唯一の人
sideリュアスカティウス
緊張する。
メグとは、魔王城の城下町で喧嘩のようになってから、そのままだった。何ごともなかったかのように、いつも通り接することも出来るだろうけど……なんか、それはしたくないんだ。
リヒトからもメグの心情は聞いていたけど、直接謝ったりはしていないから。
きっとメグは、ギルの下へ行くつもりなんだ。もしかしたら、そこで気持ちを自覚するかもしれない。メグが、本当はずっとギルのことを思っていたんだってことに。
真っ直ぐメグの目を見つめていると、ふといつもとは違うことに気が付いた。
……ああ、そうなんだ。もう気付いてるんだね? 気付いてしまったんだ。
ぼくにとってはメグが唯一の番。メグの気持ちがなんとなくわかる。これはぼくの一方通行な思いだから曖昧にしかわからないけど。
そっか。そっかぁ……。
「俺らは先に行ってるぞ」
「メグが来るまでは引き延ばしてやるから」
「うん、後で向かうね」
頭領とリヒトが微笑みながらメグに声をかけた。それからぼくの隣を通り過ぎる時、二人からは肩をポンと叩かれる。
激励、かな? 粉砕するのが確定しているんだけどねー。でもま、気持ちはありがたいよ。勇気を貰えた気がするから。
「アスカ、その……」
頭領とリヒトの二人が去った後、メグが気まずそうに口を開く。おっと、それは言わせない。絶対に。
「ぼく、謝らないから」
「え?」
ごめんって言葉は、聞きたくなかった。だってぼくはメグに謝られるようなことはされていないもん。だから先手を打ったんだ。
「メグも謝らないで。絶対に。だってぼくらはお互い、悪くなんてなかったもん」
嘘だ。ぼくが悪かった。言いすぎだった。メグがいっぱいいっぱいの時に言うことじゃなかった。全部ぼくが悪い。
でも、ぼくが謝ったりしたら、メグも絶対に謝ってくるじゃん。それは、それだけは聞きたくなかった。
ごめんだなんて、聞きたくない。今も、これからも。
「ぼくはさ、メグとはなんでも言い合える仲でいたいんだー。遠慮なくさぁ、不満に思うことも、良いと思ったことも。それで今回みたいに、ケンカみたいになることもあるかもだけど、次に会った時には笑いながらご飯を一緒に食べられるような、さ。そんな仲でいたいんだよ」
難しいかな? と言うと、メグはそんなことないと首を振った。
「それは、すごく理想的な関係だよ。私も、アスカとは遠慮なくなんでも言い合える仲になりたいよ」
言ったことは全部本心だった。メグも同じように思ってくれるっていうのがすごく嬉しい。嬉しいけど。
それは、ぼくが一番ほしい気持ちじゃない。
「よかった。じゃあ、じゃあ、さ。……今から、何をしに行くかを聞いていい?」
大丈夫。わかっているから。ぼくはショックを受けたりなんかしない。もうずっと前から覚悟は出来ていたんだからね。
「ギルさんを、助けに。それと……ギルさんに、想いを伝えに行くよ」
メグは、少しだけ頬を赤く染めてそう言った。恋する女の子の目だ。すごく可愛い。その目が直接向けられるのが、ぼくだったら良かったのにな。
これまで経験してきたどんな怪我よりも胸がじくじく痛むし、これまで経験してきたどんな病気の時よりも息が苦しい。
でもぼくは笑う。大好きな子には笑顔でいてほしいし、いつでもカッコいいぼくを見てもらいたい。
「気付いたんだ? メグにとって、ギルが唯一の番だって」
「え、ええっ!? あ、アスカもわかっていたの!?」
ほら、大丈夫。いつも通り笑える。
もう。相変わらず可愛いなぁ、メグは。あんなにバレバレなのに、気付かれてないと思っててさ。自覚がなかったっていうのも本当に鈍すぎる。
可愛い。ああ、もう。本当に可愛いよ。メグが世界で一番可愛いし、世界で一番大好きだ。
「そりゃあねー。見てれば誰だって気付くよ。あーもー、ようやくかぁ。ずーっとヤキモキしてたんだからね? いつ気付くんだろーってさ」
強がっているように見えないかな? 無理しているように見えていないかな?
ぼくの言葉はぜーんぶ本心だよ。そう、つまり全部こうなることがわかってたんだってこと。それなのに大好きなままでさー、どうしようもないよね。
もしかしたらって希望に縋っちゃってさ。万に一つも、可能性なんてなかったのにね?
「でも、本当はまだちょっとだけ迷ってるんだ。ギルさんが大変な時に、こんなこと伝えるべきじゃないんじゃないかなって」
ぼくが、もっと早く好きって気持ちを伝えていたら、何かが変わったかな? 今も迷っているメグにそうだよって言って、まだ言わないで、って。ぼくの方がメグを好きだよって言ったら。
何かが、変わるかな?
ぼくは、スッとメグに手を伸ばした。
「んむっ!?」
そしてその手で、メグの鼻をギュッと摘まんでやった。驚いたように変な声を出すメグも可愛いなぁ。でもさすがにおかしかったからクスクス笑う。
「だーめ。絶対に今、ちゃんと伝えないと」
大好きな子の前ではカッコいいぼくでいたいんだ。諦め悪く、ズルズルと引きずったりなんてしないよーだ。
「本当の気持ちは伝えてあげなきゃもったいないよ。後でとか、いつでも言えるなんて思っていたらダメ。その機会がいつでもあるとは限らないんだから」
そうそう。そうだよ。メグはほんっと残酷なんだから。ちょっとも隙を見せないでほしいな、まったく。
あれだけ嫌な思いをさせちゃったのに、あっさり許して信用して、相談までしてくれるなんてさ。
優しすぎるよ。どうしようもなく、そんなメグが好きだ。
「うん、そうだよね。……わかった! アスカ、ありがとう」
パッと顔を上げたメグは、もう迷いのない目をしてた。心が抉られるよ。
「じゃあ、私行くね」
行かないで。そう言えたらいいのに。いつも通りの笑顔で立ち去ろうとするメグを見ていたらどうしても我慢出来なくなった。
「っ、メグ!」
その気持ちがメグの名を呼んで、引き留めて。
いや、何やってんの、ぼく。最後までカッコいい姿を見てほしいのに。
メグは立ち止まってぼくを見た。何か聞いてくるわけでもなく、ただじっとぼくの言葉を待ってる。
「ぼく、ぼくさ……メグのこと」
ああ、もうぼくの気持ちにも気付いているんだなって思った。それを受け止める覚悟もあるんだなって。
なんだよもう、カッコ良すぎじゃん。かわいいのにカッコいいだなんてさぁ。もう、何一つ勝てないよ。
それならぼくは、やっぱり最後まで強がることしか出来ないじゃんか。
「メグのこと、応援してるから!!」
一瞬だけ目を丸くしたメグは、そのままフワリと笑った。それからすぐに振り返って訓練場へと走って行く。振り返らずに、ギルの下へと。
それをぼくはただ微笑みながら見送って。そして、周囲に誰もいなくなった。急な寂しさがぼくを襲う。
でも、すぐにこの場にもう一人いることに気付いた。というか、最初からいたんだと思う。今、わざと気配を出してくれたんだ。気遣いの出来る紳士だなー。
「……ぼくって本当にカッコ悪いよね」
その人物に向かってというより、自分に向けてぼくは呟いた。ゆっくりとこちらに近付いてくるのがわかって、ぼくはさらに
「メグにはさ、えらそうに気持ちは伝えなきゃもったいないとか、その機会がいつでもあると思うなー、とか言っておいて」
でも、伝えちゃいけないって思った。ぼくのこの想いは、ぼくの中で一生大事にとっておきたいと思ったんだ。
意気地なしだと思う。すごくカッコ悪いと思う。でも、これは意地なんだよ。メグには伝えない。たとえ、すでに本人にはバレていたとしても、だ。
だけどさ、その想いは行動で示していくつもり。メグが大好きなのは変わらないもん。変えられないよ、この気持ちだけは。
「アスカ、貴方はとてもカッコいいですよ」
「……嘘。カッコ悪いよ……」
ボタボタと足下に落ちていく滴は、なかなか止まってはくれなかった。
すでに、あと一歩の距離まで近付いてきてくれていたぼくの師匠であるシュリエは、それ以上何も言わずにぼくの近くにいてくれた。
だから、気にせず泣けた。今だけ、今だけだからさ。
ああ、どうかメグが幸せになりますように。
メグには、ぼくみたいな涙を流さないでほしい。メグを幸せに出来ないなんて、絶対に許さないんだからね? ギル。
大好きな子と喧嘩して、仲直りして。そして。
ぼくの恋は、こうして実らずに終わったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます