メグの自己評価


 翌日は珍しいことに雨が降った。この世界でももちろん雨は降るけど、そんなに多くはないんだよね。山の方ではよく降るけど。あと、人間の大陸にいた時は何度も降られた。


 ちなみに傘などの雨具はない。というか必要がないといいますか。

 だって魔大陸だよ? みんな魔術で防水するに決まっているじゃないか。しかもこれ、簡単な生活魔術なので割と誰にでも出来るのだ。


 あとは、雨に降られても気にしない人が多い。むしろ濡れたいという種族もいるからね。人間のように身体が冷えたら風邪をひくから、という考えがあまりないのだ。

 まぁ、私はひくけど。普通に。エルフは基本的に身体が弱いんだよ! シュリエさんやアスカや私の家族とか例外が多いけど!


 というわけで朝食を終えた後の私は、今日やることがない。というか、元々やることは決まっていなかったんだけどね。

 アスカは今日ウルバノと訓練漬けになるって聞いたなぁ。二人してやる気に満ちた目だった。邪魔をしないためにも訓練場には行かないようにする予定である。


 そうなるとますます暇なんだよねー。何もせずのんびりしていたら色々と考えてしまうから何かしたいんだけど。

 そう思ってとりあえず父様とリヒトが働く執務室へ向かうことにした。何か手伝えることがないか聞くためである。


「お前、休暇の意味知ってんのか?」


 だというのに、リヒトの第一声はこれである。し、知ってるけどぉ!


「だ、だって。一緒にスカウトの旅に行ったリヒトはもう働いているじゃない? ロニーだってすぐ依頼受けたりしていたし、今頃はまた旅に出ているだろうし……」

「大人と子どもを一緒にすんなよ」

「うっ! け、けど! アスカだって毎日のように激しい訓練しているし、私も何かしたいって、思って……」


 ゴニョゴニョと後半になるにつれて声が小さくなる私。いやだって。随分と子どもじみたこと言ってるな、って途中から気付いたんだもん。


「要するに、暇なんだな?」

「その通りデス」


 そしてバッチリ見透かされるという。……その通りですっ!!


「お願いーっ! のんびりしすぎるのも疲れるんだよぅ!」

「はぁ、ったく。仕方ねーなー」


 呆れたようにため息を吐かれたけど、リヒトにもその気持ちは少しわかるらしく渋々ながらも仕事を与えてくれました! ありがたやー。


 頼まれたのは書類の整理。日付順に並べたり、印の確認と分類分け、あとは不明瞭な記述があったら教えてほしいとのこと。このくらいならオルトゥスでもたまにお手伝いするから楽勝です!

 ただ、気になることが一点。


「……機密文書っぽいのも混ざってるんだけどそれは」


 これは明らかに一般人が見ちゃダメなヤツでは? というのがしれっと混ざってるんだよね。

 え、いいの? 私がこれを見ても。冷や汗を流しながら言うと、リヒトはニヤッと笑ってあっさり答えた。


「問題ねーだろ。お前はいずれ魔王になるんだし」

「そ、それはそうだけどさぁ……。ま、問題ないならいいけどっ」


 なかなか言ってくれるじゃないか、リヒト。でも、こうやって軽く冗談にしてもらえた方が気は楽だけどね。

 それにいい加減、覚悟は決めているし。ちゃんとやらなきゃって。


「空いてる机、てきとーに使っていいからさ」

「うん!」

「……足は届かねーかもしんねーけど」

「一言多いんだよ、リヒトはっ! もうっ!」


 ぐぬぬ、確かに足は届かない。ブラブラさせてしまって落ち着かないけど仕方あるまい。みんなの足が長すぎるんだよ……!

 父様の執務机なんて高さがえぐいからね。立って作業してもまだ微妙に高いくらいだし。

 いつかあの席に座る日が来たのなら、最初は机の交換になるだろうな。なんて考えたらちょっと笑えてきた。


 うんうん。暗くなるよりずっといいね。さ、頼まれたお仕事はしっかりとこなしてしまおう! 私は気合いを入れ直して机に向かった。


「メグ様、仕事がお早いですね……」

「えっ?」


 気付けばかなり集中していたように思う。背後から聞こえた声にハッとなって振り向くと、感心したように私の手元を見ていたクロンさんと目が合った。


「そう、ですか? 簡単な作業だったからかなぁ?」

「いえ、それにしては早いです。まさか午前中でこれだけの量をこなせるとは思いませんでした。ザハリアーシュ様に匹敵するスピードですよ」


 大げさな、と思って横を見る。……あれ? いつの間にこんなに書類が山積みになっていたんだろう。

 一度目を通された書類を色んな人が置いていくからいくらやっても終わらないなー、なんて思っていたけど、こんなにやってたんだ? 私。


 いつも父様の机で山になっている書類を見ては顔を引きつらせていたけど、まさか自分もそれと同等の量を半日でこなしていたとは驚きだ。もちろん、簡単な作業だからってこともあるけど……。

 人間だった頃にはとても出来ない芸当だ。身体のスペックの高さか魔力で能力を底上げしたのか。いずれにせよ無意識にここまでの仕事をこなす自分に私が一番驚いている。


「お、お前メグっ! だから休暇の意味っ! 無理はしない約束だろ?」


 あとから部屋に入ってきたリヒトに怒られてしまった。正直、そう言いたくなるのもわかる。私だってこの状況を見たら同じことを言うだろう。

 いや、あの、でも! 言い訳を聞いてくださぁいっ!


「ほ、本当に無理はしてないんだよ? 気付いたらこうなってたというか、無心でやってたらついというか……」

「無意識こわ……」


 ともあれ、意識していないにしても仕事をやりすぎということで叱られた私は、午後はちゃんと休むようにと厳命されてしまった。そ、そんなぁ。


「しかし、思わぬところでメグの才能を知れたな……」

「私もビックリした。オルトゥスでは書類仕事に集中することってなかったから」


 やっぱり魔力を消費してるんじゃないかなって気はしている。まったく疲労を感じていないことからも、消費量は微々たるものだと思うけど。目も疲れないし同じ体勢で身体が疲れるということもない。

 社畜時代に欲しかった能力だ、と思いかけてその分ひたすら働き続けただろうことを思うと、なくてよかったかもしれない。


「外でも働けて中でも働けるメグ様はまさしくザハリアーシュ様のようですね。あの方も器用に何でもこなしますから」

「私の場合は器用貧乏な気もしますけどね……!」


 父様の場合はなんでもこなせる上にどれもこれもハイレベルだもん。中途半端な私とは違う。あんなに何でもこなせるようには一生なれないと断言出来るよ。


「失礼ながら申し上げますが、ハッキリ言いましてメグ様は自己評価が低すぎると思います」

「クロン、お前もうちょっとオブラートにだな」


 苦笑しながら肩をすくめていたら、クロンさんに真顔でそんなことを言われてしまった。あ、あれぇ?


「そうは言いますがリヒト。メグ様ですよ? オブラートに包んでいたらいつまでたっても伝わらないのでは?」

「ド直球がすぎるな?」


 グサーッ! え、そんなに鈍い? ま、まぁ遠回しに言われても気付かないことが多いのは事実だけど! 今みたいにハッキリ言ってもらえた方が言いたいことは伝わるけども!


「で、でもクロンさん。実際、私はそんなにすごくもな」

「いいえ、すごいです」


 被せてきた……! しかもズイッと顔を近付けてきたので思わず半歩後ろに下がってしまう。

 クロンさんはそのままの勢いでさらに言葉を続けた。


「良いですか? まずメグ様は比較対象がおかしいのです。ザハリアーシュ様やユージン様、他にもオルトゥスの実力者たちと比較していませんか?」

「そ、それはそうかもしれないけど。でも、同年代の子と比べることも……」

「身近で頑張っている同年代の子、全てと比較していませんか?」


 言われて初めてハッとする。それは、そうだ。アスカの人当たりの良さやウルバノの成長速度、ルーンやグートの目標に向かってひた走る姿勢や、それぞれの長所を見てはすごいな、自分はまだまだだなって思ってる。


「その全てを上回っていたらそれこそ超人ですよ、メグ様。いくらザハリアーシュ様と言えど、なんでもかんでも頂点には立てません」


 全てで上回ろうだなんて思ってはいないけど……みんなのすごい部分を目の当たりにして落ち込んでいたのは確かだ。それはつまり、同じことだったのかな。


「メグ様の持つ強みはなんですか。誰にも負けたくないと思えることは? あれもこれもと欲張ってはいませんか?」


 私の強み……。魔力量が多いこと、自然魔術がうまく使えること。あとは何と言っても人に恵まれていること、かな。


 あぁ、そっか。私、ちゃんと持ってるんだ。とても大事なものを。


「全てを完璧にこなせる者などいません。大事なのは自分に出来ることと出来ないことを理解することです。そして……」


 クロンさんはそう言いながら私の肩に両手を置いた。ふと顔を上げると、涼やかな水色の瞳が優しげに細められている。


「自分に出来ることこそを大事にし、誇りに思うことですよ」


 出来ないこと、持っていない物にばかり目を向けていたんだ、私。隣の芝が青く見えるってヤツだ。だから、自分の庭に綺麗な花が咲いていることに目を向けていなかったのかも。

 わかっていたことなのに、わかっていなかった。


「……なんだか、目が覚めたような気持ちです」

「そうですか。それは良かったです」


 ほんのわずかにクロンさんが微笑んでくれる。当たり前のことに気付かせてくれて感謝しかないや。こうしてハッキリ言ってくれる存在はすごく貴重だよね。


 私はちょっぴり気恥ずかしい気持ちになりながら、クロンさんにお礼を言った。

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