これまでだったら
「メグーっ!! 本物のメグ! 会いたかったぞーっ!!」
「ちょっと父様!? みんなが! 見ているからぁっ!!」
そして現在、私は執務室で父様に抱き締められています。予想はしていましたが、やっぱり恥ずかしいですぅ! 見ているのがアスカとロニーだけとはいえ、年頃の娘なんだってこと忘れないでっ!
「あー、お構いなく。そっちもめいっぱい再会を喜んでいいよー」
「ん、わかってたから。好きなだけ、どうぞ」
2人は心得ているのか反応もこんな感じだ。さっきのリヒトへの対応と同じである。
……私も諦めようかな。その方が体力的にも精神的にも疲れなくて済む。久しぶりに父様に会えて嬉しいのは私も同じだしね! 恥ずかしいけど!
「父様、ただいま戻りました。でも、ロニーやアスカも早く休みたいだろうから……。ね? 先に報告を聞いて?」
「ああ、そうだな。メグは相変わらずみんなのことを考えられてえらいな。それに優しい。天使であるぞ!」
「……天使の件に関しては私、まだ許してませんからねっ!」
「うっ!」
すでに何度も通信で天使像については文句を言ったけど、面と向かって言っておかないとね。しっかり反省してもらうんだから。
「に、二度と勝手な真似はしない……うぅ、メグに嫌われたら我は生きていけぬ」
「本当に約束だからね? 同じようなことがあったら絶対に相談してから決めて!」
「ハイ」
ものすごく素直だ。心の底から反省しているのが伝わる。それならもうこの件はおしまい。わかってくれたならいいよ、と言うと涙目で喜ばれた。わ、わかったから! 私も言いすぎてごめんってーっ!
「ところで、今日は城に泊っていくのか?」
期待に満ちた目で聞かれたので答えるのは気が引けるけど致し方あるまい。ごめんね、と前置きをしてハッキリとお答えします。
「ううん、オルトゥスに戻るよ。お父さんに報告もしたいし、それにマキちゃんやセトくんがオルトゥスにいるんでしょう?」
2人は魔大陸に渡ってからずっとオルトゥスでそれぞれ頑張ってるって聞いているのだ。だからまずは様子をみたいし、何より会いたい!
……それに、ギルさんにだって会えない。決心が鈍る前に、ちゃんと謝りたいもん。
まぁ、その為にはリヒトに転移で送ってもらう必要があるんだけどね。もうひと頑張りしてもらいます。実のところ、魔力が少なくなってきたから私もヘロヘロなのだ。久しぶりに自分の部屋でのんびりしたい。簡易テントも快適だったけどやっぱり自室はまた違うものだ。
「うぅ、寂しいぞ……」
「え、えっと、事後処理が終わったらしばらくこっちに滞在するから! ね?」
「本当か!?」
実際、旅の後は長めのお休みを取るようにってお父さんにも言われているから問題ない。ウルバノにも久しぶりに会いたいし、良かったらアスカも一緒に誘ってのんびり休暇に来てもいいかもしれない。
食い気味に約束だぞ、と言う父様をどうにか宥め、ようやく本題に入ることに。
「じゃあさっそく報告から。定期的に、連絡をしていたから、確認になるんですけど……」
報告はロニーが進めてくれた。私とアスカは時々その話に頷いたりするくらいで黙って聞く係である。魔王城執務室のソファはフカフカで一気に睡魔が襲ってくるけど我慢だ、我慢。
「失礼します、魔王様。お待たせしました」
報告も終盤に差し掛かる頃、ようやくやってきたリヒトの声でハッとする。おかげでちょっと目が覚めたよ。リヒトが執務室に入ってくると、アスカがニヤニヤしながら声をかけた。
「クロンとのいちゃいちゃタイムはおしまいでいーのー?」
「わ、悪かったよ、任せちまってさ! あと、その時間はまた後で取るから大丈夫」
「うわ、聞くんじゃなかったー」
仲が良くて何よりです。ぜひリヒトも数日くらいはのんびりクロンさんと過ごしてもらいたい。
「あとは俺が引き継ぐからさ、先にオルトゥスに戻って休めよ。魔王様、一度送ってきます」
「うむ、そうだな。初めての長い遠征が人間の大陸であったことだし、疲労は溜まっているであろう。特にメグとアスカはゆっくり身体を休めるのだぞ」
ちょうどロニーの報告も終わる頃だったし、せっかくなのでお言葉に甘えて休ませてもらおうかな。というか、油断すると瞼が閉じてしまいそうだもん。ね、眠い。
「それじゃあ父様。またすぐに来ますからね」
「楽しみに待っておる」
父様に改めて挨拶をすると、ちゃんと約束をしたからかさっきみたいに拗ねたりはしなかった。目だけは引き止めたそうにこちらを見ているけど気付かないフリである。
「うし、じゃあみんな手を繋いで」
ソファーから立ち上がり、私たちはリヒトの近くに歩み寄る。転移陣がない場合は術者に触れていないといけないからね。みんなで掴まると狭くなるので、輪になって手を繋ぐ形である。繋がっていれば直接触れる必要はない。
「いざ、オルトゥスへ!」
リヒトがニッと笑いながら声をかけると、一瞬で魔術が起動した。僅かな浮遊感の後、すぐに目の前の景色が変わる。大陸間の転移の後だから、大したことはない。これも慣れだねー。
そうして到着したのはオルトゥスの建物の前だった。あれ? てっきり内部に転移するかと思っていたのに。
「だって、せっかくの帰還なんだからさ。玄関で迎えられたいだろ?」
リヒトの粋な計らいであった。久しぶりの再会だもんね。いつの間にか建物内部にいた、ってなると確かに味気ないかもしれない。
それならリヒトも一緒に、と思ったけどまだリヒトは父様に報告という仕事が残っているんだもんね。引き止められたら大変だろうし、何よりさっさと終わらせてクロンさんと過ごしたいだろう。
こっちも落ち着いたらお邪魔するから、魔王城に来る時にまた連絡してくれと言い残してリヒトはあっさり転移で魔王城へと戻っていった。
転移ですぐに会えるとはいえ、旅の終わりなのになんだかあっけないものである。
「でも、改めて玄関から帰るのってドキドキしちゃうね」
「そうだねー! ぼくはワクワクの方が勝つかも! 注目を浴びそうでしょー?」
アスカは相変わらずである。それなら、ドアを開ける先頭はアスカに頼もう。そう言うとアスカも喜んで引き受けてくれた。可愛い。
ホールに入ると、案の定みんながこちらに注目した。恥ずかしかったけど、視線はほぼアスカに向かっている。あれだけ元気にドアを開けたらそれも当然だけど、一番はアスカの人柄だよね。
おかげで私とロニーはそこそこ目立つ程度で済んで助かっている。
「おかえりなさーい! はぁ、やっぱりメグちゃんがいると華やぐわねー!」
「サウラさん! ただいまです!」
たくさんの人が出迎えてくれたけれど、みんな私たちを引き留めることはしない。ちゃんとすぐ休めるように配慮してくれているのだ。素晴らしい。
そんな中、とっとこと駆け寄って来てくれたのはサウラさん。久しぶりのミニマム美女に私はとても癒された。もちろん、よろこんでハグします! ギューッ!
「さ、今日はゆっくり休んでちょうだい。ロニーも、10日くらいはオルトゥスで休んで行けって頭領が言っていたわよ!」
「10日も……?」
「ええ。だってほら、アスカの歓迎パーティーをしないといけないもの!」
なんと! それは確かにロニーにもいてもらわないとダメだよね! ああ、いよいよアスカが家族になるんだ。私も精一杯お祝いしちゃおうっと。
「それなら、いないと、ですね。わかりました」
「でっしょー? それと、人間の大陸から来ている子たちも呼んで、その日の夜はワイワイやるつもりよ!」
セトくんやマキちゃんも一緒に? わぁ、喜んでもらえるといいな。今日は何かとバタつくし、明日辺り様子を見に行こう。ふふっ、楽しみがいっぱいだな。
それじゃあまた今度色んなことを聞かせてちょうだいと言い残すと、サウラさんは受付の方に戻っていく。わざわざ声をかけに来てくれたことがすごく嬉しいな。
「アスカはまだみんなと話してるみたいだね」
「うん。メグは、どうする?」
「んー、今日は真っ直ぐ部屋に戻ろうかな」
大浴場でのんびり、とも考えたけど……。なんだか疲れちゃったので部屋で寛ぐことにする。魔力の回復に集中しないと、なんとなく疲労感が抜けない気がするから。
ロニーは少し食堂に寄ってから部屋に戻るという。お腹が空いちゃったみたい、とはにかむ姿はなんだか子どもの頃に見た笑顔を思い出させた。ロニーもずっと気を張ってくれていたから、帰ってきてホッとしたのかもしれないな。
ロニーとホールで別れ、私は真っ直ぐ自室へと向かう。今すぐベッドにダイブしたかったんだけど、その途中の廊下で壁に寄りかかったままこちらを見ている黒い人影を見付けてそんな気持ちは吹き飛んだ。
「ギル、さん」
いつからそこにいたのかな? もしかして、待っていてくれたのかな? あれこれ思うことも言いたいこともたくさんあるけど、何はともあれ……ギルさんだ! ずっとずっと会いたかったギルさんだ!
逸る気持ちを抑えつつ、小走りで駆け寄って目の前に行くと、ギルさんは小さく微笑んでお疲れ、と声をかけてくれた。
「人間の大陸で、ずいぶん頑張ってくれたみたいだな」
「知ってるんですか?」
「ああ。頭領から聞いた」
そっか、色々知ってくれていたんだ。そのことに胸がほんわりと温かくなる。
ああ、やっぱりギルさんはすごいな。たったこれだけの会話で心が満たされるのを感じるんだもん。
たくさん話を聞いてほしいし、聞きたいことだってたくさんある。だけど、それよりも何よりもまずはずっと言いたかったことを伝えないと!
私は意を決してギルさんを真っ直ぐ見上げた。
「ギルさん! あ、あの!」
「なんだ」
私の呼びかけで視線を下げたギルさんと目が合った瞬間、違和感を覚えた。何が、とかはわからないんだけど……。
ギルさんがいつも私を見る目って、こんなだったっけ?
「あ、えっと。その、ダンジョンに行く前のことだから、もう随分前の話になるん、ですけど……」
それでも、目の前にいるのがギルさんなのには変わらない。ちゃんと言わないと。
すぐに思考を切り替えて、私はあの時に頭を撫でる手を拒否してしまったことを謝った。やっと、やっと言えた。
「……すまない、メグ。そんなこと、あっただろうか」
「え……」
だけど、ギルさんはその時のことを覚えていないようだった。ズシッと重石が落ちてきたかのように胸が重くなる。
一瞬、思考が停止してしまったけど……よくよく考えたらそんな細かいことを覚えていなくても何も不思議じゃない。私はなんとなく罪悪感があったからずっと覚えていただけで、ギルさんからしたら些細な出来事だったんだ。
そっか。……そっかぁ。
「う、ううん! ただ、私が気にしすぎていただけなので……。謝れて良かったです」
「そう、か……?」
「はい! だから、気にしないでください!」
慌てて手を横に振って言うと、そうか、という一言だけでギルさんがそれ以上聞いてくることはなかった。
本当に、取るに足らない出来事だったんだ。ギルさんを傷付けていなくて良かった。良かった、けど。
「じゃ、じゃあ私、もう部屋に戻りますね」
「ああ。ゆっくり休むといい。魔力がだいぶ減っているみたいだからな」
ギルさんはそう言うと、すぐにその場を去って行く。その後ろ姿を見て、私はしばらく固まってしまった。だって。
これまでだったら、私が立ち去るまでギルさんが去ることはなかった。
これまでだったら、部屋まで送るって言ってくれていた。
これまでだったら、心配そうな優しい眼差しで見てくれていた。
なんだか、ギルさんがギルさんじゃないみたいで、悲しくなった。私だけが気にしていたんだって思ったら……自分が馬鹿みたいだって思った。
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