アスカとのデート


 次の日はとても気持ちの良い晴れ模様だった。青空が綺麗ーっ! 窓を開けて天気を確認した私は早速身支度を始める。

 だって、朝食も外で食べるって言っていたからね。いつでも腹ペコなアスカのために、出来るだけ早めに出発した方がいいかと思って。


 さて、昨日の内に頭を悩ませた服装についてですが……。色々と考えた結果、まだアスカの前では着たことのない組み合わせのものをチョイス。

 思い起こせばアスカはどんな服を着ていてもすごく褒めてくれるから、よほど奇抜な格好でもない限り大丈夫だろうという結論が出たのだ。


 丸襟部分に小花柄の刺繍があしらわれたイエローのタンクトップに淡い黄緑のカーディガン。それと白いキュロットスカートの組み合わせだ。ちょっと春っぽいスタイルだね! 

 武器屋さんや防具屋さんに行くにも浮きすぎた格好ではないし、大丈夫だと思う。たぶん。


 それと、髪型はいつものように結んだあとは髪飾りをつけたよ。だ、だって! おしゃれしてきてって言われちゃったし、何もしないのは良くない気がして!


 ……デート。デート、かぁ。その言葉の響きは相変わらず慣れないというか気恥ずかしいんだけど、アスカとだからか緊張はしない。ここ最近は一緒にいることが多いから慣れたのかも。


 けど、アスカがそう言う意図がいまいちつかめない。私をからかってるのか、実際にデートの雰囲気を味わいたいのか。それとも。


「……あんまり考えすぎないようにしよう。うん」


 なんだかそれ以上考えたら今日はまともに出かけられない気がしたのでブンブンと頭を横に振って思考を切り替える。

 せっかくだから楽しまないとね。色々と悩んでばかりだったし、いい気分転換になるといいな。


「メグーっ! すっごく可愛い! 本当に可愛い! 何を着ても似合うけどー!」

「ちょ、褒めすぎ! 声も大きいよアスカ!!」


 お城の出入り口近くで待ち合わせをしていたからか、アスカの声はホール内に響いた。働いていた色んな人たちが振り返って微笑ましげにこちらを見ていくのがまた居た堪れない……!


「どうして? 女の子が素敵だったら褒めるのが普通でしょ?」

「そ、それは素晴らしい心がけだと思うけどぉ」


 本当にアスカの将来が恐ろしいよ……! ケイさんの後を継ぎそうな勢いだ。はぁ、顔が熱い。


「特に、大好きな女の子だったら余計に。っていうか、好きな女の子意外にはこんなに褒めたり出来ないってー!」


 屈託なく笑うアスカは可愛いけど、それはものすごい殺し文句だ。私じゃなかったら勘違いしてるよ、まったくもう。


「もう、早く行こう? お腹空いているんでしょう?」

「あはは、メグが照れてる。かわいい!」

「ほ、ほら! 行くよっ!」


 このままここにいたら永遠にからかわれ続ける気がする! それを城内の人たちに見られるのも苦行すぎるので私はアスカの腕をグイグイ引っ張りながらお城を出た。

 こら、アスカ! わぁ、積極的ぃ、とか言わない!


 お城を出てからはアスカもからかうようなことは言わなくなったのでホッと胸を撫で下ろす。終始ご機嫌な様子のアスカを見ていたら怒る気も失せちゃった。可愛いは得である。


 早朝からやっている食堂に向かい、まずは朝ごはんから。アスカは時間帯関係なくモリモリ食べるので、量がたくさんある食堂がいいかなって思って私から提案させてもらったのだ。


「でも、メグは食が細いからここじゃあんまり食べられる物がないんじゃない?」


 最初は嬉しそうに目を輝かせていたアスカだったけど、ふと気付いてこちらを心配してくれるところがえらいよね。何でもすぐに気付けるのがアスカのすごいところで、今はちょっぴり困っちゃうところだ。


「平気だよ。ほら、スープとパンだけのメニューもあるし。それに、今日は私なりにアスカのオルトゥス加入のお祝いをしたいんだから、アスカのしたいことや食べたいものを優先したいのっ!」


 そう、人間の大陸で一緒に出掛けられなかった変わりに、ってことだったけど、私としてはお祝いも兼ねているのだ。オルトゥス全体では歓迎会をしたけどね。それとこれとは別である。絶対に何かしたいと思っていたし!

 グッと拳を握りながら力説すると、アスカは恥ずかしそうに頬を染めた。


「……そういう可愛いことをされると困るんだけどぉ」


 それからブツブツと口を尖らせて何かを呟く。食堂内の賑やかさのせいでなにを言っているのかは聞き取れなかったけど。


「じゃ、遠慮なくいっぱい食べちゃおっと!」

「うん、そうして!」


 すぐにパッと笑顔になってそう言ったので、私もつられて笑う。素直に好意に甘えてくれるのも助かっちゃうな。お祝いのし甲斐があるというものである!


 こうして、食堂では周囲のお客さんが驚くほどたくさんの料理を胃に収めたアスカは、満足そうにお腹をポンポンとさすった。見事な食べっぷりでした……!

 もちろん、私は野菜スープとパンだけでお腹いっぱいですとも。いつ見ても羨ましい。


「じゃ、早速お店に行こうよ! もう開いている頃でしょ?」

「そうだね!」


 お腹が満たされたアスカはさらにご機嫌度が上がっていた。すでに心は武器と防具屋さんに向いているようだ。

 もちろん私も楽しみ! 自分で使うことはないだろうけど見るのは結構好きなんだよね。最近レイピアを持ち始めたから余計に。


 ふと、ギルさんの顔が脳裏に過る。レイピアのことを考えたからかな。どうしてもあの時のことを思い出しちゃう。

 気にしていないどころか忘れていたくらいなんだから、私ももう忘れればいいと思うんだけど……。


 どうしても、忘れられない。心に棘となってずっと残り続けているのだ。はぁ、ままならないな。


 おっと、落ち込んでいてはダメだ。アスカはそういうのにすぐ気付く。思考を切り替えてアスカとともに城下町の道を歩いた。




 アスカとの街巡りはとても楽しかった。武器と防具のお店ではやっぱり商品を買うことはなかったけど店主さんたちは好意的に案内してくれたし、使い方やそれぞれに合う防具の特徴についてたくさん教えてくれたりもした。ひとえにアスカのコミュニケーション能力のおかげである。


 武器は私もアスカも必要ないけど、防具はいつか揃えても良さそうだなって思ったよ。戦闘服があるから基本的には何もいらないんだけどね。


 でも、性能を知らない人たちのために見た目だけでもきちんと装備しているとアピールする用途の他に、意外と使い勝手が良さそうだったんだよね。

 たとえば攻撃を防具で防ぐ時とか! 魔術で防げるけど、物理的に防がなきゃいけない状況がないとも限らないもん。特に私は魔術を封印されたら打つ手なしなので……。ポンコツなので……。

 いや、精霊たちがいるからそこまでポンコツにはならないけどっ!


 あとは、城下町で暮らす人たちの生活必需品がどんなものなのかを知るのもためになった。

 基本的には魔道具なんだけど、人間の大陸のように手作業で扱う道具もあって驚いた。曰く、魔術操作が苦手な人にとっては食器洗いや洗濯はお皿や服を傷めてしまいかねないからだそう。


 当たり前のように魔術を使っていたからその考えには至らなかったよ。あっ、別に魔術の腕自慢をしているわけじゃないからね! ほんとだよっ!


「人間の大陸だけじゃなくって、魔大陸での普通の暮らしについても、ぼくはあんまり知らなかったんだなって思い知ったかも」

「それは私も。こっち側にはあんまり来ることがなかったから知らなかったよ。勉強不足過ぎるよね。反省」


 いつの間にか街の外れまで来ていた私たち。人がいなくなった通りでポツリと呟いたアスカに同意するように私も口を開く。

 どれだけ世界を知らないんだろうって思っちゃったな。本当に大反省だ。大陸間を移動する前に魔大陸のことを知らないと。ロニーのように旅をすることも考えた方が良い気がしてきた。


「いーじゃん! 今それを知ったんだから。これから知っていけばいいんだよー!」

「……うん。そうだね! アスカはやっぱりすごいや」


 そして落ち込みかけた私とは反対に、一切落ち込むことなく前向きなアスカが眩しいっ! いつも励まされてばっかりだなぁ。


「へへ、カッコいい?」

「うん! カッコいいよ、アスカは!」


 それから嬉しそうに笑って聞いてくるので、私も迷わず笑顔で答えた。

 きっと、そうでしょと得意げに返してくれるんだろうなって思っていたんだけど……アスカの反応は思っていたのとは違った。


 一瞬で顔が真っ赤になって、言葉に詰まったのだ。……え。えっ?


「め、メグはずるいよ。そうやっていっつもさぁ……」

「え? え? ごめん? だってまさかそんなに照れるとは思わなくて……」


 胸を張って嬉しそうな笑顔で返してくれると思って疑っていなかったから私の方が驚いちゃった。


 だけど、アスカはさらに私を驚かせる行動をしてみせた。スッと私の頬に触れて柔らかく微笑んだのだ。


「メグだから照れるんだよ。ねぇ、この意味わかる?」


 そして、小首を傾げながら挑戦的な目で私を見つめてきたのである。

 な、なにこの漂う色気? いつものアスカとは違うその様子に、私は暫し言葉を失った。

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