珠希


 昼食の時間ですよー! と研究室のドアを元気に開けた私でしたが、見事にスルーされました。どうも、メグです。めげませんっ!


「もうっ、2人ともっ!!」

「わぁぁっ!」

「ひゃぁっ!?」


 でも、ちょっと寂しかったのでまた目の前に顔を出して驚かしてやりました。切なかったんだからねっ! まぁ、反応はわかっていたけど。


 本当にしっかり見ておかないと、この2人は永遠に研究しているかもしれない。食事と睡眠をしっかりとらないと研究道具は使わせない、とかそういうペナルティが必要なのでは。

 ……いや、それは本気で落ち込みそうだからやめておこう、うん。


「お父さんのスケジュールも確認するんでしょう? 休憩も取らなきゃだし、しっかりしてくださいよ、ラーシュさんは特にっ!」

「ご、ごめんなさい」

「私もごめんなさいぃ」


 うむ、素直でよろしい。でもその癖が治らないことを私は知っている。研究所の皆さんに目配せをしたら、疲れたような笑顔でグッと拳を握ってくれた。いつもお疲れ様ですよ……。


 2人を連れてしっかり昼食を摂った後、私たちはすぐに受付へと向かう。

 お父さんに相談するのはいいとして、まずは空いている時間を調べておかないと。頭領というのは忙しいからね。最近はよくオルトゥスにいるみたいだけど、少し前まではいないことの方が多かったから。


「あら、珍しい組み合わせね?」


 受付ではわざわざサウラさんが対応してくれた。確かに、この3人っていうのは珍しいかも。それぞれ2人ならおかしくはないけど揃っていると何ごと? ってなるよね。

 それにしても、受付に顔を覗かせるとだいたいサウラさんが来てくれるなぁ。その度にたまたまよ! って言われるんだけど、頻度が高すぎるので抜け出してきているのでは? ちょっと怪しいところである。


 ま、まぁ、サウラさんなら確実だから正直なところ助かるんだけどね!


「頭領のスケジュール? ちょっと待ってね。でもたぶん大丈夫よ。というのもねー、ここのところはお休みの日が定期的にあるからなの。信じられる!? あの頭領が、よ!」


 サウラさんは早速お父さんのスケジュールを調べながらやや興奮気味に話してくれる。すごい言われようだけど、気持ちはわかる。お父さんって仕事を詰め込みすぎるところがあるからね……。

 自分でオルトゥスのルールとして休めって決めたくせに、最も忘れがちなのもお父さんなのだ。むしろ、それをセーブするために作ったルールかもしれない。


 けど、近頃は休みを多くとっているというのなら安心かな。この数十年は本当に忙しそうだったから。そろそろのんびりする時間を増やそうと思ったのかもしれないな。


「意識を変えてくれたのかしらねー。ま、何にせよちゃんと休んでくれるのなら何よりよ。で、頭領の次の休みは2日後ね。明日の夜も少し空きの時間があるみたいよ。夜だけど」


 サウラさんも私と同じ意見のようだ。だよね、休んでくれるのならこっちもホッと出来るというものだ。


 さて、休みは2日後か。それと明日の夜ね。うーん、たぶん話を通した後はすぐに夢渡りしよう! ってなるだろうから夜は止めた方が良さそう。

 マキちゃんにも眠ってもらうことになるから夜の方がいいと思うでしょ? でも残念。夜はラーシュさんではなくミコさんになっちゃうからね。データを取るのにラーシュさん本人がやりたがらないわけがない。


「で、では、ふ、2日後にす、少しそ、相談があると、つ、伝えてくれますか?」

「オッケー! 任せておいて!」


 ほらね。間違いなく2日後を選ぶと思っていたよ! マキちゃんが日中眠ることになるのはそこまで問題ないと思う。なんせ、研究に実が入り過ぎて夜遅くまであれこれ考えて眠れないって聞いているからね。普段の寝不足の解消も出来て一石二鳥だろう。


 そうと決まれば私も覚悟を決めないとな。まだ許可は出ていないけど、たぶん実行することになる気がするから。

 なんでわかるかって? 勘である。こういう勘って結構当たるんだよね。危険なのはわかっているんだけど……やることになるんじゃないかなって。


 どのみち、そのつもりで心構えしておかないと、いざやる時に尻込みしていたら失敗のリスクも高まるし。この2日で瞑想の時間を増やしておこう。心を落ち着けないとね。


「実は私、頭領に会うのは初めてなんですよね。ドキドキしちゃいます」

「えっ、そうなの!?」


 受付から離れ、ラーシュさんとマキちゃんの2人が地下へと戻る道すがら、頬を赤くしたマキちゃんが照れたように笑う。

 あれ、もうとっくに会っているものかと思っていたけど、まだだったんだ?


 なんでも、タイミングが合わなかったらしいけど……。たぶん、研究に夢中になっていたからだろうな。セトくんとお父さんは会っているみたいだし。なんなら、ランちゃんのお店で頑張っているリンダさんでさえ会っているって聞いたもん。うん、間違いなさそう。


「でも、話は聞いているみたいで。私は留学生だからお客様として扱うようにと指示してくれたそうです。人間の大陸に戻る気は今のところないので、いつまでもお客様の扱いは心苦しいんですけど……」


 兄たちのこともあるから難しいですよね、とマキちゃんは困ったように笑った。あぁ、それもあったよね。けど、何も考えてないってことはないと思う。


 いつか、正式にオルトゥスのメンバーになったりしないかな? あ、もちろんマキちゃんだけが、になるけど。お兄さんたちが魔大陸に来る来ないにかかわらず、マキちゃんの居場所はここだけだから。

 当然、オルトゥスとしてはいつまででもいていいって姿勢にはなると思う。マキちゃんは研究面でかなり貢献してくれるだろうし、問題はないはず。


 ただ、どうしてもお兄さんたちの存在がネックにはなる。なんといっても人間の大陸では犯罪者だからね。そんな2人まではさすがに置いておけないんじゃないかなぁ。オルトゥスは気にしなくても、他の特級ギルドや国とかから文句が出そう。

 出来れば一緒に暮らせるようになってもらいたい。淡い期待ではあるけど、そうなったら嬉しいって思う。悩ましい問題だ。だけど、これだけは言える。


「マキちゃんのこうしたいって気持ちは、しっかり伝えるようにしてね。出来るか出来ないかはわからないけど、お父さん……うちの頭領は絶対に話を聞いてくれるから!」


 そして、出来るだけ希望通りになるように考えてくれる。そういう人だからね!

 もちろん、私だって出来る協力なら惜しまない。今度の夢渡りの件だって、異世界の落し物についての研究が進んでマキちゃんの功績に貢献出来るのなら頑張りたいもん。


「メグちゃんも、頭領も、本当に優しいですよね。自分の気持ちをハッキリ口にできる環境って、とても貴重ですから!」

「マキちゃんが頑張っているから応援したくなるんだよ。けど、そうだね。意見をハッキリ言えるのは貴重だよね。だからこそ言わなきゃ損だよ!」

「はい! ちゃんと伝えるようにします!」


 素直! これこれ、これだよ。これだから応援したくなるんだよね。思わず隣にいるラーシュさんに同意を求めたら、メグさんも同じですよ? と言われてしまった。え、いや、私は打算とかあるから……!




 2日後、お父さんに話を聞いてもらう日だ。今日はお父さんのお休みの日なので、執務室ではなくオルトゥスのカフェコーナーで待ち合わせをしている。

 話の内容的にはあまり聞かれたくないことなので、防音の魔術は使うんだけどね。


 それなら執務室でいいじゃん、とも思うんだけど、お父さんがうっかり働いてしまう、って言うから。もはや病気である。仕事のしすぎっ!


「話は軽く聞いてるぞ。確かにラーシュ一人に責任を押し付けんのはキツイ案件だな」


 私たちがカフェスペースに到着すると、お父さんは開口一番から本題に入った。せっかちだなぁ……?


「い、いや、その。せ、責任はべ、別にいいんだ。あ、安全面がふ、不安なだけで」

「おう、わかってるって。けど、何かあった時に責任を感じるのはお前だ。何ごとも失敗する可能性は頭に入れた方がいいだろ? その負担を半分、俺が受け持つってだけの話」


 ポンとラーシュさんの肩に手を置いて笑うお父さんは、本当にいい上司だと思う。ラーシュさんがホッと肩の力を抜いたのがわかった。


「ま、失敗したとしても対応出来ればそれは良い失敗になる。メグ、お前は不安か?」


 そして、今度は私に向き直り、目を覗き込むように見てくる。

 たぶん、お父さんの中ではもうゴーサインを出すことを決めているんだろうな。けど、こうしてちゃんと覚悟を聞いてくれる。それに応えるためにも、私はちゃんと偽りなく気持ちを伝えた。


「不安じゃないって言ったら嘘になる。けど、ちゃんと出来るって自信もあるよ」

「そうか……いい目だな。それにいい答えだ」


 お父さんがニッと口角を上げる。褒められて嬉しくなった私は、顔がにやけないようにするので精一杯である。見透かされている気はするけど、カッコつけるくらいさせてね! キリッ。


 私の意思を確認したお父さんは、腕を組んで一度頷いてから話を続けてくれた。


「正直、夢に取り残されたとなったら俺にも助ける手立てはない。さすがに精神にまで干渉出来ねーからな。そうなったら延命措置をしつつ、ハイエルフの郷まで連れてってやる」


 最初からハイエルフの郷でやるのが安全ではあるだろうけど、こちらの都合で行う実験をあの郷でやらせてとまでは言えないからね……。

 ホイホイと気軽に行っているけど、それは私がハイエルフだから。他の種族は緊急時以外、基本的に来ちゃダメってことになっているのだ。


 つまり、緊急時ならオーケーということでもある。だからこその提案だった。


「マキ、だったな。お前はどうだ? 不安はあるか?」


 最後に、お父さんはマキちゃんを見た。初対面だというのにあまりにも自然な態度である。というか、はじめましての挨拶もしてないよね? お父さんらしいけど。


「……? どうした?」

「……え? あ! すみません。ちょっとぼんやりしていました!」


 一方、話しかけられたマキちゃんはジッとお父さんを見つめ続けていたようだ。話しかけられたことにも気付かないくらいジーッと。オルトゥスの頭領がどんな人かって気になったのかな?


「え、えへへ。すみません。えっと、それでなんでしたっけ……?」


 話もあんまり聞いてなかったみたい。珍しいな、真面目な子なのに。でも申し訳なさそうにはにかんで笑うマキちゃんはやっぱり可愛い。私が許す。

 そう癒されていた時だった。今度はお父さんが目を丸くしてマキちゃんを見下ろし、小さく何かを呟いた。その声は本当に小さくて、近くにいた私もマキちゃんもラーシュさんも聞き取れなかった。


 けど、私にはなんとなくなんて言ったのかがわかった。本当に、なんとなくなんだけど、間違いないと思う。


「……珠希」


 タマキ。それは、環のお母さんの名前だった。

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