最強の私


 トクントクンと心臓の音が混ざり合っている。私の音と、ギルさんの音だ。


 思いを告げた後、急に正面から抱きしめ返された時はすごく驚いたし、恥ずかしさと嬉しさと緊張で心臓が爆発しかけたけど……あれからずっとこうしていたら、むしろ居心地が好すぎて離れられない。


 たぶんそれは、ギルさんも同じで……。

 だってわかるんだもん。こうして抱きしめ合っていると、ギルさんの気持ちとか、ここ最近に何があったのかとかが、全部わかってしまうのだ。


 それ、で、ですね。さっきからずーっとギルさんの私への気持ちが頭に流れ込んできていてデスネ……!


「……ぎ、ギルさん? 私のこと、好きすぎじゃないですか?」

「そうだな」


 ギルさんの胸に顔を埋めながらそう言うと、即答が返ってきた。

 うっ! これ、顔を見ながら話していたらヤバかったかも! 何って、心臓が!


 でも、でもね? ギルさんがどうしてあんなことになって苦しんでいたのかがなんとなくわかってしまった今、ギルさんに対して怒りたい気持ちもあるのだ。


「それなのに、私への思いを封印してた? 合ってます?」


 自然と不機嫌な声になってしまうのは仕方ないと思う。だって、そりゃあ拗ねるでしょ。怒るでしょ。


「ああ、合っている。お見通しだな? 番の力か」

「あう……」


 しかし敵も手強かった! というか、惚れた弱みというか。

 いや、本人としては普通に答えただけなんだろうけど、こうもハッキリと「番」とギルさん自身から言われると、まだ、その、ゴニョゴニョ。


 いや、負けるな。ちゃんと言ってやるんだから。こうなったら不満も文句もぶちまけてやる。


「ギルさんは、馬鹿ですよ。馬鹿。私、たくさん傷付いたんですからね」

「ああ。愚かだったな。反省している」


 す、素直……! なんか、もっとたくさん言ってやろうと思っていたのに、ここまで素直だとこれ以上は何も言えなくなっちゃうよ。

 それに、本当に心から反省していて自分のことを責めているのがわかるから余計に。


 だから、この件はあと謝ってもらって良しとしよう。そうだよ、せっかく思いが通じ合ったんだもん。いつまでも怒ってちゃダメだよね。

 ……本当はもう怒ってないけど。ほら、ケジメとしてね? ギルさんだって、謝りたいって思ってくれているし。


「ちゃんと謝って、くれます……?」

「ああ」


 うーん、相手の気持ちが手に取るようにわかるっていうのは便利かもしれない。これは喧嘩も長続きしないや。

 これまで出会った番同士の人たちがいつ見ても仲が良さそうなのはこういうことなのかも。もちろん、お互いが死ぬまで一途に思い合う性質がある、っていうのが大前提だけど。


 ギルさんはようやく私から少し体を離してこちらを見てくれた。


 ……うっ、どうしよう。顔を直視出来ない! お顔が良すぎるのもそうだけど、なんていうか、目が! ギルさんの目がやたら甘いんだもん!

 あれぇ? これまでどうやって目を合わせていたんだっけ? それとも、気持ちを自覚し合ったせい?


 目が泳いでいる私に対し、何か思うところがあったのだろう。ギルさんはふいに両手で私の頬を挟むとグイッと自分の方に向かせてきた。ひぇ、逃げられない。ギルさんとしっかり目が合ってしまった。


 真っ黒な瞳には、慌てて目を見開く私が映っている。よ、よし。大丈夫、謝罪の言葉を聞く準備はオッケーですよ!


「メグ、愛している」


 しかし、告げられたのは愛の言葉だった。それを聞く心の準備は出来ていなかったので、私はしばし呼吸を忘れた。


「そっ、れはっ! 謝罪の言葉ではないのでは!?」

「すまなかった」

「取ってつけたようにっ!?」


 ず、ず、ズルすぎませんっ!? この、ギルさんの熱を帯びた瞳から逃れられない状況で愛の言葉を囁くなんてズルい!!

 思わずツッコミを入れてしまったのは仕方ないと思う! だって、恥ずかしすぎる……!


 あわあわと主張する私を宥めるように、ギルさんは優しく目を細めながら指で頬を撫でてくる。相変わらず両手で頬を挟まれているので、私はされるがままだ。


「悪気はない。溢れてしまうんだ。自分ではどうしようもないから許してくれ」

「……本当に、私のことが好きすぎですね?」


 本気で困った様子なのがなんだか可愛らしく見えてきた。こんなに強くてカッコよくて完璧超人なのに。愛おしさが溢れて、クスッと笑ってしまう。


「ああ、そうだな。だがそれは、メグもだろう?」

「そ、そうですけど」


 そうでした。私が、ギルさんの気持ちが手に取るようにわかるのと同じで、ギルさんにも全てが筒抜けなんだった。


 うわ、そう考えるとさらに緊張してきた。結構、馬鹿なやらかしとかアホみたいな考えとかしているわけだけど、呆れられるんじゃない? 大丈夫? 嫌われちゃったら立ち直れないよ!?


「随分、悪事を働いたようだな」


 クッと喉を鳴らし、笑いを堪えるようにギルさんが囁く。夜遊びのことか……! わ、笑いたいなら笑えばいいのにっ! 意地悪っ!


「そうですよ! 色々と悩みごとがたっくさんあったのに、ギルさんが私を避けるから……ヤケになって悪い子になったんですよ、私!」

「それなら、原因となった俺は極悪人だな」

「ギルさんが……極悪人……」


 それは、世界が滅びるのでは? そんな想像がチラッと過って顔が引き攣る。いや本当、笑いごとじゃないので。


「大変な時にメグを救ったのがリヒトやロナウド、か。妬けるな。メグを救うのは俺の役目なのにな」

「そ、そういうことをサラッと言わないで……!」


 どうしよう、ギルさんのデレが止まらない。こう言いながらも私の頬を撫でたり髪をいじったり、とにかくずっと触れてくるので心臓が騒ぎっぱなしなのだ。


「だが、悩ませた原因とはいえ常にお前の心に居続けたのが俺というわけか。なら、それでいい」

「ギルさんって、独占欲が強い人だったんだね……?」


 そして軽くヤンデレ気味な気がするんですがそれは。俺様ではないんだよね、属性。いや何考えてんの、私。

 あまりにも大好きな人からの愛を与えられ続けているせいで、こんなことでも考えてないと意識を飛ばしそうだよ……!


「独占欲が働くのは、メグのことだけだ」


 ギルさんはそう言うと、再び私の頬を両手でしっかり包み込んで私の額に額をくっ付けてきた。か、顔が、近い。


「メグ。俺の、唯一」


 それからギルさんは掠れた声でそう囁くと、瞼の上にキスを落とした。

 そのまま頭や額、頬など、触れるだけのキスを何度も。何度も。


 最後にもう一度、額同士をくっ付けたギルさんは親指で唇をなぞってきた。

 既に顔が真っ赤になっていた自覚のある私は、ただそのまま硬直している。た、耐性がなさすぎる……! ドクンドクンと心臓が大きく音を立てていて、この後どうなってしまうのかと涙目になってしまった。


「心配するな。ちゃんと弁えている」


 そんな私を見て、ギルさんは唇をもう一度指で優しくなぞりながら甘く優しい声でそう言った。

 つまり、ここはお預けということだ。安心したような、残念なような。


 それは私がまだ子どもだから。体の成長が遅いから幼く見えがちだけど、現代日本なら私は今、高校生くらいだ。

 唇へのキスくらい、しても平気だとは思うんだけど……。


 そこまで考えて、自分が欲しがっていたらしいことに気付く。な、な、なんてふしだらなーっ!!

 真っ赤になって全く動けなくなるほど経験値が低すぎる癖に私ってヤツは!!


 でも、それが本音だ。そしてこんなにも至近距離にいるのだから、全てギルさんにも筒抜けだろう。


 どうしようもなく恥ずかしくなった私は、何も言えなくなってギルさんにぽすんと顔を埋める。ギルさんは無言で頭を抱き寄せてくれた。


「わっ、私、急いで大人になるね……?」

「そうしてくれ。俺もあまり待てそうにない」

「ひぇ……」


 そんなことを言っているけど、きっとギルさんはちゃんと待ってくれるんだと思う。欲しがる割にいっぱいいっぱいになるのが見えてるもん、私。

 ……でも、ギルさんは意地悪なところもあるからなぁ。待ってくれる、よね? 自信なくなってきた。


 チラッと顔を上に向けると、真っ赤になったギルさんの耳が見える。え。……え?

 たくさん愛をくれたけど、余裕そうに見えていたけど、ギルさんもちゃんと照れていたんだ。胸がキュンとなった。


 ああ、好きだなぁ。愛おしいなぁ。


 たまらなくなって、私はギルさんの身体に腕を回す。そのままギューッと抱きしめた。


「大好き」


 今の私が口に出来る愛の言葉は、これが限界。ずっと側にいてとか、ずっと側にいるとか、もっと色々言えたらいいんだけど。

 言わなくてもちゃんと伝わってるのはわかってるんだ。でも、私はちゃんと言葉にしておきたい。ゆっくりと、自分のペースで。


「……ああ」


 ギルさんもまた、これ以上は多く語らず腕を回して抱きしめ返してくれた。

 たくさんの気持ちが伝わってくる。きっとギルさんもこれから少しずつ、言葉でも伝えてくれるのだろう。


 焦ることなんてない。だって私は長命で、ギルさんもまた私ほどではないけど長く生きる。時間はたくさんあるんだもん。

 これから先、辛くて悲しいことがいくらあっても大丈夫。危険なことだって跳ね除けられる。二人なら。


 この日、私は最強になったのだ。



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※次回からまた毎週月曜日更新になります!

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