子どもたちの成長
モヤモヤしたものを抱えつつ、あまりみんなに心配をかけたくないという気持ちもあって私は日々、自分を騙し騙し過ごしていた。
悩みはいつまでたっても解決しないし、不安は多いしでちょっとストレスも溜まってきたように思う。けど、発散方法なんてのんびりするか訓練で汗を流すくらいしか出来ない。
というわけで! 今日はアスカとウルバノの訓練に混ぜてもらうことにした。しかも今日は父様が少し顔を出してくれるという。ビシバシ鍛えてもらってこのモヤモヤを一時的に忘れよう作戦である。
けど、父様にはあまり無理をしてほしくない。でも元気に訓練してくれる姿を見たい気持ちもある。複雑な娘心……。
ま、まぁいくら最近は疲れやすいとはいえ、子どもの訓練の相手をするくらいはどうってことないと思うけどね! 気にしすぎも良くない、うん!
そして数時間後、私はそんな心配など吹き飛んでしまうほど疲労困憊になっております……。
「あ、あ、ありがとう、ございまし、たぁ……」
「うむ! 三人ともかなり強くなっておるな! これは頼もしい。我も久しぶりに指導出来て楽しかったぞ!」
地面にひれ伏す私とアスカとウルバノの三人と、ツヤツヤしている父様が中庭にいました。
くっ、すごく楽しそうだし嬉しそうで何よりですよっ! 手加減って言葉を知らないのかとちょっと恨み節が出そうになっちゃったよね! ありがたいけどぉっ!
「もー、魔王様えぐいー! ぼく、さすがに疲れたぁ!」
「きょ、今日は特に厳しかった、と思います……!」
ゴロンと仰向けになって曇り空に叫ぶアスカと、苦笑するウルバノ。なるほど、いつもはここまでじゃないんだね? 今日は三人もいたから父様が張り切ったのだろう。
ついでに言うと、リヒト相手の訓練はたぶんこんなもんじゃないんだろうな。父様にしてみれば、今日の訓練も生温い部類に入ると思う。聞いたわけじゃないけど、たぶん間違いない。
「ウルバノは相変わらずフィジカルが強い。自分でも自信のある部分なのであろう。だが、それゆえに向こう見ずな動きをしがちである。よく言われていることであろう? 癖になってしまっているからな。今後も意識を忘れぬように」
「は、はい!」
父様は順番に一人ずつアドバイスをしてくれる。
確かにウルバノは物理的な力が強い上に、ちょっとやそっとの攻撃ではダメージを食らわないからあえて攻撃を受けて立ち向かうところがあるんだよね。まるでジュマ兄のような。
いや、ジュマ兄みたいに攻撃を食らって喜ぶようなタイプではないけど!
「アスカは本当にバランスがいい。体術も魔術もうまく使えているな。だが、残りの魔力や体力を考えすぎてセーブするため、この程度でいいだろうと甘く見積もる癖があるようだ。ここぞと言う時に出し惜しみをすると一気に形勢逆転されてしまうから注意するのだぞ」
「はぁい。うわぁ、完全に見抜かれてるぅ」
アスカは苦笑しながらも真剣に父様の話を聞いている。耳が痛い、と呻いていることからも自覚はあるようだ。昔からそういうところがあって、なかなか直らないもんね……!
「メグは……まぁ、言うまでもないと思うのだが」
「ハイ、魔術に頼りすぎ、だよね……」
そしていざとなったら魔力でゴリ押しをしてしまうのが私の悪い癖である。
というのも、大抵のことはちょっとした魔術で切り抜けられるから、父様のような強い相手と戦おうとするとごり押しするしか余裕がなくなっちゃうんだよね。
「正直なところ、我も人のことは言えぬのだがな。ただ、メグの場合は筋力をつける必要はない。力をうまく利用する方法や、いかなる時でも細やかな魔力操作を心掛けるだけでもっとよくなるであろう」
「わ、わかりましたっ!」
そうなんだよね。私の場合はいくら身体を鍛えてもあんまり筋肉はつかないのだ。もはや体質である。なので、弱いなりに相手の力を利用したり、少ない力を効率よく使う方法を訓練した方がいい。
逆に魔力は余るほどあるのでうっかりゴリ押ししちゃうんだけど、それもまた力と同じで効率良くを意識しないといけない、と。
「三人ともまだまだ伸びしろがあって、成長がとても楽しみであるな! だが、根を詰めても良くない。今日はこの辺りで終いとしよう」
ようやく息も整ってきたところで父様が訓練の終わりを告げた。うん、まぁこれ以上は動けない。私は。
「メグー、大丈夫ー?」
「あ、あはは。大丈夫。もう少しここで休んでからお風呂に行くよー」
ぱったりと仰向けに倒れた私を覗き込むようにアスカがヒョイッと顔を出す。さすがはアスカだ。もう息が整っているし平気そうな顔で立ってる。
私がヘラッと笑って答えると、アスカはそのまましゃがみ込み、ニコリと笑う。
「うん、しっかり疲れをとってよね。だって明日は、デートでしょ?」
「あ……うん、そ、そうだね。しっかり休むよ!」
その笑顔が妙に大人っぽくて、ついドキッとしてしまう。そうだ、明日はアスカと二人で出かけるんだっけ。
やだな、なんだろう。緊張してきた。ただ一緒に出かけるだけなのに。
なんだかアスカを見ていられなくてソッと目を逸らすと、アスカが私の耳元に口を寄せて囁く。
「おしゃれ、してきてね?」
「!?」
それだけを言い残し、アスカは立ち上がって去って行った。
ちょ、ちょ、なんだ今の……!? まるでイケメンムーブじゃないか。いや、イケメンだったね、アスカは。
でもそんなセリフをまさか自分が言われる日が来ようとは。ケイさん辺りは言いそうなセリフだけど。まったく、一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだ!
「メグ、様? どうしましたか? なんだか顔がすごく赤いようですが……」
「だ、大丈夫! 気にしないで、ウルバノ!」
顔が熱いのはわかっていたんだよ、うん。でもそれを指摘しないでもらえると助かるよ! もちろん、純粋に心配してくれているのはわかるけどっ! はー、まったくもう。
「そ、そうですか? あの、起き上がれます? ここだと風邪をひいてしまうので……」
「うん、ありがとう」
戸惑いながら差し伸べてくれたウルバノの手を取り、ゆっくりと起き上がる。
ウルバノは緩く私の手を握るので、力の加減を悩んでいるんだなぁ。きっと私が弱々しく見えるから、力の強いウルバノは傷付けてしまわないか心配なのだろう。
その気遣いがなんだかくすぐったくてクスッと笑ってしまった。そのことにウルバノがビクッと肩を揺らす。ごめん、ごめん。
「笑っちゃってごめんね。でもそんなに怖がらなくても大丈夫だよ。私、意外と頑丈なんだから」
「うっ、そ、そうですよね! でも、つい……!」
しまった、余計にウルバノが慌ててしまっている。そのまま手を離しそうな勢いだったのでグッと強めに握ってみた。
「ね、少し強めに握ってみたけど、痛くはないでしょ?」
「え? えっと、はい。それはもちろん」
「ゆっくり力を込めてみて? 痛かったら止めるから」
ええっ!? と慌てふためくウルバノだったけど笑顔で答える私。シュリエさんの真似をしてみたけど、なかなか効果的だったようだ。
いやぁ、なんか脅したみたいでごめんね? でも、加減を覚えておくのは今後のためにも大事なことだもん。私だけでなく、今後もっと強くなった時に子ども園の子どもたちにもいちいち怖がっていたら色々と困るだろうし。
ウルバノは渋々と言った様子でゆっくりと力を強めていく。まだですか? え、まだなんですか? と恐々聞いてくるのにまた笑いそうになっちゃったけど我慢、我慢。
「うん、ストップ!」
「わ、わかりました!」
そして、ようやく通常の握手レベルの強さになったところで声をかけると、真剣な顔で力を込めるのをやめるウルバノ。真面目で可愛いです。
「このくらいの強さなら、もっと小さな子が相手でも大丈夫。痛くないし、パッと手を離してどこかに飛び出そうとする子がいた時に、もう少し力を強めても大丈夫な力加減だよ」
ウルバノは確かめるようにもう少しだけ強めて握ってみては私の反応を見て確かめている。
「どう? 覚えた?」
「はいっ、あ、ありがとうございます!」
そこでようやく安心したようにお礼を言ったウルバノに微笑み返す。
本当にいい子だな。こんな子が自分に仕えたいって言ってくれるのはなんだかもったいないって思うよ。
もちろん、迷惑なんて思ってないよ! ただ、それに見合う人物にならなきゃなって改めて思うというか。
「メグ様、オレ……本当にまだまだなんですけど、たくさん頑張りますから。あの約束、ずっとずっと忘れませんからっ」
手を離し、真剣な眼差しでこちらを見てくるウルバノに、私も真剣な顔を向ける。ちょうど同じことを思い出していたんだね。ちょっと照れちゃう。
「もちろん。私だって忘れてないよ。えへへ、ちょうどあの時のことを思い出してたんだ」
「お、オレもです! こうして二人で話をしているからかも……?」
「ふふ、そうかもね」
ずっと目標に向かって頑張り続けていると、だんだん不安になるもんね。
こうして時々、ウルバノと会って二人で話す機会を作った方がいいかもしれないな。せっかくの決意に応えるためにも!
休憩も終えたところで、ウルバノと別れ訓練場を後にする。よし、お風呂に入りながら明日の準備を考えよう。
アスカがあんなことを言うものだから、服装に悩むーっ!!
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