初デートの夜
ギルさんとのデートは、目が合う度に心臓が跳ねてしまうという終始ドキドキなものとなった。
ふと横を見ると近くにいて、歩幅を合わせて街を歩けて。恋人としてデートが出来ているということが幸せすぎて、次第にそのドキドキも心地好くなっていった。
やばい、今の私は恋する乙女ってやつだ。まさか自分がこうなる日が来るなんて。
慣れた、とは違うんだよね。目が合ってときめかなくなる日が来るのかな? って疑問に思ってしまうほどには毎回心臓がうるさいから。
……惚気、だと思う。でも、だって本当にそう思うんだもん。
ギルさんのエスコートは完璧だった。事前に私が希望したことをほぼ叶えてくれたのだ。
といっても、無茶なことは言ってないよ? お昼はどこかで買ってきたランチボックスを公園で一緒に食べたいとか、雑貨屋さんや洋服屋さんを一緒に見に行きたいとか。その程度!
それから、もう一つ。これが一番最初にお願いしたことなんだけど……二人きりに、なりたい、とか。
わ、我ながら大胆なお願いをしたなって思うよ。でも、ちゃんと叶えてくれた。
ちなみに移動は影鷲姿になったギルさんが、そろそろ自分で背に乗れるだろう? と言って乗せてくれたんだ。これには本当に感動したよ!
だって、幼い頃からの夢が叶ったんだもん。いつか、籠に乗って運ばれるんじゃなくてその背に乗って飛びたいっていう夢が! うっかり涙が出そうになっちゃった。
空を飛んだ時に見る景色は見慣れたものだったけど、いつも以上にキラキラして見えて……うん。やっぱり特別な体験だった。
で、デスネ。夜の空をそうして堪能した後にたどり着いたのが、二人きりになれる場所だった、というわけ。
……どこで何をしたんだって? そ、それは、内緒です! 二人だけの秘密だもん!
「今日は楽しめたか」
「もちろん! 人生で、一番素敵な日になったよ!」
帰り道、二人で手を繋ぎながらのんびり歩く。オルトゥス近くまでは飛んできたんだけどね。せっかく初デートの終わりだから、途中からは歩きたいという私の願いを叶えてくれた形である。
今日は最初から最後まで希望に沿ってくれたな。えへへ。
「人生で一番か。そうだな、俺もだ」
「でもね? たぶん、一番の日は増えていくんだよ。毎日が一番の日になりそう」
「欲張りだな。だが、悪くない」
こんな、なんてことのない会話が幸せで仕方ない。もうバカップルと呼ばれてもいいや、って開き直っちゃう。まさかリヒトの気持ちが理解出来る日が来るなんてね!
でも、こうして幸せな時間を過ごせば過ごすほど不安も膨らんでいく。あんまり考えたくはないんだけどなぁ。
「もうすぐオルトゥスに着くが、その前に話してもらいたい」
「……私が、抱えていたこと?」
さすがはギルさん。ちょっと不安になっただけでやっぱり気付かれてしまった。私が苦笑しながら問い返すと、ギルさんは黙って頷く。
隠す気はないし、相談したいとは思ってた。
落ち着いて話したかったので、私たちはもう誰もいなくなった公園に向かい、ベンチに並んで座る。
それから私は、一つずつギルさんに話し始めたんだ。
「お父さんと、父様の寿命について……ギルさんも気付いているよね?」
「ああ」
最初に切り出したのはやっぱりこれだ。私が聞くと、ギルさんも僅かに眉根を寄せつつ即答してくれる。
「すまない。俺も含めてだが……気付いていた者は誰もそれをメグに伝えることが出来なかった」
「謝らないで。誰も悪くないよ。だって、話せなかった気持ちもわかるもん」
みんな、本当に優しすぎるよね。きっと、私に黙っていることだって辛かったはずだ。私だけ落ち込んでいちゃダメだって思うよ。逆にそれが勇気をもらえるのだ。
私は一度、ギルさんに向かって微笑んでから続きを口にした。
「父様のところでたくさん泣いたの。お父さんともちゃんと話せたよ。だから、悲しいけど事実は受け止められたと思うんだ。実際にその日が来たら、子どもみたいにわんわん泣いちゃうだろうけど!」
っていうか泣かないわけがないよね! それでいいんだと思う。大好きな人との別れは、たくさん泣くのが正解なのだ。
だから、それはいい。いやよくはないけど、気持ちとしては覚悟が出来ているんだ。
「不安なのは、その後のことだな?」
「……やっぱり、お見通し?」
「ああ、お見通しだ」
敵わないなぁ、もう。でも、隠しごとが出来ないのはお互い様だしね。もちろん、このことも話すつもりでいた。
大丈夫。出来るだけ心を乱さないように。
スゥと一度深呼吸をして、私はまた話し始めた。
「前にリヒトと魂を分けあった時、魔力が増えすぎて大変だったでしょ? あれがね……たぶん、また起こるの」
「っ!」
「何となくわかっちゃうの。それも日に日にね? 確信が強くなるっていうか……」
最初は、なんでソワソワするのかわからなかった。でも、ただの嫌な予感でしかなかったそれは、ここ二日間ほどでハッキリとしていったのだ。
今にして思えば、私が悪い子になって爆発したのもこれが原因の一つだったと思う。
むしろ、爆発してストレス発散したからこそハッキリわかったってのもあるかも。
あとは考えたくはないけど、魔王である父様の最期が近付いているからかもしれない。もちろん今すぐではないよ? あと十年くらいはある。けど、その確信が強くなる現象は私に焦燥感を与えてくるのだ。
「もう誰かと魂を分け合うことは出来ない。あっ、でも増えるのは今の私の魔力だから、リヒトは影響を受けないと思うよ。だからリヒトは大丈夫」
「そんなことも、わかるのか」
私の説明にギルさんが心配そうに、そして戸惑った様子で聞いてくる。その視線を受け止めて、一応微笑んではみたけれど……ちゃんと笑えていたかは微妙だ。
「そうなったらね、昔の父様みたいに自我を失うんじゃないかって……それが不安、なんだけど」
不安なことばっかりだ。一難去ってまた一難とはこのことかって、なんで私ばっかりって叫びたくなるよ。
でも言ったって仕方ない。未来は、何もしないで過ごしていても向こうからやってくるのだから。
「でもね、予知夢で視たの。かなり昔のことだけど、大人になった私が幸せそうに笑ってるのを! だから心配はしてないよ! きっと笑える未来がくるって!」
だから、こうして強がることしか出来ないのだ。乗り越えたいって思うし、乗り越えられるって信じてもいる。それは本当なんだよ。
けど恐怖は感じる。それを強がりでどうにか耐えているんだ。
「無理をするな」
無理は、するよ。そりゃ。だって、みんなに心配させたくないんだもん。みんながこの不安を抱える必要はないんだもん。
「俺の前で、無理して笑うなと言っている」
ただ一人を除いて。
ギルさんだけは不安を共有してくれるんだよね。わかってるよ。だから話したんだよ。
「……メグは、恐らく生まれた時から重く苦しい運命を抱えているのだろうな」
ツゥと涙が頬をつたっていった。
そうだよね、そもそも出自からして奇跡のようなものだもん。それに、ハイエルフで魂は別世界の人間。
ずっと考えないようにしてきたけれど、きっと逃れられない何かがあるのだろう。
「この問題について、俺は無力になるだろう。だが」
ギルさんは真っ直ぐ私を見つめながらそっと片手を頬に当ててくれた。親指で優しく涙を拭ってくれる。
「お前の言うように何とかなる。俺が何とかしてみせる。必ず」
「ギル、さ……」
ギルさんの言葉は真っ直ぐ私の心に入っていって、温かく広がってゆく。根拠なんかないってわかってる。それでもとても勇気づけられたから。
次から次へと溢れていく涙は、もうギルさんの指だけでは拭いきれなくなっていた。
「メグ、俺の唯一。例えお前が自我を失ったとしても、絶対に取り戻してやるから安心してくれ」
「……うん。私だって、諦めない。道は絶対にあるはずだもん」
方法なんてまだわからない。それはギルさんだって同じだ。だから私たちは今、二人揃って不安に押し潰されそうになっている。
それを誤魔化すため、そして絶対に何とかなるって勇気をお互いからもらうため、私はギルさんにしがみついて涙を流し、ギルさんは私を強めに抱き締めた。
その日が来るのは約十年後。もう少し早いかもしれないし、遅いかもしれない。それまでに足掻けるだけ足掻いてやろうと思うのだ。
「……よし、勇気をもらえたからもう大丈夫」
ガバッとギルさんから離れて笑いながら顔を上げると、ギルさんは目を丸くした後にふわりと微笑んだ。
「……帰るか」
「うん、帰ろ!」
ピョンと先に立ち上がったのは私だ。いつも手を差し伸べてもらっているから、今回は私が差し伸べたくて。
前に立って両手を差し出すと、ギルさんはフッと笑いながら両手を取ってくれた。こういう時の片眉が下がる笑い方が、実はすごく好きだったりする。
「ね。また今度、特別な日だけでいいから今日みたいに戦闘服以外の服、着てくれる?」
手を繋いで歩きながら顔を覗き込むように聞くと、ギルさんは微妙な顔をした。あはは、ちょっと嫌がってる。
「……お前が望むなら構わないが。そんなに服装が重要なのか?」
「……私に幼い頃からたくさん服をプレゼントしてくれる人たちが、どんな気持ちで贈ってくれたのかがわかればわかるんじゃないかな」
私の返しに、ギルさんは哀れみのこもった眼差しを向けてくる。やめて、かわいそうと思うのは。大変ではあったけど、服をもらえるのは嬉しいことだもん。そこはギルさんとは違うところだから哀れまないでもらいたい。
「つまり、着飾った姿を見たいのか」
「見たい! ギルさん、絶対にどんな服でもカッコよく着こなしちゃうもん!」
普段は着替えさせられる側になることが多いので、逆の立場になれるならぜひなりたい。それがギルさんなら余計に!
そう言ったことを力説すると、ようやくギルさんもため息を吐きつつ了承してくれた。
「……わかった。だが、特別な時だけだからな」
「本当!? うん、わかった! えへへ、やったぁ!」
ギルさんが自分の見目の良さが好きではなくて、人から鑑賞されるのが嫌だってことは重々承知している。それなのに嫌がることをさせるのか、って言われたらごめんなさいとしか言えないんだけど。
でも、苦手を少しでも克服してもらいたいなって気持ちもあるんだ。そりゃあ、お節介でしかないかもしれないけど。
少なくとも、この街にいる人たちは変な目でギルさんを見ることはないって身を持って実感してもらいたいから。ギルさんには安心してもらいたいのだ。誰よりも大切な人だもん。
「ありがとう、メグ」
なんだか、それも全て筒抜けになってる気がする言葉だなぁ。もう、番システムって便利だけど時々困る!
「なんのこと? 私は、ギルさんにもオシャレする楽しさを知ってもらいたいなって思っただけだもん」
「……そういうことしておく」
さすがにちょっと恥ずかしくなったので、私は無理矢理そういうことにした。そういうことなのである。
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こちらのデート回は7月20日発売の12巻に書き下ろし短編として収録されます♡
気になってくださった方はぜひ……!(*´∀`*)
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