体験談


 レキに相談した日から、私は気になって色んな人に成人の時のことを聞いて回っていた。

 案の定、成人前あるあるな質問をする私に皆さんはクスクス笑っていたけれど、ほとんどは微笑ましげな様子だったので耐えられました。


 恥ずかしい気持ちはあるものの、好奇心には勝てないのである。それに気持ちが吹っ切れた今の私は、少し前の何もかもが恥ずかしい! みたいな感覚がなくなったみたいなんだよね。


 一度、大人を経験しているからそういう感覚を客観的に見られるのかもしれない。

 思春期の終わりを実感することがあるなんて思いもしなかったよ……。まだ、完全に抜けきってはいない気はするけど。かなり落ち着いたからよしでしょ、これは!


「そうですねぇ、もうかなり昔のことなのであまり覚えてはいないのですが……確か、精霊たちがやたら周りに集まっていた気がします」


 今はシュリエさんに取材中である。同じエルフとして一番参考になるかなって思って。その予想はなかなか当たっていたかもしれない。なるほど、精霊たちが……。


「やっぱり、自然魔術の使い手にはよくあることなんでしょうか?」

「どうでしょうね? あまり他の者には聞いたことがありませんし。ロナウドに聞いてみるのが一番良さそうですけれどね」


 シュリエさんは少し残念そうに微笑む。そう、自然魔術の使い手はエルフだけではない。ドワーフであるロニーもそうなのだ。しかも、成人した時期はレキより最近だし、まだしっかり覚えている可能性が高い。

 しかーし! ロニーは今旅の途中で不在っ! うぅ、オルトゥスにいたらすぐに聞けたんだけどなぁ。


「せっかく一人で旅をしているのに、こんな質問なんかで邪魔するのもどうかなぁって思っちゃう……」


 どうしても知らなきゃいけないってわけじゃないもんね。ただの好奇心だし。いつかまた会えた時に、世間話の延長として聞いてみようと思う。その時は、成人を迎えた後かもしれないけど。


「その気持ちはわかります。それにしても、メグももうそんな時期なのですねぇ……」


 あ、シュリエさんが懐かしむように目を細めている。これはあれだ、幼い頃の私を思い出している顔だ。


「やっぱり、あっという間だったって思います?」

「そうですね。年々、時が過ぎるのは早いと感じます。のんびりしすぎて短命種族に叱られる同族を見たことがありますが、その気持ちがわかるようになってしまいましたね」


 まるで年寄りのようなことを言う……。けど、エルフは特に長命だからある意味仕方のないことなのかも。

 っていうか、シュリエさんっていくつなんだろ? ギルさんとあまり変わらないみたいなことを聞いた気はするんだけど。


 思えば私、ギルさんの年齢も知らないなぁ。気にしたことがなかったというか。だって、最初から百歳以上離れているのはわかっていたから、考えても意味はないかなって。


「ですが、メグが大人の仲間入りをするのはとても楽しみですよ。やっと対等に仕事が出来ますから」

「うっ、お手柔らかにお願いしますね……」

「ふふ、成人したらこれまでのようにはいかないかもしれませんね?」


 ひぃ、手厳しいっ! でも、そういうことなんだよね。大人になるって。今の内から気を引き締めておかないと。

 両拳を握りしめて気合いを入れていると、シュリエさんにはさらにクスクス笑われてしまった。あ、あれ? 何?


「冗談ですよ。メグはとても良い子ですから。それは大人になっても変わりません。みんな、なんだかんだと言ってメグには甘いと思いますよ。私も含めて」


 そ、そうかなぁ? ……あ、いや。お父さんや父様を思えばそれも納得せざるを得ないかもしれない。でも、そう言っておきながら時に突き放したり放り投げたりはしてきそう。やっぱり油断しすぎない方がいいよね、うん。


「色々と教えてくれてありがとうございました、シュリエさん」

「いいえ。メグとのお喋りは楽しいですから。いつでもお声がけくださいね」


 フワリと微笑むシュリエさんはやはり美しくて優しい。これは初めて出会った時から変わらないなぁ。いつ見ても癒される。


 ただ、もうハグして香りを楽しむことは出来ないだろう。さすがに、ね。

 子どもの特権が失われるのはやっぱり残念な気もするけど、こう言うとまるで私が変態みたいである。だ、だって! いい匂いは嗅いじゃうでしょっ!


 次に私が話を聞きに行ったのはズバリ、カーターさんである! ほら、同じ自然魔術の使い手としてね。ドワーフはロニーだけではないんだから。

 ただ、カーターさんはルド医師よりも年上らしいからその時のことを覚えているかどうかはわからないけれど。


「おっ、なっ……!」

『覚えてる、懐かしいなぁ、って言っているのよー!』


 そんな心配は杞憂でした! ちゃんと覚えてくれていた! ショーちゃんが言われる前に翻訳してくれるので助かります。


『おー、懐かしいんだぁぜ!! あん時はオラが吹き飛ばされちまう勢いで他の精霊たちが集まってきたんだぜぇ! すごかったよなぁ、主人んんん!』


 すっごく久しぶりのジグルくんである。カーターさんの最初の契約精霊で、とにかく元気いっぱいだったね。声も大きいしお喋り好きだしで、カーターさんとは正反対なのだ。


 さて、そんなジグルくんの話によると、やっぱり精霊たちが集まってきたみたいだね。祝福するために集まってくるらしい。やっぱりいい子たちだなぁ、精霊って。


「めっ……せいっ、からっ……!」


 そこへ、カーターさんが少し心配そうに声をかけてくれた。えーっと。

 ……うん、やっぱり解読は難しいです。ショーちゃん、お願いします!


『ご主人様の場合は、特に精霊から愛されているから、その日はものすごいことになるんじゃないかって言っているのよー』

「え」


 契約精霊を探しに行った時、呼びかけに応じた精霊たちであふれ返ったことがあったっけ……。ショーちゃんが言うには、あの時は二つの属性だけしか呼ばなかったからもっとすごいことになると思う、だそう。えぇ……!


『あー、確かに嬢ちゃんは精霊たちに人気だもんなぁ! あはは! やべぇことになるんだぁぜ!!』

『わ、笑いごとじゃないんだぞ、ジグルの兄貴ぃ! オレっちたちもギュウギュウになって潰されちまうんだぞ!』


 おサルさん姿同士のジグルくんとうちのホムラくんが話している。いや、本当に笑いごとではない気がする! これは今のうちに対策をしておかないといけないのでは。


「いっ、せっ……!」

『なるほどなのよー!』


 待って、ショーちゃん! 納得する前に先に翻訳してぇ! カーターさんは申し訳なさそうに身体を縮こませた。いやいや! カーターさんが悪いわけではないので!


「今のうちに精霊たちに伝えて回っておくのがいい、とカーターは言っていたよ」

「マイユさん!」


 あわあわとカーターさんへのフォローをしていると、背後から涼やかな声がかけられる。そこには相変わらず綺麗な装いをしたマイユさんが立っていた。


 ……というか、いつも思うけど本当にどうしてカーターさんの言葉がわかるのか。不思議だなぁ。


「レディ・メグの言うことなら、素直な精霊たちも言うことを聞いてくれるんじゃないかな? 精霊たちだって、大好きな君のことを困らせたいわけじゃないのだろうから」

『そうなのよー! みんな、ご主人様が大好きだからお祝いしたいだけなのよ!』

『そうねっ! 困らせることになったら、みんな落ち込んじゃうかもっ』


 マイユさんの言葉にショーちゃんとフウちゃんが同意を示す。そうだね、みんなとても素直で良い子たちだもん。お互いに悲しい気持ちになってしまわないように今のうちに言っておいた方がいいかも。


 早速、ショーちゃんたちに頼んで精霊たちに伝言を頼むことにした。今すぐじゃないよ? お散歩している時なんかのついででいいからね!


「ところでカーターさん。精霊たちが集まる以外に成人したって実感はありませんでしたか?」


 自然魔術の使い手に精霊が集まるのはわかったけど、肝心の部分を聞けていない気がする。話を聞くに、精霊は祝福のために集まってくるだけだもんね。


「おっ……かっ、あつ……」

「カーターの時は、身体が熱くなったらしいよ」


 流れるように通訳をしてくれるマイユさん。ありがたいです。でも、熱くなるなんてこともあるんだ……。

 よくよく聞いてみると、発熱しているというよりは心が燃えている、みたいな感じで熱かったのだという。へぇぇぇ、面白い!


「ちなみに! 私の時は視界がキラキラと輝いて見えたね! 文字通り世界が変わったように見えたからすぐにわかったよ! ま、私はその前から美しかったけれどね!」


 プラチナブロンドの長い三つ編みをサッと揺らし、マイユさんも語ってくれた。


 なんだか起こる変化自体、その人を表しているみたいな印象だ。火を扱うカーターさんは熱くなって、美しさを重視するマイユさんはキラキラ見える、でしょ?

 サウラさんは突然、頭がクリアになってなんでも出来る気がしたって言っていたし、ジュマ兄はいつも以上に力が漲ったって言っていたし。


 そうなると、私はどうなるんだろう? ボケーっとしているからなぁ……。いつも以上に精霊の光が眩しく見える、とか? うーん、想像もつかないや。


「だっ……た、ね」

「カーターは、大丈夫だからって。楽しみにしてね、と言っているよ。私も同感さ! いずれにせよ、成人した瞬間というのはとても素晴らしい体験になるはずだからね!」


 腕を組んで悩んでいると、カーターさんとマイユさんが揃って前向きな言葉をかけてくれた。楽しみ、か。うん、そうかも。


 これまで、色んなことで悩みまくっていたからワクワクするのは久しぶりな気がするな。何かプレゼントを開ける前みたいなウキウキ感。


「はい! 楽しみにその日を待つことにします!」

「成人の儀では、ぜひお祝いをさせておくれ! カーターも、ね!」


 カーターさんとマイユさんの二人にお礼を言って、私はその場を後にする。二人に聞けてよかったなぁ。


 ふむ、お祝いかー。普段から良くしてもらっているから、たぶん普通にいつも通りの飲み騒ぎになっちゃうんだろうな。楽しいからもちろん大歓迎だけど。


「……あれ。そういえば、成人の儀っていうのはどんなことをするんだろ?」


 ギルドのホールに戻りながら、もう一つの素朴な疑問に気付く。これといって準備するものはないらしいけど……。


 あ、気になりだしたらもうダメだ。えーっと、今度は誰に聞きに行こうかなー!

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