魔王城での休暇

家族のような


 夢渡りをしてから数日後。今日はアスカの歓迎パーティーが行われる日だ。


 調査隊の仕事を無事に終えたアスカは、正式にオルトゥスの仲間となる。ずっとアスカが目標にしてきたことで、オルトゥスのみんなも心待ちにしてきたことだからきっとパーティーは盛り上がるだろう。


 私だって盛大にお祝いするつもりだ。たとえ気になることが山ほどあったとしても。


 魂が巡るというあまり触れちゃいけない研究についてとか、ダンジョン産の魔物の自我についてとかはもちろん……ギルさんとの間にやたら距離を感じるとか。


 でも今はお父さんと父様の寿命、これが私にとって最大の悩みだった。


 こう、ずっしりとくる。すごくずっしりとね! 生きているんだから当たり前のことだし、仕方ないんだけど……。

 当たり前のようにずっと先のことだと思い込んでいた自分が本当に馬鹿だなって。


 アスカの歓迎パーティーが終わったら魔王城に遊びに行く予定だったから、その時に父様に思い切って相談してみようと思っている。本人に聞くような内容じゃないとは思うけど……父様の方からも切り出しにくい話題なんじゃないかなって思うから。


 この前お父さんとたくさん話したように、父様ともじっくり話してみようと思うのだ。だって私は魔王の娘。そういう時期が近付いているのだとしたら……魔王としての心構えを少しずつ勉強していかなければいけないのだから。


「メグーっ!」

「アスカ! ふふっ、相変わらずお皿が山盛りだね」


 ちゃんと心の整理は一応つけたから、大丈夫。今は思いっきりアスカの仲間入りをお祝いしなきゃね!


「そりゃあそうでしょ。だってぼくのためのご馳走だもーん! 全種類制覇するんだからっ」


 全種類って……相当だよ? 今日はチオ姉はもちろん、街で売っている商品もたくさん並んでいるからものすごい量になるはずだ。見つけてないものもありそうだし。

 でもまぁ、アスカなら全種類食べられるような気がする。お腹いっぱいって言っているのを見たことがないし。


 それはさておき! せっかくパーティー中にアスカと会えたんだからちゃんと言っておかないとね。今日のアスカはあちこちで色んな人に捕まるだろうから、今がチャンスである。


「アスカ、改めて言わせてね? オルトゥスへようこそ! ずーっと待ってたよ!」

「メグ……! うん、ありがとう!」

「これからよろしくね! すっごく頼もしいよ!」


 アスカが仲間になるのを心待ちにしていたのは私だけではないだろうけど、やっぱり同じ年代の子が仲間になるっていうのは特別感がある。そ、れ、にー。


「やっと一番年下じゃなくなったし!」

「むむっ、数年しか変わらないんだから同じようなものでしょっ! ぼくの方が大きいもん」

「そ、それは見た目だけでしょー? 私の方がお姉さんなのは変わらないもん」


 まぁ、実際エルフの私たちにしてみれば、数年なんてあってないようなものだけどさ。でも大事、とても大事。ついに年下が仲間になったんだもん!

 マキちゃんやセトくんがいるけど正式な仲間ではないし、種族が違うからあっという間に抜かされるからね。アスカは貴重な年下である!


「あ、わかった。もしかしてぼくにメグおねーちゃんって呼んでほしいんじゃなーい?」

「うっ!」


 久しぶりに聞いたなぁ、それ。あの時のアスカはかわいかったけど、今それを聞くと妙な背徳感を覚える……! 美少年からのお姉ちゃん呼びは刺激が強い。


「あはは、ウソだよ! ぼく、メグのことはお姉ちゃんだなんて思ってないもん」

「わ、私だってアスカを弟とは思ってないよ。もう、すぐからかうんだから」


 口を尖らせて文句を言ったら、急にアスカが真顔になる。そのままジッとこちらを見つめるものだから、思わず私も背筋を伸ばした。


「ふーん。じゃあさ、メグはぼくのこと、なんだと思ってるの?」

「え?」


 何、って。そりゃあオルトゥスの仲間だと思っているけど。

 でも、アスカの流し目は何かを期待しているように見える。たぶん、普通の答えじゃ満足しないよねぇ。そうだなぁ。


「アスカは、一番の仲間、かな。これからのオルトゥスを一緒に盛り上げていく同期だもん」


 同期って響きが私にとってはとてつもなく特別感がある。お父さんたちの初代メンバーが信頼し合っている感じがしてすごく羨ましかったんだよね。オーウェンさんやワイアットさん、アドルさんたちという次の世代も特別仲が良くてさ。

 ロニーやレキなんかは一つ上の世代って感じが拭えないし、やっぱり同期はアスカだけ。


 だから、私とアスカもそんな関係を築けたらいいなって思うんだ。もちろん、これから先にはもっと同年代の仲間を増やしていきたい。


「一番の仲間、かぁ。うん、うん……いいね! メグの特別枠に入れたって感じー!」


 アスカはそんな私の答えをしばらく噛みしめた後、嬉しそうに笑ってくれた。ホッ、良かった。お気に召した答えだったみたい。


「ふふっ、今はそれでいいや」


 その後、小さく何かを呟いたみたいだったけど、よく聞き取れなかった。首を傾げていたら何でもないよと両手を振るアスカ。


「それよりさ、魔王城に行くのはいつにする?」

「あ、そうだったね。まだ詳しい日を決めてなかった」


 パーティーが終わった後、もう1週間くらいは私たちは休んでいなさいって言われている。もう元気いっぱいだしすぐにでも仕事は始められるんだけどね。本当に過保護すぎる保護者たちである。

 でも、せっかくだからと私もアスカもお言葉に甘えることにしたのだ。で、その期間中に魔王城に行こうって言っていたんだけど。


「明日から行かない? どうせ魔王様だってメグに会いたがっているし、日にち開けてもぼくたち、暇になるだけだしー!」


 明日かぁ。それはまた急だな。でも、おっしゃる通りすぎて断る理由がない。暇を持て余すのってなかなか辛いからね。つい働きたくなっちゃうし。訓練は魔王城でも出来るしね。


「じゃ、そうしようか! 私、リヒトに連絡しておくね」

「オッケー! よろしくね!」


 送り迎えはリヒトの転移に頼む予定だ。だって一瞬だもん。軽々しく移動に使って悪いなって気持ちはあるけど、そもそも言い出してくれたのはリヒトなので甘えます。


 まだまだ食べたりない! といつの間にか空になったお皿をもって、アスカはご馳走に向かって去って行く。本当によく食べる。今日の主役だし、思う存分食べてもらいたいね!


「明日から、行くんだね」

「あ、ロニー! うん、そうなの。今決めたところ」


 ぼんやりアスカを見送っていると、ロニーが交代するように私の隣にやってきた。グラスを両手に持っていて、良かったらどうぞと一つ差し出してくれる。おぉ、優しい! こういう気遣いをサラッと出来るロニーもまた紳士だ。


「そっか。それなら、またしばらく、会えなくなる」

「えっ……ああ、でも、そうだよね」


 申し訳なさそうにそう告げたロニーにちょっと驚いたけど、納得もした。

 だって、ロニーは旅を一度抜けてきただけだから。まだまだ世界を見て回るという夢は継続中なのだ。


「次はどこに行くの?」

「帰ってきたばかりだし、数年は魔大陸に、いるよ」

「そっか! それなら連絡もすぐに取れるね」

「うん。ちゃんと連絡する」


 ロニーのやりたいことはずっと応援していたい。自由に伸び伸びと、ロニーの人生を楽しんでもらいたいもん。やっぱりちょっと寂しいけどね。


「ねぇ、メグ。もしも、何か悩むことがあったら」

「え?」


 少しの間を置いて、ロニーが真剣な顔をしてこちらを見ながらそんなことを言った。悩むことがあったら?


「ああ、ごめんね。メグは、最近また、悩んでいるように、見えたから」

「そ、そんなにわかりやすいんだ、私。わかってはいたけど、もう少しなんとかしたいなぁ」


 自分の頬をムニムニと解しながら苦笑すると、ロニーはクスッと笑ってからまた真剣な表情になる。と同時に心配そうな顔だ。


「僕はすぐに駆け付けられない、から。すぐにリヒトに相談、して」


 なんだか、本当にお兄ちゃんみたいだなぁ。ロニーと、リヒトは私のお兄ちゃんたちだ。それがくすぐったくて、あったかい。


「離れ離れでも、いつもメグを、思ってるよ。大事な、妹だから」


 そう思っていたら、ロニーも同じことを言ってくれた。へへへ、心は一つだぁ!


「ロニー……。うん、ありがとう。でもそれはお互い様だからね? ロニーだって、困ったらすぐに連絡してよ? あと、寂しい時も!」

「ふふ、うん。頼りにしてる」


 ロニーと一緒にいる時はいつだって穏やかな気持ちになれるよ。自然と柔らかく笑い合える。

 リヒトは気軽にあれこれ話せる相手って感じだからまた違うんだよね。でももちろんすごく大切なお兄ちゃんだ。


 家族は、どれだけ離れていてもずっと家族だし、ずっと心の中にいる。会えなくなるのが寂しくても、ちゃんと我慢して待っていられるもん。

 それは、他のメンバーにも言えることだ。オルトゥスの皆は家族だと思っているから。だけど……。


 ギルさんは、違う。

 なぜだろう、ギルさんだけは、今も近くにいるというのに寂しいと感じる。そう思うなら自分から話しかけにいけばいいのに、それがどうしても出来ないんだよね……。この前、様子がおかしかったからだろうか。


「リヒトに相談、かぁ……」


 ちゃんと聞いてくれるだろうか。いや、聞いてくれるのはわかっているんだけど、からかわないでいてくれるかって話で。

 誰かに相談したくて出来ていないことがたくさんある。ギルさんのこと、グートのこと、お父さんと父様のこと。


 明日からは魔王城で休暇だし、身体はもちろん心も休息させてもらおう。そう考えるだけで、肩の力が抜けた気がした。

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