である私の夢に入り込んで会話をし、こうして魔術も仕掛けることが出来ているんだよ?
そんなことが出来るなんて、同じ夢渡りの術者しか考えられない。それも、私よりもずっと腕のいい術者ということになる。
思い当たる人なんて一人しかいない。と同時に、あり得ないって……。
だって、遥か昔に存在した始まりのハイエルフの一人が今も存在しているなんて、信じられる……?
けれど、それしか考えられない。私の常識なんて今は忘れてしまわないと。
夢の中の青年はたぶん、始まりのハイエルフであり、初代魔王だ。うん。今はそう結論付けて考えることにしよう。
そういえば彼は「僕らのことを知っている人」に頼れって言った。僕らというのはたぶん、彼自身とあの声の主の二人。
これだけじゃ誰のことを指すのかわからないからなんとも言えないんだけど……あの声の主にも実は少しだけ覚えがある。夢を視た時は何がなんだかわからなかったけど。
あの声の主は、きっと暴走した魔力の声だ。一度暴走しかけた時に、何度となく苦しめられたからどこか懐かしさを感じたんだと思う。
魔王の力を受け継いだ時、膨大な魔力が意思を持って暴走する。その意思を持った魔力の声なんじゃないかって。
でもなぁ……彼が「僕ら」と言った意味がまだわからないんだよね。その意思を持った魔力とも知り合いなのかな? 魔力と知り合いっていうのも変な話なんだけど。
ああ、もう。誰にも何も相談が出来ないっていうのは辛いな。一人で調べなきゃいけないのかな。そう思った時、ふとあることを思い出した。
『お前は、誰だ』
『……え』
『……誰かに相談することが不可能になったら、ここへ来い』
数年前、ストレス発散のためにハイエルフの郷で魔力をぶっ放した時の会話。
あの時、シェルさんが確かにそう言っていた。まるで、今の状況を見越していたみたいな発言だよね……。青年が言っていた人も、もしかしてシェルさんのことなのかな。
そう、そうだよ。あの時すでに、シェルさんは私ではない誰かを見ていたんだ。
あれ? だとするともしかして、あの夢の青年と声の主は私の夢の中に突然現れたのではなくて……。
ずっと、私の中にいた……?
ゾワリと鳥肌が立つ。非現実的だと思う。けど、そう考えるのがしっくりくるんだよ。
あの声が意思を持った魔力だというのなら、その説も間違いじゃないよね。そうなると青年がなぜいるのかっていうのがまたわからなくなるんだけど。
「……私、調べてくる」
しばらく黙り込んでいた私が呟いたのを聞いて、三人が私の方を見た。ここが踏ん張りどころだ。私はギュッと自分の腕を握った。
「確証はまだないけど、気になることがあって……今は、そんな些細な勘も馬鹿に出来ない気がするの」
私の決意はみんなにちゃんと伝わったと思う。ルド医師もラーシュさんも、どこか心配そうではあるけど小さく微笑んでくれたから。そして、ギルさんも。
「……わかった」
ギルさんはそう言って、椅子に座る私の前に膝をついて目を合わせた。そのまま私の両手を取って柔らかく微笑む。
「なら、帰ってきてから成人の儀だな」
「ギルさん……」
そうだ。今日は私が成人した日。本当はお祝いムードだけを味わう日だったはずなのだ。ひっきりなしにやってきている精霊たちも、途中からすごく心配そうなのが伝わってくるし、なんだか申し訳ないことしちゃったな。
帰ってからの約束。それは私をとても勇気付けてくれる。精霊たちも、帰ってから改めてお礼を言わせてもらえるかな?
「しっかりお祝いしないといけないな」
「じゅ、準備をし、しないとですね!」
ルド医師とラーシュさんもそんな風に言ってくれている。二人とも私がなんとかするって疑ってないみたいで、なんだかくすぐったかった。
「……はい! 楽しみにしてますね!」
よし、これはますます頑張らないと。
そうなるとまず、サウラさんのところに戻って休暇申請を取らなきゃだね! 休暇、でいいのかな。まぁそこは要相談だよね。何日かかるかはわからないし。
医務室を出て、再びギルド内を歩きながらギルさんが不意に告げた。
「俺も行く」
その言葉にピタリと足を止め、ギルさんを見上げる。その目は、断られてもついて行くと言っているよね。目は口ほどにものを言うとはこのことである。
「うん。来てほしい。やっぱり一人は心細いもん」
もちろん、私も来てもらいたいって思ってた。けど、ギルさんにも仕事があるからどうかなって遠慮しちゃってた。
ま、その遠慮がギルさんにとっては不機嫌になる要素なのだろうけど。素直に甘えた方が、ギルさんは嬉しいもんね? 私だってそうだ。
私の答えにギルさんが安心したように微笑むので、私も一緒になって微笑んだ。
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