メグ、悪い子になる
生まれて初めての
急に雰囲気が変わったアスカに戸惑う。うまく答えられなくてしばらく沈黙が流れてしまった。だって、どう反応したらいいのかわからない。
「……ぼくはね? メグのこと、すっごく可愛い女の子だって思ってるよ」
アスカがあまりにも真剣だから、息を呑む。からかっているような様子はなく、ちゃんと本心で言ってくれているのがわかった。ど、どうしたというんだろう……。
「わ、わ、私だって、アスカはすっごくカッコいい男の子だって思う、けど……」
相変わらず戸惑ってはいるけど、私もちゃんと真面目にそう返した。だって、本当にアスカはカッコよくなったもん。これは本心。
見た目だけじゃないよ? 人間の大陸を旅して、内面もしっかり成長しているんだなって実感出来て……。その姿勢がカッコいいって思った。
対抗しているわけじゃないけど、アスカの真っ直ぐな目に負けないように私もジッと見つめ返していると、アスカはようやくフッと笑う。おかげで私もホッと肩の力を抜くことが出来た。
「ぼくがカッコいいのは当たり前だけどねー!」
冗談めかして、でもまだどこか大人びた雰囲気でアスカはそう言った。私から視線を外して、やや遠くを見つめて。
いつも通りのアスカに戻った、のかな? まだ少しいつもと違う気もするけど。
妙にモヤモヤする。それはたぶん不安からきているのだろう。いつもとは違うアスカの様子に、なんていうのかな……
「メグさー、もっと自覚した方が良いよ? メグを狙う男はたくさんいるんだから。狙うってアレだよ? 異性としてのヤツ」
「そ、そんなこと……」
「あるでしょ。グートのこと忘れたの?」
目だけでこちらを見たアスカの言葉にドキッとする。それは、そうだけど。
やっぱり、今のアスカはいつもと違う。すごく逃げ出したい気分だ。だけど私の足は一歩も動かないし、アスカからも視線が外せない。
「メグは可愛いし、いい子だし、強いし。魅力的に見える要素満載なんだよ? 客観的に見たらわかるでしょ、フツー。モテるってことくらいさぁ」
なんなんだろう。なんで突然そんなことを言い始めたの? 言葉選びや言い方に私を責める雰囲気があるのは、たぶん気のせいなんかじゃない。
もしかして、私を怒らせようとしているの? どうして? わからないことだらけだよ。結局、アスカは何が言いたいの?
胸にモヤモヤとしたものが広がっていく。嫌だ、こんな感情。醜い感情を目の当たりにしそうで、私はギュッと拳を握りしめた。
「ねぇ、メグはさぁ……いつまで見ないフリするつもりなの? ぼくたち、そろそろ大人になるんだよ?」
アスカの言葉が突き刺さる。見ないフリなんかしてないのに。
……ううん、本当に? 私、本当に見ないフリをしてないって言えるのかな?
「ちゃんと自覚しなよ。メグは、本当は気付いているんでしょ? そういう感情に。人からの異性に対して向けるような好意にも。何もわからないって、何もわかってないって顔してるけど……本当はわかってるはずだよ」
嫌だ。聞きたくない。これ以上聞いていたくなくて、私はアスカに背を向けた。でも、その瞬間アスカに腕を掴まれる。振りほどく気はないけど、振り向く気もなかった。
「逃げないで」
なんでよ。私はまだ、向き合いたくない。逃げたらダメなの? そりゃあ、いつかは向き合うつもりだよ。でも今じゃない。私はまだ、グートのことだって心の整理がつけていない、ダメダメなヤツなんだから。
じわりと涙が浮かぶ。どうしてそんなことを言われなきゃならないの? 私がもっと、急いで大人にならなきゃいけないのかな。一度大人だった記憶があるくせに、逃げてばっかりだ、私は。
考えたくないから、無意識にそういう選択肢を消しているんだってこと、わかってる。前世の時から、面倒だからって恋愛について考えたくなかったんだ。余裕がないって言い訳して、蓋をしていたのかもしれない。
逃げて、逃げて、知らんふりして。卑怯者なんだよね、私は。ずるい女なのだ。人からの好意を踏みにじっている。
それを自覚させることが目的なの? アスカも私が卑怯者だって思っているの? それならそう責めてくれた方がずっといいのに。
「ごめん、ちょっと意地悪なこと言ったよねー……」
アスカがそっと私の手を離し、帰ろっかと呟く。そのままアスカは私を追い越して、振り向くことなく前を歩いた。
結局、アスカが何をしたかったのかわからない。何を伝えたかったのかわからない。
おかしいな。今日は、色んなモヤモヤを忘れて私なりにアスカをお祝いしようと思っていたのに。他ならぬアスカによってモヤモヤが増える結果になってしまった。
あれ? なんか変だ。こういう気持ちはすごく久しぶりかもしれない。いや、メグになってからは初めてかも。
私、苛立ってる。アスカに対して怒ってるんだ。どうしてこのタイミングでそんなこと言われなきゃならないのって。アスカに何かをしたわけでもないのに。
そうやって悩ませるようなことを言っておいて、最終的には何も言わずに会話を終わらせた。逃げるなって言ったのはアスカじゃない。そこまで言って今更「ごめん」だなんて……。
今も振り返ることなく少し早足で歩いているのが、アスカの本音なんでしょう? 本当はごめんなんて思ってなくて、今も私に苛立っているんだ。こんな、中途半端でダメダメな私に。
アスカに対して不満に思う気持ちと、自分の情けなさに腹が立つ。
そうして荒ぶる気持ちを抱える反面、落ち着けと大人な自分が宥めてくる。だってたぶん自分が悪いんだってことがわかるから。
でも、それとこれとは別なのだ。怒りたい。馬鹿ーっ! って叫びたい。そんな気持ちと、それはダメだ冷静になれという自分がいて、板挟み状態となっている。
どうしたらいい? 違う、私はどうしたい? このまま我慢は出来る。けど……。
「我慢、したくない」
それはスルッと出てきた感情で、選択だった。そう結論付けた途端、フッと心が凪ぐ。
苛立ちは胸の奥でチリチリと燃えているけど、妙に頭が冷静になっていた。
『……メグ』
そんな時、私を呼ぶよく知る声が脳内で響く。直接聞こえたわけじゃない。思い出しただけだ。
目を細めて、優しく私を呼ぶギルさんの声。どうしてこのタイミングで思い出したのかはわからない。けど、不満に思う心がこの件も引っ張り出したのかも。
『……すまない、メグ。そんなこと、あっただろうか』
いつもだったら、ギルさんを思い出すときはいつだって幸せな気持ちになれた。だけど、今は笑顔も浮かべられない。
あの時の、申し訳なさそうで不思議そうにこちらを見たギルさんを思い出すと、胸の奥でアスカに向けていた怒りとはまた違う怒りが湧いてきた。
意味が、わからないけど。ギルさんに対して怒る理由なんかないのに。
理不尽な怒りだと思う。ごめんね。でもやっぱり腹立たしい。
ギルさんは、変わっちゃった。認めよう。あの日、武器屋さんで拒絶してから明らかに変わったんだ。しばらく会わない期間があったから、その間に何かがあったのかもしれない。けど、確実に私に対する態度のようなものが変わってしまった。
きっと、変わらず気遣ってはくれる。心配してくれるし、守ってくれる。約束したんだもん。それを破るような人じゃないのはわかっているんだ。
だけど、確実に心の距離が開いてしまった。私も……妙に恥ずかしいからとか、年頃のせいにしてギルさんから離れていたもんね。お互い様というやつである。
すっごくワガママなのはよーくわかっているんだけどさ、ずっと側で守ってくれるのはありがたいけど……。
こんな風に微妙に距離が開くのなら、やたらと優しくされるのも嫌なのだ。なんでだかわからないけど、それがとても辛いと感じる。あー、もうぐちゃぐちゃだ。
「じゃ、今日はありがとうね、メグ。すごく楽しかったよー!」
あーだこーだと考えている間に、いつの間にか魔王城に着いていたみたいだ。アスカはチラッと振り返ってからいつもと変わらぬ笑顔でそう告げた。まるで、さっきのことなんかなかったみたいに。
それがまた私の胸にチクリと何かが刺さったけど、掘り返すのも嫌だった。
「うん。私も」
だから、それだけを返す。私はちゃんと笑えていただろうか?
そのまま背を向けて魔王城のホールを進むアスカを、私はその場から動かずただ見送った。そうして周囲に誰もいなくなった時、私は再び外に出る。
いつの間にか空は暗くなっているなぁ。この時間に一人で外に出るなんて初めてのことではなかろうか。
特に、目的はなかった。後先のことなんて一切考えてなかったのだ。
私はその日、生まれて初めての家出をした。
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