成長した2人
『ご主人様ー、熱があるのー? 大丈夫?』
「だっ、大丈夫。ちょっと恥ずかしいことを思い出しただけなの! あっ、今はぜーったいに心の声を読まないでね!?」
『わ、わかったのよー?』
今、無邪気なショーちゃんに声を聞かれたらもう立ち直れない。これからアスカと地下の工房や研究室に行くんだから、ポンコツになってはならないのだ、絶対に!
それでもまだ夢のせいで挙動不審気味かもしれない。アスカはそういうのにすぐ気付くから、聞かれること前提で身構えておかねば。
ショーちゃんに言ったのと同じ言い訳をすればいい、よね? 実際に起きたことではないけど、そうまた大きく嘘を吐いているわけでもないし。
「あ、メグー! ……ん? なんかあった? 顔が赤いけど」
案の定、アスカは待ち合わせで顔を合わせた瞬間に突っ込んできた。気付かれるだろうとは思ったけど、会ってすぐにとは侮れない。
「ちょっと恥ずかしかったことを思い出して……」
目を逸らしつつ用意していた言葉を返すと、アスカは目をぱちくりとさせた後カラカラと明るく笑う。
「あー、ぼくもそういうのあるー! 後で思い出してさ、うわぁぁぁっ、てなるんだよね!」
「そ、そうなの! だからもう突っ込んで聞いてこないでねっ!」
「わかった、わかった! ちょっとその出来事は気になるけどねー。ぼくも聞かれるの嫌だし、聞かないよ」
ホッ、理解のある子でよかったよ。それに、うまく誤魔化せたみたい。
やっぱり、隠しごとの出来ない私は、ある程度本当のことを話さないとダメだね。嘘を吐くには真実を織り交ぜて話せ、っていうのはどこかで聞いた話だけど、顔に出るタイプにも有効な手段である。
それから話題はセトくんとマキちゃんのことに移り変わる。元気でやってるかな、と話しながら地下に向かっている内に、なんだか楽しみになってきた。
相変わらず地下の空間は色んな音が響いている。カーターさんのいる鍛冶場が一番賑やかかな。防音の魔道具を使えばこのうるささも軽減はされるんだけど、変な音が鳴ったらすぐに気付けるようにって完全な防音はしていないんだよね、確か。
だから、どうしても鍛冶場に近付くほど騒音がすごくて自然と大きな声になっちゃう。
「セトはここにいるんだよねー?」
「うん! そう聞いてるよ!」
いつもより大きめの声で確認し合いながら工房の中を覗き込む。まだお仕事をしている人がたくさんいるから、邪魔にならないようにね!
「お、もしかしてセトを見に来たのか?」
「奥にいるから、入っていいぞー」
そんな私たちを見て、職人さんがそんな風に声をかけてくれる。微笑ましげに見られてしまった。なんだかすみません。
「じゃ、お言葉に甘えて行ってみる?」
「そーしよー!」
アスカと一緒に工房の中をゆっくり歩く。色んな機械が置いてあるから、出来るだけ通路の真ん中を通るようにした。もちろん元から触る気なんてないけど、念のためである。
「あ、いた! アスカ、あそこ!」
「え? あ、本当だー。あれ、あの時よりかなり大きくなってない?」
「そりゃあ、人間だもん。セトくんはこの一年で成人も迎えたはずだし」
私たちとは成長の速度が違うのだ。たった1年でもかなり成長しているのは当たり前なのです。アスカは、わかってはいたけど目の当たりにすると感動するかも、と笑っている。
セトくんは線の細い少年だったけど、だいぶガッチリとしたように見える。それでもまだ細いんだけどね。しっかり食べて、休んで、いい環境で勉強が出来ているみたいで安心したよ。
「すっごい真剣な目……。職人って感じー」
「本当にそうだよね。もう一人前って言ってもいいのに、自分はまだまだって言って聞かないんだって。報告で聞いたよ」
「えー。謙虚すぎるのも考えものだなぁ。ぼくだったらこんなのが出来た! ってすぐ自慢しちゃうのに」
まぁ、アスカはそういうタイプだよね。褒めてもらって伸びる子なのだ。それはセトくんもそうだろうけど、そこで満足したら成長出来なくなる気がする、っていう気持ちはちょっとわかるかも。
そうしてしばらく離れた位置で観察をしていると、ついにセトくんがこちらに気付いた。
アスカは、やっと気付いた! 鈍いねー、と言っていたけど、この騒音の中、離れた位置にいる人を見付けるのなんて、戦闘力も魔力も持たない人間には難しいしそれが普通だと思う。
「て、天使、じゃなくて、め、メグ様と、アスカ様……!」
そして私たちを見つめながら名前を呼んだセトくんは、急に顔を真っ赤にして動きを止めたかと思うとフラーッと後ろに倒れていく。
……あ、これ、前にも見たぞ? 近くにいた職人さんが慌ててセトくんを支えている。
「た、確かに久しぶりだけど、この距離でも倒れちゃうのー!?」
「あはは、やっぱりセトだね! 変わってないなー。これは鼻眼鏡の出番かな?」
「わ、私はもう着けないからね!」
さすがに見知った人が多い場所であの眼鏡をかける勇気はない。あの時のテンションと知り合いがあまりいないっていう状況があったから装着出来たのだ。まぁ、ちょっと楽しんではいたけども!
近くに行ってみようかー、と笑うアスカに苦笑で答え、私たちはセトくんの下に歩み寄った。
セトくんは気を失ったわけではなかったらしく、すぐに支えられながら立ち上がってくれた。ホッ、良かった。
ただ、久しぶりに私とアスカを見たから目が眩んだという。目が眩むって……。まぁ、エルフは眩しいよね、実際。輝く髪を持つ種族だし。
「相変わらずだなー、セトは! 変わってなくてホッとしちゃったー!」
「す、すみません」
アスカは楽しそうにケラケラ笑う。セトくんは恥ずかしそうにはにかんでいた。ふふっ、でもだいぶ逞しくなったって思うよ!
だって、目の前で見たセトくんは本当に大きくなっているんだもん! 前も私より背が大きかったけど、この1年で5センチくらいは伸びたんじゃないかな? 筋肉が少しついて、ガッチリしたからかもしれない。とにかく大きくなったなぁっていう印象が強かった。
「まだお仕事中?」
私がそう声をかけると、ちょうど今終わったところです! という大きな声が返ってくる。緊張がものすごく伝わってきたよ。目は合わせてくれないけど、ちゃんと顔はこちらに向けてくれている。進歩だ。
「じゃあ、一緒にご飯を食べられそうだね」
「うえっ!? ご、ごごごご一緒して、いいんですきゃっ!?」
めちゃくちゃ噛んでる。それがいちいちツボに入るのか、さっきからアスカがお腹を抱えて笑っていた。もう、笑いすぎだよ、アスカっ!
「もちろんだよ! あ、でもこの後にマキちゃんのところに行こうと思ってるの。マキちゃんもタイミングが合いそうなら一緒にどうかな?」
「は、ははははい! あ、あの、それなら僕、片付けを済ませておきますのでっ!」
その間に研究所に行ってマキちゃんの様子を見て来たらいいね! お話はご飯の時にゆっくり聞ければいい。
セトくんには、研究所に寄った後またここに来ると告げ、私は未だに笑い続けるアスカを引っ張りながら研究所に向かった。もう、世話が焼けるんだから!
研究所の方は鍛冶場と違って静かだ。当たり前だけど。でも最も爆発事故が多いのはここなんだよね。亜人は丈夫だから畏れることなくガンガン試すんだもん。多少の爆発じゃビクともしないから。
けど、マキちゃんはか弱いからその辺り配慮してくれているよね。……この保護魔道具があれば大丈夫! とか言って爆発が多発していないといいけど。
魔大陸の人たち、特にここの研究所にいる人はその辺の感覚がおかしいのでものすごくあり得る可能性である。
「こんにちはー! メグです」
「アスカもいるよーっ!!」
研究所の中に入り、近くにいた人に声をかける。久しぶりに顔を見た、ということで私とアスカはおかえり、と笑顔で出迎えられた。
それから、マキちゃんについて訊ねると、みんなが苦笑しながら奥の研究室を指差す。な、なんでそんな微妙な顔をしているの……。
「いやぁ、所長とマキが意気投合しちゃってさ」
「ちょっと声かけたくらいじゃ返事はこないぞー? 酷い時は耳元で声かけても気付きやしねぇの」
「そうそう、すごい集中力でね」
そ、そうなんだ!? なんだか以外。あのミコラーシュさんと意気投合するなんて……。マキちゃんはやっぱり、研究者の才能があったんだねぇ。
「けど、メグちゃんやアスカが来たんなら反応もするだろ。勝手に部屋入って声かけてやってくれよ」
「声をかけなきゃ永遠にやってるから。飯だって言って無理矢理にでも連れ出してくれると助かる!」
「わかりました。様子を見ながら声をかけてみますね」
皆さん、苦笑は浮かべていたけどそれは全て好意的なものだ。それだけで、マキちゃんがこの場所でうまくやっていけているんだなってことがわかる。なんだか嬉しい。
でも、寝食忘れて夢中になるのはいただけない。ちゃんと健康的な生活をしてもらわないと。ミコラーシュさんはともかく、マキちゃんは人間で、身体も少し弱いんだから。
アスカと2人、奥の研究室を覗き込む。一応、ちゃんとノックはしたよ? でも予想していた通り、中からの返事はない。さっき、皆さんから聞いていなかったら留守かと思って引き返しているところだ。
ゆっくりドアを開けて、隙間から覗く。すると、デスクに向かって何かに集中している2つの陰が見えた。
「や、やっぱり、ま、魔力以外のげ、原因は、お、思い当たらないね?」
「そうですね……でもそうなると、人間の大陸で見付けたことに説明がつきませんし……」
す、すごく集中してるなぁ。でも、さっき頼まれたし、無理やりにでもご飯を食べに連れ出さないと。
アスカと頷き合って2人に声をかける。
「ミコラーシュさん、マキちゃん!」
「い、一度人間の、た、大陸に、い、行ってみるかい?」
「いえ、たぶん大したデータは取れないと思います。魔素が少ないので……行くのなら他の可能性を探ってからの方が……」
ぜんっぜん気付かない。すごい。耳元で声をかけたのに。
アスカの目が輝いた。あ、絶対に今悪戯を思いついたよね、この顔は。
アスカは2人が見つめる手元、つまり2人の視線が集まっている場所に勢いよく頭を突っ込んだ。
「ばぁっ!!」
「うわぁっ!?」
「きゃぁっ!!」
さすがに目の前に顔が現れたことで驚きの声を上げた2人。アスカ本人は驚いてもらえて大変ご満悦な様子である。
ちょっとかわいそうかなって思ったけど、気付いてもらえたから良しとしよう、うん。
「え!? あ、アスカさん?」
「こんにちは、マキちゃん。久しぶりだね」
「ええっ! メグちゃん! わわ、気付かなかったぁ……!」
ようやく私たちの存在に気付いたマキちゃんは、心臓を抑えながらもすぐにおかえりなさい、と微笑んでくれた。
やっぱりその笑顔は、なんだか私を癒す表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます