兄妹の絆


 あれから私はすぐにハイエルフの郷を出た。

 出入口付近にはリヒトの簡易テントがあったので、その隣に私も自分の簡易テントを出す。それからゆっくりお風呂に入って、ベッドに潜り込んだ。


 こんなに夜更かしをしたのはいつぶりだろうか。なかなかの悪い子だ。明日はリヒトに問い詰められるかな?


「あ。そうだ……神様について話を聞こうと思っていたんだった」


 今度ここに来たら調べてみようと思っていたんだっけ。すっかり忘れてたよ。というかそこまで頭が回らなかったというか。

 けど、まぁいっか。特に急ぐわけでもないし、次に来た時で。それに今日はさすがにもう眠い。


 ずっと抱えていたモヤモヤが少し晴れたおかげか、その日の私は夢も見ずにぐっすりと眠った。


 次の日は、かなり寝坊した。目覚めた時はすでに陽が真上に来ていて、お昼過ぎまで寝ていたことに愕然としちゃったよ!


 ぐぅぅ、とお腹が鳴る。たくさん魔力を使ったし、この時間だ。そりゃあお腹も空くか。このまま何かを食べてもいいんだけど、それよりも何よりも今はリヒトだ。


 隣に私の簡易テントがあるのだから、戻ってきていることには気付いているはず。だから今は私が起きるのを待ってくれているかもしれない。


 私は慌てて身支度を整えて、テントの外に出た。


「お、メグ。おはよう。こんにちは、だけどな!」


 そして、テントを出たその目の前でリヒトが寛いでいる姿を発見する。

 キャンピングチェアにゆったりと座って本を読むリヒト。その近くでは簡易調理台で火を焚いており、そこからものすごくいい匂いが漂っていた。


「お、はよう? あれ? 珍しいね? 外でこうして食事するなんて……」


 まるでキャンプみたいだ。人間の大陸に行っていた時も、基本的に食事は室内のキッチンで準備していたからこういうのは本当に久しぶりだ。


「だってお前がぜーんぜん起きてこねーんだもん。隣にいるのはわかってても、いつ出てくるかはわかんねーだろ? テント内で飯食ってる間に出て来られても困るじゃん」

「それも、そっかぁ」


 食うか? というリヒトの質問に、私のお腹の虫がぐぅと鳴いて答えた。クックッとリヒトが声を殺して笑う。いっそ派手に笑ってくれませんかねぇ?


 リヒトが出してくれたもう一つのキャンピングチェアに座ると、リヒトが立ち上がって調理台を覗き込む。スキレットでソーセージと卵を焼いているらしく、その匂いがもう、ものすごくおいしそうでたまらない。


 スキレットの隣の網で軽く焼き目を付けたパンと、お皿に乗せられたソーセージと目玉焼きを手渡され、私は軽く手を合わせてから食べ始めた。


「んんっ、おいひぃ……!」


 とてもシンプルなメニューだというのに、外で食べるってだけでどうしてこんなにも美味しく感じるのだろう。ハイエルフの郷の前というのもあって、空気がとても綺麗なのもあるんだろうなぁ。


「昨日はずいぶんとぶっ放したみたいだな?」

「んぐっ、え!? あれ? 外にまで魔力が漏れてた!?」


 ハイエルフの郷は外とは遮断された空間だ。だから、どれだけ魔力暴走を起こしても外に影響は与えないと思ったんだけどな。

 でもまぁ、考えてみれば遮断されているとはいえ、別の世界というわけではないもんね。


「いや、視認は出来なかったけど……こう、ゾクゾクッとした感覚はずっとあったな。魔王様とかオルトゥスの実力者なんかはうっすら違和感として何かを感じ取っていたかも」

「うわぁ、どうしよう……」


 これは帰った時に何か言われる可能性大だ。お説教かなぁ、尋問かなぁ。

 ……というか、私ったら黙って魔王城を飛び出して来たんだった。初めての家出である。


 でも、リヒトのことだから父様には伝えてあるんだろうな。そうじゃなかったら今頃ここに来ているはずだもん。魔大陸にいて、碌に魔力を隠しているわけでもないのだから、あっさり居場所なんてバレる。

 あのハイスペックな人が居場所を特定出来ないわけがないのだ。ハイエルフの郷にいる間はわからなかっただろうけどね。


「誤魔化せばいいじゃん。お前は今、悪い子メグなわけだし」

「……お主もワルよのー」


 リヒトがニヤッと笑ってそういうので、私も同じように笑って返す。そうだよ、せっかく悪い子になっているんだから、言いたくないって黙っていればいいのだ。誤魔化すのは……バレる気しかしないから黙る一択である。


「くくっ、冗談を言えるくらいにはなったか」


 リヒトが手を伸ばし、私の頭をくしゃりと撫でた。どこか安心したようなその表情に、申し訳なさとありがたさが同時に湧き上がる。ごめんね、そしてありがとう。


「けど、まだ戻りたくはないかなぁ……」

「なぁ、それ。そろそろ事情を聞いてもいいよな?」


 リヒトの言葉を聞いてはた、と気付く。あれ?


「まだ、話してなかったっけ?」

「お前、魔力ぶっ放して勝手にスッキリしてんじゃねーよ」


 そうだったっけ? いや、そうかも、そうだ。確かに、魔力を放出したことでスッキリした部分はある。


「今はだいぶ楽になったかもしれないけど、それって根本的な解決になってないんだろ? それに、聞かせてもらう約束だったからな!」

「それは、もちろん。私も聞いてほしいし」


 聞いてもらうことで、きっと気持ちも整理出来るしスッキリすると思う。悩みが解決するかはわからないけど、話を聞いてもらうだけでありがたいから。

 ならば早速、と思って口を開きかけたところでリヒトから待ったがかかった。


「その前に。もう一人の兄ちゃんも呼んでいいよな?」

「え……え? で、でも」

「そっちでも約束してんだよ。悪いがお前に拒否権はない!」


 ちょっと待ってろ、と言い捨てて、リヒトはあっという間に転移していってしまう。


 まさか。でも、いいのかな? というのが本音だ。そりゃあ来てくれたら嬉しいけど、たったそれだけのために旅を中断してもらうなんて。


 ドキドキしながら待つこと、ほんの数分。リヒトが転移で戻ってきた。もう一人を連れて。

 こんな短時間で? たった数分だよ? それってリヒトの話を軽く来ただけで即答したってことじゃないか。


「メグ!」

「ろ、ロニーぃ……!」


 その姿を見ただけで泣きそうになった。ロニーはそのまますぐに私の近くまで歩み寄ってくれた。


「な、なんでぇ? だって旅に出たばっかりでしょ? 私、私がワガママ言ったせいで」

「違う」


 私の言葉を遮ったロニーの声は力強くて、有無を言わせないという響きがあった。そして、もう一度それは違うからとロニーは言う。


「妹が悩んでいるんだから、すぐに駆け付けるのは当たり前でしょ。メグ、ちゃんと助けを求めたんだね。えらかったね」


 リヒトもすぐに知らせてくれてありがとう、とロニーは続けた。もう、それだけで我慢が出来なくなって、私はまた泣いてしまう。


 だって、それはつまりリヒトとロニーは最初から私の様子がおかしかったことに気付いていたってことでしょ? そして、何かあったらすぐに助けに来るって決めてくれていたってことじゃないか。


 そんなの、そんなの、泣くに決まってる。優しくて、温かくて、嬉しくて。


「ぅ、わぁぁん……!!」

「ああ、泣いちゃった」

「ま、これはあれだろ。嬉し泣きってヤツだ」


 顔を覆って泣いてしまったから二人がどんな顔をしているのか見ることは出来ないけれど、きっと困ったように笑っているんだと思う。だって、声がとても優しいから。


「昨日のメグは、泣くこともしなかったんだ」

「そうだったの。うん、それなら、泣いてくれた方がずっといい。メグ、僕たちは、しばらくメグと一緒にいるからね」


 この兄たちはズルい。そんな風に優しい言葉をかけながら背中や頭を撫でられたらもう涙が止まらなくなるじゃない。たぶん、それが狙いなんだろうけど。

 おかげで私はしばらく泣き続けて、もうすぐ成人になるというのにリヒトとロニーに甘えまくってしまった。


 涙も落ち着いた頃、濡れタオルで目を冷やしながら私は二人にずっと溜め込んでいたことを打ち明けた。


 お父さんと父様の寿命について、そのことで父様と話をしたこと。

 次期魔王になるための準備を始めないと、という覚悟。

 そうなったらきっとさらに魔力が増えるだろうことへの不安。

 グートに告白されて、断ってしまったことへの罪悪感。

 アスカに容赦なく言われたことへの憤りと不甲斐なさ。


 そして、ギルさんのこと。


「なんか、もう何から考えたらいいのかわからなくなっちゃって……でも、どれも答えが見えなくて、苦しくて」


 話している間にまたポロポロと涙が出てきて、その度にロニーがポンポンと背中を優しく撫でてくれた。


「キッツいな、それは。大人でも辛いぞ。色々重なっちまったんだなぁ」

「うん、本当にたくさんのことを、抱えていたんだね」


 たくさん泣いてしまったけど、何に悩んでいたのか、何が苦しかったのかがまとまってきたかもしれない。そっか、私は一度にこれだけのことを抱え込もうとしていたんだ、って。

 わかってはいたけど、改めて整理出来たように思う。


「よし、わかった。それなら、一つ一つ掘り下げて聞いていこう。まずはやっぱり、魔王様とユージンさんの寿命についてだけど……ごめん。それは俺も知ってた」

「……やっぱり?」


 リヒトの答えにはあまり驚かなかった。そしてそれはロニーもだ。

 聞いてみると、ロニーは知っていたわけではないけど、なんとなく変だって感じ取っていたみたい。


「あまりかかわりのない僕でさえ、違和感に気付いた。だから、勘付いている人は、他にもいると思う」


 そうだよね。それもある程度予想通りだ。けど、さすがにあと10年ほどだとまではリヒトも知らなかったらしく、かなり衝撃を受けていた。


「そんな重要なことを一人で抱えなくていいんだよ。かといって、魔王様やユージンさんもおいそれと人には言えないだろうから仕方ないとは思うけどさ……」

「そうだね。だから、よく話してくれたね、メグ。ありがとう」


 魔大陸の重要人物が二人もいなくなってしまう。その報せはきっとこの大陸を揺るがすだろう。だからこそ、みんなで考えなきゃいけないことなんだよね。


 あとたったの10年。されど10年だ。

 リヒトやロニーも色んな人に相談してくれるという。特にリヒトの方は、王の逝去となったらその後かなり慌ただしくなるだろう。


 それでも、動揺を少しも見せることのない姿はとても頼もしく見えた。

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