どうか、お願い


 悲しくなりそうな気持をなんとか堪え、私は一歩ギルさんに近付いた。


「戦ってる途中からいたよ?」


 ショックを受けていることをギルさんに悟られるのはなんだか悔しかったので、ニッコリ笑顔を心掛けてお返事!

 泣き顔とか悲しい顔なんて見せたら、申し訳ないしね。そんなことで気を引いてしまうのは、なんというか、不本意だし。


 すると、ギルさんはバツの悪そうな顔で視線をフイッと逸らした。


「……殺気を浴びせてしまったのか。すまない」


 本当に申し訳ないと思っているみたいだ。まぁ、私はまだ未成年だもんね。子どもに浴びせる殺気じゃないってところかな。

 けど、それだって人払いされている場所に自分から来た私の自業自得なのだからあまり気にしないでもらいたい。


 だから、さ。お願いだから、こっちを見て。目を逸らさないでよ、ギルさん。


 私は真っ直ぐギルさんを見つめ続ける。


「だが、あれを浴びて無事だったのか。すごいな」


 ポツリ、とギルさんが誰にともなく呟く。それは素直な感嘆の言葉で……それだけで、私は嬉しくて仕方なくなってしまう。実力を認められたみたいで。なんてちょろいんだ、私。

 いやいや、この程度で満足をするなメグ。ちゃんとこっちを見てほしいんだよ、私は!


「うん。だってギルさんだから。なんだって平気だよ」


 負けるな。めげるな。真っ直ぐに、思っていることを伝えるんだ。


 私の思いが伝わったのかはわからない。でも、この言葉にギルさんがほんの少し動揺したのがわかった。珍しく言葉に詰まっているから。


「……訓練の、賜物だな」


 むぅ、手強い。今のも私、かなり勇気を出して言ったんだけどな。

 でも遠回しじゃ伝わらないよね。私が言われたとしたら絶対に気付かない自信があるもん。ダメダメですね! 知ってる!


「それもあるけど……一番は、別の理由だよ」


 心臓が、飛び出るかもしれない。でも、こっちを見てもらうまで私はギルさんを見つめるのをやめない。


「別の、理由?」


 あ。今、やっと一瞬だけ目があった。またすぐに逸らされちゃったけど。でも、なんだろう。やっぱり違和感がある。


 人間の大陸から帰ってきた時に感じたあれだ。ギルさんだけど、ギルさんじゃないようなあの感じ。

 それを確かめたくて、私は飛び出そうな心臓を押さえながら再び口を開く。


「ねぇ、ギルさん。聞いてほしいことがあるの」


 聞いて。見て。ちゃんと伝えさせて。

 その違和感の正体は何? 貴方は何に苦しんでいるの? 


 どうか、どうか。私に貴方を救わせてほしい。


 さらに一歩、ギルさんに歩み寄った時だった。


「……っ、すまないが、メグ。俺から離れてくれ」

「え?」

「なぜかはわからない。だが、お前がいると頭痛が酷いんだ」


 告げられたのは、拒絶の言葉だった。


 そりゃあ、ショックだよ。ものすごく。告白前にフラれたみたいな。

 けど、ギルさんは頭を片手で抑えて本当に苦しそうに顔を歪めているから、それどころじゃないってわかった。


 本当に、どうしたっていうの? あのギルさんが頭痛で苦しむなんて、あり得ない事態が起きてる。

 呪い……だったらギルさんが気づかないわけがないよね。さっきの手合わせでダメージを負ったってわけでもなさそうだし。


 いや、落ち着いて私。冷静になって魔力感知してみよう。集中してギルさんをジッと見つめると、意外にもあっさりとギルさんに何か魔術がかけられているのがわかった。


 やっぱり呪い!? と思って慌てたけれど、すぐにそうじゃないと気付く。あれは、ギルさんが自分にかけた魔術だ。

 え、でも、一体なぜ自分に? それに、私の力じゃどんな魔術をかけたのかまではわからない。未熟さが恨めしい。


 でも、ここまでしっかり調べたというのにギルさんがそれに気付く様子もない。普段だったら、自分が注視されているというだけで瞬時に気付いて対応する人なのに。

 それほど苦しいんだね……。いくら自分でかけた魔術だとしても、ここまで悪影響が出ているのってどう考えてもまずくない? 誰かに応援を頼んだ方がいいのかな。


 ……ううん。サウラさんたちは私ならなんとか出来るって断言してくれていた。お父さんやリヒトだって、何も言わずに私に任せてくれたよね。


 ギルさんの様子がおかしいことくらい、みんな知っているはずなのに任せてくれたんだ。それなら、諦めずにもう少しだけ考えてみよう。


 ギルさんは頭痛が酷くなるって言った。私がいると、って。でもどうして私だけ……?


 もしかして、問題があるのって記憶? 頭痛から連想しただけのただの憶測だけど、そう考えたらしっくりする気がする。

 急に私への態度が変わったのも、何かを忘れているからなんじゃない? いや、そんなピンポイントで都合のいいことある? って感じだけど。

 私に関する何かを忘れているから態度が冷たいんだって、思いたいだけかもしれない。ただの私の願望と言われたらそうかも、と思ってしまう。


 でも、妙に確信みたいなものを感じるんだよね。目の前にいるギルさんから、心に直接訴えかけられているかのような、変な感じ。これも、私がギルさんを番認定したからわかることなのかな。


 ほぼ間違いないと心は訴えている。でも絶対とは言い切れないのは、この思いが一方通行だからだ。それは仕方ない。


 ええい! それなら直接、聞くっきゃないっ!


「ギルさ……」

「っ、触れるな!」


 もう一歩だと思ったのに。手を伸ばした瞬間、急に大きな声で拒絶されてビクッと全身が震えた。


 な、泣くな。絶対に泣いちゃダメ。条件反射で涙を流さなかった自分を褒めよう。えらいぞ、メグっ!


 ……うぅ、辛い。怖い。悲しい。

 嫌だよ、私を遠ざけようとしないで。気持を受け入れてほしいとまでは言わないから。そんな贅沢は言わないから。


 どうか距離を置こうとしないで。

 それは、私にとって何よりも辛いことだよ。ギルさん。


「あ、いや……すまない、だが。頼む、近付かないでくれ」


 だけど、私以上にギルさんの方が辛そうに見えた。左手で頭を押さえ、右手で胸を押さえて私に背を向けている。そのままヨロヨロとした足取りで訓練場の出口に向かって歩き始めてしまった。


 おかしい。たった今、お父さんとリヒトのおかげでストレス発散したはずなのに、さっき以上にギルさんのモヤモヤが溜まっているように見えるなんて。


 なんで? なんでそこまで私を拒否するんだろう。


 私は大丈夫。傷付いたりなんてするもんか。心に従えばいい。


 大体ね、そんなことで私を遠ざけられると思ったら大間違いだよ。近付くな? 触れるな? 離れろ? 自分はそんなに苦しんでいるくせに。


 ギルさんは、いい加減にしたらいいと思う。いや私だってさ、この気持ちをギルさんの具合が悪い時に伝えるなって感じかもしれないけど。

 でもさぁ、こんなに辛そうな姿を見せておいて、放っておくなんて出来ると思う? ギルさんへの気持ちを自覚した私に? 無理でしょ。


 私にはわかるんだから。どれだけ拒絶しても、心の奥底では私を呼んでくれているよね? 聞こえるんだから。助けてほしいっていう魂の叫びが。


 ゆっくりと訓練場の外へと向かうギルさんをただ見つめる。その姿を見ていたら、急に脳裏に同じ光景が蘇ってきた。


 あ……これって。この光景って。


 気付けば身体が勝手に動いていて、ギルさんに向かって走り出していた。だって、わかっちゃったんだもん。


 これは夢で視たやつだって。やっぱり予知夢だったんだ。夢を見た時は恥ずかしくて死んじゃいそうだったけど、今はそれ以上に胸がいっぱい。


 私の、ただの願望じゃなかったんだ。願望も入っていたと思うけどね。


 もう、私に迷いなんてない。今、勇気を出せば望んだ未来が待っているってわかったから。


 思い切り走って、愛しい人の背中に腕を伸ばす。


「行っちゃ、ダメ……!」


 マント越しに、ギルさんを思い切り抱きしめる。


 ああ、届いた。手が、届いた。


 いつぶりだろう、ギルさんに触れるのは。相変わらず温かくて、涙が出そうなほど幸せに包まれてしまう。

 同時に、どうしようもなく恥ずかしくて顔に熱が集まっていく。


 これはね、もうね、仕方ない。ここまで来たら、言ってしまえ。


「あ、貴方が私を拒絶しても、私は諦めないんだからね! ちゃんと聞いてよ。今だけで、いいから……!」


 ────どうか、お願い。


 ギュッと抱き締めたその背中は、やっぱりこの世のどこよりも安心出来る場所だと感じた。



────────────────


※明日も更新します。

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