想定外の建物


「なるほど、それで私に聞きに来てくれたんですね?」

「はい! アドルさんなら丁寧に教えてもらえると思って!」


 近くにジュマ兄もいたんだけどね。なんか、こう。この手の質問に関してはちゃんと答えてもらえるか不安だったのでつい避けてしまいました。

 わ、悪気はないんだよ! ただ、ちょっと、ね?


「もちろん、そういうことでしたらお教えします。というか、誰も教えていなかったことに驚きですよ……」

「皆さん、誰かが教えているだろう、と思うみたいで」

「それは……まぁ、わかりますね。あはは、メグさんがしっかり者で助かりましたね」


 本当に魔大陸の人たちはそういうところが緩いんだよね。仕事も丁寧だし期日もしっかり守るのに、なぜ仕事に関係ないところだとこうなってしまうのか。


 たぶん、優先順位が低いんだろうなぁ。あと、ギリギリでもなんとかなるって思っている部分がある気がする。

 別にいいけどほら、本人としては心の準備とかがあるじゃない?


「でも実のところ、成人したと報告があってからでも十分準備が出来ますからね。成人したら急いで儀式をしなければならないという決まりもありませんし」


 やっぱり認識が緩かった。気にするわけがなかったよね! まぁいい。今、私が気付いたんだから調べればいいことなのだ。

 早速、詳しい説明をお願いするとアドルさんは快く話し始めてくれた。優しい!


「実は、儀式自体もとても簡単なものなんですよ。成人する者とその保護者が一対一で向かい合い、決まった文言を口にするんです」

「えっ、それだけですか?」

「それだけなんですよ。もちろん、正装はしますけどね。時間もそんなにかかりません」


 しかも、決まった文言もそんなに難しいものではないという。そこに関してはホッとしたよ。とっても長かったらどうしようかと。

 さらに、成人の儀を行っている間は誰でもその様子を見守ることが出来るという。一応、神聖な儀式ということになるので見守る人は静かにしなければならないけど、と。ふむふむ。


「そうだ。メグさん、この後お時間はありますか?」

「え? はい、大丈夫ですけど……」


 そこまで説明を終えたところで、何かを思いついたようにアドルさんがポンと手を打った。今日はもう仕事も終わったし特に予定もない。何かするのかな?


「せっかくなので、儀式を行う場所に行ってみませんか? 実際に見た方がイメージもしやすいでしょうから」

「そんな場所があるんですね! はい、ぜひ一緒に行きたいです!」


 ちょうどランチの時間にもなるので一緒にお昼も食べましょう、とアドルさんから申し出てくれた。それは嬉しい! アドルさんとのお出かけなんて初めてで新鮮である。


 あの店の新作が気になる、あの看板メニューも美味しい、などとランチメニューで話しが盛り上がっていると、アドルさんはハッとなって少し声を潜めた。こ、今度はどうしたのかな?


「あ、あの、僕と二人で出かけても大丈夫ですか? その、ギルさんの気を悪くしないでしょうか……?」


 うっ、そこかぁ。あー、その心配はまぁ、してしまうのも仕方がない。だってギルさんはちょぉっと嫉妬深いところがあるから。薄々そんな気があるかなぁ? とは思っていたんだけどね。意外と露骨に嫌がるのだ。


 でも、誰にでも構わず嫉妬するわけじゃないんだよ? 具体的にオルトゥスメンバーで言うと、アスカやオーウェンさん、ケイさんと、あとはジュマ兄なんかは私と二人でいるととても不機嫌になる。


 ……わからなくもないメンバーなので何とも言えず、複雑です。オーウェンさんはメアリーラさんしか目に入ってないのに、とも思うんだけどね。あのチャラチャラした雰囲気が苛つくのだそう。私からの言及は控えます。


「あ、あはは……アドルさんなら大丈夫ですよ!」


 というわけで、アドルさんのように丁寧で優しく、紳士な方は大丈夫! もし何かあっても私から言えばいいしね。

 そう伝えると、アドルさんは苦笑しながらも安心したように小さく息を吐いた。


「それなら良かったです。メグさんは本当にギルさんに愛されていますからねぇ」

「ひぇ……」


 のほほんとした様子でアドルさんに言われると、ものすごく恥ずかしい。赤くなった顔を抑えるように両手で頬を抑えたら、余計にニコニコされてしまった。ああ、保護者目線……!


「実は僕、メグさんと二人で出かけるのは憧れでもあったので、今すごく嬉しいんですよ」

「え、あ、憧れですか?」

「はい。ほら、オーウェンやワイアットはすでにメグさんと二人で行動したことがあるでしょう? 僕は内勤なので仕方ないんですけど、ちょっと羨ましいなって思ってたんですよ」


 そういえば、あの双子とアドルさんは同期なんだよね。次代のオルトゥスを担う三人とも言われているから、良き仲間でありライバルでもあるんだっけ。

 でも、アドルさんにそういうちょっとした闘争心があるなんて意外だったな。いつでも穏やかだから。


 ……あ、いや。交渉の場に立つ時とか相手に悪感情がある時はオーラが怖い人だった。油断は出来ない。


「僕は戦闘能力もそこまで高くないですからね。メグさんが強くなってくれたからこそ実現出来ることです」

「そう言ってもらえると私も嬉しいですね! せっかくなので美味しいもの食べちゃいましょう!」

「ふふ、夢が叶いますね! はい、美味しいもの食べましょう!」


 本当に嬉しそうに笑うアドルさんがちょっと可愛い。ロニーと似た癒しオーラを感じる。つられてニコニコしちゃうな。

 アドルさんと顔を見合わせてウフフと笑い合ってから、早速私たちは外へと出かけた。


 案内されたのは街の外れの森にある小さな建物だった。というかこんな場所あったんだ? とビックリである。いやほら、ここには森しかないと思ってたから。何年もこの街に住んでいるのに気付かなかったなぁ。


「教会……?」


 そして外観はまさしく教会だった。森の中の白い教会だなんて、絵本の中の世界みたい……!

 こういった建物は街に一つはあるらしいんだけど、ここみたいに目立たない場所にひっそりと建っていることが多いんだって。

 しかも使用用途はこの成人の儀の時のみ。なんてもったいないの! こんなに可愛いのにっ。


「この街は特に子どもが少ないですから。メグさんの時は少し掃除が必要ですね」


 確かに。魔王城の城下町と比べてこの街は極端に子どもが少ない。それはつまり、この建物が使われる頻度がさーらーにー少ないということでもある。もったいなぁぁぁい!


「ここで結婚式をしたらきっと素敵なのに」

「結婚式……リヒトさんとクロンさんが魔王城で行ったという儀式のことですか?」


 あっ、そうだった。そもそも結婚式というものが魔大陸では馴染みがないんだよね。確かあの時、サウラさんが結婚式に商機を見出していたっけ。

 はっ、今はアドルさんがあの時のサウラさんと同じ顔をしている……!


「なるほど。この成人の儀に使われる建物を結婚式に使う……素晴らしいアイデアですね。これなら各地にありますし、あっという間に結婚式の文化が広がりそうです。それに伴って服飾や飲食なんかも……式のプランニングをすることでさらに……」


 あ、仕事モードに入っちゃった。アドルさん、大人しそうな顔してやはりオルトゥスの人である。頼もしいというかなんというか。


「もし、この建物を結婚式に使うのだとしたら、最初はメグさんとギルさんが使うことになるでしょうね」

「へっ!?」


 たった今までお仕事モードであれこれ話していたのに、急に話がこっちに向いて変な声が出た。し、しかも、私とギルさんの、け、けけけ結婚式だなんてっ! ブワワッと顔が熱くなっていく。


「言い出したのはメグさんですよ? それに、お二人ならかなりの宣伝効果が狙えます!」

「いっそ清々しいですね、アドルさん?」


 アドルさんの丸メガネがキランと光った気がする。いやぁ、本音が駄々洩れでちょっと安心したよ。うむ、ブレないっ! おかげで思わず吹き出して笑っちゃった。


 でも確かにすごい宣伝効果にはなると思う。私は魔王の娘だし、見た目だけは整っているし。何より相手があのイケメン代表ギルさんだよ?

 え、ギルさんの正装が見られちゃうの? それ、私生きていられる? まず間違いなく美しすぎの尊すぎで失神者は続出するのでは? 救護班は必須だね。


「きっとメグさんのドレス姿はすごく綺麗でしょうね。ギルさんもすごく素敵でしょうし。その日が楽しみです。早速サウラさんに相談しないと」

「き、気が早いですよっ! まだ成人の儀も終えていないのにっ!」

「あはは、計画というのは何年も前から立てるものですから」


 そうかもしれないけど、まだまだ先ですよっ! はー、顔が熱い。


 その後、とてもご機嫌になったアドルさんとお店で買ったランチを広場のベンチで座って食べた。アドルさんのテンションは上がったままで、ずっと結婚式の話をするものだから私は常に顔を赤くしっぱなしだったよ……!


 でも、でもね? まさかこの世界で、しかもあんなに可愛い教会で結婚式が出来るなんて思ってもみなかったから……その、ちょっと楽しみだったりする。


 それに、前の人生で叶えることが出来なかったバージンロードを歩くというお父さんの夢を、叶えてあげられるかもしれない。その時は、お父さんだけじゃなくて父様も一緒に、三人で歩きたいな。……泣くかな?


 ドキドキする気持ちと、ワクワクする気持ち。ここ最近の私は毎日幸せを噛み締めていた。

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