異世界の落し物
どうぞごゆっくり
※2022年もよろしくお願いいたします!
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魔大陸へ戻る時は、東の王城近くの村から向かうことにした。単純に、魔大陸に近いからリヒトが転移する時に負担が減るのが理由の1つ。もう1つの理由は……。
「アニーちゃん!」
「メグちゃん!」
どうしても、帰る前に会いたい人がいたからである。それがこの人、アニーちゃんだ!
誰だったっけ? と以前に立ち寄った時、リヒトやロニーは首を傾げていたけれど、私はばっちり覚えている。
アニーちゃんは昔、東の王城から逃げていた時に立ち寄った村の宿屋の娘さんだ。ほら、私があまりにも目立つからって、普通の村娘に見える服をお下がりでくれた女の子だよ!
アニーちゃんと過ごした時間は本当にごくわずかだったけど、私はよく覚えているんだ。あの時の服だって大事にとってあったし。
というか、魔改造されたので性能がアップしているんだけどね。見た目はあの時のままなんだけど、半永久的に着られる自動洗浄付きワンピースへと変化を遂げているのだ。
「やだ、メグちゃん。私はもうおばちゃんなんだから、アニーちゃんだなんて照れちゃうよ」
「私の中ではいつまでもアニーちゃんだもん。会えて嬉しいよ。前に立ち寄った時はいなかったから」
「うん、伝言を聞いてずっと楽しみに待っていたんだよ。それにしても本当に成長が遅いんだね。種族が違うんだなぁって改めて実感するねぇ」
あの時から40年ほど過ぎているから、すでにアニーちゃんは宿屋のおかみさんへと成長を遂げていた。時の流れを実感するなぁ。
おっと、忘れないうちに! 私は収納魔道具から魔改造されたワンピースを取り出した。
「これ、覚えている?」
「まぁ! あの時にあげたお下がりのワンピースだね! ああ、懐かしい。……でもこんなに綺麗だったかな?」
ワンピースを差し出すと、アニーちゃんはとても嬉しそうに手を取って首を傾げた。
あ、それは魔改造された時に、デザインはそのままに痛んだ部分は修復してもらったからですね。えへへ。
渡しそびれていたからどうしてもこれを受け取ってもらいたかったんだよね。だから、帰る時はこの村に寄ってもらったのである。
アニーちゃんに魔改造したことと併せて伝えると、驚いたように目を丸くしていた。新鮮な反応ありがとう!
「あの時のお礼も兼ねて、受け取ってもらえないかな? 半永久的に着られるから、代々受け継いでもらってもいいし」
「こ、こんなに素敵なものを貰ってもいいの? 私なんてボロボロになって着られない服を上げただけなのに申し訳なくなるよ……」
それでもあの時、間違いなく助かったのは事実だもん。思い出の品というのは、どんな物でも宝物になるのである。
「またこの宿に来た時、これがあったら私は嬉しいから」
「……そっか。それなら、ずっと大事にする。メグちゃんの話もずっと語り継いでいくって約束するよ」
そう言いながら、アニーちゃんは店の中で働く娘さんを見た。それから、奥で働く旦那さんを愛おしそうに。
「仲のいい家族なんだね」
「えっ!? ……ああ、そうね。うん、とても大切な家族だよ。旦那と子どもを持って初めて知った感情かな。メグちゃんには、そういう相手はいないの?」
「えっ!? いや、あの、私はまだ成人していないから……!」
思わぬ質問に慌てて答えると、まだ大人じゃなかったの!? と驚かれてしまった。と同時に、確かにまだ見た目も子どもだもんね、と納得されて複雑な気持ち……。
「それじゃあ、好きな人は? そのくらいはいるでしょ?」
「ひえっ」
どうしてそっちに話が向かってしまうのだろうか。内緒話をするようにこそこそと話すアニーちゃんに、私の返事はしどろもどろになってしまう。
そういう人はいないとか、よくわかんなくて、とか。ハッキリしないヤツである。
「一緒に旅をしている人たちは……うーん、違うよね。たぶん」
「え、わかるの?」
「そりゃあね。私だって、恋は経験済みだもの」
それでもパッと見ただけで判断出来るのはすごいと思う。尊敬の眼差しで見つめていると、アニーちゃんはさらに言葉を重ねてきた。
「たぶんだけど、帰る場所に好きな人がいるんじゃない? どう? 当たり?」
「ええっ!? ち、違、違うよ! べ、別に好きな人なんていないよ!?」
ウィンクをしながら言われた内容に、なぜだかものすごく恥ずかしくなって思いっきり否定した。そんな私をアニーちゃんは無自覚かぁ、と言いながらニヤニヤ笑う。む、無自覚って何!
「メグちゃんさ、そんなにムキにならなくて大丈夫だよ。恋する気持ちって、妙に恥ずかしかったりするんだけどね。実はすごく素敵なことなんだよ?」
「素敵な、こと……?」
繰り返して言うと、アニーちゃんはにっこり笑って頷いた。そういう年頃になると、恥ずかしくなって自分の気持ちを否定したくなるものなんだって。
そ、そうなんだ……。いや、別に否定なんか、していないし。
「いつか、向き合わなきゃいけない時が来るよ。怖がらなくていいんだよ。たぶん、正直になるのが一番心が楽になるから」
「正直に?」
「そう。正直に。それさえも、気付かない時期だったりするんだけどね。あー、懐かしいな。私にもそんな時期があったなー」
アニーちゃんは頬に手を当てて懐かしむように目を細めた。聞けば聞くほど、恋って難解だな。思春期という年頃も。考えれば考えるほど抜け出せなくなりそうだ。
「なんにせよ、メグちゃんが幸せでいられるのが一番だから! ずっと祈っているからね」
「アニーちゃん……うん! ありがとう!」
最後にギュッと両手でしっかり握手をした私たちは、今度こそ別れを告げた。また会えるかもしれないし、会えないかもしれないけれど。
こうして繋がった縁はきっとどこかで続いていくと信じて。
リヒトたちの下に駆け寄ると、もういいのか? と確認されたのでしっかりと頷く。
「じゃ、帰るか。メグ、また魔力よろしくな!」
「そのために昨日の内に魔力回復薬を飲んでおいたからバッチリだよ! でもさすがに1年間、この大陸で魔力を使い続けるのは疲れたよー」
「だな。俺も帰ったら少し魔力回復に努めるわ……」
とはいえ、この大陸での魔術の使い方もだいぶ慣れてきたけどね。そして慣れた頃に魔大陸に帰るのである。
ちょっともったいない気もするけど、次にこの大陸に来た時はもっと早くから効率よく魔力操作が出来るというものだ。ちゃんと成長しているんだからね!
「1年も当たり前のように魔術を使ってたこの2人は、やっぱりおかしいよね。ぼくは使わな過ぎて腕が衰えてないか心配だよ……」
「それは、僕も思う。帰ったら、修行、だね」
一方で、アスカとロニーは深くため息を吐いていた。これが普通なんだからね? とジト目で見られては苦笑するしかない。
ごめんね、魔力量オバケで。それゆえに苦労もしてきているから勘弁してくださぁい!
「目的地は魔王城な。そっちの方が俺がイメージしやすい。なんていったってクロンがいるからな!」
「はいはい、どこでもいいから惚気はやめてねー」
「いいじゃねぇか、アスカ! 1年も会ってないんだぞ? よく我慢したよな、俺」
確かに、愛する人とずっと会えないのは辛かっただろうな。通信魔道具で何度かやり取りはしていたみたいだけど、声だけを聞くのと会うのとではかなり違う。よく耐えたと思うよ、リヒト。
私も、父様やオルトゥスのみんなに早く会いたいな。でも、昔の事件の時ほど長く会っていないという感覚がない。今回の遠征の方が長かったのに、不思議だよね。
やっぱり、気持ちの差かな。不安で先が見えない時の方が、長く感じるものだもん。
……ギルさんは、元気かな。元気に決まっているけど。でも、本当にずーっと会ってない。リヒトと違って、連絡すらとっていないし、お父さんからも特に何も聞いていない。
私も、ギルさんは? とか聞いてなかったし、それは当然なんだけど……。
あ、なんだか再会が不安になってきた。あの気まずい別れから1年以上過ぎているわけだし、今更あの時のことを謝るなんて変、かな。でも、やっぱり言いたいよ。ちゃんと見送りに来てほしかったとか、寂しかったとか。
よ、よし。絶対に言う。オルトゥスに帰ったら真っ先にギルさんのところに行くんだから!
「よし、メグ。いつでもいいぞ!」
「わかった。みんなも準備はいい?」
リヒトの合図で私も声をかけると、ロニーやアスカが嬉しそうに頷いたのが見えた。やっぱり、この2人も帰るのは楽しみみたい。
それならば、まずは無事に帰還出来るように集中して魔力を流さないとね。ゆっくりと、焦らず、丁寧に。
行きの時よりもスムーズに魔力が魔術陣に広がっていくのを感じる。やっぱり成長しているとわかって嬉しくなっちゃう。ふふーん。
こうして魔術陣の全体に魔力を行き渡らせると、光が私たちを包み込み、魔術陣が起動し始めた。
またね、人間の大陸。
そして、ただいま! 魔大陸!
転移特有の浮遊感を覚え、数秒後に光が収まって地面に足が着く。同時にフッと身体が軽くなるのを感じて、ああ、魔素があるって素晴らしいなどと噛みしめた。
「……突然すぎますね」
そして目の前には、クロンさんがいた。え、なんで!?
っていうか、よく見たらここ、魔王城の中庭じゃん! リヒトったら、クロンさんを目的地にしたなーっ!?
「っ、クロン!!」
「ちょっ、リヒト! 皆さんが見ていますっ!」
そして真っ先にクロンさんを抱き締めるリヒト。それはもうギュウギュウと。
……まぁ、お気持ちはお察ししますが、クロンさんがものすごく顔を赤くしてバシバシ背中を叩いているよ? 可愛いからそれもありだけど、ちょっとかわいそうな気もする。
「あー、あー。気にしないでよ、クロンー。リヒトはずっと我慢してたからさ。心ゆくまで受け止めてあげてよ」
「ん。僕たち、先に魔王様のとこに、行ってるから」
やれやれ、とアスカが腰に手を当て、ロニーが冷静にこの後の動きを伝える。
旅の間は散々、惚気話を聞いたんだろうな。同じ部屋で過ごすことが多かったもんね、男組は。私よりも聞き飽きてうんざりしていたに違いない。
「というわけなのでごゆっくり、ですよ! よし、私が案内するね!」
「ちょ、メグ様までっ! リヒト、いい加減に少し離れてくださいっ」
「嫌だ。足りない。離さない」
「~~~っ! リヒトっ!」
背後でいちゃつく気配を感じつつ、絶対に振り返らないように私たちはお城の中に入って行くのでした。
クロンさんだって寂しかったはずだもん。しばらく2人にしてあげようねー!
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