ギルさんのこと
二人はそんな私の決意を察したのか、黙ってこちらに向き直ってくれた。なんだか、気恥ずかしい気持ちもあるんだけど……。ここまで色々と晒しておいて今更だよね。よし、言うぞ。
「あの、ね。ギルさんの、ことなんだけど……」
一度、話し始めてしまえば簡単なことだった。
ダンジョン攻略前に武器屋さんで起きた出来事、それからしばらく会えない日が続いて悲しかったこと、一度も連絡がなくて辛かったこと、そして……久しぶりに会った時のギルさんの態度への違和感。
「なんだか、今までどうやって接していたのかわかんなくなっちゃって。……私、ギルさんが怖いなって思ってしまったの」
ギルさんに会うのが怖い。話すのが怖い。たぶん、拒否されるのが怖いんだ。触れてしまったら、その手を振り払われるんじゃないかって。
武器屋さんで、私がギルさんの手に怯えてしまったように。
それを考えるだけで怖くてたまらないんだ。大好きで大切なのは変わらないのに、怖いだなんて。それが酷い裏切りをしているみたいですごく苦しい。
「ギルのその態度は、確かにおかしいな。うーん……でもまぁ、それは一度置いておくとして」
「え、置いておくの?」
「そう。それより大事なことがある」
私はかなり大事な問題だと思うんだけど……。
ま、まぁ今はギルさんではなく私自身の問題を考えてくれているんだもんね。素直に話を聞こうと思います。
「お前はさ、ギルのことどう思ってるんだ? お前にとって、ギルってどんな存在なんだよ」
「どう、って……」
なんでだろう、考えようとすると逃げたくなる自分が顔を出す。
そんなの、いつも助けてくれて、すごくお世話になっている命の恩人だ。もはや家族のような存在でそれ以上は特に何もない。
……あれ? どうして私はこの話題になると焦ってしまうのだろうか。
そんな時、リヒトがポンと私の背中に手を置いた。ハッとなって顔を上げると、ロニーも眉尻を下げつつ微笑んでくれている。
「んな泣きそうな顔しなくて大丈夫だから」
「そう。ここにはメグを責める人、誰もいない」
私、泣きそうな顔をしていたのかな? 自分では気付かなくて思わず両手で頬を包み込む。そうしたら、自分の手の冷たさにすごくビックリした。緊張、していたのかな。
「怖がらなくていいんだぞ、メグ。何も怖いことなんかない。もし困ることがあったとしても、大丈夫だ。俺も、ロニーもいるんだからな!」
「まだまだ、悪いことにも付き合うし、ね」
だからじっくり考えてみろ、とリヒトに言われて一つ深呼吸をする。
そう、だよね。今はリヒトもロニーもいるんだ。きっと力になってくれる。なんて心強いんだろう。
怖くない、か。そうだ、私は怖がってる。じゃあ何を? 答えが出るのが怖いのかな? それは、どうして?
ま、待て待て。まずはさっきのリヒトの質問の答えを考えよう。一つずつ、落ち着いて。
「私にとって、ギルさんは……命の恩人、かな」
「ああ、そうだったよな」
「それで、親代わりで……」
「でも今は、魔王様が、いる」
そう。少しずつ関係が変わっていったけど、私は変わらずギルさんのことが大好きだった。お父さんとも違うし、魔王である父様へと抱く感情とも違う。
感謝の気持ちはとてもたくさんあって、それは他の人たちにも感じている。でも、やっぱり一番感謝しているかもしれない。
だってギルさんは、いつも私の側にいてくれたから。心の距離っていうのかな? それが最も近い相手がギルさんのような気がする。
でもそれは、リヒトやロニーもだ。リヒトなんか、魂を分け合っているから運命共同体だし、番としての繋がりとほぼ同じだって聞いている。だから、距離が最も近いのはリヒトと言えるはずなんだけど……。
リヒトへの気持ちとギルさんへの気持ちは、やっぱり違う。私の中でギルさんはやっぱり特別で。
「特別……?」
何が、特別なんだろう。近さ? 感謝の気持ち?
えーっとそうじゃなくて。ああ、もう少しで答えが出そうなのに!
『……起きたか』
『ふ……う、うぇ……』
『なっ……待っ……』
初めて出会った時は、怖くて泣いちゃったんだっけ。あの時の焦ったようなギルさんの様子は今でも思い出せる。
『娘として、受け取ってくれないか?』
『あい! ありがとうでしゅ! ギルパパ!』
そうだ、このブレスレットを貰った時は、娘として受け取ったんだよね。あの時は間違いなくパパと娘だった。
いや、その時からパパと呼ぶには若すぎる気がしてしっくりとはきていなかったけれど。
『すまない……っ! 守って、やれなくて……!』
人間の大陸に飛ばされてしまった事件で、絶体絶命のピンチの時にギリギリで助けに来てくれたよね。あの時、ギルさんは小刻みに震えていて、すごく安心したのと同時に嬉しくて……心配をかけて申し訳なくて、胸がいっぱいになった。
ギルさんって、実は臆病なんだよね。あれほど強くて一人で生きているような人なのに。
でもそれは、ギルさんがすごく優しいからだって知ってる。大切な人や物を失うのをすごく恐れていて……たぶんだけど、だからこそ一人で行動することが多かったんだと思う。
大切なものを、作らないように。
『私、頑張るね。だから、無理しすぎてたら教えてほしい』
『ああ、任せろ。もし、無理をしすぎていたら全力で甘やかそう』
『うっ、罰が罰になってない……!?』
ハイエルフの郷で療養していた時。あの時は、二人きりでいることが多くてすごく幸せだった。この幸せをずーっと守っていきたいって思った。
胸の奥で熱い何かが湧き上がってきて……それは、今も感じている。
ギルさんのことを考えていると、なぜだか胸の奥がギュッとなって熱くなってくるのだ。
『頼むから、目覚めてくれ』
あとは、リヒトと魂を分け合った時だ。
私、目覚めるのが遅かったんだよね。それで、すごく必死で私を呼ぶギルさんの声が聞こえてきて……。
『メグ、……している』
目覚める直前、ギルさんが言った言葉。胸が、ドクンと鳴った。
だ、だって、なぜか今になってハッキリと思い出せてしまったんだもん。そう、思い出したのだ。
────メグ、愛している。
そう、そうだ。確かにそう言った。ずっとわかっていなかったけど。
心臓がさらに元気に動き出して、ブワッと顔が熱くなる。た、たぶんだけど、あの言葉もギルさん的には家族愛的な意味で言ったんだと思うよ? 私は子どもだし、ギルさんが私を、こう、そういった目で見ていたとも思えないし!
だけど。だけど。
『俺はお前から離れるつもりはない。生涯、な』
だ、だけど。いや、でも、まさか。
「どうした、メグ? 何かに気付いたか?」
「り、リヒト。で、でもね? でも、私……まだ子どもなんだよ?」
「……すげぇ。何が『でも』なのかさっぱりわかんねーけど不思議とわかるぞ」
横で首を傾げているロニーにリヒトが何やら耳打ちをすると、すぐにロニーも何度か頷いた。
え、なんで? なんでわかるの? 説明が足りていない自覚はあるのに!
「誰かを好きになるのとか、番だと認識するのに、大人も子どももないって、聞いた」
「おう。俺だって、クロンを好きになった時はギリギリ子どもだったし。相手は亜人でオレよりも百年単位で年上だったけどな」
「だとすると、逆もありそう。大人が子どもに対して、そう認識することだって。不思議じゃない」
ああ、そうか。そうだったんだ。こんなにも簡単なことだった。
自然と涙がポロポロ零れて、泣きながら私は口を開く。
「わ、私、ギルさんが好き……好きなんだ……っ」
それは家族への愛でもなくて、もちろん友達や仲間への愛でもない。
私にとってギルさんは唯一の存在。魂が彼の存在を求めている。
私はもうずっと、ギルさんに恋をしていたんだ。
「よく気付いたなぁ。な? 怖くねぇだろ?」
「えらかったね、メグ。大丈夫、大丈夫」
ふにゃふにゃと泣く私をリヒトもロニーも優しくあやしてくれた。まるで幼い頃に戻ったみたい。
だけど、恥ずかしいとは感じなかった。ただひたすらに兄2人に甘えて、私はしばらく泣き続けてしまった。
そんな様子に気付いた周囲の人が、女の子を男二人で泣かせるなよー! なんて野次を飛ばしてきたけど、二人は軽くあしらっている。その様子を私は泣きながらぼんやり眺めた。
不穏な気配はない。ただからかっているような、ふざけたトーンだ。なんだか妙におかしくなって、私は泣きながら笑った。
そんな私を見て安心してくれたのか、野次を飛ばしてきた人たちも楽しそうに踊りだす。それを見ながらまた笑った。
心がとても晴れやかだった。どうしてあんなに怖かったのかがわかったから。
私はただ、ギルさんに受け止めてほしかったんだ。
子どもである自分がギルさんに本気で恋するなんて、きっと受け止めてもらえないって、無意識下でそう感じていたのかもしれない。
私の中では、大人が子どもに対して本気になるなんて夢物語のような感覚だったからかな?
誰よりも大好きな人に、誰よりも大好きになってもらいたかったんだ。そんなワガママで、勝手に臆病になってた。
そう考えると、グートやアスカはどれほど悩んだのだろう。私と同じようにすごく考えて、同じように怖かったのかな。
グートなんて、答えがわかってたって言っていた。それなのに告げてくれたのだ。どれほどの勇気が必要だっただろう。考えれば考えるほどありがたくて、申し訳なくて……。
でも、今ならもう一度会える気がした。だって、ようやくグートの気持ちもわかったのだから。
「私、悪い子だし、悪女だ。すっごく思わせぶりな嫌な女ムーブしちゃってた。知らなかったなんて、言い訳にもならないや」
開き直っているわけじゃないよ。もう逃げないって覚悟を決めただけだ。
自分の嫌な部分と向き合って、ちゃんと受け入れよう。それが一番、グートやアスカに対して誠実だと思うから。
「なんだかお腹空いてきちゃった。ちょっと何か買ってくる!」
「おいおい、こんな夜中に食べちまっていいのかー?」
まだ目元を真っ赤に腫らした状態だろうけど、私は構わず席を立つ。リヒトがからかうようにそんなことを言ってきたけど、いいもんねー。
「いいの! 悪い子だから! ロニー、一緒にワルになろ?」
「ん、付き合う」
「お、おい待て。俺もワルになるから仲間外れにしようとすんなって」
真夜中の街中で、私はリヒトとロニーの三人で笑い合う。それから私たちは空が明るくなるまでたくさん食べて踊った。
その晩は、人生で一番笑ったと思う。私はこの日を生涯、忘れない。
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