夜遊びデビュー


 それから、リヒトもロニーもこの件について具体的にどう動こうと思っているかを丁寧に教えてくれた。薄々察していた時から、もしもの時はどうするのかというのをあらかじめ考えていたのかもしれない。

 すごいなぁ。そういうところが私には足りないなって思う。


「ちなみに、俺も今こうして相談してるからこそあれこれ案が出てるんだからな? メグみたいに突然その事実を一人で知っていたら、こんな風には考えられなかった! 二人はすごいなぁ、とか思ってんだとしたらそれは違うぞ」

「僕だってそう。メグが泣いていたから、しっかりしなきゃって思えた。一人だったら、頭は真っ白だったよ、きっと」


 なんか、考えが読まれていたみたいだ。でも、そっか。そうかもしれない。

 もし、私にも守るべき対象がいたら、しっかりしなきゃってあれこれ頭を働かせていたかもしれないもん。いや、未熟だからそれもどこまで出来たかはわかったもんじゃないけど。

 というか、二人が言いたいのはそういうことじゃないんだよね。


「うん。ありがとう。私も一緒に、考えるね」


 必要以上に落ち込むなってことなんだ。状況が違えば、誰もが私みたいにパンクしていたかもしれないってことを言いたいんだよね、きっと。

 よし、もう自分を卑下したりしないようにする!


「いい顔になってきたな。ってことで。まずは一つ、少し肩の力が抜けたか?」


 言われて初めて、確かに心がスッと軽くなっていることに気付く。一人でこの悲しみを抱えなくていいんだってわかったから、かな。

 私は感謝の気持ちを込めて二人に微笑みかけた。


「うし! じゃあ次! ……どんな悪いことしに行く?」

「えっ、それ!?」


 てっきり、次のお悩み相談に移るのかと思っていたのに、リヒトが悪い笑みを浮かべてそんなことを言うので驚いて突っ込んでしまったよ。ロニーも不思議顔だ。


「悩みが解決するわけじゃないんだからさ、悩み一つにつき一つストレス発散してけばいいじゃん。こんな機会、今を逃したらないぜ? 今後同じことをしようと思ったらただのダメな大人になるし」

「つまり、僕とリヒトはしっかりダメな大人、だね?」

「それを言ったらおしまいだぞ、ロニー。共犯だ共犯。しっかり付き合え!」

「それは、別にいいけどね」


 ロニーまでもがニヤリと悪い笑みを浮かべ始めたぞ。おぉ、悪い大人だ。なんだか楽しくなってきたかも。


「えと、じゃ、じゃあ。その……」


 とはいえ、悪いことといってもそう思いつかない小心者が私である。タバコとかお酒はもちろん無理なので、そうなるとあとは……。


「夜遊び、とか?」


 昨日も夜中に家出したから似たようなものかもしれないけれど。悪いことをするといえば夜かなって。そもそも、夜の街をうろつくことがなかったから。

 でも、この大陸での夜遊びって何をするんだろう。日本のように夜遅くまでやってるお店も少ないだろうし、カラオケとかの娯楽施設があるわけでもないし。


「メグの精一杯の悪事が、夜遊び」

「まぁ、そう言うな。だからこそメグなんだよ、そのまま大きくなれよ」

「馬鹿にしてない? ねぇ、馬鹿にしてない!?」


 ぽかん、とした様子で呟くロニーに、リヒトが呆れたように笑う。絶対馬鹿にしたよね、今?

 ムッとしながらリヒトを睨み上げると、あははと笑いながら肩をポンポン叩かれた。


「褒めてるんだって。よし、じゃあその夜遊びのために少し準備するかぁ」


 本当に褒めているのか些か疑問ではあるけど、まぁいい。今は夜遊びについてだ。

 でも、準備? 何か必要なものでもあるのかな? 首を傾げていると、リヒトには呆れたようにお前はそのままじゃ目立ちすぎると言われてハッとなった。確かに。


 というわけで久しぶりに使います、髪と目の色を変える魔道具! さらに、ロニーが使っている地味な色合いのマントを一つ拝借。これでかなり目立たなくなった。

 私の物は基本、全部お洒落な物ばかりだからね……! 理由は察してください。


「じゃ、夜の街に繰り出しますか! と言っても、オルトゥス近くの街や城下町はダメだ。知り合いが多すぎる。なので、ちょっとくらい顔を見られてもバレにくい、メグが行ったことのない街に行きまーす」

「行ったことのない街……? どこだろ」


 正直、言ったことのない街はたくさんある。ひょっとすると人間の大陸のコルティーガの方がよほど色んな街に行っているかもしれない。だって、なかなか行く機会がなくて。


 オルトゥスと魔王城周辺の街以外だと、アニュラス近くの街、ルド医師と一緒にお墓参りに行く時に立ち寄る街、エルフの郷、それからステルラ近くの街も行ったことがある。

 ……おう、数えるほどしかないな? 魔大陸ももっと広いというのに。


「今いるのがハイエルフの郷があるホークレイの山だろ? ここからもっと北の方に行くんだ。ロニーは行ったことあるか?」

「ん、行ったことはある。けど、そんなに滞在してないから、あんまり知らないかも」


 ホークレイのさらに北、かぁ。つまりオルトゥスがあるリルトーレイの西にある街ってことかな。

 確かに私はまだ行ったことがない。これといって用がないというのもあるけど、どのみち山を越えなきゃいけないからなかなか行けなかったというのが大きい。山は大型の魔物がたくさんいるからね……。ハイエルフの郷に行く時だっていつも誰かと一緒だし。

 でもまぁ、今はリヒトが転移で行くだろうから魔物と遭遇する心配もないよね。


「ホークレイ北の街は夜遅くまでやってる店が多いんだよ。ほとんど酒場だけどな! でも、酒以外の飲み物もあるし、陽気でいいヤツらばっかりで楽しいぜ!」


 リヒトは、あんまり行ったことがないならロニーも楽しめると思う、と嬉しそうに笑う。むしろ、リヒト自身がすごくウキウキしているように見えなくもない。まぁ、別にいいけども。


 そうと決まれば今から行こう、とリヒトは言う。ここからならそんなに遠くないし、今から行けばちょうど夜になるだろうから、と。え、あれ? それってつまり。


「えっ、歩いていくの!? ま、魔物が出るんじゃ……!」


 てっきり転移するのかと思ってた! そう言うと、たまにはいいじゃんと軽く言われてしまった。

 移動自体は別に構わないけど、私は魔物が怖いよぉ!! ダンジョンの魔物でさえ倒せないんだよ? 実際の魔物を前にしたら逃げるから追い返すかしか出来ないよ!


 あ、別にそれでいいのか。討伐じゃないんだから。でも、暗い中で魔物が出てくるのはやっぱり怖い。理屈ではないのだ。


「お前が勝てない魔物なんてもはや……あ、魔王様と一緒でお前は魔物を倒すのが辛いんだっけ」


 いや、私が勝てない魔物はたくさんいるよ! 絶対いる! けど、追い返すことなら出来ると渋々答えると、それで十分だと返される。ですよね!


「そもそも、プレッシャー放ってれば魔物も近寄って来ねーから大丈夫だろ。それは俺とロニーがやるし。問題なし!」

「ん。任せて」


 プレッシャーを……! そんなことも出来るようになっていたんだ、二人とも。

 私もやってみたことはあるんだけど、ちっとも怖くないって言われているんだよね。むしろ、妙に居心地が良くて近寄りたくなるらしい。魔王の血が魔物や亜人を寄せ付けるんだから、当然といえば当然だった。


 それでも、父様だったら畏怖させることが出来るんだろうな。私にはまだまだ無理そうだぁ。


「それじゃ、向かう?」

「だな。せっかくだから運動して行こうぜ! メグに合わせるからさ」


 こんな時でも訓練はさせるらしい。ちゃっかりしているなぁ。ま、自分のためでもあるので否やはありませんとも。


 マントの下に着ていたワンピースから動きやすい服に着替え、出してあった簡易テントや焚火を片付けて準備を整える。それからリヒトとロニーに目を向けると、二人は同時に微笑んでくれた。


「それじゃ、悪い子メグの夜遊びデビューに向かうとしますか!」

「あーあ、メグが悪い子になっちゃうのか」

「言い方っ!」


 これは、当分の間このネタで二人にはからかわれそうだ。けど、それもまた良し、かな。せっかくの機会だもん、私も思いっきり悪い子になってやるんだから!


 早速、軽く準備運動をしてからジャンプして近くの木に登る。人間の大陸と違って遠慮なく魔術を使えるから、二人を置いていくつもりで進んじゃいます! 悪い子だし! それ行けー!

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