素朴な疑問


「ねぇ。素朴な疑問なんだけど、聞いてもいいかな?」

「断る。僕は忙しいんだ」


 ある日の午後。今日は午後以降の予定がなかった私は医務室に突撃していた。

 とはいっても、別に具合が悪くなったわけじゃない。ふと疑問に思ったことがあったから、レキに質問にきたのだ。


 だというのにこの態度。相変わらずのツンツンである。しかしこの程度で引き下がるような私ではない。

 私はズイッとレキに詰め寄った。


「今は休憩中でしょ? 今オルトゥスにいる中でレキが一番最近だから聞きたいんだよ。ちょっと質問に答えてくれるだけでいいから、お願いっ!」

「だぁっ! うるっさい! っていうか、僕が一番最近ってなんの話だよっ」

「あ、聞いてくれる?」

「お前……」


 あまりに私がしつこいからか、もしくはうるさいからか。レキは諦めたように長いため息を吐くと、椅子の背もたれに寄りかかかってコーヒーを飲みながら顎でサッサと話すように促した。

 なんだかんだいって聞いてくれるからやっぱり優しいよね、レキって。


 さて、レキの気が変わらない内さっさと本題に入ってしまおう。私は真剣な顔で質問を口にした。


「成人って、いつわかるの?」

「は?」


 そう、私が聞きたかったのはこれである。レキには片眉を上げて呆れられてしまったけど、私にとっては大事なことなのだ。


「だって、生まれた日を覚えているわけでも、数えているわけでもないよね? それなのに、成人の儀はするっていうし。だからいつ成人になったか、なんてどうしてわかるのかなって」


 私がオルトゥスに保護された時も、大体三十歳くらいだろうと言われていたくらいで、正確に何歳だったのかは不明のままだ。


 それから何年ここにいるのかは大体わかるけど……それだって一、二年くらいの誤差はありそうなのだ。魔族って年数をいちいち気にしないから私も考えてなかったんだよねぇ。

 っていうか、誰も数えてないんじゃないかな? 気候とか仕事の期日とかでフワッと認識しているだけで。


 そうなると、百歳から成人だと言われているとはいえ、それがいつなのかがわからないんじゃない? って気付いたのである。

 もうすぐ成人だと言われているけど、それっていつなんだろうと思って。


「お前、そんな常識も知らずに百年近くもエルフやってたの……?」

「だ、だって誰も教えてくれなかったし、私も気にしてなかったし……!」


 レキにものすごく呆れられた。どうやら、魔大陸では常識っぽい?

 いや、この百年近く私は何を学んできたんだって自分でも思うよ。けど、当たり前すぎて教えてもらってないことってあると思うんだよ! だからそんな目で見ないでっ!


 いや、見られてもいい。教えてもらえるなら馬鹿にされてもいいです! とにかく私はその日が知りたいのだ。


 ……だって、ギルさんに早く大人になるって約束したんだもん。


 人差し指同士をツンツン突きながら教えてください、と素直に言うと、レキにはまた大きなため息を吐かれてしまった。でも知ってるよ? レキがこういう時にはちゃんと教えてくれるってこと。


 予想通り、レキはコーヒーカップを置いてから腕を組んで話し始めてくれた。やったね!


「……その日になったら、自然と今日から成人だってわかるんだよ。生まれた日だけじゃなくて、その時刻ピッタリにわかるらしいけど、とにかく急に自覚する」


 な、なにそのアラーム仕様……? 亜人の本能? 便利過ぎない?


「それを身近な人に伝えて、十日後くらいに成人の儀を行なう。そこで晴れて成人として認められるんだよ」

「まさかの自己申告だった……? でもそれって、早く大人になりたくて嘘を吐く人もいるんじゃ」

「は? 何? お前、嘘吐くつもりなわけ?」

「吐かないよっ!?」


 そりゃあ、早く大人にはなりたいけどっ! ギルさんにも急ぐとは言ったけど……。でも、嘘なんか吐く気はこれっぽっちもないんだから。これは本当に!


「ま、嘘吐いたとしても成人の儀でバレるだけだけどな。そこでこっぴどく叱られて、その先ずーっと酒の席で弄られるんだよ。バカ鬼みたいに」

「ジュマ兄……嘘吐いたんだ……?」


 早くお酒が飲みたいがためだったそうだ。ジュマ兄らしい……。ま、まぁそれは置いておいて。


「ね。レキはどんな感じだったの? その成人した瞬間って」

「あー……」


 やっぱり、未知の体験ってどんなものなのか気になるよね。ドキドキしながら返事を待っていると、レキはニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべた。えっ、何?


「その質問、成人前の子どもがみんなするんだって。僕はしなかったけど」

「うっ、べ、別にいいじゃん! 知りたいんだもん!」


 くぅ、これが一足先に成人した者の余裕かっ! レキは珍しくククッと楽しそうに笑って拳を口元に当てていた。なんか悔しい。


「教えないとは言ってないだろ。ちょっと懐かしいって思ったら笑えてきただけ」

「レキも思い出し笑いなんてするんだ……」

「……お前、僕のことなんだと思ってんの?」


 いやぁ、生意気で意地っ張りなツンデレ少年だと……。でも、なんだかレキもずいぶん大人になっちゃったよね。昔みたいにすぐ怒ったり不機嫌になったり、無駄に嫌味を言ったりしなくなったもん。


 というか、不機嫌なことが少なくなったのかな? だとしたら良かったって思うけど。でもたぶん、それだけじゃないよね。色々と経験して、レキも考え方が少しずつ変わっていったってことなのかな。


 あの頃の生意気なレキも好きだったから、ちょっと寂しい。オルトゥスの人たちが私の成長を寂しいという気持ちはこれだな、きっと。


「成人がわかる瞬間っていうのは、人によって違うんだってさ。内側からゾワゾワとした何かが込み上げてくるって人もいれば、ビビッと身体が痺れたって人もいる。共通しているのは、ハッキリと成人したってわかること」


 そっか、それも個人差があるんだ。なんだかみんなの時はどうだったのか聞いてみたくなっちゃうな。


「僕の時は……虹が見えた」

「虹?」


 それはまたメルヘンな。不思議に思って首を傾げていたら、レキは説得力のある仮設を話してくれた。


「種族柄なのかもしれない。一度自分の虹狼って種族のことを調べたことがあって。本能的に、何か特別なことを察知する時は虹が見えることがあるって」


 そっか。亜人はその種族によって感じ方が変わったりもするんだ。不思議で面白いなぁ。

 エルフの場合はなにかあるのだろうか? やっぱりみんなに聞いてみたい。さっきレキが言ったように、成人間近の子どもあるあるで笑われちゃうかな?


 それにしても虹が見えるっていうのは羨ましいな。うん、レキっぽい。


「なんだか素敵だね」

「当時は気に入らなかったけどな」


 あ、そうだった。レキは自分の髪の色が原因で過去に嫌な思いをしたんだっけ。詳しく聞いたことはないけど、それがトラウマになっているっぽいことはうっすら感じている。

 だけど、今の言い方だと今はそう思ってないってことなのかな。恐る恐る質問してみた。


「ねぇ、今もレキは自分の髪が嫌い?」


 見る角度によって色が変わって見える虹色の髪。魔物型になると虹色の毛皮の美しい狼になるんだよね。私は何度もそれに助けられている。


 美しすぎるがゆえに人に狙われるのだろうけど……やっぱり素敵な特徴だなって思うんだよね。自分でそれを愛せないのは辛くないかな? そう思って。


「別に、好きとか嫌いとかどうでもいい」


 どうでもいいってことは、嫌いじゃなくなったってことかな。もしくはツンデレが発動して、本当は気に入っているけど素直にそうと言わないヤツかな。


 いずれにせよ、昔のように苦しんではいないみたいだ。それが一番。レキが少しでも自分を好きになってくれたならそれでオッケーだ。


「私はレキの髪、綺麗で好きだよ!」

「……それはどうも」


 ま、たとえレキがまだ自分を好きになれていなくても、私は大好きってことを伝え続けるけどね! それに、レキの髪が好きって人は私以外にもたくさんいるだろうから。そんなことはレキも知っているだろうけど。


「また虹色の癒しモフモフに……」

「絶対嫌だ!!」


 ちぇっ。半分は冗談で言ったけど、半分は本気の願望だったのに。あの虹色狼の癒しモフモフは最高なのになぁ。

 プクッと頬を膨らませて残念がっていると、レキから思いがけない反撃がきた。


「僕は、お前の番に殺されたくないからな」

「えっ」


 唐突に出てきた番の単語に目を丸くする。驚いて声を上げると、目を半眼にして言われてしまう。


「あの人、絶対に嫉妬するじゃん」

「そんなこと……」


 ない、と言いかけて止める。ちょっとだけ想像してしまったのだ。あー……うーん。


「あるかもしれない……」

「だろ。だから絶対にやめろ。僕に近付きすぎるなよ」


 一瞬、オルトゥスの仲間なら大丈夫だと思いかけたけどね。人によっては二人で話しているとピリピリしている気がする。ギルさんはあれでかなり独占欲が強い人だ。番になって知ったことだけども。


 う、嬉しいよ? そこまで思ってもらえるのは素直に嬉しい。でも、その辺りについてはほどほどにね? って言いたくなる部分ではある。

 だって、家族とスキンシップをしたい気持ちはあるんだもん。オルトゥスの仲間は家族だからハグくらいは許してもらいたいって思っちゃう。


 だけど、それは思うだけ。ギルさんが嫌がるならやらないよ。どっちが大事かって考えたら答えは決まりきっているから。


「気を付けます」

「それでいい。ほら、用が済んだんならサッサと出て行ってくんない? 僕は忙しいんだから」


 レキはそう言いながら再びコーヒーカップを手に取った。なるほど、一人でゆったり過ごしたいってことね。了解!


「うん。教えてくれてありがとうね、レキ」

「……ふん。お前からのバカみたいな質問には慣れてるし」


 一言余計なんだよなぁ。ふふ、なんか本当に懐かしい。昔もレキがオルトゥスについて色々教えてくれたよね。ある意味先生だ。お医者さんにもなるんだから呼び方も変えた方がいいかな?


「またバカみたいなことを聞きに来るから教えてよね! レキ医師せんせい!」

「んぐっ、お、お前……」


 あ、真っ赤になっちゃった。でもからかってるわけじゃないよ? 本当に、尊敬の念を込めて呼んだもん。


 白衣がますます似合うようになったレキは、きっとこれからルド医師に並ぶオルトゥスのお医者さんになるのだろうから。



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