ただの願望
訓練場に着くと、お昼の時間だからか人はあまりいなかった。時間をずらして行くとこうなるよね。
さっきも食堂で人が少なかったし、ちょっとだけ寂しい。人が多すぎても譲り合いになるから困っちゃうんだけどね。
なんだろう、私って寂しがりなのかな。それなのに、近付きすぎると恥ずかしくて離れたくなるなんて。年頃のせいにしたくないけどそれしか理由が思いつかないのが辛い。
今だけ、今だけ。深く考えたら抜け出せなくなっちゃうからね。軽くペチペチと頬を叩いて早速ストレッチから始める。
それからアスレチックで身体を動かしていたんだけど……うーん。やっぱりすぐ疲れちゃうな。昨日までは平気だったのに、帰ってからこんなに疲れが出るなんて。
やっぱりオルトゥスに帰ったことで気が抜けたんだろうな。気を張っている時の根性ってすごいよねぇ。
「お疲れですか、メグ」
「え? あ、シュリエさん!」
アスレチックから少し離れた位置で座り込んでいると、背後から優しい声が聞こえてきたので振り向く。そこには穏やかな笑みを浮かべる麗しのシュリエさんがいらっしゃった。眼福、眼福。
「なんだか、一気に疲れが出たみたいで。もっと訓練したかったんですけど、今日はもうやめておきます」
「そうなのですね。ええ、無理はしないのが正解です」
あちらでお茶でもいかがですか、と手を差し出されたので喜んでご一緒させてもらう。シュリエさんの淹れるハーブティーはすごくおいしいからね。
そっと手を取ってエスコートしてくれるシュリエさんは本当に紳士的だな。ものすごく甘やかしてくれるけど、物理的な距離が本当に絶妙なんだよね。不快感や恥ずかしさをほとんど感じることがない。人との距離感を取るのがとてもうまいからこそ、交渉事もスムーズなんだろうなぁ。アスカとは違うタイプのすごさである。
「ふぅ……。やっぱりシュリエさんのお茶は美味しいです」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですね。リラックス効果がありますので、のんびりしてください」
加えてお美しい微笑みを目の前で見られる贅沢。プライスレスですね! 癒しの時間だ。あんなに寝たのに今すぐ眠れそう。
けど、さすがに今寝たら約束の時間に起きられなくなりそうだから起きていないとね。今夜、早く寝るようにすればいい。
「シュリエさんは、今日はもうお仕事は終わったんですか?」
眠気を飛ばすためにもシュリエさんに話を振る。こうしてお茶を振舞いつつ、のんびりしてもいいと言ってくれるのだから、今はそれなりに時間が空いているってことだもんね。
「ええ。明日は朝早くから出なければいけませんので。今日は早めに休む予定なのです」
その前に少し身体を動かしておこうと訓練場に立ち寄ったら私がいたので声をかけた、とのこと。
「あ、じゃあこれから訓練をするところだったんですか?」
「気にしなくてもいいのですよ。メグとこうしてゆっくり話しもしたかったので」
どこまでも紳士だ。完璧なお答えだ。せっかくの貴重なお時間をいただけて光栄の極みである。
申し訳なく思う気持ちはあるけど、せっかくの機会であることは確かだ。少しお話をしてから部屋に戻ろうかな。
話題はやっぱり、人間の大陸でのことが中心だった。私からこういうことがあったと話し、シュリエさんがたまに質問を挟んでくれる。
終始にこやかで楽しい時間だった。そろそろ切り上げようかな、と思い始めた頃、シュリエさんが少しだけ悩む素振りを見せてから控えめに口を開く。
「あの、一つだけ聞いてもよいですか?」
「はい、何でしょう?」
シュリエさんは私の返事を聞いた後もまだちょっとだけ迷っている様子だったけれど、大したことではないのですけどと前置きをして話し始めた。
「アスカの態度に、何か変わりはありませんでしたか?」
「アスカの態度、ですか?」
その聞き方に違和感を覚える。だってアスカが人間の大陸でどう過ごしていたのかを聞くなら、アスカはちゃんとやっていたか、とかアスカの様子はどうだったかって聞くだろうし。
「変わらず無邪気でムードメーカーでしたけど、失礼な態度をとるようなことはなかったですよ? 時々、すごく大人びた雰囲気を感じることもありましたし、周りのことをよく見ているし……」
「そう、ですか。……メグに対してはどうでしたか?」
あれ、求めていた答えじゃなかったのかな? ちょっと気にはなるけどアスカのことを思い出しながら少し考えてみる。
「……変わらず仲良くしてくれましたよ。昔みたいに、すぐくっ付いてきたりはさすがになくなりましたけど! でも、いつも気遣ってくれてすごく紳士的になったなって思います」
昔の可愛いアスカの面影を残しつつ、グッと大人っぽくなったアスカはきっとモテるだろうなーって思ったのが本音かな。いや、だってエルフ特有の美形で気さくで気遣いも出来て、さらにあれだけ強かったらモテるでしょ。
ちなみにシュリエさんは、近付くのが恐れ多いオーラを放っているので隠れファンがすごく多いのを知っている。遠くから眺めているだけで幸せ枠である。すごくよくわかる。
けど、アスカはすごく身近なんだよね。言い寄る女の人が増えそうで心配だなー。本人は絶対に大丈夫だって言っていたけど。どこから来るんだろう、その自信。
「そうですか。私も色々と指導した甲斐があります」
「シュリエさんが直々に? いいなぁ、アスカ」
「ああ、メグはありのままで問題のない立派なレディーですから。アスカは距離感が近すぎるので、そろそろ配慮をと伝えたのですよ」
なーるほど。そういうことか。道理でアスカが落ち着いたわけだ。シュリエさんの指導なら間違いないし、大成功だったと断言出来る!
「私は少し……アスカのことも応援したいのですよ。結果はわかりきっているのですけどね」
「? 結果、ですか?」
シュリエさんはアスカの師匠でもあるから、応援するのは当然だと思うけど。なんだか、勝ち目のない戦いに挑んでいるかのような言葉である。
問い返しても曖昧に微笑みを返すことしかしないから、これ以上は言う気がないのだろう。
まぁ、2人だけの何かがあるんだろうな。ちょっと嫉妬しちゃうけど、内緒のやり取りがあってもおかしくない。
それに、シュリエさんはすごく優しい目をしていたから、きっと何も心配はいらないだろうなって思うよ。
「お茶、ありがとうございました! 私そろそろ行きますね」
「ええ、引き留めてすみません。メグと話せて楽しかったですよ」
「こちらこそ! 私もすごく楽しかったです!」
会話が途切れたところで立ち上がってお礼を言う。シュリエさんだってそろそろ訓練をしたいだろうしね。
なんだか久しぶりだったなー。こうしてシュリエさんとお話をするのは。
私の師匠でもあるシュリエさんだけど、最近はエルフの郷に行き来してアスカの指導をしていたみたいだし、どちらかというとアスカの師匠って感じだ。
もちろんちょっと寂しいけど、アスカがオルトゥスの仲間になるためだし、アスカのことも大好きなのでいいのだ。……ちょっと寂しいけど!
訓練をほとんどしなかったので予定が少し空いてしまった。アスカと待ち合わせをしている時間にはまだ早い。
お茶をして時間を潰すにしても今さっき飲んだところだし……ここは一度部屋に戻ろうかな。どことなく疲労感が残っているからのんびりしたい。
「ふぅ……あ、寝ちゃいそう」
自室に戻って思わずベッドに仰向けに倒れると一気に睡魔がやってきた。このまま寝たら夜眠れなくなりそうだなぁ。寝過ごして夕方の待ち合わせに間に合わないかもしれないのが一番心配だ。
け、けど、すっごく眠い。私の身体は睡眠を求めているようだ。
「ショ、ショーちゃん……」
『はいなのよー!』
苦肉の策として、私はショーちゃんを呼ぶ。すぐに返事をしながら私の下に来てくれたショーちゃんに、目が半分閉じかけた状態でお願いをした。
「時間になる前に、起こしてほしいの……ちょっと、眠るから」
『お安い御用なのよ! 陽が落ちる前でいいのー?』
「うん、それでお願い……ごめんねぇ」
『ご主人様はお疲れなの。気にしないでゆっくり休むのよー!』
私の契約精霊が優しい。そして可愛い。ホッと安心したらさらに睡魔が襲ってきて、ついに目を開けていられなくなる。
そのまま身を委ねて、私はとても久しぶりのお昼寝に突入した。
気付いた時には、夢の中にいた。最近は、夢渡りの能力が無暗に発動しないようにコントロール出来ていたと思うんだけど……。やっぱり疲れているからか、制御が甘かったみたいだ。
せっかくだし、少し調査してみよう。休憩のためのお昼寝だったけど仕方ないね。
この場所は……うん、よく知ってる場所だ。ついさっきも立ち寄った訓練場。そこに私が何かを見つめながら立っている。何を見ているんだろう?
視線の先を追うと、そこには後ろ姿のギルさんが今にも訓練場から出て行こうとしている姿があった。それだけで胸がチクリと痛む。もう、寂しいからって反応しすぎだよ、私。
そのまま見送るのかな、と思った次の瞬間。夢の中の私が何かに気付いたようにハッとしてギルさんに駆け寄った。そして……
「えっ、ええっ!?」
そのまま、ギルさんの背中に抱きついたではないか! わわわわ!! 何してるの、私ーっ!?
『ギルさん、私ね……』
抱き着いている夢の中の私も顔が真っ赤だ。な、なんでそんなに恥ずかしいのに抱きついてるかなぁ? 恥ずかしすぎて見ていられなくて頭を抱えてしまう。
『メグ……!』
そうして身悶えていたら次の瞬間、今度はギルさんが振り返って夢の中の私を抱き締めていた。
ひ、ひぇ……! ちょっと待って、これってどういう状況なの!? っていうか無理! もう無理! 恥ずかしくてやばいからーっ!!
「わぁぁぁっ……! あ、あれ?」
気付いた時には、ベッドの上で上半身を起こしていた。まだ心臓がドキドキいってる。な、なんだ今の。っていうかもしかして今の夢はさ、予知夢でもなんでもなくて……。
「た、ただの願望、だったり……?」
ブワァッと顔が熱くなっていく。は、恥ずかしすぎる夢を見ちゃったよ!? 甘ったれはここまで重症だったかっ!
「恥ずかしすぎて、実際にはあんなの無理だもん……私、ただのヤバイ人みたいだぁ」
膝を抱えて顔をうずめ、自分の痛々しさに精神ダメージを食らった私は、しばらく後にショーちゃんが起こしに来るまで心臓のドキドキを鎮めるのに必死だった。う、うあぁぁぁ!!
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