アスカと魔王城へ


 昨晩は明け方までパーティーが続いていたみたいだ。なぜそんなことがわかるかって? ホールの片隅にあるソファースペースなどでぐったりしている人たちをチラホラ見かけるからです。

 今日もいつも通りに営業しているから、ホール内の片付けは完璧なんだけどね、パーティーの名残がそこはかとなく漂っているのである。祭り後の静けさみたいな、そんな雰囲気が。


「2人で大丈夫かしら……。ううん、いつまでも心配していたらダメよね。ただ、何かあったらすぐに連絡してちょうだい!」

「わかりました、サウラさん!」

「もー、サウラは心配性だなー。ぼくたち、人間の大陸にも行って帰ってきたんだよー?」

「あーーーわかっているのよ! わかっているけど! 送り出すときはいつだって心配になるのよっ!」


 サウラさんは頭を抱えて叫んでいる。

 ふふっ、いつでも可愛らしい人だよね! それに、送り出すときは心配になってあれこれ言いたくなる気持ちはよくわかるもん。私も、ロニーの旅立ちを見送ることになっていたら色々言っちゃうだろうし。


 ロニーは3日後にオルトゥスを発つって言っていた。だから、見送りにはいけないんだけど……昨日、しっかり話したから満足だ。キリがなくなるしね! このくらいがちょうどいいのかもしれない。

 後は、時々送られてくるロニーからの連絡を心待ちにするつもりだ。


「じゃ、外で待ってようかメグ!」

「うん、そうだね。では、サウラさん行ってきます!」

「ええ! くれぐれも気を付けてね? ゆっくり休んで、楽しんでらっしゃい!」


 サウラさんは最終的にはこうして笑顔で見送ってくれるのが素敵だな。おかげでこっちも笑顔になるよ!

 とはいっても、本当に心配は無用なんだけど。だって行き来はリヒトの転移だし、着いたら魔王城だし。でもサウラさんが可愛いので何も言いません。


 私とアスカは揃って手を振ると、オルトゥスの外に出た。


「あれ、もう来ていたの? 中で待っていればよかったのに」


 外に出た瞬間、柱に寄りかかるようにしてリヒトが待っている姿が見えた。すぐに駆け寄ると、リヒトは気まずそうに頭を掻く。


「あー、だってさ。前に頭領に言われたじゃん。いくら魔力の登録しているからってホイホイ気軽に来すぎだって」

「き、気にしてたんだね……。だからわざわざ外を指定したの?」

「まーな」


 本当なら、リヒトはオルトゥスの内部に転移してこられるのに、外で待ち合わせだって言うから不思議には思っていたんだよね。


「どちらかというとー、オルトゥスに来る一般客とか事情を知らない人のための配慮でしょー? やるじゃん、リヒト。見直した」

「お前は誰目線で……まぁいい。それに気付けるアスカもさすがだな」


 なるほど! お父さんはともかく、他の人からしたら部外者がホイホイ転移してきているのを見たら不審に思うかもしれない。ふむぅ、ちゃんと考えていたんだなぁ。

 アスカといい、配慮が出来ているのがえらい。私も見習わないとね。


「んじゃ、すぐに向かうぞ。魔王様がめちゃくちゃソワソワしてて仕事にならないから、クロンがピリピリしてんだよ」

「相変わらず過ぎるっ」


 父様にちゃんと仕事をしてもらうためにも急いで向かわないとね。それで、ノルマが終わるまでは一緒に過ごせないって伝えないと。

 私も早くお話したいことはあるけど、まずはクロンさんや父様周りの人たちの心労を減らすのが急務である。


 早速、リヒトと手を繋ぐ私とアスカ。目配せで頷き合うと、すぐにリヒトは転移の魔術を発動させた。もう何も言わなくても大丈夫なほど慣れている。一年も一緒に旅をした仲だからね!


 景色が歪み、オルトゥスから魔王城前へ。敷地内なので城下町の人たちとも会わずに来られました。会いたくないわけじゃないよ! ただ、今はすぐ父様のところに行きたかっただけです。

 だって、つい引き止められて長居しちゃうから。ここには一週間ほど滞在予定なんだから、その間にちゃんと挨拶しに行く予定だしね。


「やっぱりワクワクしちゃうな、魔王城!」

「あー、アスカはちゃんと滞在すんのは初めてだっけ?」


 すでにアスカの目がキラキラ輝いている……! まぁ、こんな立派なお城の探険が出来るならテンション上がるよね。わかる。


「魔王様との挨拶が終わったら案内してやるよ。メグはどうする?」

「いやいや、案内は私がするんだよ。リヒトにだって仕事があるんでしょ? サボろうとしたなぁ?」

「チッ、バレたか」


 リヒトはいたずらっ子のように笑って私の頭をポンポンと撫でる。無理だろうとはわかっていて言ったのだろうけど、たぶんあわよくばって思っていたよね。ズルいヤツである。


 アスカには色んなところを見せてあげたいな。こども園にも連れて行ってあげたいし、公園にだって連れて行きたい。そして何よりウルバノとも仲良くなってもらいたい! こども園にいあたら一緒にどうかって誘ってみよう。

 ふふっ、一週間は意外とあっという間に過ぎちゃうかもなぁ。


 なにはともあれ、まずは父様の下へ。周囲をキョロキョロ見回しながら歩くアスカの手を私とリヒトが両サイドから引っ張りながら執務室へと向かった。


「メグ! 待っておったぞ!!」


 執務室のドアを開けると、想像していた通りの光景が待っていた。

 机の上に山のように積まれた書類や本、魔道具の数々……。うん、散らかっている。というか綺麗になっているのを見たことがあまりないけど。


「今日から一週間お世話になります。アスカも一緒に来たんだよ」

「こんにちはー、魔王様! よろしくお願いしまーす!」


 ニコニコと人懐っこい笑顔に父様も優しく微笑む。父様も子どもが好きだよねー。というか、基本的に人が好きなのだと思うけど。


「アスカか。もちろん歓迎するぞ! もてなしの準備は出来ておる! 早速……」

「待って、父様はちゃんとお仕事終わらせてね? じゃないとクロンさんたちも困っちゃうでしょ?」

「うぐぅっ……!」


 チラッと見ただけでわかるくらいの仕事量だからちょっと心苦しいけど……ここは少しだけ心を鬼にしないと。でも、本当にすごい量だな。


「えっと、無理はしないでもらいたいけど、最低限は済ませよう? じゃないと、私も安心して父様との時間を過ごせないもん」

「ぐ、ぬぬ。メグが安心出来ぬというのは由々しき事態だ。クロン、今日のノルマは!?」

「何度も申し上げていますが?」


 父様の質問に、クロンさんは執務机に目を向けた。あ、つまりアレ全部ってことね? うわぁ……。今日中に終わる量なのか心配である。


「い、いやさすがにあのノルマを今日中に達成は出来ぬであろう……?」

「そんなことはありません。ザハリアーシュ様が本気を出せばこの程度、余裕でしょう」

「もう少し労わってくれても良いと思うのだ! ここ最近は我もサボってばかりではないぞ?」


 ばかりではないだけで少しはサボっている自覚があるらしい。集中力が続かないタイプっぽいんだよねぇ、父様は。その分、やる時はものすごい勢いでこなすみたいだけど。極端である。

 それを知っているからこそクロンさんもあのくらいは出来ると思っているのかもしれない。


 さらに父様曰く、本当にこのところは真面目に仕事を進めているのだそう。リヒトもそういえば最近は城下町にサボりに行く姿も見かけていないとのこと。

 単純に、仕事の合間の休憩が多くなっただけなのかな? そこまで考えてハッとする。


「で、ですが」

「なぁ、クロンよ。我はもうあまり無理を続けたくはないのだ。人員は増やしておるであろう?」

「……そう、ですね。わかりました。ではあちらの山を片付けるのが今日のノルマといたしましょう」

「うむ! そのくらいなら一気に片付けてみせようぞ!」


 お父さんの疲れた顔を思い出したのだ。それに加えて今の父様の言葉。……やっぱりそうなんだなって突きつけられた気がして胸が痛む。


 でも、そんな素振りを見せないように笑う父様のために私も笑顔でいよう。父様の手を取ってギュッと両手で握りしめる。


「夕飯は一緒に食べよう? それと、寝る前の時間は父様と二人でお話ししたいな」

「ぐはっ、なんと可愛らしいおねだりなのだ……! もちろんだとも、メグ! 楽しみがあるとやる気も出てくるというものだな!」


 こうして話している分にはいつも通りの父様だ。お父さんと違って疲れが顔に出ていないところはさすがってところかな。それだけでホッとしちゃう。

 もちろん、胸にはズッシリとしたものがのしかかってきているけれど。


「魔王様、俺も手伝いますんで。そしたら、意外と全部終わっちまうかもしれないですよ」

「おぉ、頼もしいなリヒト! ではお言葉に甘えるとしようぞ」

「はい。メグに振られた者同士、頑張りましょう」


 ちょっとリヒト、その言い方だと私が酷い女みたいじゃないか。二人とも仕事があるのに客が来たのをいいことにサボろうとするのは良くないと思います!


「じゃ、私たちは城下町の方にも行ってくるね! あ、ウルバノにも声をかけていいかな?」

「くっ、メグとのデートなど羨ましいぞ! だが、そうだな。ウルバノも一緒に連れて行ってやってくれ。きっと喜ぶ」


 よし、許可も得た! これで心置きなくウルバノもお出かけに誘えるね。だってそうでも言わないとウルバノは遠慮しそうなんだもん。私はもっと友達のように接したいんだけど、ウルバノは自分は従者だからって考えの方がまだ強いみたいなんだよね。


 もちろん、そうしたいというウルバノの意思は尊重したいから強くは言えないしいいんだけど……。ちょうどいいバランスを探っていきたいところである。


「ウルバノって、巨人族の子だよね? うわぁ、ぼくすっごく久しぶりかも」

「もしかして闘技大会の時ぶり? それは確かに久しぶりだよね。ふふ、すっごく大きくなってるからビックリするかも」


 とはいっても、私も会うのはちょっとだけ久しぶりだ。魔王城に来た時にいつも会えるわけじゃないからね。

 巨人族と言う種族柄、人より大きいウルバノには会う度に驚かされる。今はきっと身長もリヒトより大きいんじゃないかな。まだ成人前なのに。


「それは楽しみかも! 訓練もしているんだっけ? 手合わせとかもしたいなー」

「あ、それはウルバノも喜ぶかもしれない。同年代と戦う訓練なんてあまり出来ていないだろうから」


 ウルバノはリヒトに訓練をしてもらっているんだよね。真面目だから一人の時も繰り返し訓練ばかりしているのだそう。無理をしがちなのが玉に瑕だとか。


 きっと強くなっているんだろうな。アスカと手合わせをするというのなら、ぜひ私も見学させてもらおうっと。

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