頭領の動揺


「あの、どうかしましたか……? すみません、私、ちゃんと話を聞いていなくて」


 呆然とするお父さんと、呟きを拾って同じようにボーッとしていた私はマキちゃんの声でハッと我に返る。


「いや、悪い。ちょっとお前さんが知り合いに似ていたから驚いただけだ」


 お父さんはまだ少し混乱気味だったけど、すぐに笑ってそう答えた。

 気のせいだろう、とは思ってないよね……。私と同じように何かあるって思ったはずだ。


「そう、なんですか? なんだか不思議ですね……。実は私も頭領のこと、どこかで見たような、懐かしい感じがして。変ですよね、今初めてお会いしたのに」

「そ、そうか……」


 一方マキちゃんはと言うと、ふんわり笑って不思議そうに首を傾げている。

 あ、まただ。やっぱりこの笑顔には覚えがある。チラッと見上げるとお父さんもまた何かを感じ取ったような顔をしていた。


「……お父さん。実はね、私もマキちゃんと初めて会った時から、時々どこか懐かしく感じる時があって」

「お前もか。……まさか、な?」


 きっとそれは勘違いじゃないよって伝えるために、私も同意を示してみた。お父さんはパッとこちらに顔を向けると、引きつったように笑う。まぁ、気持ちはわかるよ、うん。


「あると思う。ねぇ、これって絶対に夢渡りを成功させるべきじゃない? 私、今すごくドキドキしてるんだけど……!」

「やべぇ、俺もだ。けど、まぁ落ち着け。確証はまだないんだからな」


 落ち着け、と言っているお父さんが一番動揺しているように見える。すごく珍しい。ラーシュさんがポカンと口を開けてお父さんを見つめるくらいにはとても珍しい光景だ。


 パタパタと手で顔を仰ぎ、チラチラとマキちゃんを見ては長いため息を吐く。困って眉尻を下げたり、少しだけ期待したように目を輝かせたり、ものすごく複雑そうに眉間にシワを寄せたり。百面相している……!

 どう考えても動揺している。でも、無理もないよね。


 マキちゃんがお母さんの……自分の妻の生まれ変わりかもしれないなんて。そんな可能性が浮上したなら、ね?


 私だって心臓がバクバクいってる。よかった、夢渡り中に知ったら動揺して夢の中から出られなくなっていたかもしれない。それほどの衝撃を受けているよ。


 それでも、お父さんより冷静を保っているのはたぶん、私にお母さんとの記憶がほとんど残っていないからだろう。なんせ幼い時に死に別れているからね。


「あ、あの。何が、あったんです……?」


 さすがに私たちの様子がおかしいと気付いたのだろう。不安そうに見上げてくるマキちゃんを見てから、私はお父さんと目を合わせた。それだけで何が言いたいのかすぐにわかる。


 この事実を、マキちゃんに伝えるかどうか、だ。悩ましいなぁ。


「ハッキリわかってから言うのはどうかな?」

「まぁ、確かにまだ決まったわけじゃねーもんな……。っていうかそれ、お前から言ってくれねぇか? 俺から言うのはー……あー、なんつーか。気まずい」

「あー……わかった」


 たとえば、マキちゃんが本当にお母さんの生まれ変わりだったとして。それがハッキリしたところで何があるというわけではないのだ。

 今のお父さんは生まれ変わったマキちゃんを妻にしたいわけではないのだから。同じ魂でも別人だし、年齢だって離れすぎている。マキちゃんだって記憶があるわけじゃないから混乱するだけだもんね。


 けど、本当のことを伝えないのはもっとよくない。実験を受ける当事者だし、マキちゃんだってどんなことでも知りたいと言うだろう。それを知って何を思うかは、マキちゃんの自由なんだから。


 とまぁ、そうなったら最も複雑な思いをするのはお父さんだろうなぁ。もうお母さんのことは吹っ切れていい思い出になっているのに、今になって生まれ変わりに会ってもどうしたらいいのかわからないはず。心中お察しする。

 でも、その気持ちにどう折り合いをつけるかも、お父さんの自由なんだよね。だから私は相談なら乗るからね、と伝えるだけにしておいた。


「マキちゃん。もしかしたら、マキちゃんの前世が私たちの知り合いかもしれないんだ。けど、ハッキリとはわからない。だから夢渡りで調べてハッキリしたら、マキちゃんに教える、じゃダメかなぁ?」


 改めてマキちゃんに向き直り、今話せる部分だけを正直に伝える。すると、マキちゃんはじわじたを頬をほころばせ、目をキラキラと輝かせた。うっ、眩しい……!


「前世で知り合い……? わぁ、それってなんだか素敵ですね! だから懐かしい感じがしたのかな。魂が覚えているってこと? わぁ……」

「ま、待って! だから、まだハッキリとは!」


 興奮させてしまったようだ。研究者としての好奇心も刺激してしまったらしい。私は慌てて両手を前に出して付け加える。

 だけど、マキちゃんは伸ばした私の手をギュッと両手で握りしめてきた。


「わかってます。もちろんハッキリしてからでいいです。けど、きっとそうですよ。なんだかそんな気がしますもん」


 ふんわりと笑ったその表情は、やっぱりどこか懐かしく感じて胸がキュッとなる。やっぱり、お母さんなのかな? いやいや、思い込みは良くない。夢渡りをするんだから、平常心を保つぞっ!


 話はお父さんが立会いの下、明日の午後一に夢渡りを行うということでまとまった。今日はそれぞれ準備をして、明日来客室に集合とのことだ。

 念のため、ルド医師にも立ち会ってもらう算段をつけるとのこと。お父さん、それ無理矢理予定をねじ込んだりしないよね? もしそうだったらきちんと謝らないとなぁ……ルド医師、ごめんなさい。


 でもお母さん、かぁ。まだ断定は出来ないけどそのつもりでいよう。もし違ったとしても、そんな都合の良い話はないよね、で終わるし。少しでも心に負担のかからないように心構えをしておくだけである。


 珠希。私はお母さんをそう呼ぶお父さんをほとんど知らないけれど、名前には聞き馴染みが合ったりする。というのも、前世での私はよく「長谷川タマキさん」と呼び間違えられることがとても多かったからだ。漢字にすると「環」だもんね。無理もない。

 だからこそ、私の名前にはあの漢字を使ったのだろうけど。ちなみに、名前の音を決めたのはお母さんで、漢字を決めたのはお父さんだって聞いた。それだけで、お父さんのお母さんに対する愛情の深さがわかるというものだ。


 私にお母さんとの記憶はないけれど、夢渡りをすることで何か思い出せたらいいな、なんてちょっと期待もある。


「あぁ、ダメダメ! 決め付けも命取り! 冷静に、心を落ち着けて、と……」


 自室に戻って瞑想タイム。雑念ばかりだからダメなんだよね、私ったら。


 こうして、明日の夢渡りに向けてその日はずっとリラックスモードという名のダラダラとした時間を過ごした。なんだか、贅沢な時間だなー。




「今日はよろしくお願いします!」

「お、お願いします……!」


 次の日、約束の時間になった私とマキちゃんはラーシュさんとともに指定された来客室へとやってきた。すでにお父さんとルド医師が待機していたので挨拶をすると、それに続くようにマキちゃんも挨拶をした。可愛い。


「ほら、肩の力を抜けって。昨日はダラダラ過ごしてたんじゃねーのかよ、メグ」

「うっ、無駄にダラダラしていただけのような気もする……」


 いやぁ、本当に。でも、気付いたら寝ていたりもしたからリラックスは出来たはず。うん、そういうことにしておこう。


「心配しなくていいよ。メグもマキも、命の保証は私がするからね」

「心強いです!」

「戻って来られなくても命だけは守るから」

「うっ」


 ニコニコと安心感を与えてくれるルド医師の笑顔が今日はなんだか怖いです……! マキちゃんも何かを感じ取ったのか小さく肩を震わせている。

 そうなんだよね、延命はしてもらえるけど目覚められるかどうかは全て私にかかっているのだ。いや、私だけじゃないね。マキちゃんにも。


「マキちゃん。今の自分が誰なのか、絶対に忘れないで。そして信じて? 自分さえ見失わなければちゃんと目を覚ませるから」

「それは、どういう……?」


 あー、抽象的過ぎてうまく伝わらないか。魔術に馴染みもないし、感覚的なことはわからないのも無理はない。あ、そうだ。


「そうならないように気を付けるけど、万が一なんだかよくわからない! ってなってきたら、大切な人を思い出すんだよ。お兄さんたち2人のこととかどうかな。そうしたら、マキちゃんは自分がマキちゃんだってわかると思うから」

「兄さんたちを……。わかりました。やってみます!」


 自分が何者なのか、っていうどこか哲学的な問いには答えられなくても、大切な人なら答えられるよね。私だって、自分が何者なのか見失いがちなのだ。これは自分にも言い聞かせていこう。

 大切な人や大切な場所、使命なんかもいいね。そういう今の自分に必要な存在を思い浮かべれば自分を見失わなくて済む。と、思う。たぶん。


 だって! 私だって初めてのことだもん! 夢に入っちゃえば色々とわかったりもするけど、今は無理。なーんにもわからないんだもん。はぁ、未熟ってことだよね。精進せねば。


「じゃあ、早速そこのベッドに並んで横になってくれるかな」


 ルド医師の指示に従い、私とマキちゃんは2人並んでベッドへ向かう。その際、ラーシュさんが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「ご、ごめんね、ふ、2人とも。ぼ、僕はなにもで、出来ないから。こ、怖かったらむ、無理しなくても……」


 ああ、そっか。研究者として結果はすごく気になるし、やってもらいたい気持ちはめちゃくちゃあるんだけど、当事者じゃないと罪悪感もあるってところかな。自分は安全な場所で研究結果をまとめるだけだからと気にしてくれているんだ。逆の立場だったら私も悩んでいたかも。


「すでにこれは、私の希望でもあるんですよ、ラーシュさん。私が、マキちゃんの前世を知りたいからやるっていうのも理由の1つなんです」

「そうですよ、ラーシュさん。もし何かあったとしても絶対に自分を責めたりしないでください! 自分たちの意思で決めたことですっ」


 マキちゃんと一緒に慌てて主張してはみたものの、私たちはまだ子どもだからその責任はこの場にいる大人が取るのだろう。ルド医師は完全に巻き込まれただけだけど、もちろん承知の上で手伝ってくれているのはわかる。だってそういう人だもん。


「何か、なんて起こしませんけどねっ! 任せてください、ラーシュさん! お父さんやルド医師も!」


 だから、せめて強がりくらいは言い残しておかないとね。いや、強がりだけどきっとなんとかなる! なんとかしてみせる!


「さすがメグだな。よし、行ってこい!」


 ポン、と頭にお父さんの手が置かれて、ニッコリする。それからマキちゃんと並んで横になり、目を閉じた。

 ルド医師の魔術でだんだんと眠くなってくる。マキちゃんの手を握り、集中して魔力を練った。

 よーし、夢でまた会おうね、マキちゃん!

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