魔王様の休暇


 さて、私もただぼーっと過ごしているわけにはいかない。食休みを終えてから身体が鈍らないように一人で訓練開始である。


 ストレッチを入念にしたあと、軽いランニング、その後にレイピアを振る練習だ。

 以前、アドルさんに教えてもらったことを確認するように振っていく。ほぼ毎日こうして練習しているだけあって、レイピアを構えて軽く振る程度ならそこそこサマになってきたのではなかろうか。


 まだ戦いに使えるようになるには時間が必要だけどね。そのくらいはわかっていますとも。オルトゥスに帰ったら訓練スケジュールを見直させてもらおうっと。

 その後は筋トレを軽く行います。先にやらないのかって? だって、先にやったらレイピアを持つ腕がプルプル震えてしまうじゃないか。筋肉がつきにくい軟弱な身体を舐めてはいけない! くすん。


「お、励んでるじゃん」

「あ、リヒト!」


 小休憩を挟んでいると、リヒトが顔を出してきた。これから特級ギルドステルラにお使いに行くんだって。ちゃんと仕事してる。


「リヒトって意外と忙しいよね」

「お前、俺を何だと思ってるわけ?」


 すでに魔王の右腕……はクロンさんが自称していたっけ。えーっと、左腕といってもいいくらいの仕事ぶりなんだよね、リヒトは。それは知っているけど、私の中でリヒトはお兄ちゃんのリヒトだから、つい。


「……なぁ、昨日さ」


 少し流れた沈黙の後、リヒトが話を切り出してきたのでドキッとする。それは間違いなく昨日私が大泣きした時のことに違いない。


「それ、今じゃなきゃダメ?」

「……」


 油断すると泣いてしまうのだ。せっかく気持ちを立て直しつつあったのに、また泣くのはちょっと嫌だった。

 もちろん、ずっと黙っているつもりはないよ。ちゃんと話したいし相談に乗ってもらいたい。でも、もう少しだけ時間がほしかった。


 数秒ほど見つめ合った後、リヒトはハァと大きくため息を吐いて苦笑を浮かべた。


「わぁったよ。でも次はねーぞ? 色々と話を聞かせてもらうからな!」

「……うん。ごめん、リヒト。ありがと」


 ホッとしてお礼を言うと、リヒトが思い切り頭を撫でてきた。わっ、ちょっ、髪がすごいことにーっ!

 でもこれは私がまだ内緒にしていることへの当てつけだろう。黙って受け入れようじゃないか。くっ!


「あんまり無理すんな。そうでなくても魔大陸に戻ってからのメグは……ちょっと感情が揺れまくってる」

「わ、わかってるよぅ」


 やっぱりお見通しだったか。そりゃそうだよね。意図して探ろうとしなくても伝わってしまうほど最近は落ち込むことが多いから。

 このモヤモヤは、思春期だからだーって言い訳もそろそろ厳しい。だって明らかにそれだけじゃないもん。


「抱えきれなくなって爆発する前にはちゃんと相談する。約束する」

「ん、それでいい」


 最後にリヒトは私の頭をポンポンと優しく撫でると、そのまま転移であっという間に姿を消した。程よい距離感だ。とても助かるよ。

 そうだ、私には相談に乗ってくれる人がたくさんいるじゃないか。一人じゃない。だから大丈夫だ。


「せっかくの休暇なんだから、楽しんで過ごさなきゃね」


 落ち込んでは鼓舞して、その繰り返しだけど……。そうやって乗り越えていくしかないのだから。




 次の日は子ども園で過ごすことにした私。あまり人の入れ替わりはないんだけど、ここ数十年で8人くらいは増えたかな。そして6人が成人して子ども園を出て行った。

 とは言ってもその出て行った子どもたちも何人かは城下町で仕事をしているみたいなんだけどね。他の子も時々ここには顔を出しに来るらしい。


 あとは、子ども園の職員さんになった人もいる。大人になってお世話になったこの場所で働きたいって思うのは自然なことだよね。

 ここの職員さんも、成長した子どもと一緒に働けるのは嬉しいことだろう。


 そう考えると、私もオルトゥスの人たちにそんな風に思われているのかもしれないな。なんだかくすぐったい気持ちになるけれど。


「メグさまー?」

「ん? なぁに? 何して遊ぶか決めた?」


 おっと、物思いに耽っている場合ではない。今はちびっ子たちと一緒に遊ぶ時間なのだから。


「おにごっこ!」

「鬼ごっこね。いいよ! 私が鬼をやろうか?」

「だ、ダメーっ! メグさまがおにだったら、つかまりたくなっちゃう!」


 そ、それは確かにダメだ。鬼ごっこが成立しなくなってしまう。ただ、あまりにも可愛い理由にニヤニヤが止まらない。

 というわけで、私は逃げる方で参加することに。鬼になったのは元気いっぱいの男の子だ。10秒数える間にみんなでワーッと逃げ始める。


 鬼の男の子は、走るのがまだ遅い小さな子たちには「待て待てー」とギリギリで追いつかない速さで走るという気遣いを見せている。おぉ、面倒見のいいお兄ちゃんだ!

 そして私には全力疾走で向かって来た。おおっとーっ!! 子どもの遊びといえ、私も全力で逃げちゃうもんね!


「め、メグ様、速いーっ!」


 そりゃあ、訓練をしっかりしてるもん。もちろん、魔術は使わないけどね。成人直前とはいえ私も同じ子どもだし、手なんか抜けません!

 っていうかこの子、私よりも走るのすっごく速いってー!!


「でもっ、リヒト様より遅い!」

「結構言うっ!?」


 その通りだけどーっ! 思わずツッコミを入れてしまったその隙に、少年は私の腕をガシッと掴んだ。あーっ、捕まったー!!

 そのまま鬼を交代、といきたいところだったんだけど、少年はもう限界だったようでゼーゼーとその場にゴロンと仰向けに寝っ転がってしまった。ありゃりゃ。


「あたしもゴロンするー!」

「ぼくもー!」

「あ、おい、お前らっ、うおーっ」


 それがなんだか楽しそうに見えたのか、ちびっ子たちが次から次へと少年の上に覆いかぶさっていく。あっという間に少年は潰されてしまった。ありゃりゃー。


「ふふっ、仲がいいなぁ」


 その光景はとっても平和で、すごく癒される。せっかくなので私も隣にゴロンと横になった。いつの間にかみんながその場で横になり、のんびりとした時間を過ごす。

 久しぶりだな……空を見上げて雲が流れていくのを見るなんて。


「リヒトも一緒に遊ぶことがあるんだね」

「あ、えっと、はい。昔ほどじゃないんすけど、今もたまに遊んでくれます」


 少年がちょっぴり恥ずかしそうに教えてくれた。そっか、リヒトは世話焼きだもんね。

 リヒトにとっても忙しい合間の息抜きになっているんじゃないかな。私も今日、一緒に遊んでかなり気分転換になったもん。


「リヒトさま、すきー!」

「ぼくもー!」


 おぉ、かなり好かれているようだ。あれだけ面倒見が良ければそれもわかるというものだ。


「まおーさまも、メグさまも、だいすきー!」

「ぼくもぼくもー!」

「え、えへへ。ありがとう」


 純粋な好意を向けられて心臓を射抜かれちゃう。子どもって本当に可愛い。モヤモヤが吹き飛んじゃうくらいだ。


「メグさまは、いつかまおーさまになるんでしょ?」

「楽しみだねー! でも、そうなったら今のまおー様はまおー様じゃなくなるのかなぁ?」


 そしてドキッとすることを無邪気に言う。

 うーむ、なんと答えたものかなぁ。ちょうどそのことについて悩んでいたから、すぐには答えが出てこなくて黙ってしまう。


「お、お前らっ……」

「まおーさまが、ふたりになるのかな?」

「なるのかなぁー?」


 少年だけはすぐに理解したようで焦ったように上半身を起こしている。それからチラチラと申し訳なさそうに私に目を向けた。

 ああ、大丈夫だよ。この子たちだって純粋な疑問で言っているだけなのはわかるから。


「魔王は一人だけだよ。だからもし私が魔王になったら……その時は、父様は魔王を辞めて休憩するんだと思うな」

「きゅーけー?」

「お休み?」


 自分よりも小さな子たちに気を遣わせちゃダメだね。クリッとした大きな目に見上げられて、私はにっこりと微笑んだ。


「そう。父様はずーっと頑張り続けてくれているでしょ? だから、お休みする時間も作ってほしいなって私は思ってるの」

「まおーさまのおやすみ!」

「あそべるかなぁ?」


 そこでのんびり休む、という考えにはならず、遊ぶだろうと考えるのが子どもである。話題は下手したら沈んでしまいそうなものだったけど、おかげでクスクス笑っちゃった。


「そうだねぇ。一緒に遊べたらいいよね」

「うん!」


 芝生の上に寝っ転がって、青い空を見ながら子どもたちとお喋り。父様が? なんだかあんまり想像出来ないなぁ。

 来るかどうかはわからない未来だとしても、それも一つの可能性として楽しみに思える。


 今日はここに来て良かったな。子どもたちから、そんな幸せな可能性を教えてもらえたから。

 私は目を閉じて、芝生の香りを思い切り吸い込んだ。

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