気付き
研究の結果をまとめたい、とラーシュさんが言うのでこの場はお開きになった。マキちゃんもそれに付き合うと言うからすごく心配だったんだけど……。
「大丈夫。私も同行しよう。ちゃんと頃合いを見て休ませるから心配いらないよ」
にっこりと微笑みながらルド医師がそう言ったので問題なさそうだ。ドクターの微笑みは恐ろしい。マキちゃんも何かを察して身震いしていた。うん、気持ちはわかるけどちゃんと休んでね……。
というわけで、お父さんと2人で少し部屋に残っているんだけど。話題はやっぱり夢の話。お父さんが話したそうにソワソワしていたから私から話題を口にしてあげたよ。聞きたいことがあるなら言ってよ、って。
ニヤニヤしている私を見て、お父さんは拗ねたように半眼で見下ろしてきたけど、観念したのか素直に質問をしてくれた。
「どんな夢を見たんだ?」
「……私が生まれた日の夢だよ。お母さんがベッドに寝てて、お父さんが来て」
「ああ……あの日のことか。懐かしいな」
お父さんは当時のことを思い出す様に目を細めている。もう、本当に遥か昔のことだよね、300年以上も前のことになるから。
だけど、そういう記憶はいつまでたっても覚えているもんだ、とはにかんで笑う。
「お母さんに会いたかった?」
聞いちゃダメかな? とも思ったけど、むしろ聞くなら今かな、と思った。
夢の中で私だけがお母さんに会っちゃったから、羨ましがるかなって。もし会いたいというのなら、マキちゃんにまた協力してもらうことになるけど、会わせてあげたいと思う。安全を考えるとすぐには無理だから、もっと精進する必要があるんだけど。
そんなことをツラツラと話す私の言葉を遮って、お父さんはフッと笑いながら私の頭にポンと手を乗せる。
「いや、すでに会わせてもらったじゃねぇか。姿は違うけどよ」
そうか、お父さんの中ではマキちゃんとの再会がすでにお母さんとの再会なんだ。同じ魂なんだもんね。
「ずっと会いたいと思っていたさ。だが、いつかあの世で、だ。それがまさか生きてるうちになるとは。予定より早い再会になっちまったな」
心中はやっぱり複雑みたいだな。あの世でまた会おう、って話はよく聞くけど、生まれ変わることがあるならすれ違ってあの世で会えないこともあるんだなって思っちゃう。
死はゴールじゃなくて新たな始まりみたいなものって感じなのかもしれない。いいんだか、悪いんだか。確かに複雑にもなる。
「……本当に生まれ変わるんだな。すでにメグって例があるからわかっちゃいたが」
しみじみと呟くお父さんに頷きを返す。わかってはいたけど、身近な存在がこうして生まれ変わりとして現れたらね。納得せざるを得ないよね。
でもそう考えるとちょっと不安になる。
「……ねぇ、お父さん。これってさ、私たちが知ってもいい範囲を超えている気がしない?」
「言うな、俺もそう思ってた」
だよね! だって、人の生死に関することなんてもはや神の領域じゃない? 現世で生きている者が知っていいことなの? 前世の記憶を持ってこの世界にいる時点で色々と私は問題な気はするけど。
「研究を進めていいとは、なかなか言えなくなってきたな……」
「神様に怒られちゃうかも……」
とはいえ、あの二人にこの研究はここまでと言って納得するだろうか。いや、しないよねー。したくないよねー。禁止したらこっそり進めそうまである。
お父さんもそこに思い至ったのか、絶対に外に情報を漏らさないように契約魔術でも使おうとため息を吐いた。それしかないとはいえ、外に漏らしたら罰則をもらう怖い魔術でもあるから心配だな。それでも、研究出来ないよりはいいって首を縦に振りそうだけど。
「まず、神なんてもんがいるのかって話ではあるが」
「え? いるでしょ?」
「んん?」
お父さんの呟きに目を丸くして答えると、お父さんも目を丸くしてこちらを見た。あれ? 変なこと言ったかな?
「お前、神の存在を信じてるのか。いや、俺も信じてないわけじゃないが、存在までは断言出来ねぇぞ?」
「それは私も同じだけど……あれ? なんでだか今は、絶対に神様はいるって疑ってなかった」
人の思いや願望が神様という存在を生み出している、くらいに思っていたのに、どうしてだろう。今は間違いなく存在するって、そういう確信みたいなものがあるんだよね。いつからだろう?
「もしかしたら、ハイエルフが元々は神様だって話を調べたからかなぁ。この世の成り立ちみたいな神話のような資料を読んだからかも。それも結構前の話ではあるけど」
「あー、それは有り得るな。ハイエルフの書物は真実性が高いだろうし」
たぶん、その影響でこの世に神様は存在するって無意識に思い込んだんだろうな。いや、事実かもしれないけど。会ったことがないものはわからないからね。
「……お母さんの魂はさ、やっぱりこの世界に引き寄せられちゃったのかな」
「だな。ま、関係の深い俺らがいるんだ。わからなくもない」
なんだか悪いことをしちゃった気がするけど、そんなこと言ったら最初にこの世界に来てしまったお父さんだって来たくて来たわけじゃないし。うーん、複雑。
でもきっと、お母さんだってこういう時には怒ったりしなさそう。仕方ないね、って言ってくれるんじゃないかなぁ。お母さんのことはあんまり知らないけど、そんな気がする。
「異世界の落し物は、やっぱりこちらの世界に来てしまった人たちに縁のあるものが引き寄せられているみたいだよね」
「引き寄せられるってのはあるだろうが、何が最初かはわかんねーぞ? 物が最初で、あとから人が引き寄せられて、その繰り返しになってる可能性だってある」
な、なんだか鶏と卵のどっちが先かみたいな話になってきた。今となっては最初なんかわからないよね。それに、何が最初かなんて知ったところで今更だし。……ラーシュさんたち、研究者は違うのだろうけど。
「2つの世界がどこかしらで繋がっているのかもしれないよね。マキちゃんみたいに、自覚がなくても日本人の魂を持って生まれてきた人が実はもっといるのかも。だから落し物も全国各地にあったりして」
「人間の大陸にもまだまだあるかもな。見つけられてないだけで」
「見つけていたとしても、こっちの人からしたらよくわからないガラクタって思われても仕方ないもんね。マキちゃんみたいに気になって集める人なんてそうそういないだろうし」
たくさんの「かもしれない」がある。まだまだ調査のしがいがあるってラーシュさんたちは喜びそうだなぁ。あんまり深く知り過ぎると怖いって思わないのだろうか。……思わない、よねぇ。
何か別の研究材料でもあればいいんだろうけど、それは他の人に託すとかやりそう。ここの人たちはそういうとこがあるから。
「あ! そうだ!」
「んー?」
そこまで考えたところで私はハッとなって思い出す。ダンジョンで疑問に思ったことがあったんだった!
片眉を上げて私に目を向けたお父さんを見上げ、私は思い出したことを伝える。
「ダンジョンの魔物に自我がないのはなぜか、自我が芽生えることがあるのかってことを知りたいんだった」
ダンジョンの魔物はやっぱり魔力の塊みたいなもので、実体もあるようでない。どうあがいても本能レベルしかないのかってところが気になるんだよね。
でも魔王の威圧が効いたこととか、消える寸前のドラゴンの様子とか見ていたら、意思のようなものはあるんじゃないかって気がするんだ。
それがわかったところで、私が魔物を倒せるようになるとは限らないけれど。だって、知りたいんだもん。
「あー、ラーシュの専門じゃねーな。けど、調べたがるヤツはいるだろ」
今度伝えといてやるよ、とお父さんが言ってくれたのでお言葉に甘えてお願いすることにした。意外と、私もこうい研究が好きなのかもしれない。ちょっとだけワクワクしちゃうから。
さて、いつまでもここで話し込んでいるわけにはいかないよね。お父さんの貴重なお休みなわけだし、私も夢渡りをしたあとだから念のためゆっくりしたいし。
そう言って笑うと、お父さんは別に貴重な休みじゃないぞ、と苦笑を浮かべた。あれ?
「最近は多めに休みを取ってんだよ。ずーっと働きすぎだったからな」
「そういえばサウラさんもそんなこと言ってたっけ……。でも、珍しいね? いつもはそれよりもやることがあるーってむしろ仕事に行きたがるのに」
仕事してないと落ち着かないっていうワーカーホリック気味だもんね。娘としては休んでくれる方が安心だけど、逆に心配になるという矛盾。
「まーな、それは今も思うけど。でも、オルトゥスのヤツらは頼もしいだろ? 後進も育ってきてるし、任せられることはどんどん任せていきたいんだよ。ほら、俺も歳だし」
「歳って。まだまだ現役でしょー?」
「おいおい。そろそろ休ませてくれよ、厳しいな」
二人で笑い合いながら部屋を出て、それぞれ自分の部屋に向かうためそこで別れた。
なんだか久しぶりにお父さんとたくさん話せて嬉しかったな。でも、自分のことを歳だなんて……。
「あ、れ……?」
そこまで考えたところで、私は思わずその場で立ち止まる。見た目が変わらないから気付かなかったけど、実際にお父さんって結構な歳だったり……?
思い出すのは、人間の大陸への調査が決まる前。正確には、スカウトという案を思いついたオルトゥスのカフェでお父さんと会った時のことだ。
『お父さん、すごく疲れてるように見えるけど……。大丈夫? 無理してない?』
『あぁ、さすがにちと疲れたなー』
今思い出してみると、それはおかしい。
お父さんが「疲れる」だなんて。
精神的に疲れたとか、大変な仕事で疲れたっていうのは良く言っているけど、あの時のお父さんは見るからに疲れていた。
日本にいた頃に良く見た姿だったから気にしていなかったけど、この世界に来てそんなことあったっけ……?
ドクンと心臓が嫌な音を立てる。
寿命。
その単語に思い至って、不安が一気に押し寄せた。それからすぐに魔王城にいる父様の顔を思い浮かべる。
お父さんと、魂を分け合っている父様の顔を。
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