似たもの同士
リヒトの転移でオルトゥスの入り口に来た私たちは、すぐその異変に気付いた。
いつも通り仕事をする人で賑わっているんだけど、どことなく緊張感が漂っているのだ。思わずリヒトと顔を見合わせる。
「わかるか?」
「……うん、わかる。異常に魔力が渦巻いてる場所がある」
そしてその魔力はギルさんのものだということも。
危険が迫っているのだろうかと心臓がバクバクする。一刻も早く向かいたかった、けど。
「すぐに向かいたいのはわかるけど、まずは何が起きてるのか聞いてからだぞ」
「わ、わかってるもん」
さすがにこれだけ攻撃的な魔力を感知したら、ギルさんのものとはいえ迂闊に近寄ったりは出来ない。いや、ギルさんのものだからこそ注意が必要だった。
だって、ギルさんはオルトゥスの中でもトップクラスの実力者なんだから。彼を止められるのはそれこそお父さんや父様くらいなのだ。
……ううん。近頃、力が衰えてしまっている父たちでは相手をするのも厳しいかもしれない。っていうか、あまり無理をさせたくないというのが本音だ。
二人がかりならいけるだろうけど、それでも危険なんじゃないかって心配である。
「受付に向かうか?」
「そうだね。サウラさんなら知ってるはずだし」
私たちは頷き合ってから建物内部へと足を進めた。
まっすぐ受付へ向かうと、すぐにサウラさんが気付いてカウンターからでて駆け寄ってくれる。表情もどこか真剣だし、やっぱりこのギルさんの魔力が原因だよね……。
「無事に戻って来てくれてよかったわ。どこも怪我はない? 大丈夫?」
「そ、そうでした。ごめんなさい、勝手なことをして……」
サウラさんは私の前にやってくると、まずは心配そうに見上げてペタペタと私の腕や顔を手を伸ばして触りながらそんなことを言ってくれた。
申し訳ありませんでしたーっ!! でもプチ家出をちょっと楽しんでました、なんて言えない。
「それよりも、この魔力……」
「ああ、そうよね。気付くわよね当然。帰って来て早々悪いんだけど、まずは事情の説明からさせてちょうだい。リヒト、貴方も一緒に聞いてもらえないかしら?」
早速、私が本題に入るとサウラさんはさらに難しい顔になって腕を組んだ。そのままリヒトに目を向けてちょうど良かったと微かに笑う。
「それはもちろんいいですけど……ギルになんかあったんすか?」
リヒトは片眉を上げて声を潜めた。みんなが気付いていることだろうとはわかっていても、なんとなく小声になってしまう気持ちはわかる。
「場所を変えさせてちょうだい。今、ちょうど話し合いをしようと重鎮メンバーを集めていたところなのよ。ニカはまだ人間の大陸にいっているから不在なんだけど」
「えっ、そんな中に私たちが行ってもいいんですか……?」
つまり、お父さん、サウラさん、シュリエさん、ケイさん、ルド医師の五人が集まるってことかな。これはやっぱりただごとじゃない雰囲気だね。
だからこそ、私やリヒトが話し合いの場にいてもいいのかなって思っちゃう。
「もしもの時は、リヒトにもギルを止めてほしいのよ。でもたぶん、一番必要なのはメグちゃん、貴女の力よ」
だけど、サウラさんは真剣な眼差しを向けてそう言った。私の力……? 私にはギルさんを止める物理的な力も魔術の腕も足りない。それはサウラさんにもわかっているはずなのに、なんとなく私に託されているような気がする。
……よくはわからないけど、それは私も望むところだ。ギルさんは、私が助けたいんだから!
「わかりました。聞かせてください!」
私が力強くそう告げると、サウラさんは少しだけ目を丸くしてからふんわりと微笑んでくれた。
サウラさんとリヒト、私の三人で来客室にやってきた。なんだか、ここで集まって話し合いだなんてすごく久しぶりだな。幼い頃を思い出す。
っていうか、幼い頃にその中に入っていたってことがおかしすぎる状況なんだけどね。
あの頃から変わらず、会議室ではなくて来客室で話し合いをするのがお決まりになっているようだ。会議室、必要? ってなっている気がする。まぁ、あまり使わないだけで必要なんだろうけど。
「お、リヒトも来たのか。心強いな」
「ユージンさん、お邪魔してます」
来客室にはすでに他の皆さんが集まっており、お父さんが出迎えてくれた。私たちが一緒に来たことについてはあまり驚いた様子はない。気配で察知していたのだろうけど、どうしてここにいるのかとかも聞かないんだね。
それはお父さんだけでなく、他のみなさんも同じ。一緒に聞いてもらいたいって思ってくれているのだろう。たぶん。期待に応えたいところである。
「じゃ、みんな気になってるだろうからすぐに本題に入らせてもらうぜ。とは言ってもだいたい察しはついてるだろうけどな。まずは状況から。今、ギルが昔みたいな状態になってる」
全員が集まったところで、お父さんは本当にすぐ本題を話し始めた。昔みたいな状態、とは。
「昔、って?」
疑問に思ったらすぐに質問! 私が挙手をしながら聞くと、リヒトも聞きたそうにお父さんに目を向けていた。私もリヒトも、昔のギルさんのことはほとんど知らないもんね。
「ああ、メグやリヒトはわかんねーか。ギルはなぁ、出会った頃は本当に手が付けられないほど周囲に殺気を飛ばしまくるようなヤツだったんだよ」
えっ、そんなに!? あまり人と関わらない孤高タイプだとは思っていたけど、そこまで周囲はみんな敵、みたいな感じだとは思わなかったよ。
それに、今は仲間と協力し合うから想像がつかない。
「懐かしいですね。誰も信用せず、挨拶もせず、常に一人で行動していましたっけ」
「んー、忘れかけていたよ。でも確かにあんな感じだったね。用もなく声をかけようものならすぐに魔力で圧をかけてきたよねー。怖かったなぁ」
お父さんの言葉に同意を示す様に、シュリエさんとケイさんが昔を懐かしみながら何度も頷いている。そ、そうだったんだ。
みんなが口を揃えて「ギルは変わった」って言っていたけど、そりゃあ言うわ。私も昔のギルさんを知っていたら言っただろう。
「それでも、次第に態度も軟化してきたはずなんだけどね。メグが来てからはさらに人が変わったように穏やかになったんだが」
苦笑を浮かべながらそう言ったのはルド医師。私が来てから? まぁ、幼児がいたら変わらざるを得ないよね。子どもは宝っていうのはギルさんも最初から知っていただろうし、かなり気を遣ったんじゃないかな。
でも、それはギルさんが最初から優しい人だから出来たことだ。根が優しいから幼児にも優しく出来たんだよ。私は知っているんだ。
それはさておき。昔の状態というのがどういうことかはわかった。
「じゃあ、どうして今ギルさんがそんな状態になっているのか、順を追って説明してほしいです……!」
一番の疑問はそこだ。漏れ出ている魔力からはピリピリとしたストレスのようなものを感じるんだよね。ギルさんの心を揺さぶる何かがあったのかな? それがとにかく心配なのだ。
今もなお、ギルさんが苛立ちで苦しんでいる感情が流れ込んできて……私も辛い。ギルさんはもっとこの苦しさを抱えているんだと思うと、本当にいてもたってもいられないよ!
「別に、急にこんなことになったわけじゃないのよ。兆候はあったの。ここ数日で一気に抑えられなくなったみたいで……」
サウラさんが言うには、私たちが人間の大陸に行っている時から少し様子が変だったという。それがいつだったかと言われるとハッキリはしないけれど、ふと不機嫌そうに眉を顰めることが増えていったんだって。
元々、そういう感情の変化を表には出さないタイプだから気付くのが遅れたかも、とのこと。それは仕方ない。ギルさんは隠すのも上手だから。
「でもね? まるで出会った頃のような刺々しさではあるんだけど、ちゃんとこちらに気を遣っているのはわかるのよ。やっぱりあの頃とは違う。だって、そうでもなきゃ訓練場に誰も近付かないようにしてくれ、なんてわざわざ頼んだりしないでしょ?」
「そんなことを?」
「ええ。しばらく集中させてくれって。その間、周囲に気を配る余裕がないって言ったわ。その時すでに爆発寸前って感じで……正直、ちょっとだけ怖かったの」
そっか。ちゃんとみんなのことを考えているんだ。やっぱりとっても優しい人だ。それに不器用。そんなになるまで一人で抱え込むなんて。
……はい、人のこと言えませんね!! つい数日前に限界ギリギリまでストレスを溜めて魔力をぶっ放したのは誰だっけ? 私だよ!!
私と似ている部分もあるんだよね。そう思ったら緊張していた心が少しほっこりと和らいだ。ちっとも浮かれている場合じゃないのに。
「それで、昨日の深夜からずっと訓練場には誰も近付けねぇって状況だ。落ち着くどころか苛立ちが増してやがる。そろそろストレス発散に付き合うか、と思ってたとこだ」
「なるほど……えっ、ストレス発散ってお父さんがギルさんと戦うってこと?」
「そうだ。昔は頻繁にやり合ってたんだがなー。ちゃんと戦闘するのが久しぶりすぎる。あんまりやりたくねーんだけど、そうも言ってられないからなぁ」
二人の戦いは正直、見たい。めちゃくちゃ見てみたい。お父さんの戦う姿なんて見たことないから余計に!
だけど父様の話を聞いた今、心配が勝ってしまう。体に障るんじゃないかって。
「だから、リヒトが来てくれて助かったぜ。お前も一緒になってギルに向かってくれりゃ、負担が減る。ギルのストレス発散には……そろそろ俺ひとりじゃ付き合いきれないからな」
「そういうことなら、喜んで!」
リヒトと二人がかりで!? でも、そっか。ストレスを発散するには自分よりも実力が上の人じゃないと物足りないもんね。リヒトがいてくれてよかった。本人もどことなく嬉しそうだし。
こ、これは本当にお父さんの戦う姿が見られる……!? それどころじゃない状況だというのに、私は場違いにもワクワクしてしまった。だ、だって! つい!!
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