黒歴史の一ページ


 生まれて初めて徹夜というものをした。この身体は人間の頃よりもタフになっているとはいえ、エルフというのはそんなに強い種族ではない。むしろ、体調を崩しやすい種族なので睡眠はとても大事なのだ。


「きょ、今日は無理……何も出来そうにないぃ……」


 おかげで、太陽が真上に輝いている時間帯になっても私はひたすらダウンしておりました。まぁ、ちょっとわかってた!


 もちろん、熱を出したとか頭痛が酷いとかそういうわけではない。ただひたすら眠くて、身体が怠いだけである。

 こ、これ、お酒とか飲んでいたら完全に二日酔いになるヤツだ。未成年なので飲んでないし、今後もそんなに飲める気はしないけども。


 とはいえ、ずっとベッドに横になっているのも疲れてしまったので今、簡易テントのリビングにあるソファーでぐったりしております。


「あーあー、メグがすっかりワルになっちまったなー」


 そんな私を見てリヒトがニヤニヤしながらそう言った。今はそんな冗談にも付き合えず、ジトッと目だけでリヒトを見上げる。


「ウソウソ。今日はゆっくり休んどけ。俺らものんびりしてるからさ。俺とロニーのどっちかは必ずここにいるようにするから、安心して寝てろ」


 私の視線を受けて焦ったように笑ったリヒトは、ワシャワシャと私の頭を撫でて誤魔化した。まぁ、いいけども。


 でも、本当にリヒトとロニーの大切な時間を無駄に使わせてしまっているよね。

 今はリヒトだけがここにいるみたいだけど、ロニーは出かけたのかな。交代で私の様子を見てくれているって感じかな。

 その気遣いに涙が出そうになる。昨日あんなに泣いたのに。いやむしろ、昨日で感情のタガが外れたっていうか、ちょっとしたことで泣きそうになっている。情緒不安定か、私。


「ごめんね、リヒトもロニーも。忙しいのに……」


 目を閉じてウトウトしながら呟く。もう二人に隠しごとは何もない。全てをさらけ出してしまった。ちょっと恥ずかしい気もするけど、二人とも広い心で受け止めてくれたからこれで良かったんだって思えるよ。


 前世の自分では考えられないことだ。一人でひっそりと抱えるタイプだったから。今は本当に人に恵まれているなってつくづく感じるよ。


「ばーか。お前のフォローをすることより重要な仕事なんかねーよ」

「ふふっ、すごい口説き文句に聞こえる。クロンさんに言えばいいのに」

「当然、言ったことあるに決まってんじゃん。ああ、そっか。ごめん嘘吐いた。お前のことはクロンの次に大事だ!」

「正直でよろしい」


 その時のクロンさんの反応が気になるところだ。ふふ、そうやってハッキリ言ってくれるところがとても嬉しいよ。


「ほら、もう少し寝てろ。何かあったら呼べ」

「ん、ありがと……」


 私があまりにもウトウトしているからか、リヒトはクスッと笑いながら私の目に手を乗せる。その手の体温や重さが心地好くて、私は睡魔に身を委ねた。




 どれほど眠っていただろうか。ベッドじゃないからそこまで熟睡はしてないと思うんだけど。

 うっすらと目を開けてリビングを見回すと、ダイニングのイスに座って本を読むロニーを発見した。


「ロニー……?」

「ん、起きたの? おはよう、メグ。体調は、どう?」

「まだ眠いけど、これ以上寝ちゃうとまた夜中に起きている羽目になりそう」


 上半身を起こすと、身体の怠さも軽くなっていることに気付く。んー、良く寝た。寝すぎた。

 時間を訊ねると、まだ陽も沈む前だという。よかった、夜じゃなくて。ホッと胸を撫で下ろす。


「お腹空いてない?」

「ちょっと空いたかなぁ」


 昨日の夜は何かしらをちょこちょこ摘まんで食べていたもんね。だからか朝も昼も食べていないけど、空腹はあまり感じていない。

 でも、さすがに何か胃に入れておきたい。じゃないと、夕飯前にお腹が空いてしまいそう。


 ロニーは私の返事を聞くと、ダイニングに軽食を用意してくれた。簡易テントのキッチンにある収納魔道具から出してきてくれたのだろう。

 木の実の入ったパンとジャムが練り込まれたパンの二つ。さらに、ロニーが自らお茶も淹れてくれた。甲斐甲斐しい……!


「ありがとう、ロニー。んー、すごくいい匂い! いただきます!」

「ん、召し上がれ」


 暫し、穏やかな時間が流れる。ロニーはその場にいるだけで癒しの空間になるなぁ。ほっこり。特に話しかけてくることもなく、再び本を読んでいるだけなのに。

 でも、意識はこちらに向けてくれているのがわかって、胸の奥がくすぐったいや。


「お、メグ、起きてたのか」


 ちょうどパンを食べ終えた頃、リヒトが帰ってきた。そのまま真っ直ぐ私の下に来ると、隣の席に座る。それから軽く息を吐いた。


「仕事だった?」


 リヒトは転移が出来るから、合間を縫って仕事に行っているのかもしれないなって思って。それは半分正しかったようで、リヒトは軽く肩をすくめた。


「それもあるけど……魔王様に、な。ほら、わかるだろ?」


 ああ、そっか。父様に報告をしてくれているんだね。仕事をしつつ、私の様子も伝えてくれているのだろう。


 思えば、父様には悪いことをしちゃったな。せっかく魔王城に休暇に行ったのに、途中で家出しちゃって。そりゃあ色々と聞かれるに決まってる。

 それなのに何も言わず、会いに来ようともせず我慢してくれているんだ。私のために。


「ごめん、すごく迷惑かけちゃったよね」

「いーんだよ。そのくらい、わかった上で魔王様も許可してんだから。けど、気にするならオルトゥスに帰る前に会ってやってよ。気にしてない体を装うだろうけど、かなり心配してるから」

「うん、そうする」


 父様との時間は大事にしたいもん。残りの時間を考えるとどうしても胸がチクリと痛むけど……だからこそ出来るだけ一緒にいる時間を増やしたいな。


「オルトゥスには、僕が連絡、入れてる」


 ロニーの言葉にドキッとする。そっか、オルトゥスの人たちにも心配をかけてしまっているよね……。罪悪感もあるけど、どちらかというと反抗期の自分を知られるのが恥ずかしいという気持ちの方が強い。みんな家族みたいなものだから。


 当然、気になるのはそれだけではない。今の私が一番気にしているのは……。


「あの、その……アスカは? もうオルトゥスに帰る予定の日だよね?」


 本当は今頃、アスカと一緒にオルトゥスにいるはずだった。それなのに、あんな気まずいやり取りをした後に私が急にいなくなってしまって……。アスカを、傷付けてしまったかもしれないもん。


 考えれば考えるほど膨らむ申し訳なさ! 一言もなく出て来ちゃったし、本当に酷いことをしたぁ!!


「俺が転移で送って行ったよ。大丈夫」

「そ、そっか……」


 ここで、アスカの様子はどうだったのかとかを聞くのは、良くないだろうか。自分勝手すぎるだろうか。

 でも、もしアスカが自分を責めていたらと思うと……!


「気になるんだろ、アスカの様子」

「……うん。自分のせいで私が家出したって思っていないかなって」


 そんな私の心情なんてお見通しですよね、そうですよね。やっぱりな、と頷くリヒトに思わず苦笑いだ。


「さすがメグ。めちゃくちゃ後悔してたぞ、アスカのやつ」

「うっ」


 そして意地悪な言い方をしてくるリヒト。何も言い返せません……! でも、ちゃんと聞いておきたいことだ。


 私は顔を上げてリヒトに頷いてみせる。リヒトは軽く目を見開いた後、すぐにフッと笑って続きを話してくれた。


「メグを傷付けたって。しかも、自分のせいでメグが出て行ったんだって思ってる……んじゃないかってメグが気にしてそうで申し訳ないってさ」

「えっ」

「すげぇよな? お前のことなんかお見通しだし、どこまでもお前のことを気にしてんだよ。だから伝言を預かってる」


 アスカ、優しすぎるよ。それに察しの良さにつくづく驚く。思わず涙が出そうになっちゃった。


「僕はメグのせいで傷ついたりなんかしない、だってさ」


 だから気にするな、そう言いたいのだろうか。


 もう、なんだよぉ……。私ばっかり自分のことでいっぱいいっぱいで恥ずかしい。アスカがいい子すぎて辛い! ……でも。


「嘘だぁ……絶対に、ちょっとくらいは傷付くはずだもん。私、酷いことをしたもん」

「それはそうだろ。でも言葉通りに受け取ってやれって。カッコつけたいんだよ」

「そ、そういうもの?」

「そういうもの!」


 リヒトがハッキリと断言するのなら、これ以上は何も言うまい。アスカは、その点について私が気に病むのを良しとしないってことだもんね。

 それなら私も、アスカが言い過ぎた件については何も言わない。そりゃあちょっぴり傷付いたけど、それはお互い様だから。


 帰ったら、アスカとも仲直りしなきゃ。別に喧嘩をしていたわけじゃないけど……うーん、喧嘩だったのかな? でも謝らずに終われないもん。ちゃんと話そうと思う。


「さて。随分とのんびり過ごして、色々とメグのワルに付き合ったわけだけど」


 私が内心でそう決意を固めていると、リヒトがパンッと軽く手を叩いて話題を変えた。

 もうすぐ陽も暮れる。今日は本当にほぼ寝て過ごしちゃったな。いくら悪いことをしたかったとはいえ、二度と徹夜はするまい。


「今度はどうする? また何かするか?」


 リヒトの問いに、私はフッと笑う。わかっている癖に。でも、私が自分の口から言わなきゃね。


「ううん。もう悪い子は終わり。私には向いてないや」

「今、気付いたの」

「うっ、わ、わかってはいたけどっ! 改めて思い知ったのっ!」


 苦笑しながらそう言えば、ロニーがからかってきたので慌てて言い直す。クスクス笑われている……!


「今回は、本当にありがとう。リヒト、ロニー。おかげですごくスッキリした。でも、悪いことするのってすごく大変なんだね……初めて知ったよ」


 改めて二人に向き直ってお礼を言う。それからしみじみと感想を呟くと、リヒトとロニーは一度互いに顔を見合わせ、暫しの間を置いた後いきなり笑い始めた。な、何っ!?


「あ、あはっ、ご、ごめ……だって、メグの悪いことって、全然、悪いことじゃなくて」

「ひーっ、ほんと、笑わせてくれるぜ! そのまま育ってくれよな、メグ! ……ぶふっ」


 カーッと顔が熱くなっていく。じ、自分でも向いてないことくらいわかってるよ! 思いつく悪事がお子様すぎるってことも!


「も、もう! 笑いすぎだよっ! 絶対に、ぜーったいに誰にも言わないでよ!?」


 これは一生からかわれるヤツだ。今のうちに口止めしておかねば。

 ロニーはともかく、わかったわかったと言いながらずっとお腹を抱えて笑うリヒトは怪しい。はぁ、黒歴史として今後ずーっと抱えていくんだろうな。

 だけどそれはそれで悪くないなって、そう思った。

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