セトの上達ぶり


「邪魔してごめんなさい、ラーシュさん。でも、皆さんが無理やりにでもご飯に連れて行けって」


 マキちゃんに笑顔を返して、すぐにラーシュさんにも声をかける。髪が跳ねているのも優しそうな雰囲気なのも変わらない。

 性格も穏やかなラーシュさんだから、安心してマキちゃんを任せられるというものだ。……ミコさんは、刺激が強いかもしれないけど。


「い、いや、こ、声をかけてくれて、た、助かったよ。ぼ、僕はつい、ま、マキに無理をさ、させてしまうから……!」

「そんな、ラーシュさんのせいじゃないです。私だっていつもつい夢中になっちゃって」

「そ、それを、き、気を付けるのが、せ、責任者の務め、なんだよ。で、でも、た、頼りなくてご、ごめん」


 2人してペコペコと頭を下げ合っている。いつもこんな調子なんだろうなって想像したらほっこりした。


「あのねー、セトと一緒にご飯食べようって話してきたんだー。だから、マキもどう? 色々話したいしー」

「本当ですか!? あ、えっと、ラーシュさん……」


 アスカが本題を切り出すと、マキちゃんはパァッと表情を明るくしたあと、すぐにラーシュさんの方を見た。一応上司っていうか、先生みたいな関係だもんね。

 視線を向けられたラーシュさんはフワリと笑うと、マキちゃんに頷く。


「も、もちろん、行ってきて。ぼ、僕はもうすぐ、み、ミコと、代わるから。きょ、今日は夜、で、出かけるらしい、し」


 なるほど、今日はミコさんの夜遊びデーか。何をするのかとかは詮索しない、考えない。私はまだ健全な子どもなのです。


「じゃあ、この続きはまた明日ですね。私、色々考えてみます!」

「う、うん。僕もか、考えておく。きょ、今日も、お、お疲れ様」


 私とアスカもラーシュさんに挨拶をして、マキちゃんとともに研究所を出た。

 隣を歩くマキちゃんを見下ろす。うん、マキちゃんも大きくなってるなー。11歳だもんね。前に見た時より目線が高いもん。


「改めて、お久しぶりです、メグちゃん、アスカさん!」

「うん、久しぶりだね、マキちゃん。元気そうだし楽しそうで安心したよ!」

「ほんとー! マキも大きくなったね? メグ、あっという間に抜かされたりしてー」


 それは本当にあり得るからね? むしろ確実に数年後には抜かされてるよ、私。くっ! いいの! 種族が違うんだから当たり前なのっ!


「なんだか難しそうな話をしてたよねー。ぼく、さっぱりわかんないや」

「そ、そうですか? 意外と簡単ですよ?」

「それがもう研究者の感覚って感じー」


 アスカの言葉にきょとんとしながら返事をするマキちゃん。うん、これにはアスカに賛成。

 私は異世界の落し物について研究のお手伝いをしていたからちょっとわかるけど、大人の、それも超絶頭脳の持ち主であるラーシュさんが対等に考えようとしているってだけでマキちゃんのすごさがわかるというものだ。

 つまり! マキちゃんの「意外と簡単」は当てにならない!


「あ、セトくん。お待たせ。片付けは終わったかな?」

「は、はい! 大丈夫です!」


 途中、約束通りに鍛冶場に寄ってセトくんと合流。私たちは揃って地下から一階まで上り、食堂に向かった。


 ちょうど、仕事終わりの時間と言うことで、食堂はそれなりに人が集まり始めていた。アスカとセトくんが食事を運んでくるというので、私とマキちゃんは先に席を取ることに。

 4人で座れる場所を見付けてマキちゃんと座りながら、2人を待つ。


「ここは、ご飯もすっごく美味しいです。いつも食べすぎちゃって……居候なのに、なんだか申し訳なくって」

「でも、遠慮しちゃダメって言われるでしょ?」

「は、はい。もう、最初は皆さんがすっごく甘やかしてくるからどうしたらいいのかわかんなかったです」


 わかるー! すっごく気持ちがわかるー! 子どもで女の子だもん。みんなたくさん世話を焼くに決まっている。


 よく食べ、よく休み、好きなことをする生活をしているからか、マキちゃんの肌ツヤはとても良くなっているし、髪もツヤツヤだ。ちゃんと体重も増えて健康的な体型になっていて、本当に見違えたよ。


 話によると、ちゃんと医務室で見てもらったからか、発作が起きることも今はないみたい。どうも、喘息だったらしいんだよね。改善したみたいで本当に良かった。

 お兄さんたちにも、早く会わせてあげたいなぁ。あと数年は先かな。我慢、我慢。


「だから、いつもセトと親切にされすぎてダメになりそうだよねって話していたんですよ!」


 どうやら、セトくんともかなり仲良くなったみたいだね。ルディさんやフィービーくんとはまた違ったタイプのお兄ちゃんって感じなのだそう。いつも気にかけて世話を焼いてくれるけど、逆にマキちゃんがお世話することもあるんだって。

 あ、想像出来ちゃうな、それ。セトくんも職人気質だから、集中すると周りに目がいかなくなるだろうし。似た者同士?


 けど、本当に安心した。うまくやれているみたいだし、寂しい気持ちも紛れているかな?


「そうやって考えられるなら2人とも大丈夫だよ。その分たくさん頑張ろうって思うタイプでしょ?」

「それはもちろんです! でも、最近はなかなか思うように進まなくて」


 けど、なんでもかんでも順調! とまではいかないようだ。マキちゃんは難しい顔をして腕を組んでいる。


「さっきラーシュさんと話していたことかな?」

「そうなんですよ。今、異世界の落し物が発生する原因と、共通点を研究していて……」


 マキちゃんが説明し始めたその時、アスカとセトくんが戻ってきた。食事の乗ったトレーをテーブルに置くと、セトくんがクスッと笑いながらマキちゃんに話しかける。


「また考え込んでいるでしょ。食事と休憩の時は頭もリラックスさせるって約束したじゃない」

「そ、そうでしたー」


 なるほど、そういうルールを作っていたんだね。確かに、意識しないといつまでも考え込んで頭がパンクしちゃいそうだ。特にこの2人は!


「セトくんが、お兄ちゃんしてるね」

「本当だ! なんだー、結構頼りがいあるんじゃない。やるね、セト!」

「えっ!? あっ、いえ、そ、そそんなことはっ」


 私とアスカがニコニコしながら話していると、またしても慌て始めるセトくん。なんだかごめんよ。魔大陸の人たちが相手だとどうしても緊張しちゃうんだろうなぁ……。


「セトはね、すごく整った容姿の人が相手だとこうなるみたいなんです。すごく綺麗な作品を見てもすごく興奮するから、美的感覚が刺激されてどうしようもなくなるんじゃないかなって私は考えてます」


 私が相手だとセトも普通のお兄ちゃんですもん、とマキちゃんはにっこりと笑っている。

 なるほどねー。美しすぎるとボーッとなる気持ちはわかる。その感覚が人よりも敏感ってことなのかな。それはまた、大変な体質だ。だってオルトゥスの人たちは特に美形さんが多いもん。


「こ、これでもだいぶ慣れたと思うんですけどね……」

「倒れなくなったもんねー!」

「マキっ!」


 マキちゃんがセトくんをからかってる姿に、私とアスカは目を合わせる。


「思っていた以上に仲良しになってるよねー」

「ふふっ、心配する必要なんてなかったみたい」


 マキちゃんがいるとセトくんも緊張が少し和らぐ様子。そのおかげもあって、セトくんは4人で一緒に食事をしていくうちにだいぶ普通に話してくれるようになった。鼻眼鏡は封印決定かなー。


 その後は、みんなで近況報告をし合いながら楽しく食事をした。セトくんやマキちゃんから聞く「魔大陸に来て驚いたもの」を聞くのはとても楽しかった。

 逆に、2人はアスカから聞く「人間の大陸で面白かったもの」を聞いて楽しそうに笑っていた。文化の違いを理解し合うのはいいことだ!


「あ、そうだ! セト、メグちゃんに見てもらいたいものがあるんでしょ?」


 食事も終える頃、マキちゃんが思い出したように手をポンと叩く。セトくんはそれを聞いて、「えっ、今!?」と慌てているけど。なんだろう?


「せっかくだもん。見てもらったら?」

「え、あー、えっと。その」


 マキちゃんに背中を押されつつも、セトくんは目を泳がせてまだ踏み切れないでいるようだ。そこでやっぱりいいです! と言われても気になって仕方ないので私の方から先手を打つことに。


「セトくん、ぜひ教えて? えっと、特別ダメな理由がなければ、だけど」


 この一言が聞いたのか、セトくんはあっさりとわかりました、と首を縦に振る。それでいいのか……! ま、まぁいいか。

 それからセトくんは支給されたという収納魔導袋からいくつか木で出来た作品をテーブルに並べてくれた。え、あ! これって……!


「木の天使像だね。すごい……手のひらサイズなのに細かくて街に飾られていた石像と比べても遜色ないよ……! ものすごく上達してない!?」

「ほ、本当ですか!?」


 人間の大陸から魔大陸へと旅立つ時、セトくんから渡された天使像を私も収納魔道具から出して隣に並べた。うん、やっぱり並べるまでもなくものすごく上達しているのがわかる。

 あの時の最高傑作と言っていただけあって、持っていた物もかなりの出来だったけど、今見せてもらったのはもっとすごい。


 っていうか、木彫りでこんなにも表現出来るんだ……!? 服のしわとか、髪の毛一本一歩が細かく表現されていて、木で出来ているとは思えないくらい。1年でここまで上達するとは。


「あっ、あのっ、は、恥ずかしいのでこっちは回収してもいいですか……!?」

「それはダメ。これはこれで私、すっごく好きなの!」

「ひえぇ……」


 私が持っていた方にセトくんが手を伸ばしかけたのでサッと奪い取って抱き締める。すでにこれは私にとって宝物の一つになっているんだから。

 上達したからこそ昔の作品の欠点が見えて気になるのかもしれないけど、出来不出来は関係ないのである!


「これ、本当にすごいねー! チェーンとかつけてさ、バッグとかベルトとかに着けるアクセサリーに出来そうじゃない?」

「わ、それいいですね! セト、出来る?」

「出来るけど、アクセサリーにするならもっと小さくした方がいいかもなぁ……」


 え、あれ? ちょ、ちょっと待って。ストップ、ストップ!


「それ、私がモデルって丸わかりだよね……? それをアクセサリーにされるのは、その、さすがに……」

「だ、ダメ、ですか……?」


 うっ、やめてセトくん、そんな捨てられそうな子犬の眼差しで見てくるのはっ! で、でも本当に! さすがにこれは許可出来ないからっ!


「わ、私がモデルだってわからないデザインならいいんだけど……」


 モデルのいない少女像とか、動物モチーフとか……! だって考えてもみてよ。色んな人が自分を身に付けている気持ち……!!


「うーん、確かにこれをみんなが着けるのはよくないかもー? メグがまた色んな人から狙われちゃう」

「えっ!? メグちゃん、狙われているんですか!?」

「そーだよぉ? こーんなに可愛いくて能力が高いんだもん。悪い人が狙わないわけないじゃーん」


 いやアスカ、言い方! しかし完全に的外れというわけでもないから否定しにくい! というかここは否定しないでいた方が作るのを考え直してくれるよね。が、我慢だ我慢。曖昧に微笑むんだ、私。


「そ、それもそうですね……。では、こちらは魔王様や頭領さんにお渡しするだけにしておきます……」

「いや、それも待って?」


 なんでも、すでにセトくんの作品は噂になっているらしく、お父さんや父様から出来たら貰いたいと言われているらしい。


 ……こらぁっ! 父たちぃっ!!

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