小さな魔術陣
そうはいっても、ギルさんは外で待っていると言った。いくら恥ずかしくてもさっさと身支度を済ませて出なければならない。
まったく、大人になったというのに最初から子どもみたいな迂闊さを見せてしまった。
もう二度と、寝間着で人前には出ないようにしないと。子どもじゃないんだから。そう、子どもじゃないんだからね!
「お、お待たせしました……」
きちんと身支度を整えて部屋を出ると、ギルさんは廊下でちゃんと待っていてくれた。さっきの恥ずかしさを引きずっている私を見て、ギルさんはフッと小さく声を出して笑う。ぐぬぬ。
この状況では何を言ってもドツボにハマる気がしたので黙ったままホールに向かった。
なにはともあれ、成人したことを報告しないとね。本当なら次はお父さんに伝えたいところなんだけど、今日は少し外に出るって言っていたから。なのでまずサウラさんの下へと向かっている。
「め、メグ……? なんかすっごい精霊が集まってきてなぁい?」
「アスカ!」
その道中、背後からものすごく驚いたような声が聞こえてきた。振り向くと、やや顔が引きつっている。
自然魔術の使い手なら気付くよねぇ。この尋常じゃない数の精霊に。私も苦笑を浮かべることしか出来ない。
「これはもしかして、メグ?」
「え、えへへ、そうなんです」
アスカの隣に立つシュリエさんは気付いたようだ。そりゃあ経験者だもんね! だからこそ、驚きというよりは喜びの反応を見せてくれたのがなんだかくすぐったい。
「今日が記念日ということですね? メグ、成人おめでとうございます」
「えっ!? メグ、成人したの!?」
シュリエさんが国宝級の微笑みを浮かべてお祝いを述べてくれ、それに驚いたアスカの声がホール中に響き渡る。
おかげでその場にいた皆さんに私が成人したことが知れ渡ることとなった。報告するつもりだったし、手間が省けたけどちょっと恥ずかしい。
「だからこんなに精霊が集まってたんだねー! わー、わー、メグ、おめでとう!」
「あ、ありがとう」
真っ直ぐお祝いの言葉を言われるのもやっぱり恥ずかしい! もちろんすごく嬉しいけど!
「それで、どうでしたか? みんなに聞いて回っていたでしょう? 成人がわかった瞬間はどんな感じだったかと」
シュリエさんに言われてまたしても恥ずかしさが込み上げてくる。でも、みんなに聞いておいて自分は内緒ってわけにはいかないよね。ちゃんと教えるつもりではあったけども。
その質問の答えはアスカやギルさんも気になるらしく、黙ってこちらを見てくる。て、照れる!
「えっと、すごい幸福感に包まれて、身体から光の花びらが出てきました。たぶん、私にしか見えないヤツですけど」
「光の花びら? それはまた幻想的だねー。でもメグって感じー!」
私っぽい、というアスカの言葉に、その場にいた人たちが揃って同意を示した。そ、そうかな? 幻想的でほのぼのとした光景だなーとは思ったけど。
普段ボヤッとしている私なので、確かに私らしいと言えなくもない。
他には何かなかったの? とアスカに聞かれて、ふと夢のことを思い出す。あれってもしかして、成人したことと何か関係があったのかな? そう思って。
だから、忘れていたんだ。
夢の中の青年が、誰にも伝えてはいけないと言っていたことを。
「そういえば、不思議な夢を視たの。予知夢とも違う気がするんだけど。夢の中にね……」
そこまで言ったところで、急にパァンッと乾いた音がギルド中に鳴り響いた。何が起きたのかわからなくて、呆然としてしまう。
ただ、その音が鳴った瞬間、目の前に小さな魔術陣が現れたのがわかった。なに、これ……?
『危ないって、言ったでしょう。気を付けて。彼が、気付いてしまった』
気付いた時には、真っ白な世界に立っていた。夢で会ったあの青年が、心配そうにこちらを見ている。
ご、ごめんなさい。成人して浮かれていたから忘れていたの。もう絶対に言わないよ。
『そうだね、もう言わないで。でも、彼が気付いた。君と僕の繋がりに。器の争奪戦が始まってしまう』
器? 争奪戦? よくわからないよ。何かを知っているのなら、教えてほしい。
『監視されてる。僕はこれ以上を教えられない』
監視? 誰に? ……もしかして、あの声? 目の前の青年が小さく頷いたのがわかった。
『あの人を頼るといい。思い出して。僕らのことを知っている人がいるはずだ』
あの、人……? 色々と、わからないことだらけではある。でも、きっとこれは大事なアドバイス。
「わかった。ありがとう。誰かはわからないけれど、貴方を信じてみる」
薄れゆく白い世界で、青年はとても悲しそうに笑った。
「────メグっ!!」
「!!」
白い世界から戻ったみたいだ。私はギルさんの腕に抱かれているようだった。倒れた、のかな? アスカや、ホールにいた人たちが周囲に集まって心配そうに顔を覗き込んでいるのが見えた。
「わ、たし、どれくらい気を失ってた……?」
「メグ、良かった……そうだな、数十秒ほどだ」
数十秒。そこまでのタイムラグはなかったみたいだね。ホッと安心したのも束の間、喉元にチリッとした痛みを感じて顔を歪める。
それを見逃すギルさんではなかった。首を抑えた私の手をそっと取り、見せてみろと襟元を少し開けた。
「こ、れは……!?」
ギルさんが目を見開いている。何があったんだろう……?
「魔術陣……? なんで? メグにこんなのなかったよね!?」
どうやら、傷んだ喉元には魔術陣が刻まれているらしい。
心当たりは……ある。白い世界を視る前に現れたあれじゃないかな。
たぶんだけど、私がもう夢の中の彼らのことを話せないようにわかりやすく刻んだのだと思う。私が話しさえしなければ害はない。そのことがなんとなくわかった。
「メグ、体調に変化はないか? これが何かわかるか!?」
「落ち着きなさい、ギル。魔術陣だから、そうね……誰か! ラーシュを呼んできてちょうだい!」
ギルさんの焦りがすごく伝わってきた。そうだよね、心配させてしまっているよね。本当にごめんなさい。駆け付けてくれたサウラさんが冷静に専門家を呼んでくれるのがありがたかった。
「大丈夫だよ、ギルさん。この魔術陣は……とりあえず、危険はないと思うから」
「わかるのか」
それ以上は何も言えなくて、黙り込んでしまう。うぅ、説明が出来ないのは心苦しいな。
「と、とりあえず、ラーシュさんが来るまで待って? 身体は大丈夫。ちゃんと元気だから!」
抱きかかえてくれているギルさんの腕にソッと手をかけ、ゆっくりと立ち上がって元気なのをアピール。だけど、そりゃあ心配するよね。急に倒れて魔術陣が喉に刻まれて。逆の立場だったら私も取り乱していると思うし。
はぁ、つくづく魔術陣にはいい思い出がない。どうしても困ったようにため息を吐いてしまうのは仕方のないことであった。
「とにかく、まずは医務室に行くのはいかがです? ラーシュにもそこに来てもらうように伝えましょう」
「それがいいよ、メグ。確かに元気そうには見えるけど……診てもらって何もなかったならそれでいいんだからさ!」
シュリエさんとアスカに提案され、私はゆっくりと頷いた。
どのみち、あまり人には言えないことでもある。騒ぎを聞いて色んな人が集まってきたし、ここはホールで人通りも多い。邪魔になっちゃうしね。
「うん、そうする。なんか、ごめんなさい……」
せっかく成人してみんながお祝いを言ってくれていたのに。急にこんなことになってすごく悔しい。
あの夢の内容をしっかり覚えておけば、少なくとも倒れることはなかったのに。迂闊すぎる……! 私の馬鹿!
「メグはなにも悪くない。謝ることはなにもない」
「そうだよ! メグだって倒れたくて倒れたわけじゃないでしょ! 謝るの禁止ーっ!」
うぅ、ギルさんもアスカも優しい……! ただ、今回のは明らかに私のミス! ただそれも言うことは出来ないので一人で反省します。
「メグの性格上、気にしてしまうのでしょうね。けれど、誰も責めたりしませんよ。心配はしますが。そのくらいはさせてくださいね」
シュリエさんにもそんな言葉をかけられてしまっては、悲しい顔なんてしてちゃダメだよね。余計に暗くなっちゃう。
「……はい。じゃあ、ありがとうございます、だね!」
「そーそー! メグはそうでないと、ね!」
みんなが励ましてくれたおかげで、元気が出たよ! いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかないし、移動しないと。
お祝いは改めて盛大にするから、というシュリエさんとアスカに見送られながら、私はギルさんとともに医務室へと向かうのだった。
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【お知らせ】
特級ギルドへようこそ!11巻が20日に発売されます。
また、bookwalker、ピッコマ、シーモアでは電子書籍が14日に先行配信される予定です。
そこで、今週の14日0時に発売記念として小話を更新いたします。
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