醜い嫉妬心
魔王になる、ということに対して私はかなり難しく考えていたのかもしれない。いや、実際かなりの大ごとだよ? しっかりしなきゃいけないし、重く考えるべきことでもある。
ただ、魔王になるんだからいろんなことをもっと出来るようになっていなきゃいけないってハードルを上げていたような気がする。魔王は何でも出来るっていう思い込みがあったというか。
「メグは真面目過ぎるんだよな。楽に生きてるユージンさんや、雰囲気でやっちゃう天才肌の魔王様とは違って深く考えすぎちまうのかもな」
「繊細なのですよ、メグ様は。その点、リヒトは力を抜くのが得意で生きやすそうですよね」
「……なんか言い方に棘を感じるんだけど?」
この夫婦は仲がいいですね、まったく。でも、クロンさんだって相手がリヒトだから言っているのだ。そして、相手が私だから言ってくれたんだよね。ちゃんとわかってる。
だけど、この二人を見ていたらなぜかモヤッとするものを感じた。なんでだろう……? 仲がいい二人を見るのは私も嬉しいことなのに。
せっかくクロンさんやリヒトの言葉に心が軽くなったばかりだというのに、再び私の心に黒い感情が顔を出した。あー、ダメダメ。浮き沈みが激しすぎる。
「何度も言うようだけど、メグは本当にもっと自分に自信を持て? 誰だってさ、自分なんてまだまだだーって思いながら生きてるよ。けど、自信のなさそうな魔王なんて不安に思われるだろ?」
「う、それは重々承知してるんだけどぉ」
肩の力を抜く。もちろんわかってるよ。いつだって暗い考えになりそうな時は自分で自分に言い聞かせてるもん。今だって。
「伸びしろはある。まだまだな! けど俺は、いつでも今が一番自分にとっての最高到達点だって思うようにしてるぞ」
「今が一番?」
リヒトがニッと笑いながら胸を張る。なんだかその姿が眩しく見えた。目を細めてリヒトを見上げながら聞くと、リヒトらしい前向きな言葉が返ってくる。
「そ。今の自分にできる精一杯が出来てりゃ、それでいいじゃん。それ以上のことは出来ないし、出来るんだとしても今の自分には気付けてないんだからさ」
「……そうだよね。うん。私もそう考えてみるよ」
結局はその考えに戻ってくるんだよね。知ってた。そうやって自分の暗い感情を騙し騙し乗り越えている。
大丈夫、私もリヒトの意見には同意だ。今の自分に出来る精一杯を積み重ねていくしかないんだもんね。
……本当に今の自分は頑張っているって言えるのかな? そんな不安に蓋をして。
「つってもお前のことだから、またすぐウジウジ悩むのは目に見えてるけどな」
「うっ……!」
やっぱりリヒトに隠しごとは出来ない。そういうモヤモヤも察知されちゃった。困ったように笑っているリヒトを見たらなんだか申し訳なくてすぐに目を逸らしてしまう。
「……任せろ。俺とお前は運命共同体。その度に背中叩いてやるからさ」
きっと、他にも言いたいことがあったんだと思う。けど、リヒトはそれ以上は何も言わないでくれたみたいだ。
正直、今はそれがありがたい。チラッと盗み見たリヒトは、本当に私を案じてくれているのがわかる優しい目をしていた。
「頼もしいよ、リヒト」
だから、私も微笑む。きっと弱々しい笑顔だったんだと思うよ。リヒトもクロンさんも心配そうに眉尻を下げていたから。ああもう、私はまたみんなに心配をかけてダメだなぁ。しっかりしなきゃ。
本当に頼もしいと思ってる。これは本心だ。だけど、だけどね? その本音の裏には……醜い感情があるのだ。
リヒトみたいに考えられたら苦労しないよって。私だって自信が持てたらいいのにって。そういう卑屈な自分が顔を出して自己嫌悪に陥ってしまう。
おかしいなぁ。私だってそんなにネガティブな方じゃなかったはずなのに。
「わ、私、もう下に行くね! おなか空いてきちゃったし……!」
これ以上、二人の前にいたらさらにボロが出る気がした。目も合わせられなかったし、きっと変に思われたかもしれないけど、この場に留まるよりいいと思ったから。
すぐに部屋を出て、早足でその場を去る。モヤモヤの正体は間違いなく、嫉妬だった。
「何に対する嫉妬なんだろう」
右手で胸を抑え、自分に問いかける。なんでだかわからないけど、リヒトが、クロンさんが羨ましいって気持ちが膨らんだんだよね。
じゃあ何が羨ましいんだろう。二人が幸せそうだから? それって二人に不幸でいてもらいたいって思ってるってこと? そんなに嫌なヤツだったかな、私。
……ううん、違う。リヒトもクロンさんも大好きだから、幸せそうなのは嬉しい。間違いない。けど嫉妬するってことは。
「私が、幸せじゃない……?」
なんて贅沢な、と思う。聞く人が聞けば怒るだろう贅沢な悩みだ。人にも、環境にも恵まれているのに、これ以上何を望んでいるのだろう。
お父さんや父様のこと? でもそれはきっとリヒトやクロンさんだって同じくらい悩む内容だ。もしかしたら、二人とももう知っていることかもしれないし……。
っていうか、私が気付くくらいなんだから知っていてもおかしくないよね。まるで自分だけがショックを受けている気になっていたけど。
じゃあなんだろう。次期魔王になるという重圧? 二人はそんな重圧なんてないだろうしっていう嫌な嫉妬なのかな。
……ううん、それも違う気がする。だって二人はそんな魔王になる私を支えてくれる存在だもん。ありがたいと思いこそすれ、羨ましいなんて思わない。
「仲がいいのが、羨ましいのかな……」
それは、なんだかしっくりくる気がした。もしかしたら、番という存在に憧れがあるのかもしれない。恋がなんなのかもわからない未熟者が憧れるなんて……。いや、でもそういうものなのかもしれないけど。
そういう存在に興味を持つなんて、前世を含めて初めてかもしれない。ちょっと恥ずかしくもある。
「番、かぁ。私にもいるのかな?」
どんな感覚なんだろう。大切な人はたくさんいるけど、きっとそれよりももっともっと大きな感情なんだろうなって想像はつく。
……も、もう少し軽く考えてみようかな? 番ってつまり、恋人みたいな好きな人の延長だよね? たぶん。恋人になりたいとか、そういう意味での好きな人なんて私にはいないんだけど……。
『悪いが、メグがどう思おうと……俺はお前から離れるつもりはない。生涯、な』
唐突に、あの時の低い声が思い出されてブワッと全身が震えた。ひぇ。
ち、違う! だってあれはギルさんが私をからかってそう言っただけで……!
からかってはいたけど、でも、あれはたぶん本心で。
心臓がバクバクと音を立てる。な、なんだこれ。まぁ、イケメンがイケメンなことを言うのが悪いんだけど。今になって思い出して恥ずかしがるなんてかなり気持ち悪いヤツになってないか? 私。
「……でも、離れるつもりはないって、言ったくせに」
ギルさんは私と距離を取っている、気がする。
離れないって、つかず離れずっていう意味だったのかな。遠くからでも見守っているとか、そういう。
私はてっきりずっと側にいてくれるものだと思ってた。今みたいな微妙な距離を取ることなんてないって。
たぶん、それは私の勘違いだったんだ。とても恥ずかしい勘違い。不服なんてないはずなのに、私はたぶんそれが不服なんだ。ワガママ女だ。ああ、そうか。
私はギルさんに、もっと側にいてほしいんだ。甘ったれな考えだけどさ。
恋とか、そういうことじゃないと思う。たぶん。けど、側にはいてほしいって思う。
「モヤモヤするぅ……」
だというのに、私のモヤモヤは晴れなくて息苦しい。せっかく休暇で魔王城に来ているというのに、精神的には疲弊しきっているのを感じた。
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【お知らせ】
特級ギルドへようこそ!10巻の予約が始まりました(*´∀`*)
発売日は8月10日です。
詳しくは近況ノートをご覧ください。
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阿井りいあ
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