似ている2人


 リヒトは墓石に向かって話しかけ続けている。内容は、あえて聞かないようにした。聞いていてもいいって本人は言うだろうけど、なんとなく、ね。あんまり邪魔をしたくないなって思ったんだもん。


 しばらくして、納得したのかリヒトは立ち上がり、私たちの前に戻ってくる。お前らも挨拶してやってよ、と笑うリヒトはやっぱりどことなく辛そうだった。


「メグ、先に行っていいよ」

「うん、わかった。ありがと、ロニー」


 ロニーにそっと背中を押されて、今度は私がラビィさんの墓石の前に立つ。ああ、なんだかこの前に立つと一気に込み上げてくるものがあるな。リヒトもこんな感覚だったんだ。そりゃあ辛くもなる。

 涙がこぼれそうになるのをグッと堪えて私もその場に膝をつく。それから手を組んで目を閉じた。


 ラビィさん、覚えているかな? 私のこと。私はずっと覚えていたよ。忘れたことなんかなかった。

 一度も会いに行かなかったくせにとか、薄情者だって言うかな? それについてはごめんなさい。ラビィさんが会いたくないだろうからとか、リヒトと2人の時間を邪魔したくないだとか、そういうのは私の言い訳だったと思う。

 ただ、私が怖かったんだ。どんな顔して会えばいいのかわからなかったから。


「……っ。一度くらい、会いに行けば、良かった」


 ごめんなさい。ごめんなさい、ラビィさん。やっぱり私は薄情者だ。弱虫の怖がりだ。今更、後悔したって遅いのに。


 でも、お墓参りはこうして来ることが出来て良かった。行動に移すのが遅いって言うかもしれないけど、もう逃げないよ。また絶対にお参りにくるから。嫌だって言われたって行くんだから。


「ラビィさんに教えてもらったことは、今もずっと私の胸の中にあるよ。これからも、ずっと。本当にありがとう、ラビィさん。ゆっくり、休んでね」


 前を向こう。後悔を忘れないように、痛みを抱えながら、私はこれからも生きていく。

 長く生きるから、もしかしたら生まれ変わったラビィさんと会うことがあるかもしれないよね。気付くことは出来ないかもしれないけれど。


 次に生まれ変わった時は、どうかラビィさんにとって幸せな人生を歩めますように。


 私が立ち上がってリヒトとロニーの方を向くと、2人とも少しだけ悲しそうに微笑んでいた。たぶん、私も同じような顔をしているのだろう。

 ゆっくり歩み寄って、ロニーと交代。ロニーがお参りしている間は、リヒトも私も何も言わなかった。ただ黙って、ロニーがラビィさんと語り合うのを待つ。


 隣に立つリヒトに何か声をかけようとして、止めた。だってなんか、なんかね? たぶん、それでいいかなって思ったんだ。




「ありがとうございました、ライガーさん」

「いいや。力になれて何よりですよ」


 帰りもお城の前まで馬車で送ってもらい、降りたところでリヒトがライガーさんに改めてお礼を言う。もちろん、ロニーも私もそれに続いてお礼を言ったよ!


「あ、あの! ライガーさん、これ……」


 ここまで色々とお世話になったんだもん。それに、この先また会えるとは限らない。だからどうしても何かお礼がしたかった。

 とはいえ、渡せる物があんまりなかったから魔大陸で摘んだお花を花束にして魔術でドライフラワーを作ったのだ。即席で申し訳ないし、大したものではないんだけど、どうしても気持ちを伝えたかったんだもん!


「これは……」

「魔大陸で摘んだお花なんです。香りも長く楽しめるように魔術をかけました。その、少しでもお礼になっていたらいいんですけど……」


 ライガーさんは少し手を震わせながらドライフラワーを受け取ってくれた。目元にうっすらと涙が光って見える。


「こんなに素敵な贈り物は初めてです。大切に……大切にします」

「……はい。私もハンカチ、これからもずーっと大切にしますからね」


 良かった。喜んでもらえたみたい。お城の前で私たちは穏やかな気持ちで笑い合った。


「あ! メグちゃん! おかえりなさい!」


 宿に戻ると、真っ先にマキちゃんが出迎えてくれた。部屋にはセトくんとアスカ、ニカさんもいたからなんだか狭く感じる。

 4人部屋だから人数的には普通なんだけど、ニカさんが大きいからね……!


「おかえり、みんな! うーん、なんだかいい顔してるね、3人とも」

「ははっ、そうかもな! うん、行ってよかったよ。留守番ありがとな」


 続いてアスカが私たちを順番に見つめながらそう言って出迎えてくれる。本当によく見ているんだな。


「んじゃ、みんなが揃ったところで拠点に向かおうと思うんだが。少し休憩してから行くかぁ?」

「拠点、ですか?」


 ニカさんに聞き返すと、ここは俺には狭いからなぁと豪快に笑う。確かに、ニカさんがイスから立ち上がるとギシッと床が軋む音がするもんね。本当に窮屈そうだ。


「それになぁ、長期滞在になるだろ? それに人数も増えていく。街の宿屋に負担がかかるからなぁ。街の外で簡易テントを張る許可を貰ってるんだ」


 なーるほど。確かにこのまま宿に泊まり続けるのは双方にとって負担だよね。街にお金を落としたいのは山々だけど、時と場合によるということだ。


 簡易テントならもっと広いし、人数が増えてもテントを増やせばどうにかなる。オルトゥス特製のテントだろうから部屋も分けられているし、場所さえ貸してもらえれば森の中でも問題ないもんね!


「じゃあ、まずは拠点に移ろう。場所の確認をしてから飯にしようぜ! アスカじゃないけど、腹減ったー!」

「ちょっとー、ぼくがいつでも腹ペコみたいじゃない。その通りだけどっ」


 ふふ、アスカは本当にいつでもお腹を空かせているイメージがあるもんね。小さな室内で賑やかな笑い声が響く。

 よし、そうと決まれば移動しよー!


 拠点の場所は街を出て本当にすぐの場所だった。街を囲む塀のすぐ近く。門兵さんの目もちゃんと届く場所だから、この街としても安心だろうし、テントの存在を不審に思った人たちが質問してきてもすぐに対応が出来る。


 これからはスカウトした人材をこのテントまで連れて行けばいいんだね。転移でリヒトが。


「ど、どうなってるんですか、これ……」

「わぁ、やっぱりすごぉい!」


 簡易テントの中に入った2人は、予想通りの反応を見せてくれた。驚きを通り越してもはや呆れ半分なセトくんに、目をキラキラさせて喜ぶマキちゃん。まぁ、マキちゃんは見るの2回目だもんね。


「あはは! 魔大陸の中でもオルトゥスのこの技術は頭おかしいから! たぶん、その内慣れるよー」

「頭おかしいは、言い過ぎ。その通りだけど」

「ロニーだって思ってるんじゃないー」


 2人の反応を明るく笑い飛ばすアスカの言い方は確かにアレだけど、言いたいことはわかる。こんなにすごすぎる物を作るのだから、おかしいって言いたくもなる。

 セトくんやマキちゃんもいずれ慣れるだろうけど、これが当たり前ではないからね、と念を押す。私のように常識に偏りが出ちゃうからね! 一般的が何かわからなくて苦労するんだから!


「今日からこっちに泊まるか? 俺達は宿を使うけど」


 軽く内部を見て回ったところでリヒトが提案する。確かに、もうこの2人は宿に泊まる必要はないもんね。


「えっと、その方が宿代も浮きますし、そうさせてもらいます」


 セトくんはしっかりしているなぁ。もちろん宿代のことは気にしなくていいんだけど、そういう考え方が出来るってところが大切なんだよね。

 お金も物も、出来る限り無駄にしないという心構えは大事である。


「あ、あの。メグちゃんたちはもう次の場所に行くんですか……?」


 一方マキちゃんは楽しそうだった雰囲気から一変、心細そうに聞いてきた。うっ、答えにくい! でも、ちゃんと言わないとね。私はマキちゃん両手をそっと取って目を合わせた。


「すぐには行かないよ! まだこの街でもスカウトしたいからね。でもそれが終わったら出発するよ。マキちゃんたちと一緒に勉強したいっていう人を他の場所でも探さないと」

「そ、そうですよね……」


 すぐには行かないと聞いてホッとしたように微笑んだマキちゃんだったけど、すぐにウルッと瞳が揺れてドキッとする。

 ああっ、心が痛む! 泣かないようにって我慢している姿もまたグッとくるなぁ。健気だ。


「不安だと思う。寂しいって思うかもしれない。でも、ニカさんはすっごく優しいから心配しなくて大丈夫だよ。また、新しい仲間をここに連れてくるから。ね?」

「は、はいっ。あの、ニカさんが優しい人なのは、もうわかります! でも、やっぱり仲良くなった人と離れるのは寂しいなって。ちょっとだけ、そう思っただけなんです!」


 天使かーっ! 私などよりマキちゃんの方がずっと天使だよー!

 離れがたい。私もここで待っていたい。しかし仕事を忘れてはならない。


 ぐぬぬと唸っていると我慢していたのがついに堪え切れなくなったようにニカさんが豪快に笑いだした。この場にいた全員がその声にビクッと肩を揺らす。だって声が大きいんだもん!


「がははは! ああ、ごめんなぁ。つい! だってよぉ、マキの姿はまるで、昔のメグみたいでなぁ」

「え? 私?」

「そうだぁ。それで、今のメグは当時の俺たちだ。メグがあの時の俺たちの立場に立ったんだと思うとおかしくってなぁ!」


 幼い時の私ってこんな感じだったんだ!? いや、自覚はないんだけど。だってこんなに天使だったとは思えないし……。

 あ、でも。中身が大人だから理性の方が強く働いていたし、幼い子にしてはかなり我慢強かったかもしれない。困らせないようにって寂しいのを耐えたこともあったっけ。そして私はすぐ顔に出る女。


 なるほど。今のマキちゃんと同じように見えていたのも納得だ! 健気でいい子だったんだね、私。当たり前に過ごしていたことが大人目線だとこう見えていたってことか。今になって初めて知ったよ!


「メグとマキは、なんとなく、似てる」

「あー、それは俺も思った。見た目とかじゃなくて、雰囲気みたいなのが似てるよな」

「ぼくも! ぼくも思ったー!」


 口々に似ていると言われた私とマキちゃんは思わず目を合わせた。雰囲気が似てる、か。

 マキちゃんは穏やかでふんわりだ。私の場合はぼんやりしているだけだと思うけど。ちょっぴり恥ずかしくてえへへ、と笑うとマキちゃんも頬を少し赤くしてはにかんだ。


「メグちゃんに似てるだなんて、照れちゃう……」

「ふふっ、私も照れちゃうな。でも、マキちゃんと似ているって言われて嬉しいよ!」

「わ、私の方が嬉しいですよっ!? 天使様に似ているだなんてっ!」


 いや、実際には天使じゃないからね? 種族柄、見た目が整っているだけだからねっ!

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