番の知らせ
次の日は、ちゃんといつも通りの時間に目覚めることが出来た。オルトゥスで仕事をする日の時間だから、早すぎず遅すぎずってところかな。
ゆっくりと身支度をしてから簡易テントの一階に下りると、二人ともすでに椅子に座っていた。早起きだったのか、寝ていないのかはわからないけど。
聞くだけ野暮かな。どのみち迷惑をかけまくっているわけだし、ただ感謝しようと思う。
「朝飯を食ったらすぐに向かうか?」
「うん。父様も心配しているだろうし」
そう。今日はまず魔王城に行って父様に謝ることから始めようと思っている。その前に、ロニーは一人旅に戻るそうなのでここに来る前にいた場所へとリヒトに送ってもらうみたいだ。
「ロニー、待っていてくれたんだね」
「ん。最後にメグの顔、見ておきたかったから」
てっきり、もう旅に出てしまっているかと思ったのに。でも、ロニーだもんね。この前の旅立ちの時に挨拶出来なかったから、待っていてくれたのかもしれない。優しいな。
「もう、大丈夫そう、だね」
「うん。ロニーのおかげだよ」
「僕は、何もしてない」
ロニーは安心したようにふんわりと微笑んでくれた。何もしてないって思うかもしれないけれど、それは違うよ。
「そんなことない。辛いときに側にいてくれるのがどれほど心強いと思ってるの? 話も聞いてくれたし、その……悪事にも付き合ってくれたじゃない」
私の「悪事」という単語に少しだけクスッと笑ったロニーは、そのまま笑顔で私の頭を撫でた。
「そうだね。でも僕、ちょっと楽しかった」
「えへへ、実は私も」
また今度、何もなくてもこっそり悪事をしてみたいと思うほどには楽しかったよ。ただ徹夜はこりごりかな。夜遊びくらいならたまーにやってみてもいいかなって思うけど。
もちろん、今の私はいい子に戻ったので大人になるまでは我慢しようと思います!
「それでメグ、伝えるの?」
ふと、真面目な顔でロニーが訊ねてきた。伝える、っていうと……あのことだよね。さすがにもう察しが付く。ちょっと気恥ずかしいけど、私も微笑んで答えた。
「うん。気付いちゃったらもう、じっとしていられないから」
番という存在を見付けられる人は本当に少ないんだ、ってロニーと話していたことを思い出す。相手を恋しいと思う気持ちなんて私だってわからなかったけど……本当はずっと知っていたんだなって今ならわかるよ。
会いたくて、顔が見たくて、声が聞きたくてたまらない。それに、今どこにいるかがすぐにわかるんだ。これは本当に不思議な感覚なんだけど。
ギルさんは今、オルトゥスにいる。そう思うだけで胸がドキドキした。なんで今まで気付かなかったんだろうって不思議になるくらいに。
「そっか。メグの幸せを、ずっと願ってる」
「私も! ロニーの幸せをずーっと願ってるからね!」
最後に笑顔で挨拶を交わし、ロニーはリヒトと共に転移で旅立っていった。次に会えるのはいつかな。その時にはまた色んな話が出来たらいいな。
さて、私は再びリヒトが戻ってくるまでに片付けを終わらせないと。戻ってきたらこちらもすぐに出発だからね。
きっとすぐだろうと思って急いで片付けたんだけど、準備万端になってもリヒトは帰って来なかった。どうしたんだろう? と思いかけた頃、ようやくリヒトが転移で戻ってくる。
「ちょっと時間がかかったね?」
「ああ、向こうで少し話してたからな」
「なぁに? 男同士の秘密の語らい?」
「そんなとこー」
ニヤッと笑うリヒトを見て、本当に男同士で何か話して来たんだろうなってことがわかった。私のことも話したりしたのだろうか。
まぁいい。そういう会話も大事だよね。詮索はしません。
「じゃ、行くか」
「うん、お願い!」
こうして、私の初めての家出は幕を閉じた。まずは父様に謝らなきゃー!
「ああっ、メグ! 無事でよかった……! 娘の悩みに気付いてやれないなど、父失格であるな」
「ごめんなさい……。だけど、父様は何も悪くないよ! だってほら、こういう悩みって友達相手の方が話しやすいんだよ。そういうの、父様にだってわかるんじゃない?」
「む……悔しいが、わかる」
帰ってすぐ有無を言わさず父様に抱き上げられた私。申し訳ないような恥ずかしいような複雑な気持ちだったけど、黙ってされるがままになっています。
だって、どう考えても私が悪い。あと、同意を示してくれた父様がちょっぴり可愛い。
おっとっと。真面目に謝罪しなきゃね。
「心配かけて本当にごめんなさい。でも今回のことで私、つくづく悪いことって出来ないんだなって思い知ったよ」
「なっ、え、わ、悪いことをしたのか!? リヒト、どういうことだ!?」
しまった、口を滑らせた。これに関してはいくら反省しているとはいえ内緒にしておきたい。別にバレても問題はないけど……なんかこう、自分で明かすのは恥ずかしいし、リヒトやロニーから話されるのはもっと恥ずかしい。
「そっ、それは内緒なの! 父様、リヒトに聞こうとしてもダメだからね!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
なので、申し訳ないけど言いません! リヒトにも口止めの意味を込めてジッと視線を送っておいた。リヒトは苦笑いしながらも頷いてくれている。本当に頼んだよっ!
「さ、メグ。そろそろオルトゥスに行きたいんじゃないか?」
「そっ、そうだね……」
一通り謝罪を済ませた後、リヒトがそう切り出してくれた。
な、なんだか急に緊張してきた。これから私、ギルさんに気持ちを伝えにいくんだ、よね……。さっきまでは伝えずにはいられない! って感じだったのに、怖気づいたのかな。むむむ。
「休みを延長していたから、そろそろホームが恋しいのだな?」
「それもあるんでしょうけど違うんすよ、魔王様。メグはやーっと自分の気持ちに気付いたんで。オルトゥスにいる、最も大切な人への気持ちに」
「なっ!? なっ、なっ……」
ちょっ、リヒトーっ!? 私が慌ててリヒトを見ると、サッと顔を逸らして口笛を吹いている。
た、確かにこの件については口止めしてないけど、父親に目の前でバラすって酷くない!? 父様は言葉にならないようで驚愕に目を見開いているし! この後の反応が怖い!
急に室内が暗くなり、窓の外が暗雲に覆われ始めた。……ちょ、ちょっと待って?
続けて稲光とほぼ同時にドゴォオォンというすっごい音が轟き、室内がビリビリと揺れた。
ちょおっと待ってぇ!?
「むっ、娘は誰にも渡さ、渡……ぐぬぅぅぅ!!」
それからものすっごく低い声で父様が声を出したかと思うと、急に頭を抱えてヘッドバンギングし始めた。な、なんか苦悩してる……!
ってか、なんでリヒトはそんな冷めた目で父様を見てられるの!?
それから数分ほど。次第に外の天気も元に戻り、沈黙だけが室内に流れ始めた。
ビクビクしながら待っていると、ようやく父様が無理矢理作った笑顔でこちらを見た。ひぇ。
「……メグに最愛の存在が現れるというのは喜ばしいこと、であるな? 相手も申し分ない能力を持っているのだしな! 父として、今度
「えっ!? ちょ、誰かわかってるの!?」
どうやら許してもらえたらしいけど、ちょっと待って。その言い方だと、父様は相手がギルさんだって知っているみたいな……! 今度は私が目を丸くしていると思う。
「お前なぁ……ほとんどのヤツが気付いてるぞ? 本人同士が気付いてなかっただけで」
「えぇっ!?」
それは恥ずかしすぎる。ひえぇ、どうして? どうして私にもわからない自分の気持ちのことをみんなの方が知っているの!?
み、みんなすごすぎじゃない? でも、そっか。知っていて私が自分で気付くのを見守ってくれていたのかな。ひぃ、黒歴史確定ーっ!
……でも、いいんだ。それなら余計にちゃんと気持ちを伝えないとね。私が勇気を出して一歩踏み出せば、結果がどうあれみなさんも安心してくれるかもしれない。
結果が、どうあれ……。うっ、子どもとしか思えないって言われそう! いやいや、怯むなメグ! それでも私は言うんだから!
恥ずかしさに身悶えつつ、大好きな人の顔を思い浮かべた、その時だった。
突然ギュッと胸が締め付けられる痛みが走り、思わず胸を押さえた。な、に……!?
「っ!」
「どうした、メグ!?」
急に苦しみだした私を見て、父様が駆け寄ってきた。リヒトも心配そうに顔を覗き込んでいる。
「な、なんだか、胸がすごく苦しいというか、辛い気持ちが流れ込んでくるというか……なにこれ?」
耐えられないような痛みではないんだけど……苦しいとか辛いとかよりもやたら焦燥感が襲ってくる感じだ。
そう伝えると、父様とリヒトが顔を見合わせた。それから真剣な表情でこちらを見る。
な、何? 心当たりがある感じ?
「……それは、恐らく番の知らせだ。番の感情が強く動いた時、離れていてもそれを察知出来るのだ。メグはあやつを……気に食わぬが番と認識したのだろう? だからこそ、強くハッキリと感じることが出来るのであろう」
「メグはさ、魂の繋がっている俺の感情もたまに察知するだろ? あれと同じだよ」
番の知らせ……。確かに、感覚としてはリヒトの感情が流れてくる時と似ている。
「じゃあ、これは、この痛みは……」
ギルさんの、苦しみってこと? えっ、あのギルさんが!?
そう認識したらより焦ってきた。ど、どうしよう! 今すぐ行かなきゃ!
「どうやら、あまりのんびりもしていられないようであるな。メグ、お前の番は今苦しんでいるのだろう」
「で、でも! ギルさんが苦しむことなんてあるの……!?」
あんなに強くて、なんでもそつなく出来る人なのに!
「おいおいメグ。それはお前の方がよく知ってるんじゃねぇの?」
私の方が……? そうか。この痛みは、心の痛みだ。苦しんでいるのはギルさんの心なんだ。
ギルさんは身体も心もとても強い人だけど……心だけは、時々すごーく弱くなることがある。それはいつだって自分以外の人が関わっている時だ。
誰のために、何を苦しんでいるんだろう。それが少し気になるけれど。
「……助けに行く」
「そうこなくっちゃな」
ギルさんが辛い思いをしているのなら、私が絶対に救って見せる。
だってギルさんは、私にとって唯一の番なのだから。
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