初デートに物申す


「ちょっと待って、ギル。まさかそれで行くわけじゃないよねぇ?」

「む」


 約束の時間より早めにギルドのホールにやってきた私は、アスカに詰め寄られているギルさんを目撃した。


 約束、というのは。その、お互いに番と認識し合って初めてのお出かけをする約束である。

 つまり、あの、デート、です。ちゃんと恋人同士としての。


 たくさん迷惑をかけたお詫びになんでも願いを聞くって言ってくれたから。だからパッと思いついた要望を言っちゃったんだよね。……デートがしたいって。

 言った後、急に恥ずかしくなっちゃんたんだけど、別に恥ずかしいことなんてないよね? だってもう、ギルさんとはこ、ここここ恋人同士なんだしっ!!


「そのまさかだった! うわぁ、無頓着そうだなーとは思ってたけど本当、あり得ない! 実質今日が初デートなんでしょ!? メグとの!! それなのにいつも通りの戦闘服で行くつもりだとか信じられない通り越して腹立ってきたー! ちょっと、ケイー! ケーイーっ!」


 おっと、一人で悶えている場合じゃない。今はあっちの騒ぎに注目だ。っていうか、なんか出ていくタイミングを逃しちゃって少し離れた位置で立ち止まってしまってるんだけど。


「ふふ、ボクをお呼びみたいだ」

「わ、ケイさん!?」


 どうしようかと思っていると、背後から両肩にポンと手を置かれて驚く。相変わらず気配を消して忍び寄る癖は変わらない。心臓に悪い。


「こんにちは、メグちゃん。今日は特にすっごく可愛いね」

「あ、ありがとうございます」

「大丈夫。ボクにぜーんぶ任せてよ。ボクがギルナンディオを可愛いメグちゃんの隣に立つに相応しい男にしてあげるから」


 なんかすごいことになってきた。私は別に、いつも通りのギルさんでいいと思ってるんだけど……なんというか、アスカやケイさんだけでなく、この騒動を見ていた周囲の皆さんも絶許! みたいな空気を出しているし。本人たちが置いてけぼりである。


「メグ」

「こ、こんにちは、ギルさん。そのぉ、なんか大変なことになってるね?」


 ケイさんに連れられ、ギルさんの下へ行くとなぜか周囲が騒めいた。たぶんだけど、初デートなのがバレたからだと思う。


 というのも、私とギルさんの関係が変わったことがですね、不思議なことに次の日にはギルド中に広まっていたんだよね。オーウェンさんとメアリーラさんの時もそうだったから、おめでたい話は広まりやすいんだろう。噂好きが多いから……!


 そんな中、服装のことで何やら揉めているギルさんとアスカがいて、いつもより気持ちおしゃれした私が来たらバレない方がおかしいというものだ。だいぶ恥ずかしい。


「うっわ、やば。恋するメグ、めちゃくちゃ可愛くない? ただでさえ可愛くて今日の服もおしゃれで似合ってるのに。これは変なヤツらが狙うでしょ。視線が集まっちゃうでしょ」

「その通りだね、リュアスカティウス。これじゃあ、いくらギルナンディオの容姿が良くてもいつも通りじゃ牽制にもならないね。あ、街で殺気とか威圧とか飛ばすのはナシだよ? デートでそんなことするなんて厳禁だから」


 や、やめて! 盛大に褒めないで二人とも! さらに注目が集まっちゃうから!

 あとどう考えても大袈裟すぎる。いや、牽制で殺気や威圧を飛ばされるのは確かに困るけど。


「威圧もダメなのか」

「だ、ダメに決まってるよっ! というかその前に、私のことを大げさに褒めすぎだと思う……」

「? メグが愛らしすぎて視線を集めてしまうのは事実だろう」

「そっ、そういう唐突な褒め言葉は本当に心臓に悪いのでやめてもらってもいいデスカ……」


 ギルさんの場合、本気で思っていそうなのが怖い。ねぇ? と同意を求めるようにケイさんを見ると、にっこりと微笑まれた。あ、聞く人を間違えたかもしれない。


「はいはい。イチャイチャは後でやってー。さ、ケイ! 時間を無駄にしないためにもやっちゃってよー!」

「んー、任せて。ちゃんとあらかじめ用意していたからね。マイユやラグランジェがとても楽しそうだったよ」


 い、イチャイチャなんてしてないもん! アスカの言葉に抗議の声を上げるも、完全にスルーされた。くぅ! っていうかケイさん、なんであらかじめ用意してるの? ギルさんの服を。予知能力?


 ただ、まぁ……ちょっと浮かれている自覚はあるんだ。でも、でもさ! 仕方ないよね? 思いが通じ合ったばっかりなんだもん。少しくらい浮かれてしまうのは見逃してもらいたい!


 アスカの気持ちを考えると……思うところはあるけれど。だからこそ、アスカが明るく接してくれるのがとっても嬉しい。

 普通にするって決めたもんね? 私も。そしてたぶん、アスカも。


「用意周到すぎないか」

「お褒めにあずかり光栄だね、ギルナンディオ。さ、魔術で衣装を変えてしまうから拒否なんかしないでくれよ?」


 そうこうしている間に、こちらでは話が進んでいた。そっか、魔術をかけられる時、術師よりも実力が上だとその魔術をキャンセル出来てしまうんだったよね。

 着替えることに関してあそこまで言われて思うところがあるのか、ギルさんは渋々といった様子で頷いている。

 わぁ、ケイさんの言うことに大人しく従うなんて珍しい光景だぁ。


 そのまま黙って立つギルさんに向けてケイさんがニコニコと嬉しそうに魔術をかけると、一瞬でギルさんの服装が変わった。う、うわぁ……!


「……ほーんと、イケメンってムカつくよね」


 いやアスカ、それはブーメランというものだよ。アスカも大概すごいイケメンだからね?

 でも、そう言いたくなるのはすごくよくわかった。


 だって、ギルさんってばすっごくカッコいいんだもん! 


 本人の意思を尊重してなのか、基本は暗めの色で統一されているんだけど、それがまた洗練されているというか。海外のモデルさんのよう……!

 普段、同じ格好しか見ていないから余計に新鮮で素敵に見えるのかもしれないけど、それでもやっぱり似合いすぎる。ずっと見ちゃう。あ、でも近付かれたら無理。目が合うのも無理だ。わかってください、この複雑な乙女心。


 しかも! しかもだよ! 前髪も少し上げてセットされているんだよ!? 整いすぎた国宝級のお顔が惜しみなく晒されているっ! これ、無料で見ても大丈夫? カッコ良すぎて倒れそう。

 ……あ、ホール内にいた人が数人倒れた! ですよね! 男性も女性も魅了するギルさん、恐るべし!


「着飾りすぎじゃないか」

「何を言っているの。このくらいじゃないとメグちゃんに釣り合わないよ」

「ふむ」


 いや、むしろ私がお粗末に見える気がしますが? あと、納得しないでギルさん?


「メグ、これでいいか?」


 こっちに振りますか! ま、まぁそうだよね。一緒に出かけるのは私だもん。

 えーっと、これでいいか、と聞かれたらいいに決まってる。決まってるんだけど。


「す、素敵すぎて、今日は一日ギルさんを見られないかもしれない……あ、離れて歩いてくれたら鑑賞させてもらいます、ぜひ」


 目が合わせられないよーっ! 本気のマイユさんランちゃんのタッグは私に効果抜群すぎた! 加えてケイさんによるハイセンスな髪のセットでしょ? 神々しい……。


 おかげでおかしなことを口走った自覚はあった。アスカは呆れたようにため息を吐いているし、ケイさんはそれじゃあ意味がないでしょー、と苦笑している。

 ここにメアリーラさんがいれば激しく同意してくれそうなのにっ。


「問題ないな」

「え」


 しかしギルさんはあっさりそう言うと、視線を泳がせてモジモジしていた私の手をスッと取った。あ……手袋も、してない。す、す、素手だ……!!

 いつもは手袋越しだから、なんだか違う人の手のようだ。いや、この温もりと安心感は間違いなくギルさんの手なんだけど。


 思わず見上げると、フッと意地悪そうに笑ったギルさんと目が合った。


「俺がメグから離れるわけがないし、出かけている間メグが俺を見ないわけがない」

「〜〜〜っ!!」


 よくご存知ですね! その通りですよっ! もうっ!! 今もまんまと直視しちゃったしね!!

 今の私は何か言い返そうとして何も言えなくなっている状態、まるで餌を求める鯉である。酸素、酸素を吸わねばっ!


「はー。もうぼく、お腹いっぱーい。ほら、さっさと行って町中の人を失神させてきたら?」

「あはは! 確かに今日は町がすごいことになりそうだねぇ」


 大げさな、とも思ったけど、ギルさんのかっこよさを見たら気持ちがわかるのであり得るって納得しちゃった。これはイケメンテロである。

 チラッと隣に立つ着飾りギルさんを見上げると、気付いたギルさんが優しい目で見つめ返してくれる。


 ……本当に今日、私の心臓は持つのだろうか。


「冗談はさておき。メグ、いーっぱい楽しんできてよね」


 ポン、と背中を軽く押され、一歩前に出たところで振り返ると、アスカが満面の笑みで見送ってくれていた。

 なんか、それだけで泣きそうなくらい嬉しい気持ちでいっぱいになる。


「アスカ……うん。ありがとう! 行ってきます!」


 絶対に何かお土産を買ってこよう。そう決意して、私はギルさんと共にギルドを出た。

 繋がれたままのギルさんの手は、いつもよりも熱く感じた。

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