オルトゥス最強の男


 アスカは、何も言わなかった。たぶん、それがアスカの出した答えなんだと思う。だから私もそれに応えようと思った。きっとアスカは、これまで通り普通に仲良くしてほしいんだって受け取ったから。


 色々と思うことはあるよ? アスカの笑顔はいつも通りだったと思うけど、やっぱりどこか様子がおかしかったな、とか。私の態度はこれで良かったのかな、とか。

 これまで通りに接していいんだよねって迷う気持ちも少しある。けど、ここで私が態度を変えることこそがアスカの思いを踏みにじる気がしたんだ。自惚れかもしれないよ? それならそれでいい。


 ただ、私がアスカとこれまで通り仲良くしたいって思ったんだもん。これは私のワガママだ。だからアスカに嫌がられない限りはそれでいこうって思うんだ。


 アスカはきっとすごく頑張ってくれた。背中を押してくれた。今度は、私も頑張らないと。


 両手で軽く頬をペチペチ叩いて気持ちを切り替える。今頃、お父さんとリヒトはギルさんと手合わせしているかな。


 逸る気持ちを抑えつつ、駆け足で訓練場に向かう。その道中ですでにビリビリとした空気を感じていた。


 す、すごい殺気……。たぶんこれは、ギルさんのものだ。だってお父さんやリヒトが殺気を放つ理由がないもの。


 たぶん、この程度ですんでいるのは訓練場の造りによるものだろう。そうじゃなかったら今頃オルトゥス内部全体がパニックになってる。だって漏れ出てるだけでこれだけの圧を感じるんだもん。遮るものがなかったらと思うと……やばい。


 怖い。ギルさんはオルトゥスでもナンバーツーの実力の持ち主なのだ。そんな人の殺気なんて直接向けられたら絶対に立っていられないよ。

 前にも感じたことはあるよ? 人間の大陸に助けに来てくれた時なんかもっとすごかったのを覚えているもん。あの時に比べれば大したことはないかもしれないけど、あの時は安心しか感じなかった。


 今は、殺気が全方位に向けられているからとにかく怖くて仕方ない。


 全身が震えて、足がこれ以上前に進むのを拒否してる。


「ギル、さん……!」


 でも、進まなきゃ。大丈夫。たとえこの殺気が私に向けられたとしても、今はお父さんとリヒトが相手しているわけだし。

 それに……。


「ギルさんになら、何をされても構わないっ」


 たとえ攻撃されたとしても。たとえ殺されたって。絶対に恨まないし嫌いになったりもしないと断言出来る。

 ただ、そのことがギルさんを傷付けてしまうということだけが気掛かりだけどね。それも、後でたくさんフォローすればいい。死んだ後でだって、夢を渡って救ってみせる。


「ギルさんの心は、私が救いたいんだから……!」


 震える足を拳で叩く。気持ちを強く持つことでようやく足が動いてくれた。


 よし、進もう。じりじりとしか前に進めないけれど、どうにかこうにか気力を振り絞って私はやっとの思いで訓練場に到着した。


「きっつぅ……」


 到着したはいいものの、私はほぼ這いつくばっている状態である。扉にしがみついてどうにか中へ入ったまではいいけど、残念なくらい立てない。

 むしろよくこの室内に入れたと自分を褒めたい。コツコツと積み重ねた訓練が役に立っているのだと思おう。


 そんなものすごい殺気と魔力の圧を感じる中、平然と戦っている三人の影。もう人類とは認めない。知ってた。


 ギルさんと直接やり合っているのはリヒト、かな。ダンジョン攻略に行く前に、二人が模擬戦をしているのを見た時もすごいと思ったものだけど……本気の殺し合いみたいだ。レベルが違う。

 本当に、怖い。ずーっと身体がガタガタ震えているもん。


「リヒト! 迷ってんじゃねぇ! 殺す気でやれって! どうせ死にゃしねーから!」

「うすっ!!」


 お父さんもお父さんで、具現化した現代兵器を惜しげもなく使ってギルさんを狙い撃ちしている。武器が出たり消えたりを繰り返しているので、もはや何が起きているのかあまりわからないんだけど。

 主に銃器だよね。撃ち出しているのは実弾じゃなくて魔力弾って感じ。それでも当たったら致命傷になるはずだ。それを躊躇なく撃てるってところからして、お父さんも相当だ。


 ……この世界にお父さんが来たばかりの時は、戦争真っ只中だったんだっけ。今がものすごく平和だから想像もつかないけど、ギルさんもそういう戦いの中を生き延びた一人、なんだよね。

 オルトゥスにいる人たちのほとんどは、その戦争を経験している。レキがギリギリで子どもだった、って聞いたっけな。


 目の前の戦いを見ていると、これが日常だったんだろうなって想像して怖くなる。けど、私は目を逸らさなかった。

 大丈夫、これはその時の戦争とは違うんだから。苦しむギルさんを助けるための戦いなのだ。


 そうしてどれだけ戦い続けただろうか。気付いた時にはリヒトが仰向けで倒れていて、お父さんが膝をつき、ギルさんが壁に寄りかかって座り込んでいた。みんな満身創痍って感じだ。

 あれだけ全力で戦い続けていたんだもん。そうなるのもわかる。だんだん殺気や圧が薄れていったから、こちらとしては途中からだいぶ楽に観戦出来ていたんだけどね。


「だぁぁぁ……っ、バケモン、かよ、ギルぅ! 疲れ、たぁ!!」

「ははっ、久し振りに命削ったなぁ……俺ももう年だな、こりゃ」


 リヒトとお父さんがそんな愚痴を溢しながらも楽しそうに笑っている。


 こ、こ、この人たちはーっ! こっちはいつか誰かが死んじゃうんじゃないかってヒヤヒヤしっぱなしだったのにっ!


「……なぁ、ギル。気付いてただろ? お前はもう、とっくに俺を抜いてる。オルトゥスの実力ナンバーワン、いや。魔大陸最強は、お前だ」

「っ! それは」


 その場に胡坐をかいて、朗らかに笑いながらお父さんは言った。その言葉に胸が痛む。今だってあれだけ無茶をして、本当に寿命がもっと短くなっていたらどうしようって不安でいっぱいだ。


 でも、まだ呼吸が整わずに倒れたままのリヒトを見ると、すでに飄々としているお父さんはやっぱりすごいんだなって思った。


「全盛期の頭領とは比べ物にならない。今の頭領と比べて最強だと言われても、な」

「言ってくれるねぇ。ジジイには興味ないってか?」

「そういうことではない」


 そんな私の心配を余所に、二人の会話は続く。特にお父さんはやっぱりずっと楽しそうだ。


「お前さぁ、昔の俺を強くし過ぎてんだよ。美化しすぎっていうの? よく考えてみろ。あの時の俺でも、今のお前には勝てないだろうよ」

「そんなわけ……」

「あるだろ。お前の中でずーっと俺が目の上のタンコブだったんだ。いつまでも越えられないって思い込んでんだよ、お前は」


 ああ、そういうのってあると思う。ずっと目標にしてきたから、いつまでも越えられない領域にいるんだって思い込んじゃうんだよね。

 だから、いつの間にか自分がその高みにいることに気付かない。ずっと登り続けてきた山がどれほどの高さで、今どの位置まで登っているのかがわからないのだ。


 そっか。お父さんの中ではもう随分前からギルさんの方が上だって認識があったんだね。そのことにいつギルさんが気付くのかを待っていたのかもしれない。今、結局待たずに言ってしまっているけれど。


「越えられない、ってんなら。あとは、こっちの問題だな」

「……?」


 お父さんはそう言いながら、自分の胸をトンと軽く叩いた。それを見て、ギルさんは不思議そうに目を少し見開いている。


「お前は弱いよ。心がいつまでたってもな。なんせ、鍛えてこなかったんだから仕方ねぇ」


 お父さんの言葉に、ギルさんが眉根を寄せた。心身ともに十分強いとは思うけど……正直、わからなくもない。ギルさんは、人が関わると本当に自分のことを考えないというか、人のために自分が離れてしまうところがあるから。


 それはある意味「逃げ」でもあって、自分の心を守る行為でもある。そういった意味で、確かにギルさんの心は少し弱い。


「人をシャットアウトして、心を守ってきたもんな? 今はだいぶ改善されたが、向き合う期間が短いから未熟なんだ。だから怖がってんだろ」

「なっ」


 お父さんもやっぱり見抜いていたみたいだね。私が気付くくらいだもん、当たり前か。

 もしかしてその辺りに、今のギルさんが苦しんで怖がっている理由があるのかな。


「……そんなんで俺の大切なもん掻っ攫うなんてなぁ、千年早いわ! ばぁか!!」

「ユージンさん、私怨でいっぱいじゃないすか……」


 ご機嫌な様子で話していたかと思っていたのに、お父さんがなんか急に妙なこと言って怒りだしたぞ? 貶す語彙が小学生なんだけど? というかリヒト、私怨って何!?


「意味が、わからない」

「そうかい。安心しろ。今からわかる。クソ不本意だがな」


 首を傾げるギルさんに向かって、お父さんはそれだけを吐き捨てるように言った。そのままリヒトと一緒に立ち上がって出口に向かって来る。リヒトはまだヨロヨロしてるけど。


 すれ違いざまに、なんとも言えない不機嫌そうな顔でお父さんが私の肩に手を置いた。


「……あー苛つく。だが、お前のことは応援する。いや、やっぱ考え直してもいいんだぞ、メグ」

「ハイハイ、ユージンさん行きますよー。俺らの出番はここまで、ってね!」

「おいこら、押すなリヒト! てめぇ、裏切者っ」

「ハイハイ」


 まだギャーギャーと喚くお父さんの背を押しながら、リヒトが振り向いて口パクで「頑張れ」と言ってくれたのがわかった。

 最後の最後までほんと、頭が上がらないな。今度、改めてお礼を言わないとだね。


「! メグ、いつから、そこに」


 そんなやり取りをしていたことで、ようやくギルさんが私に気付いたようだった。そのことに胸がズキッと痛む。

 これまでだったら、何も言わなくても気付いていたのになーって。


 でも別にいい。自分の気持ちを自覚した今の私は無敵なのだ。いやショックではあるけど。悲しいけど。


 ……ううっ、やっぱり嫌っ! これ以上の塩対応はそろそろ泣くからねっ!!



────────────────


※「おいおいおいおい、作者さんよぉ……こちとらその先の展開が!早く!見たいんだよぉっ!!(ペチペチ)」

というどこかの読者様の声をなんとなく受信した気がするので明日も更新します。

明後日もその次の日も更新します。

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