ストレス発散!


 連れてこられたのは以前、魔力暴走の時にも使わせてもらった場所だった。

 辺りはもう真っ暗だったので、ピピィさんが光の自然魔術で仄かに周囲を照らしてくれている。


 私の契約精霊たちには好きに散歩しておいで、とあらかじめ告げてあった。ハイエルフの空気は精霊にとって最も居心地の好いものだからね。羽を伸ばしてもらいたいのと、これから行う魔力の放出に巻き込まないためだ。

 精霊たちに危険がないよう、あらかじめピピィさんが結界を張ってくれるそうだけど、近くにいたら危ないからね。


 それに、恐らく無様になるであろう主人の姿をあまり見せたくはない。見栄っ張りなんだよ、私は! せめて精霊たちの前ではカッコつけさせて!


「やれ」


 広場に着き、私から数メートルほど離れた位置に立って振り向いたシェルさんは眉間に深いシワを刻み、腕を組んだ状態のままそれだけを言った。


 言い方がマフィアのそれっぽいんですよ……。マフィアに会ったことがないので想像だけど!

 ま、まぁ、ここで気が変わられても困るので遠慮なくぶっ放そうと思います!


 一度目を閉じて、魔力を練る。以前は溢れ出てくる魔力のストッパーを外すだけで勝手に放出したけど今回はコントロールが出来ているのでそうもいかない。

 試しに、限界まで魔力を放出してしまおうか。使いすぎて倒れてしまわない程度に。


「め、メグちゃん……一体、どれほど魔力を使う気なの……!?」


 ピピィさんの焦ったような声が聞こえてきた。んー、もう少しいけそうなんだけど、このくらいにしておいた方がいいのかな? 私は薄く目を開けてシェルさんを見つめる。


「……まだ使ってもいいですか? それとも、あまりやりすぎると抑えられませんか?」


 自然と煽るような口調になってしまった。でも、別に悪意があるわけじゃない。心の中にあったモヤモヤとした感情を一緒に集めていたから、つい。


 シェルさんはさらに眉根を寄せた。あれだけ深いシワを刻んでいたのにまだ寄せる余地があったんだ。


「誰に向かって言っている。癇癪を起こした子どもの魔力など、そよ風にすぎん」


 言ってくれるじゃないか。でも安心した。それでこそハイエルフの族長である。自然と口角が上がってしまう。

 よしよし、とても悪い子っぽいぞ。


「では、遠慮なく……!」


 さらに魔力を集めると、ビリビリと空間が揺れた。私もこんなにたくさんの魔力を一度の集めたのは初めてだ。気を抜くとすぐにあっちこっちへ魔力が放出されそう。

 でもそうはさせない。この全てを一か所に集めないと!


「っ、い、きます……!!」


 もう破裂寸前、というところで私は両手を前に突き出した。そして一気に溜めた魔力を放出していく。

 そのあまりの勢いに、腕がビンビンと震える。左手で抑え、保護魔術をかけていてもこれなのだから、何もしていなかったら一瞬で身体が吹き飛んでいるところだ。


 あの時の暴走とは比較にもならない魔力の塊が真っ直ぐシェルさんに向かって飛んでいく。……さすがに、やばいかも? そうは思ったけどシェルさんがやれと言ったのだ。


 それに、ちょっとくらいダメージを負わせたって大丈夫。幼い時の事件のあれやこれやについてを、今回でチャラにしてあげればいいのだ。私の中の黒メグがそう言っている。


「ぐ……」


 シェルさんが呻き声を上げた、ような気がする! 轟音の中では小さな呻きなんて聞こえないけど、顔を歪めているからたぶん言った。

 私の中で抱いていたシェルさんに対するちょっとした不満みたいなものが解消された気がした。……私、実はかなり性格が悪かったんだなぁ。


 だけど、そこはさすがというべきか。シェルさんは私の魔力を全て風に変換し、以前の時のようにその全てを空に逃がした。

 直角に曲がった魔力の風は、勢いを殺さずにどこまでも夜空を貫いていく。あくまで風なので視認はしにくいけれど、いつまでも辺りに散ることなく真っ直ぐ風が吹き続けているように感じる。


 だけど。


「……き、気持ちいいっ!!」


 なんという爽快感だろう。

 あーもー、最近は不安だらけで、嫌になっちゃう! 全てを放り投げたいけど、そんな度胸もない。向き合わなきゃいけない、考えなきゃいけない。そんなことばかりで押しつぶされそうだった。


 わかってるんだよ、逃げてばっかりじゃダメだってことくらい。進まなきゃ終わらないし、いつか後悔するってことも。


 でもさ、でも。逃げたいし、目を逸らしたい。考えることを諦めたいし、誰かに押し付けたい。無責任だっていいじゃん! って開き直りたい。


 大体、なんでアスカにあんなこと言われなきゃいけないの。いくらなんでも酷くない? 正論は人を傷付けるんだよ!

 私が悪いとは思うけど、あんな言い方しなくたっていいじゃない。今度会ったら、怒ってやるんだから。


 そうだよ、私だって怒ることがある。怒りをぶつけたっていいんだ。絶対に叶わないワガママだって言っていい。

 きっと、みんな受け止めてくれるから。


「勝手なことばっかり、言うなーっ! なんで、なんでよ……! 私を……私を、置いて行かないで……っ!!」


 どんどん先に進んでいくように見える同年代の友達、一人だけ遅い身体と心の成長。


 どう足掻いても先にこの世からいなくなってしまう、大好きな人たち。


 私は、一人取り残されるのが怖かったんだ。


 魔力の放出を続けながら、私はその場でわぁわぁと声を上げて泣いた。父様のところで散々泣いたはずなのに、情けないことだよね。


 でも必要なことだ。魔力の放出まではさすがにもうしないようにしたいけど、これからも時々は泣こう。もっと早くから些細なことでも人に相談しよう。

 何度も同じことで反省して、失敗して、泣いて。成長しない私だけど、その度に誰かに背中を叩いてもらおうと思う。


『……大丈夫だよ』


 荒れ狂う魔力と風の中で、誰かが私を励ましてくれる声を聞いた気がした。




 気が済むまで魔力を放出した後、さすがにへとへとに疲れた私はその場に仰向けに寝転んでいた。魔力が枯渇まではしないけど、半分以上は使ったんじゃないかな。体感的に。……これでもまだ半分かぁ、ということに乾いた笑いしか出ないや。


 まぁ、魔力を放出し続けるのに体力と精神力を使ったから疲労感は結構あるんだけど。だからこそヘトヘトになっているわけだし。


「随分と派手にやったわねー。はい、ハーブ水よ」

「あ、ありがとうございます、ピピィさん」


 ぼんやり星空を眺めていたらそこにヒョイッとニコニコ笑顔のピピィさんが覗き込んできたのでゆっくり上半身を起こす。手渡されたコップを受け取って、そのまま一口。爽やかなハーブの香りが鼻に抜けてスッキリした。


 そのまま、ピピィさんは座り込んでいるシェルさんの下へ。さすがにシェルさんも疲れたかぁ。まぁ、これで平然と立っていたらそれはそれで怖いけど。良かった、ちゃんとこの人も疲れることがあるんだってことが知れて。


「おい」


 シェルさんはハーブ水を一気に飲み干すと、私を睨みつけながら声をかけて来た。声もどことなく迫力があって、ちょっとビックリ。泣き喚いたのがうるさかったかな? 文句を言われる? とも思ったんだけど……ちょっと違う。


 あれ、警戒している? え、私に? さすがにやりすぎたかな? そう思って謝罪の言葉を口にしようとした時、その前にシェルさんが言葉を続けた。


「お前は、誰だ」

「……え」


 真っ直ぐこちらを見つめるシェルさん。その質問の意味がわからなくて私はただ戸惑っていた。

 見れば、ピピィさんも困惑したように私とシェルさんを交互に見ている。


 えーっと。ど、どういうこと?


「あ、あの。今のは、どういう……?」


 この緊迫した空気に耐え切れず、恐る恐る聞いてみるとようやくシェルさんは私から視線を逸らした。それから小さな声でなんでもない、と呟く。

 いや、なんでもないって。それは無理があるのでは。


 そのままシェルさんは立ち上がると、私の前を無言で通り過ぎた。小屋に帰るのかな? あ、お礼を言わなきゃ!


「あ、あの! ありがとうございました! おかげで、スッキリしました」


 かなり生意気なことを言ったし、調子に乗ったこと考えていたよね。

 冷静になってみると恥ずかしくなるほどのやらかしをしているわけだけど、なかったことにするわけにはいかない。ちゃんと謝るべきなのだ。


 いつも何を言っても聞こえていないかのようにそのまま歩き去るから、今日もそうするだろうなーと思いながらシェルさんの背中を見送る。

 だけど、予想に反して彼は急に立ち止まった。


「……誰かに相談することが不可能になったら、ここへ来い」


 そして、振り返ることなくそれだけを言い残すと、シェルさんは今度こそ小屋の方へと一人姿を消していった。


 ……どういう、意味だろう? まさか、私を心配しての言葉じゃない、よねぇ?

 でも、相談をすることが不可能になったらだなんて、妙な言い回しをするものだ。


「さて、と。私も小屋に戻るわね。メグちゃんはイェンナの小屋を使う?」


 ふわぁ、と欠伸をしながら告げたピピィさんの言葉にハッとする。そうだ、ピピィさんにもすごく迷惑をかけちゃったよね。本来なら寝ている時間なのに。


「い、いえ! 郷の外で仲間が待っているので……」


 本当は、今日の所はあの小屋で休んでも良かった。良かったんだけど……。


 あの小屋は、ギルさんと一緒に泊まった小屋だから。なんというか、ちょっと一人で泊まる気にはなれないというか。

 楽しかった記憶を思い出すと、妙に心がザワザワするんだもん。それなら、簡易テントの中で休んだ方がいい。


「あら、そうなのね。……メグちゃん。またいつでもここへ来ていいからね?」

「うっ、こんな遅い時間に来てしまって本当にごめんなさい……」


 とろん、とした目で眠そうな顔のピピィさんを見ていたらすごーく申し訳なくなる。

 だから改めて頭を下げたんだけど、急に頬を両手で挟み込むように包まれ、上を向かされた。あう。


「いつでも、って言ったのよ? 日にちも、時間も、何も気にしなくていいの。私ね、メグちゃんがこんな時間に来てワガママを言ってくれたのがとても嬉しいのよ?」


 ピピィさん……。そっか。そうだよね。だって、家族なんだもん。


「……はい。またワガママ言いに来ますね」

「ふふ、楽しみにしてるわ!」


 眠そうな顔で笑ったピピィさんの笑顔は本当に嬉しそうで、私まで嬉しくなった。

 

 私は家族にも恵まれている。この縁もずっとずっと大事にするからね!

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