解決策


 お父さんとリヒトが一緒になってギルさんと戦うことで、ストレスが解消されたら少しは楽になるかな? なってくれたらいいな……。だって、ずっと苦しみが伝わってくるんだもん。自分のことのように胸が痛む。


「ストレス発散が出来たとして、ですよ? 根本的な解決には至らないと思うのですが」


 シュリエさんが悩まし気に意見を言ってくれる。う、それはそうかも。結局、ギルさんを悩ませる問題を解決しない限り、またストレスが溜まっていくんだもんね。戦って解消するのは一時しのぎにしかならないんだ。


「んー、そうだね。そもそも、どうしてギルナンディオが苛立っているのか、その理由がわからないことには解決のしようがないよ」


 そう、ケイさんの言う通り。まずは話を聞き出すことが大事。大事、なんだけど。


「私もそれとなく何度かギルに聞いてみたんだけどね。答えてはくれなかったんだ。聞き出すのは至難の業だ」


 ルド医師でさえ聞き出せなかったなら、もうどうしたらいいのって感じだよね……!


「アイツは、俺らに心を開ききってはいねーからな。随分、親しくはなったが」

「それもものすごい進歩ではあるんだけどね! もう一歩が遠いし、永遠に辿り着ける気がしないわ」


 お父さんとサウラさんが困ったように苦笑している。そうなんだよねーっ! ギルさんが自分の悩みを人に話すようなタイプじゃないってわかってた!

 信頼はし合えても気は許さない。最後の一歩が果てしなく遠い、そういう人なのだ。


 でも、私には少しだけ話しやすいと思う。自惚れかもしれないけど、少なくとも昔はなんでも話してくれた。

 今は、微妙な距離感があるので無理かもしれないけど、それでも!


「それは、私がやります。私が理由を聞きます!」


 この役目を、誰かに譲りたくない。


「それに、なんとなくわかる気がするの。ギルさんは、何かに耐えてる。それが苦しくて苛立っているんです」


 誰よりもギルさんのことを理解出来るのは自分だって、そう思ってる。烏滸がましいとは思うよ? お前はギルさんのなんなんだーって。

 でも、私にとってギルさんは唯一の番だから。一番の理解者でありたい。一番近くにいる存在でありたい。


 もう、迷ったりしないんだから。


「なんで、そんなことがわか……え、まさか。メグちゃん」


 決意したのはいいものの、サウラさんにそんなことを言われてブワァッと全身が熱くなる。


 あ、改めて人から言われるとその、さすがに、恥ずかしいと、言いますか……。そ、それは、今この場で言わなきゃダメなヤツですかね!? え、公開処刑!?


 ダラダラと冷や汗を流しつつ、熱くなっていく顔を押さえて黙り込んでいると、数秒後に歓喜に満ちたサウラさんの声が部屋中に響いた。


「ついに、ついに気付いたのねーっ!! 最高よ、メグちゃん!」


 ついにって何!? え、まさか気付いていたってこと? そ、そう言えば、気付いていないのは本人同士くらいだってリヒトも言っていたっけ……。

 う、うわぁぁぁ! それが事実だったってことぉぉぉ!?


「へぇ、これはいいや。なんかそれだけで全部の問題が解決したんじゃないかな?」

「メグも、もうすぐ成人になるんだもんな。感慨深いね」


 ケイさんとルド医師がしみじみとした雰囲気で話している。い、居心地が悪いっ!


「やはり、そうなりましたか。わかってはいましたが、いざ目の当たりにすると複雑ですね」


 シュリエさんに関してはもはや親の目線である。な、なんか、すみません?


「……メグ」

「お父さんは何も言わないで……!!」


 そして、お父さんに対しては何かを言う前に制止した。だって! 今は違うけど実の親にこういうのがバレるのって一番恥ずかしいんだもん!


 だけどお父さんは盛大にため息を吐きながら、私が前に突き出した手をスッと下げた。うぅっ!


「いや、そこは言わせろよ。正直、めちゃくちゃムカつく。許せん。ギルの野郎……戦闘で一切の手を抜かないことが決定した、今」

「大怪我するからやめよう!?」


 最初に聞かされたのは恐らく本音である。目が据わっているのが本気で怖いんだけど!?


 でも、お父さんはすぐにフッと笑った。眉尻を下げて、困ったように。


「だが、同時にものすごく安心してもいる。心残りが一つ減ったからな」


 ポン、といつもは頭に置く手を肩に置かれて、私は一瞬言葉に詰まる。心残り、だなんて。


「……そんな言い方、ずるい」


 お父さんは、私が寿命について知っていることに気付いているのだろう。困ったように、それでいてとても慈愛に満ちた目で私を見下ろしているから。


 そりゃあ、前世も含めて浮いた話なんてなかったよ。安心させられなかったよ。

 でも、今だって別に安心させられる要素があるわけじゃないし? ただ私が自分の気持ちに気付いただけで、ちょっとした進歩を見せることが出来ただけだもん。


 まだ、ギルさんの気持ちもわからないんだから。


 あ、そう考えたらまた不安になってきた。フラれたら立ち直れるかな……。フラれても、一生私はギルさんを想い続けるだろうけど、それはそれ、これはこれだもん。


 人生で初めての恋だから、痛みも想像がつかない。ただ、考えただけで苦しすぎるので実際にどうなるのかを考えると怖すぎる。しばらく寝込むかもしれない。


 でも、もしかしたらって期待はしてる。あの時の言葉が、そういう意味だったのかもしれないって。


 それはそれでギュッと胸が締め付けられる痛みを感じるんだけど、これほんとなんなの? 恋というものが難解なのは変わらないや。


「よし。とにかくこれでなんとかなりそうな目途がたった。まずは俺とリヒトでギルをぶちのめ……相手をして、終わったらメグがギルと話す。それで解決だろ」


 モゴモゴと俯いたままの私を無視して、お父さんが話し合いを締め始めた。……本音が出てない?

 ってか、ちょっと待って? 聞き捨てならないんだけど!


「わ、私は話すだけだし、解決なんて出来ないよ!? ギルさんが話してくれるとも限らないし……」


 慌てて私がそう主張をしたのに、見ればお父さんだけでなく、この場にいる皆さんがすでに解決でもしたかのようにリラックスしている。なんでぇ!?


「ああ、心配いらないわよ」

「んー、無問題だね」


 サウラさんとケイさんはあははと笑いながら軽い調子でそう言った。根拠がなくないですかね?


「メグ、貴女がちゃんと気持ちを伝えれば全てが解決すると思いますよ」

「そ、そんなに都合良くはいかないですよぉ……」


 シュリエさんにまでそう言われてしまって、私はもう脱力することしか出来ない。信用されているって思っていいのかな? でもどこからその信用が来るのか本当に謎である。


 い、いやいや、弱音なんか吐いている場合じゃないよね。私がなんとしてもギルさんの本音を聞き出すしかないんだから!


 それと、気持ちを伝えないと。いや、でも。ギルさんが大変な状況で浮かれ気分で気持ちを伝えるとかしていいの? よく考えたら機会を改めた方がいい気がしてきた。


「今、伝えるのは別の機会にとか考えただろ。絶対にダメだからな。今回、必ず伝えろよ?」

「ひ、人の考えを読むのやめてくれない!?」


 リヒト、怖い。な、なんでバレたんだろ? でも確かに、すぐ伝えた方がいいよね。そうやって逃げ道を探して機会を逃したら、たぶんズルズルと後回しになり続ける気がするし。そういうのを察したのかな? 本当に鋭いなぁ、もう。


「話し合いは終わりね! じゃ、頭領とリヒト、それからメグちゃん! あとはよろしく! みんなは通常業務に戻ってちょうだい!」


 最後に、サウラさんのテキパキとした指示にそれぞれが了承の意を示し、会議はお開きとなった。

 皆さん、切り替えが早いなぁ。私なんて緊張の瞬間が迫ってきたからものすごくドキドキしているんだけど。


 ギルさんを助けたい。そう、助けたいって思えばいいんだよね。思いを告げるのはその延長だと思えば……いや、思えない! 人生初めての告白だもん!


 ……グートも、こんな気持ちだったのかな。私に告白をしてくれた時。


 そして私が断ってしまった時は、すごくショックを受けたってこと、だよね? 答えはわかってたって言っていたけど、それでも辛いよね。

 私に、それを悲しむ権利なんてないかもしれないけれど。


 わかるからこそ、ちゃんと伝えようと思えるよ。だから、感謝だ。罪悪感なんかじゃない、感謝の気持ちでいっぱいなのだ。


「ほら行くぞ。善は急げってね!」

「……うん!」


 トンッとリヒトに背中を叩かれて顔を上げる。まずはお父さんとリヒト、ギルさんの戦闘を見学させてもらおう。


 三人で来客室を出て、訓練場までの道を一緒に歩いた。今はみんなが訓練場から離れているから、近付くにつれて人が少なくなっていく。


 最後の通路に差し掛かったところで、人影が見えた。壁に寄りかかっていて、なんとなく私を待っていたんだろうなってわかる。


「……アスカ」

「やっぱり来たねー。ね、少しだけ話、いい?」


 申し訳なさそうにそう言ったアスカの声は、いつもより少しだけ元気がないように聞こえた。



────────────────


次週から少女期後編の最終章「唯一の人」に入ります。

子どもメグを最後まで見守ってやってください(*´-`)

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