脅し文句


 夜中の山はとにかく不気味だった。人間の大陸で夜の森を歩いたことがあるから、ある程度は平気なんだけどね。

 でも、魔物がうろつく魔大陸の山や森はやはり不気味さのレベルが違うと思う。


 そんな中、相変わらず場違いな看板が聳え立つハイエルフの郷入り口。ちなみに、リヒトも一度来たことはあるので場所の認識は出来ています。

 っていうか、知らなかったら転移で近くに来ることも難しかったところだ。


「こんな夜中だけど、一人で大丈夫か?」

「ビックリはされるかもしれないけど、大丈夫」


 基本的に、ハイエルフの郷にハイエルフ以外の種族は入ってはいけない。正常な空気がどうしても乱れてしまうからだ。

 なので、リヒトはこの看板近くに簡易テントを出して待機してくれるという。それなら出来るだけ急いで出てこないと、と思ったんだけど、そんな私の考えも察しただろうリヒトが先手を打ってきた。


「ゆっくりしてきていいからな。満足するまでぶっ放してこい。事情も話さなきゃいけないかもしれないし、焦る必要はないから。あー、何年もかかるっていうのはちょっと困るけどな。でも、そうなったとしても待つ。数カ月単位だったとしても待つから」


 それがリヒトなりの気遣いなんだってすぐにわかった。とにかく時間なんて気にせずに好きなように過ごしてこいって言ってくれているんだよね。本当にありがたいよ。


 さらにすごいのは、困ると言いつつ本気で数年単位でも待つと言っているところだ。もちろんそんなことはしないけど、その間の業務をどうするつもりなのだと問い詰めたい。


「ありがとう。行ってきます」

「……おう」


 けど、もちろんそんな野暮な質問はしないよ。素直に受け取って、挨拶だけを返した。リヒトが私を見送る目は、どこまでも慈愛に満ちていた。




 ハイエルフの郷に入ると、すでにみんなが眠りについているのかとても静かだった。その中で、起きている気配が二つ。その一つがこちらに向かって歩み寄ってくる気配がした。


「あぁ、やっぱりメグちゃんだったのね。ふふ、私は気配を読むのが苦手だけれど、珍しく当たったわ」

「ピピィさん……」


 相変わらず可愛らしい容姿の私の祖母にあたるハイエルフ、ピピィさんがコロコロ笑いながら私の前までやってきた。それから両手をギュッと握りしめて私の顔を覗き込む。


「私たちを頼ってくれたのね? 嬉しい。もう、そんな顔するまで無理して……でも、お転婆具合で言えばイェンナよりもずーっとマシね! ちゃんと頼ってくれるところも、メグちゃんの方がお利口さんだわ」


 ここへ来るたびに母様のお転婆な一面が次から次へと出てくるから娘としては複雑な心境である。一度、会ってみたかったなぁとも思う。

 でもまぁ、ピピィさんはこんな言い方をしているけれど、本当はもっとイェンナさんとたくさん相談したかったんだよね。娘に対して出来なかったことを、私の時にはしてあげたいって言ってくれたことがあったっけ。


 ならば私は孫として、それに甘えさせてもらおうと思う。


「それで、何をしたいのかしら?」


 ピピィさんは優しい眼差しでそんな言葉を選んで言ってくれた。どうしたのか、とか、出来ることがあったら言って、なんて言葉ではなく、あくまで私が何をしたいのかを聞いてくれる。敵わないなぁ。


「……言い方がちょっと乱暴になるかもしれないんですけど」

「あら。それは楽しみね?」


 一応、私も前置きをしてみたんだけど、それすらも楽しそうに受け止めてくれるピピィさん。器が大きい……! でもおかげで安心してハッキリと言えそうだ。


「手加減なく、魔術をぶっ放したいんです……!」

「あら。あらあら、ふふっ。うふふ! 魔術をぶっ放したいのね? ふふふ、わかったわ!」


 そしてやっぱり内容を聞いてもおかしそうに笑いながらあっさりと受け入れてくれた。

 でもどうやらツボに入ったのか、ごめんなさいね、と言いながらずっとコロコロ笑い続けている。ピピィさんのツボがわからない! けど、明るく受け止めてくれたことにとても安心させられた。


「それなら、必要なのはシェルの力ってわけよね? そして彼を動かすために必要なのが私。うんうん、完璧だわ! 任せてちょうだい」


 そして話が早い。ほわほわとした雰囲気を纏いながらも、テキパキと行動に移してくれるピピィさんを見ていたら、なんだか肩の力も抜けてきた。


「……やっと少しだけ笑ってくれたわね」

「ピピィさん……ごめんなさい。それに、こんな夜遅い時間なのに」


 優しさが染み渡るとともに罪悪感も沸き起こる。だけど、そんな申し訳なく思う気持ちも全て包み込むようにピピィさんは私を抱き締めてくれた。


「いいのよ。いいの。私は嬉しいんだから。後でいつもの笑顔を見せてくれたらそれでいいわ」


 ああ、やっぱり私の周りにはとても素敵な人がたくさんいるんだなぁ。この前クロンさんが言っていたことをしみじみと実感するよ。


 たくさん頼ろう。辛いのを我慢なんてしなくていいって、もうわかっているんだから。


 そのまま、ピピィさんは私の手を引いて歩いてくれた。行きついたのはピピィさんとシェルさんが暮らしている小屋。

 シェルさんはいつも私の気配を感じるとどこかへ行ってしまう。顔を合わせるのが気まずいのだろう。もっと幼い時は子どもと関わるのが面倒だったからかな、とも思ったけどたぶん気まずいっていうのが一番の理由だと思う。


 そんなシェルさんが、今日は室内にいる。逃げずに待っていてくれたみたいだ。それはとても珍しいことだよ。だって、私の話を聞く気があるってことだから。


「シェルさん」


 リビングに案内された私は、ゆったりとソファーに座って本を読んでいるシェルさんに声をかけた。

 わかってはいたけど、一度声をかけたくらいではなんの反応も示してくれない。我が祖父はとても気難しい。


 だからこそ、遠回しな言い方は逆効果である。いつだって直球でいくべきなのだ。私は再び口を開いた。


「シェルさん、ワガママを聞いてください」


 今度は軽く目的も添えて声をかけると、シェルさんはようやくピクリと動いた。それでもまだ本に視線を落としたままでこちらを見ようとはしない。

 背後でピピィさんが文句を言っているけど、それをそっと手で制して私は続けた。


「魔力の解放をお願いしたいんです」

「……今のお前には必要のないことではないのか」


 そして三度目、ついに返答があった。魔力の流れで暴走しそうかどうかなんてお見通しだもんね。そう言うのも理解出来る。

 けど、今の私は少々心が荒んでいる。心を読む力を持つシェルさんにだってわかっているだろうに。


 私は淡々と声のトーンを変えず、強気に言い放つ。


「必要なんです。気持ち的に。というかシェルさんが手助けしてくれなかったら郷が吹き飛ぶだけになりますからね」


 暫し、沈黙が流れる。少しして、シェルさんがようやく顔を上げた。相変わらず恐ろしく整ったお顔である。


「脅しとは、ずいぶんといい性格になったものだな」

「今の私は、悪い子なので」


 つまり無敵である。普段は怒らせないようにしよう、迷惑をかけないようにしなきゃ、って考えてばかりだから言いたいことの半分も言えないんだけどね。悪い子になっているのだと思えば何でも言えてしまう気がした。

 たぶん、ちょっと目が据わっていると思う。こんな見た目だし、迫力はないと思うけど。


「……イェンナのようだ」

「あら、メグちゃんはイェンナよりずっと良い子だわ」

「ふん、どうだか」


 いつの間にかシェルさんの近くにいたピピィさんと何やら話している。内容まではわからないけど、楽しそうなピピィさんに対して眉間にシワを寄せたシェルさんといういつもの姿だ。

 むむ、やっぱりワガママはきいてもらえないかな? さすがに郷を吹き飛ばすなんてこと、本気でやるつもりはないけど……ストレス発散したかった。


 やや諦めモードでひたすら待っていると、ついにシェルさんが本をテーブルに置いて立ちあがった。


「ついて来い」

「……脅しておいてなんですけど、いいんですか?」


 まさか許可をもらえるとは思わなかったのでビックリだ。ピピィさんに何か言われたのかな? それにしても、である。


「郷が荒らされるのは面倒だ」


 戸惑いながら立ち尽くしていると、シェルさんは扉に向かって歩き始め、私とすれ違いざまにボソリと告げた。

 その後ろからついて行きながら、ピピィさんがウィンクをしてくれる。


 思わず小さな笑みを浮かべてしまった。それから私もその後ろについて足を踏み出す。


「ありがとうございます。おじいちゃん」


 サラリと揺れる銀髪を見つめながらシェルさんの背中に向かって声をかけると、眉間のシワがさらに深く刻まれたのだろう、不機嫌オーラが増した気がした。

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