sideギルナンディオ
ここ最近、調子が悪い。
いつからか、といえば自分に自己暗示をかけた頃からだろう。あれから解除の兆しがなく、この封印された情報が俺に悪影響を及ぼしているのだろうことは簡単に察しがついた。
だが、妙だ。いつもなら、そんな事故が万が一にも起きないように必ず解除出来るキーを用意するはずなのに。今回はその解除キーが発動していないようなのだ。
加えておかしいのは、もし解除されなかったとしてもこんな風に自分に影響が出ているということ。こんなことは初めてで戸惑いを隠せない。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり慎重に任務を行うし、失敗などほとんどしない。調子を悪くするなど、あり得ないのだが。
一体俺は、どんな情報を封印したんだ? かなり重要な情報だったのはなんとなくわかるが……皆目、見当が付かない。
そんな中でも時間は過ぎていく。体調不良といっても仕事をこなすのに支障はないからな。いつも通り、粛々と依頼をこなしていこう。
「ギル、今晩遅くでいいから医務室に来なさい」
「……ルド」
自分の不調から目を逸らしながらいつも通りの生活を送ってどれほど経った頃だろうか。
日に日に増す息苦しさと苛立ちに、そろそろ一度休暇を取ろうかと考え始めたのと同じタイミングでルドに声をかけられた。
出来るだけ周囲にはバレないように振る舞っていたつもりだが……まぁ、気付く者がいてもおかしくない程度には不調だったからな。俺はすぐに観念して了承の意を示した。
その晩、医務室にてルドの問診が始まった。不調の原因はわかっていたため、俺は嘘偽りなくそのことを告げる。
「なるほどね。なら、その封印された記憶について私から何かを教えたとしても、根本的な解決にはならないということか」
「……封印内容に心当たりがあるのか」
「まぁね。ただ、教えるつもりはないよ。答えだけ知ったら、余計に拗れる可能性があるからね」
「それは、そうかもしれないが」
心当たりがある、というよりは確信しているかのような口振りだ。
確かにルドの言う通り、中途半端な助言や答えだけを伝えられるのは封印解除に影響を与えかねない。俺自身が自力で解除しないと、逆に永遠に封印されたままである可能性が高くなる。
普段であればそれでも構わないが……記憶が封印されていることによって体調不良を起こしているのだ。しっかり解除キーで記憶を思い出す必要がある。
しかしこの苛立ちは如何ともし難い。少しだけでも解除のヒントが欲しかった。そんな不満を察知したのかもしれない。ルドが苦笑しながら口を開いた。
「ほんの少しだけ、解決の手助けをするかい?」
「……頼む」
「素直だな。本当に参っているようだね」
ルドの言葉に自然と眉根が寄る。確かに俺は滅多に人を頼らないが……ルドの言葉がその通りだからこそ、イライラが増してしまう。
「そう殺気を向けないでくれ。早速、いくつか質問をするよ。……心配しなくていい。他の誰にもこのことは言わないよ。みんなには、ギルからは事情を聞き出せなかった、と伝えるから。まぁ、私と同じでそれとなく察してはいるだろうけどね」
ルドが何かを話していたが、ちゃんと聞く余裕もなかった。質問をする、と言ったか?
まずいな。これ以上、ルドに迷惑をかけないためにも俺は口を閉ざした。質問にだけ答えるようにしよう。余計なことを言ってしまいかねない。
「イエス、ノーで答えてくれればいい。もしくは、答えなくても構わないから」
……どこまでもお見通しだな。つくづく、医師というのは恐ろしい。いや、ルドだからかもしれないが。
「不調を感じ始めたのは、結構前だね? そうだな……ちょうど、メグたちがダンジョン攻略に向かうようになってからじゃないか?」
そう、だろうか。思い返してみるものの、あまり自覚はない。イエスともノーとも言えないためただ黙り込む。
「たぶん、その時は不調もそこまでではなかったから自覚もなかったかもしれないね。じゃあ次。最近になって急激に体調が悪化したんじゃないか?」
「! あ、ああ……」
「明確にそうなった瞬間があるはずだ。それをよく思い出すといい。私からの助言はこれで終わりだよ。時間を取らせて悪かったね」
明確に……? 言われてみれば、何かがキッカケで急に胸の辺りが締め付けられるような痛みを感じた気がするが。
「いや……感謝する。ルド」
「……構わないよ。お大事に」
礼を告げると、ルドは驚いたように目を丸くしてそう言った。俺が礼を言ったからだろうな。柄じゃないとは自分でも思うんだが……ちゃんと礼を言わなければいけない気がしたんだ。
そういう部分を気を付けないと、教育上よくないからな。
「……教育上? ……ああ、そうか」
医務室を出てから少し立ち止まる。それからすぐに原因に思い当たった。
オルトゥスで保護してからというもの、ここで生活をしている子どもに悪影響が出ないようにする。それが俺の態度を改めるキッカケだった。
だがその子ども、メグも、もうすぐ成人となる。もうそこまで気にする必要はないんだが……どうやら、身についてしまったようだ。子どもの存在というのはかなり周囲の大人に影響を与えるんだな。
まぁ、それによってかなり仲間との連携がスムーズに進むようにはなったからな。メグには感謝している。自分だけでは、そして周囲の仲間だけでは気付くことはなかっただろう。
「メグ、か……」
ここ最近、ダンジョンを攻略したり人間の大陸に調査へ向かったりとかなり頑張っているようだ。そのため、姿をほとんど見ていなかったが……つい先日、帰ってきたと知って少し離れた場所で様子を見に行ったな。
随分、逞しくなったと感慨深く思った。もう保護対象ではないのだと思うと、わずかに寂しさのようなものも感じた。これが親の気持ちというものだろうかと。
『あ、えっと。その、ダンジョンに行く前のことだから、もう随分前の話になるん、ですけど……』
俺の姿に気付いたメグが駆け寄ってきた時、何か覚悟を決めたように謝罪してきたんだったな……。
そう、だ。あの時だ。
『……すまない、メグ。そんなこと、あっただろうか』
『え……』
あの時の、メグの悲しそうな目。あれを見た瞬間、酷く胸が痛んだ。
ただ、メグが悲しげだったのも一瞬のことで、すぐに笑顔を見せていたからあまり気にはしなかったんだが……。
あの日から、じわじわと蝕むように胸に重苦しい何かがどんどん積もり始めて、苛立ちが抑えられなくなっていった。
原因は、メグということか? しかし、あんなに素直で良い子の代表ともいうべき子どもが何かをするとは思えない。だが……妙に胸がざわつく。なんだ、これは。
「家出ぇ!? メグちゃんが!?」
その時、受付の方からサウラの叫び声が聞こえてきた。しかも、その内容は聞き捨てならないものだ。
あのメグが家出などと、本当に何が起きているというのだろうか。
「っ!」
ズキンと、一際大きく胸が痛んだ。不調もここまでくると無視出来ない。苛立ちで今にも魔力が溢れてきそうだ。
思い出せ。考えろ。解除キーはなんだ? 俺はどんな記憶を封印したんだ?
それからの数日は地獄のような日々だった。
溢れる魔力を放出するべく、毎日決まった時間に訓練場を貸切にし、ひたすら鍛錬をする。誰も近づかないようにという無茶なことをサウラに頼んだが、ただならぬ気配を感じてくれたのだろう、二つ返事で了承してもらえたのには助かった。
自分で説明をする余裕もなかった。だが、ルドがうまく言ってくれるだろうと思っている。人に任せるなんてな……。
情けないことだ。それがまた苛立ちを増し、いくら鍛錬しても晴れるどころか悪化していく一方だった。
そして今日、いつも通り訓練場で鍛錬をしていると、頭領とリヒトが相手をしてくれると申し出てくれた。正直ありがたかったが……思っていた以上に制御が出来ず、かなりギリギリの戦いになってしまった。この二人でなければ、命を奪っていたかもしれない。
「……なぁ、ギル。気付いてただろ? お前はもう、とっくに俺を抜いてる。オルトゥスの実力ナンバーワン、いや。魔大陸最強は、お前だ」
俺が、頭領を超えていた? そんなまさかという気持ちと、少しだけ納得している自分がいる。
……不思議なものだな。それをずっと目標としてきたのに、あまり認めたくはない。
何が気に食わない? 目標を失うことを恐れているのか? この俺が?
困惑したままよくわからない捨て台詞を頭領に吐かれ、さらに頭を悩ませた、そんな時だった。メグを見つけたのは。
姿を見た瞬間、激しい頭痛が俺を襲う。吐き気を催すほどだ。
離れてくれと言ったのだが、メグが俺に手を伸ばすのを見て、身体が震える。俺が、こんなにも恐怖を感じるとは。
「っ、触れるな!」
どういうわけか、ものすごく動揺している。見られたくなかった。教育上よくないから、か? いや、それだけではない気もする。
なんなんだ、これは。頼む、これ以上近付かないでくれ。メグを見ていると、頭がどうにかなってしまいそうだ。やはりこの子が原因なのだろうか。
と同時に、メグの側から離れてはいけない、離れたくないという感情も湧いてくる。
ああ、やめろ。やめてくれ。ショックを受けた顔を、悲しそうな顔を見せないでくれ。
今すぐメグから離れるべきだ。早く、早く。そうは思うものの、足に力が入らない。まるで、身体がメグから離れることを拒否しているようだ。
あと一歩で訓練場を出るという時だった。
「行っちゃ、ダメ……!」
そんなメグの言葉とともに、背中に衝撃が走る。後ろから腰に回された細い腕は、ギュッと俺の服を掴んでいた。背中に感じる温もりと、メグから伝わる身体の震え。
急に、脳内に様々なことが巡った。あまりの情報量と感情の大きさに、暫し動きが停止する。
「ギルさん、私ね……」
……ああ、そうだった。愛らしい、震えた声が耳に届く。
「ずっとギルさんに、恋してたみたいなんだ」
……ああ、知っていた。愛おしい、震えた声が心を突き刺す。
「気付いたの。私にとって、ギルさんは唯一の番なんだって。世界で一番、大好きな人なんだって」
思いが、溢れていく。
「メグ……!」
全てを思い出した上、この世の誰よりも愛しい相手にそんなことを言われた俺が、これ以上我慢することなど出来るわけもなかった。
思いを口にするより先に、背中から回された細い腕を取ってその小さな身体を正面から抱き締める。
随分と馬鹿な真似をしていたんだな、俺は。焦がれて止まない気持ちを封印するなど。
外に出たくてたまらない、魂の欲求を封印などしたら、いつかヒビが入ってどうしようもなくなることくらい、考えればわかっただろうに。
実際、そうなりかけて迷惑をかけていたんだ。ざまぁない。頭領に認められないのも無理はない、愚かな所業だった。
だが、もう二度とそんな愚かな行為はしない。
この世の誰よりも愛おしい存在が、俺を救ってくれたのだから。
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※明日も更新します。(ニヤニヤ注意報発令)
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