10巻発売記念小話「板挟みのワイアット」
特級ギルドへようこそ!書籍10巻が8月10日に発売されます。
その前に、本日5日にはbookwalker、コミックシーモア、ピッコマにて電子書籍が先行配信されますー!
発売を記念していつものように記念の小話を更新します。
時系列的には、ルーン&グートとのダンジョンに行く前ですね!
ワイアットの引率も決まる前になります。
書籍も発売間近ですので、どうぞよろしくお願いします!
皆様に楽しんでもらえますように。
阿井りいあ
─────────────────
「ワイアットぉぉぉぉ!!」
「げっ。メアリーラ!」
午前の業務を終え、さてランチタイムだと席を立った時、ホール奥の方からそんな声が聞こえてきた。なかなかの声量だからね、みんなが気付く。
でも、誰も気にしない。チラッと目を向けて「ああ、あの二人か」とわかるとすぐに興味をなくしてそのまま素通りしていく。というか、関わりたくないんだと思う。
気持ちは、正直わかる。私もあまり関わっちゃダメな気がするもん。
でもね、でもね? このやり取り、ほんっとーにワイアットさんが不憫なんだよ!
「ちょっとなんで逃げるのですか! オーウェンの兄弟なら文句を聞いてくださいなのですよ!!」
「やめろ、離せ! 文句は聞いてもいいけどそうじゃねぇのっ! 頼むからオレに触れるな!」
グイグイとワイアットさんの腕を引っ張りながら頬を膨らませるメアリーラさんはなんだかかわいい。かわいいけど……!
そろそろ奴が、来る……っ!!
「おい、ワイアット? なんでお前、俺のメアリーラとくっ付いてんの?」
「ほらみろ! まじどっから湧いてくんのお前!?」
来たーっ!! 背後から登場したのはオーウェンさん。メアリーラさんに片想い中でワイアットさんとは双子の兄弟である。
要はメアリーラさんに対する愛が重すぎて、ワイアットさんは何にも悪くないのにお喋りしてるだけで嫉妬されちゃうんだよね。くっ、今日も彼を救うことは出来なかった……!
「おっ、俺のってなんなのですか! オーウェンはもういい加減にしてくださいなのですっ!」
「ああ、怒った顔もかわいいな、メアリーラ」
「話を聞いてなのですよ! ほらワイアット! ずっとこの調子でお話にならないのですよ、なんとかしてください!」
そしてワイアットさんを挟んで繰り広げられる痴話喧嘩ですよ。遠目で見てる分には生温かい眼差しで見守れるんだけどね。
見てください、ワイアットさんのあの死んだ魚のような瞳。ああ……。
お察しの通り、こうしたやり取りは一度や二度ではないのだ。
まぁ、わかるよ? オーウェンさんの愛が重すぎるのが迷惑で、本人に文句を言っても改善されないから兄弟であるワイアットさんに相談するメアリーラさんの気持ち。
大好きすぎて愛を送りすぎたりワイアットさんに嫉妬するオーウェンさんの気持ちも。
……いや、たぶん反省すべきはオーウェンさんだと思うけど。
「だからさぁっ! なんでいつもいつもオレに言うんだよっ! いい加減学べよお前らぁっ!!」
「てめぇ、メアリーラと喋んな、見るな、目と喉潰す」
「理不尽っ!!」
なにはともあれ、一番悪くないのはワイアットさんだ。これだけは確実。間違いない。巻き込まれているだけである。
しばらくの間ギャーギャーと揉めた後、ワイアットさんがピューッとどこかへ逃げ、その隙にメアリーラさんも逃げて一連の騒ぎは終了となる。
あんまり長引かないし、誰にも害はないっちゃないけど……さすがになんとかしてあげたいよね。良案は思いつかないけども。
「あの二人が、ちゃんとお付き合いを始めたらなんとかなったりするのかなぁ?」
でもそうなったらオーウェンさんの愛は加速する気がする。間違いなく。
メアリーラさんは……やっぱり恥ずかしがる気がするなぁ。あれ? 両思いになったとしても変わらない?
いやいや、さすがに変わるよね? 思いが通じ合ったならオーウェンさんだって変な嫉妬なんかしないだろうし、メアリーラさんもワイアットさんに相談する機会が減るだろうし。
え、変わる、よね? ……どうしよう、このまま一生ワイアットさんが不憫なままだったら。
かわいそうすぎる。ワイアットさんとはあまり接点がないけど、このまま放っておいて良いものだろうか。
っていうか私だけかな? こんな風に心配してるの。みんな「またやってる」程度で気にもとめてないみたいだけど。
「まぁ、だからと言って私に何が出来るわけでもない、かぁ」
下手に首を突っ込んであのゴタゴタに巻き込まれても大変だもんね。
もしかすると、それが最大の理由かも。みんなが見て見ぬふりするのって。
だけどちょっと考えちゃうんだよね。前にリヒトとクロンさんの結婚式を見たからかな。あの二人も結婚式を挙げたら素敵だろうなぁって!
メアリーラさんはフワッとしたプリンセスラインのドレスが似合いそうだなぁとか、オーウェンさんは色気ダダ漏れ系イケメンだから何着ても決まるだろうなぁとか。
「こういうとこで、想像するのが自分以外ってとこが私だよねぇ」
普通はいつか自分がドレスを着るのを夢見るものなのかもだけど……いやぁ、想像がつかなさすぎてつい。ほんっと、恋愛に関しては経験値が底辺だよなぁ、私。
「それに、隣に立つ人なんかもっと想像出来ないし……」
フワッと一瞬だけあの人のシルエットが浮かびかけたけど、すぐに顔をブンブン横に振った。
いやいやいや、なんで出てきたの! 確かにタキシードとかすごく似合うだろうけど、黒系以外の服を着てるとこなんて想像つかないしっ! 白だよ!? 着るわけないよねっ!
「って! 何を考えてるのっ! 違うぅ」
根本的に違うぞ、メグ。落ち着け、メグ。な、なんで慌ててるんだろう私。
「どうした」
「わひゃあっ!?」
一人でパニックになってるところへ、見計らってたのかってくらいの絶妙なタイミングで背後から声をかけられる。
それも、さっきまで勝手に想像してしまっていた……ギルさんに。
「顔が赤いな……熱でもあるのか?」
「わ、わぁぁっ、なん、なんでも、ないですぅっ!!」
心配そうに私の顔を覗き込む超絶イケメン。や、やめて。今の私にその至近距離は耐えられない……!
「具合が悪いわけではないのか」
「も、もちろん! ちょっとビックリしただけです! ほら!」
無駄に腕をグルグル回して元気アピール! ついでにさり気なくギルさんから少しだけ距離を取った。
だって近すぎると緊張するんだもん。イケメンはこれだから困るんです。
「俺が驚かせたのか。すまない」
「いえいえ! 考えごとをしてただけなのでっ」
なんか、無駄に慌てちゃうな。なんでだろ? 普通に会話出来てるようで出来ないというか。ちょこーっとだけやましいことを考えてたからかな?
いや、やましいというか、恥ずかしいというか。ごにょごにょ。
「そうか。元気なら……それでいい」
何も言えなくなった私を見て、ギルさんもそれ以上は何も言わないでくれた。気遣いの出来る男……!
しかも、ふっと微かに微笑んだその目がどこまでも優しくてつい見惚れてしまった。
「あ、ありがとうございます、ギルさん!」
「ああ」
そのまま立ち去りかけたギルさんの背に慌てて声をかけると、わざわざ一度立ち止まって振り返ったギルさんは律儀に返事もしてくれた。
いつもそうなんだよね。ギルさんは私に対していつもきちんと対応してくれる。
こうして先に立ち去る時も、必ず一度か二度は振り返ってくれるのだ。あ、ほらまた。
優しいギルさんの目を見ると、胸があったかくなるのと同時に最近はギュッとなるんだよね。なんでかはわからないけど……嫌な気分じゃない。
いつもとは違う、ちょっとだけ幸せな気持ち。
「……同じ板挟みならオレ、こっちに挟まれてぇわ」
「へ? あれっ、ワイアットさん?」
ぼんやりギルさんを見つめていたら、急に上からワイアットさんの声が。あれっ、いつの間に!
「あー、悪い悪い。ただの現実逃避ー。気にしないでくれ」
ヒラヒラと手を振りながら、ワイアットさんはニッと一度笑顔を向けてから立ち去った。な、なんだったんだろう?
そうだ、ワイアットさんのことを心配してたんだった。今の様子を見てると平気そうだなって思うけど……。
いつか、ワイアットさんが板挟みになることがなくなればいいなって密かに願っておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます