気持ちの整理


 張り切ってはみたけれど、どれだけ頑張っても二人を振り切ることは出来ませんでした! 知ってた!

 それでも、思っていた以上に速くて本気を出さなきゃ危なかったと言われたのでちょっと嬉しい。私だってちゃんと成長しているんだから。ふふん。


 それにしても、移動している間に随分と暗くなってきたな。もうほとんど陽が沈んでしまっている。車の運転していたらそろそろライトをつけなきゃいけないところだ。


「お、見えてきたぞ。外壁!」


 走りながらリヒトの人差し指が示す方を見ると、確かに外壁が見える。なかなか大きな街みたいだ。オルトゥス周辺の街より大きそう。

 どんな街なんだろう。なんだかワクワクしてきたかも。


 移動速度を次第に落とし、街に入る時は徒歩で通過した。街に入るには身分証明を見せないといけない。家出中の身とはいえ、別にそこまで隠れるつもりはないので素直に出すと、門番さんにはかなり驚かれてしまった。


 まぁ、特級ギルドのメンバー二人に魔王城勤務が一人なら驚くよね。しかも一人は子どもだし。


「社会勉強ってことで。これでお願いします」

「わ、わかりました!」


 門番さんに対し、人差し指を立てて内緒のポーズをするリヒト。社会勉強……確かにそうだけど。

 なんとなく、色んな人に見守られながら夜遊びをするような気がして微妙な心境である。仕方ない。未成年とはそういうものだ。安全な夜遊びである。


 こうしてお忍び訪問のような感じで街に入り、門をくぐると、オレンジ色のライトが目に飛び込んできた。夜なのに明るい!

 おそらく魔道具なんだろうけど、街中の上の方に裸電球のようなものが張り巡らされていて独特な空間が広がっていた。なんだろう、飲み屋街のようなアーケード街のような。

 なんだかノスタルジーな雰囲気。そして夜という大人の時間という感じがしてワクワク感が増した。


「すごい。夜でもこんなに明るい街は、初めて」

「だろ? この街は明け方までずーっとこんな感じなんだ。朝まで飲み明かすのが普通って感じでさ」


 屋台がたくさん並んでいて、お店の前にはそれぞれで簡易テーブルやイスが並んでいる。

 すでに飲み始めている人も大勢いて、かなり賑わっていた。


 リヒトは何度かこの場所に来たことがあるようで、慣れた様子で先を歩く。クロンさんと来たことがあるのかなぁ?

 私とロニーはその後ろから周囲をキョロキョロ見回しながらついて歩いた。だって、色んな所からいい匂いが漂っているし、みんながとても楽しそうなんだもん。


 そうして歩いている内に、少し広い場所に出た。そこは広場になっていて、音楽を演奏している人やその曲に合わせて踊っている人もいてまるでお祭りのよう。


「こ、これ、毎晩こんな感じなのかな?」


 特別なお祭りってわけじゃないんだよね? そんな驚きが思わず漏れてしまう。すると、広場にいた男の人が私の呟きを拾ったらしく、陽気に声をかけて来た。


「ここは毎晩こうだぜぇ! 嬢ちゃん、初めて来たのかい?」

「え、あ、はい。こんな光景も初めてなので、ビックリして……」


 男の人は私の答えを聞くと嬉しそうにそうかそうか、と頷いている。すでに出来上がってるなぁ。鼻の頭が赤くなっている。


「毎晩飲みに来てるヤツもいるが、たまに立ち寄るヤツもいる。ここで歌って踊ってお金を稼ぐヤツもいるし、メンバーはその日によって色々だが、共通して言えるのは毎日楽しいってことさ!」


 それだけ言うと、男の人は持っていたグラスをもって中のお酒を一気に飲み干した。すごい飲みっぷりである。

 それからグラスをテーブルにタァンと音を立てて置くと、急に私の手を引いた。わわっ!!


「ほれ、踊ろうぜ、嬢ちゃん! 楽しまなきゃ損だ! あの輪に入って、順番で色んな相手と踊るんだぞ」

「え、え、でも私、踊りは知らないですよっ!?」

「そんなもん、適当でいいんだよ! 肩の力を抜いてさぁ、気軽に楽しめって。まだ若いんだからよぉ」


 若いどころかまだ未成年なのですが! お酒が入っているから私の年齢まではあまりわかっていないのかもしれない。フードも被っているからかも?

 ってそうじゃない。ど、どうしよう? 慌ててリヒトとロニーの方に顔を向けると、苦笑を浮かべている姿を発見。


「やっぱりすぐに捕まったなぁ、メグは」

「ん、メグは隙だらけ、だから」


 助ける気はないらしい。どうせ隙だらけですよっ!

 まぁ、この人は本当に楽しんでもらいたいから誘ってくれているのだろうし、今の私は夜遊びのためにここに来ている。よぉし!


「踊ります!!」

「おっ、そうこなくっちゃなぁ!」


 適当な踊りならオルトゥスでよく開催される小さなパーティーで何度も経験済みだ。要はあんな感じで雰囲気を楽しめばいいということなのだろう。

 踊らにゃ損ってヤツだよね! 楽しんだもの勝ちだ。私は、手を引いてくれた男の人をむしろ引っ張る勢いで踊りの輪の中へと入っていった。


 それから小一時間ほど、私は色んな人と一緒に踊った。もちろん、今日ここで初めて会った人たちだ。

 私がまだ子どもだと気付いた人もいるし、気付かない人もいた。二人でどこかに行こう、と連れ出そうとしてきた人もいたけど、そういう人からはシレッと距離を取って自衛したよ!


 さすがに攻撃まではしないよ。だって、お酒と場の雰囲気に酔っているだけだってことくらいわかるもん。せっかくの楽しい時間を台無しにしたくもなかったし!


 でも、ここにオルトゥスの保護者たちがいたらどうなってたかなぁ、とは思う。ほんの少し想像して、思わずクスッと笑っちゃった。

 こうしてすぐに思い出しちゃうあたり、私って本当にオルトゥスが好きなんだなぁって実感するよ。


「すげぇ我慢したよな、俺ら」

「うん。危うく、殴り飛ばすところ、だった」


 身近にいる保護者二人はどうにか耐えてくれたようで何よりです。うん、うん。


「そろそろ、休憩。メグ、ずっと踊っているでしょ。何か食べたら?」

「うん、そうする」


 曲が終わったタイミングで、ロニーがさり気なく手を引いてくれた。私もそろそろ休憩しようと思っていたところだったので良かったよ。

 だって、引っ切りなしに人が来るんだもん。次は自分と踊りましょって。


「メグは、老若男女問わず、モテるよね。本当に」

「こういう場だからだよ。ロニーやリヒトでもこうなったって」

「それは、ない」


 そうかなぁ? ここの人たち、みんなフレンドリーだからそんなことないと思うんだけど。

 ロニーからジュースの入ったコップを受け取りながら首を傾げる。


「もう少し、周囲の視線に集中してみて。次は自分と踊ってもらうっていう視線、多いと思うよ」


 そんなに、かな? でも、ロニーの目がとても真剣だったので言われた通り少し探ってみる。

 ……あ、あれ? 本当に色んな方向から視線がある? しかも、狙われている感がヒシヒシと。

 もちろん、殺気ではない。慌ててジュースを一気飲み。ひえぇ。


「ちゃんと、見ようと思えば、見えてくるでしょ?」

「う、はい……」


 アスカにも、似たようなことを言われたっけ。

 そうだ、私は色んなことを見ないフリしていたんだ。人からの好意は嬉しいけれど、それ以上に怖いから。人によっては受け止め方がわからなくて、どうしようもなく怖かった。


 今思えば、グートの気持ちにも気付けていたかもしれない。気付かないフリをしていただけかもしれないのだ。自分で勝手に友達だって、それ以上の感情なんてないって決め付けて。それってとても酷いことだったよね。


 もしかしたら、アスカも。アスカも、本当に私を思ってくれているのかもしれない。今ならそれがわかる。

 ただ、直接何かを言われるまでは何も言わないようにしようとは思う。これは、今までの逃げとは少し違うと思ってる。


 だって、もしも気持ちを伝えてくれたとしたらちゃんと向き合う覚悟が出来ているから。

 けど、私はアスカの気持ちには答えられない。それをハッキリと伝えるのはやっぱりすごく怖いよ。だって、アスカのことは友達として、仲間として、家族としてとても大事だから。


「もう、目を逸らさないようにしたいな。ちゃんと見ていないことが一番、相手を傷付ける気がするもん」


 自分の中で、一つの答えが出た。かもしれない。結局、私はその時になったら慌てるだろうし、無様に泣いたり慌てたりしてドタバタするんだろうけど。

 でも、向き合わないという不誠実なことは絶対にしたくないから。大切な相手であればあるほど、ね。


「それって、グートやアスカのことか?」

「……デリカシーがないなぁ、リヒトは」

「悪ぃ、悪ぃ」


 絶対に悪いと思ってない顔で、リヒトが向かい側に座った。そう言い出すってことは、リヒトはアスカの気持ちに気付いているってこと、だよね?


 やっぱりそうなのかぁ。アスカ……そう、かぁ。とても素敵な気持ちを向けてくれることを、素直に喜べたらいいのに。

 はぁ、と大きくため息を吐くと、ロニーはそっと頭を撫でてくれた。優しい兄だ。


「僕は、何があってもメグの味方。アスカのことも大切だから、複雑だけど。でも、メグの味方は変わらないよ」

「ロニー……」


 何度も言っているでしょ? と微笑みかけたロニーの表情は言葉の通りどこか複雑そうで、ああロニーも同じように悩んでいるんだなってわかった。

 ロニーだって、アスカのことも大切だよね。当たり前のことだ。自分の大好きな人同時がギスギスしたら悲しいもんね。


「俺は、どっちも信じてる。きっと乗り越えられるってさ。ただ、メグが落ち込んでたらこうして駆け付けるし、アスカが悩んでたら飲みに誘ってやるつもりだ」

「ん、僕も」


 それはとても頼もしい。そっか。そうだよね。グートやアスカの未来を私が心配すること自体が烏滸がましいのだ。

 彼らは彼らでちゃんと気持ちの整理をつけられる。そして、きっと今後も仲良くしてくれる。そういう子たちだもん。私が憂うことではないのだ。


「私は自分のことで精一杯の癖に、色んなことを自分のせいかもって抱えすぎていたんだね。何様なんだ、って話だったよ」


 夜空を見上げてそう言葉にすると、より気持ちの整理が付けられた気がする。


 それなら次は、自分のことを考えようじゃないか。モヤモヤとしていて、答えが出そうで出ないこの気持ちのことを。


 私はリヒトとロニーに向き直って、ついに最も気になっていることを相談する決意を固めた。

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