気持ちの整理を
昨晩のちょっとしたお礼も兼ねて、先に目覚めた私は起きた時に飲めるようにお茶を淹れておいた。保温の魔術も忘れない。
ミント系のハーブを使ったお茶を収納魔道具から取り出して淹れたんだ。目を覚ましたい時にピッタリだと思って。
自分でも飲んでスッキリしつつ、昨日泣き腫らした目を冷やす。寝る前にも冷やしておいたし、鏡で確認した時にはいつも通りだったからたぶん大丈夫。
お茶を飲み終えた後も父様はまだ寝ていたので、起こさないようにソーッと部屋を出る。まだ早朝だからね。
ゆっくり休めているみたいで嬉しいのと、それだけ体力が落ちてきているんだなって知って不安なのと、心中は複雑だ。
さて、ちょっと庭の散歩でもしようかな。一度自室に戻って顔を洗い、着替えた後に私は朝散歩へと出かけた。
中庭に近付くと、誰かの気配を感じた。先客がいるようだ。この気配はたぶん……。
「アスカ! おはよう。早いねー?」
「えっ、あれ、メグ? そっちこそ早いじゃーん」
ゆっくりとした動きで型の練習をしていたアスカに声をかけると、驚いたように振り返ってニコッと笑ってくれた。まぁ、確かに私はいつも朝はのんびりですけど。
「昨日は早くに寝ちゃったから」
「そっかー。よく眠れた?」
「うん、ぐっすりだったよ!」
アスカはいつも、朝から訓練を頑張っていてすごいよね。本当に努力家だなって思う。
その点、私は努力が足りていないのでは? って思っちゃうよね。魔力に頼り過ぎている節があるから、油断せずに向上心を持たないと。そういうことに気付かせてくれるから、アスカの存在はとても助かっている。
「ね、メグ。ぼくとのデートはいつ行けるのかな?」
「でっ、デートって……」
「デートじゃん。二人で出かける約束なんだからー」
きゅるん、とした上目遣いで聞いてこないでほしい。アスカは自分の仕草が破壊力抜群なことに気付いて……るな。うん。アスカは自覚してやっている。そういう子だった。
ともあれ確かに約束をしていたからね。でも二日連続で出かけるのはどうだろう? 訓練の時間も作りたいし……。
というわけで。二人で話し合った結果、三日後に出かけることに決めた。
「決まりだね! それじゃあ、どこに行く? やっぱり城下町かな?」
「それでもいいけどー。昨日ウルバノと行かなかった場所に行きたいかなー」
確かに、まだ行ったことがない場所に行ってみたいよね。
昨日は公園にも寄りたかったから城下町の左側しか行っていなかったはず。なので今度は右側を中心に歩いてみようということに決定!
「そっち側には何があるの? メグはやっぱり行ったことがあるんだよね?」
興味津々といった様子でアスカが聞いてくる。目がキラキラしている……! こういうところ、昔から変わっていなくて安心するな。
「行ったことはあるけど、私は滅多に行かないかなぁ。だって酒場だったり、大人向けの服や商品が多いから」
左側は庶民向けというか、日用品や食品が揃っていたり、屋台が多いからよく行くんだよね。でも、右側は大人ばっかりで特別な用事がないと行かないのだ。
「あ、でも。武器屋さんとか防具屋さんがあるよ」
「へぇ! 面白そう!」
とはいっても、アスカは武器を使わないから必要ないかな? でも私と同じで小型ナイフくらいは持っていても良さそうだけど。
まぁ、子どもだけで買うようなものではないし、見るだけになるとは思うけど。
「ぼくは武器を使わないけど、やっぱり憧れはあるんだよね。だってかっこいいじゃん! リヒトの剣とか見せてもらったけど、いいなーって」
ふむ、アスカもしっかり男の子だった。気持ちはわからなくもないけど、私はそれほど武器に対する憧れはないからね。
だって上手く扱えないからとか、自分が怪我するとか、そんなことばっかり考えちゃうから。
でも、そんなことアスカだってわかってるよね。それでも見たいものは見たいのだ。その気持ちを尊重しますとも!
「小型ナイフとか、防具なんかはこれから必要になってくるかもね?」
「確かにそうかもー! よし、下見ってことで寄ってみよー!」
良かった、アスカが嬉しそうだ。
三日後の予定が決まったところで、アスカは訓練の続きを、私は散歩の続きを再開。よし、私も朝食の後は訓練しようっと。
中庭を抜けて再び城内へ戻る。そのままふと思いついて塔に続く階段を上った。螺旋階段になっているから気を付けないと足踏み外しそうなんだよね。私の運動神経なんてこんなものである。
上までたどり着くと、私は大きく深呼吸をした。朝焼けに照らされた城下町がとても綺麗。
うん、やっぱりこの場所は何度来てもいい。魔王城の中で最も好きな場所となっている。
手すりに寄りかかってぼんやりと景色を眺める。優しく吹く風が私の頬をふわりと撫でた。
その瞬間、ポロッと涙がこぼれていく。
「気を抜くとまだ泣いちゃうなぁ……」
でもいいのだ。今は泣くためにこの場所に来たんだから。とはいっても、昨日の夜みたいに声を上げてわぁわぁ泣くつもりはないよ。ここで静かに涙を流したかっただけ。
我慢は良くないもん。そして、ちょっと考えるだけで何度でも泣きたくなるくらいお父さんや父様の寿命の話は私にショックを与えているのだ。
十年。それは私たちにとってはあっという間の時間だ。人間だったら少し長く感じたかもしれないけど、でも。
今の私には、気付いたら過ぎ去っているあっという間の時間だ。
いつか来るとはわかっていても、心が追い付かない。二人がもっと長く生きられる方法があるのなら、なんて馬鹿げたことを考えてしまう。寿命だけはどうしようもないのに。
きっと、私の甘えた心がそんな考えをしてしまうんだろうな。色々とわかってる。わかってるけどさっ。
「それでも、まだまだ生きていてほしいんだもん。寂しいよ……」
口に出して言うと、余計に苦しくなる。
ああ、本当にどうにか二人の寿命を延ばせないだろうか。そんな、神様みたいな所業……。
『あるよ』
「……え?」
どこからともなく声が聞こえた気がしてバッと顔を上げる。でも周囲には誰もいない。階段を誰かが上ってくるような気配もない。
……空耳? にしてはハッキリと、それでいて近くで聞こえたような気がするんだけど。
「誰か、いるの……?」
聞くのは怖い気がしたけど、確認してみる。小さな声で呟いて、ひたすら黙って返事を待った。
だけど、聞こえてくるのは風が木々を揺らす音くらい。それから、目覚め始めた街から聞こえてくる生活音だけだ。
「……やっぱり、気のせいだったのかも」
センチメンタルになっていたから、願望が幻聴を聞かせたのかもしれない。そんなに精神的に参っていたのかな、私? 違うとも言い切れないけど、さすがに弱り過ぎじゃない?
あと、気のせいってことにしないと幽霊の仕業ってことになりかねないから思いっきり否定しておく。だって怖いもん!
「よし、朝ごはん食べに行こうかな!」
ペチン、と自分で頬を軽く叩いて、ネガティブな思考とちょっとした恐怖心を吹き飛ばす。
気持ちを切り替えていこう。大事な時間を暗く沈んで過ごすなんて、それこそものすごく後悔する。
それに、鋭いアスカに突っ込まれてしまわないようにしないとね! せっかくさっき会った時には何も言われなかったんだから。
最後に一度だけ大きく深呼吸をしてから、私は軽い足取りで螺旋階段を下りていった。
食堂に着くと、そこで父様とバッタリ出会う。昨日泣きじゃくった手前ちょぉっと気まずいけど、ヘヘッと笑って誤魔化したら父様もフワリと微笑んでくれた。うっ、朝からその美形の微笑みは眩しいです!
「お茶を淹れていってくれたであろう? とても美味しかったぞ、メグ。ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして!」
そんな些細なやり取りも、今はなんだか気恥ずかしい。でも、父様も昨日のことには触れないでいてくれた。やっぱりすごく優しいな。
「一緒に朝ごはん食べよ!」
「おぉ、それはいい。今日は朝から仕事が捗るかもしれぬな!」
嬉しそうに目を輝かせる父様の手を引いて食卓に座ると、クロンさんがどこか微笑ましげに食事を運んでくれた。
寿命について、クロンさんは知っているのかな? そういえば、オルトゥスではサウラさんたち最初のメンバーは知っているのだろうか。……私が気付いたくらいだ。みんな気付いているのだろう。
だとしたら、どう考えているのかな。どんな気持ちでいるのかな。
その辺りがちょっぴり気になったけど、もう少し私の気持ちが落ち着いてから聞いてみようと心にメモしておく。
温かな野菜のスープが、じんわりと身体に染み渡った。
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